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あいう  作者: かれーめし
39/56

表向きはおおらかに 4

「ブッ……フゥゥゥゥゥゥー……」


 電話を切られた清香は受話器を握り締めたまま、えづくような顔で深いため息を吐き出した。


「緊張した……昔ビルに不法侵入して警備員にライフル向けられた時よりビビった……あなたのお父さん、見せしめで部下を撃ち殺したわよ」


「私ならこの前3人に向けられたよサブマシンガン」


「すげぇ」


 何故か脅されたことのマウントを取る千明を無視して労るように優しく受話器を置くと、額の汗を掌で拭って服に擦り付けた。


「え? ああ、誰だかまぁ察しがつきますよ。そうか戻ってきたんだ」


 リウは全く気にも止めずにリンゴを頬張った。どうやら知り合いらしい。2度と会えなくなったはずなのに悲しくないようだ。

 清香は俯くカミーリアの方に近寄って屈み込み、彼の手を取った。


「あなたを引き渡してくれるなら何でも一つ願いを叶えてあげるみたいなことを言われた。けど大丈夫。絶対にあなたを渡したりなんかしないから」


「変な意地張らない方が良いですよ」


 リウがリンゴをもう一つ齧りながら清香に言葉を返した。この少年はどうも子どもっぽさや幼稚さを演じているようで、大人びてるとは言わずとも実際はかなり聡い。


「確かにカミーリアは強いし兵士が100人束になっても勝てないでしょう。それにこれからさらに力は増すはずです。それでも君1人で千明や清香さん、冷穏のみんなを守り切れるかな?」


「何が言いたいんだ」


「父さんは君さえマチリークに戻ってくるなら日本そのものから手を引くと言ってるんだ。裏を返せば戻らないなら徹底的にやる。この家の向かいに足の悪い優しいおじいさんいたよね? 多分千明達が殺される時は連帯責任でそうした近隣の人もみんな殺されるよ」


 リウは愛らしい顔をとぼけたように首をちょこんと曲げて、碧眼でカミーリアを見つめる。睨みつけられているわけではないので気迫などはないか、態度は終始冷え冷えとしてるため恐怖心を煽られる。


「いくら君が強くても千明達を守りながらどこまで持ち堪えられるかな? 僕、みんな優しいから好きだし長生きしてほしいけどなぁ。別にいいじゃん。戻ってきなよ。軍部も2度は逃げられたくないから君を手厚く管理するだろうし、僕も月2で会いに行ったげる」


「いやそれは別にいいけど」


 カミーリアが千明の腕の中で苦悩して頭を掻きむしっていると、流琴が声を上げた。


「確かにリュウの言うことも間違いじゃないが……」


 ここでリウを人質にして有利に交渉を進めたいとこだが、そうなると血を見ることになるのは火を見るよりも明らかだった。


「連中は平気で約束を反故にする。味方が少ない。戦力になる味方が。あっちはいくらでも増援を呼び込めるんだ」


「何で戦おうとするかなぁ……僕じゃ信用できないのか……」


「おお危ない危ない」


 リウは呆れた顔で空いた皿を重ねて流しに持っていくが、片手だと安定感が悪いので慌てて詩音が皿を代わりに受け取って持っていった。

 流琴が気持ちを落ち着けるために戸棚から煙草とライターを出した時、あっと言って許可の方に振り向いた。


「アイツ今何してんだっけ。ほらトミナ」


「え? 確か広島の格闘技教室かジムのインストラクターやってるとか聞いたけど。何流琴、最近連絡してないの? 元カノでしょ?」


「違う。ただ同じ家に住んでただけだ。だってアイツ無愛想でイラついてるのか違うのか分からんから怖いんだよ」


 冷穏が目を瞬かせて詩音と顔を見合わせる。


「あ、トミナさん懐かしいですね。もう何年も会ってないけど」


「うん。でもいい人だったと思いますよ。私算数教えてもらってたし」


「誰だ?」


 カミーリアが千明の顔を見上げて、これからを思うと湧き上がる不安の中でぶっきらぼうに尋ねた。


「父さんと同じ亡命マチリーク人の女の人だよ。父さんと違って向こうでは公務員だったって聞いたことある」


「ああ、だからこそマチリークへの敵対心は強い。もしかしたら力になってくれるかもしれない。正義感は人一倍強いヤツだったからな。それに腕っ節も」


 ***


「ハッハッハッハッハ、人を撃ってから寛大と言っても全く説得力がないな。言ってから気づいたよ。いかんいかん」


 同時刻、アルベルトはホテル最上階のスイートルームで携帯電話を片手に兵士に囲まれながら楽しそうに笑っていた。

 純白のテーブルクロスが敷かれた円卓の上に足癖悪く組んだ足を乗せて座り、足の横には無造作に置かれた巨大なステンレスの大口径SAAが青い煙を薄く立ち昇らせている。光沢のあるクリーム色のグリップの素材は象牙のようだ。

 彼の横には頭を吹き飛ばされた兵士が倒れており、時折昆虫のように指先や膝が痙攣して小刻みに震えていた。

 その死体の両足を本当に嫌そうに2人兵士が持ち上げて外に出そうとしたが、アルベルトは後ろの部下に携帯を渡しながら彼らを呼び止めた。


「ああ、大丈夫大丈夫。そのままにしておきなさい。君達がそんなことしなくていい」


「しかし閣下、お部屋が汚れますが……」


「ありがとう。でも気にしなくていいですよ。死体の横で寝るのは慣れていますから」


「かしこまりました」


 そう言うのならばと2人は持っている足を離して引きずるのをやめた。目の前であんなことがあった以上、彼の機嫌を損ねることは何もしたくなかった。


「君達も夜遅くまで付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。もう休んでいいですよ。ああ、でも君達にも言っておきたいことがあるのだった」


「はい」


 アルベルトが立ち上がり、ベルトに付けた年季の入った革ホルスターにSAAを納めた。相当愛着のある銃らしい。牛皮のベルトも専用のガンベルトで、予備の44マグナム弾が弾帯に幾つも差し込んである。


「君達や君らの部下の中には両親のどちらかあるいは祖父母が日本人の人も何人かいるでしょう。そうした場合、この国に叔父や甥とか親戚がいるはずだ。ですが彼らを探して会うことは認めません。そして言うまでもなく我が国のどんな些細な情報でも日本人に流すことも認めません。もし発覚した場合は重大な背信行為として懲戒処分とします。いいですね?」


 穏やか声色と口振りでありながら硬い表情で冷徹に禁止事項について述べ、言い終えるとゆっくりと死体になった部下を除く全員と目を合わせて異論が無いかを確認した。あっても言えるはずがないが。


「かしこまりました」


「結構。じゃあ解散」


「失礼致します!」


 部下達が一斉にアルベルトに綺麗に直角のお辞儀をして挨拶すると、下っ端がドアを開けて地位の高い連隊長クラスから順に部屋を出て行った。


「しかしまさか脅すために部下を殺められるとは……そんなことをなさる方だとは思いませんでした」


「お前まだ新人だから知らんのか。アイツは閣下の実の息子だ」


「は!? 我が子をあんな簡単に殺すのですか?」


「簡単に殺せる理由がちゃんとあるんだよ。多分明日には普通にまた閣下の横に立ってるぜ」


 ***


「さて……と」


 部下が全員去り、ドアを開いていた者も一礼してドアを閉めて消えると、アルベルトはクローゼットを開けてブロックコートとベストを脱ぎ、木のハンガーにかけた。

 そして水差しから湯冷しをコップに注ぐと、死体に向けて声をかけた。


「いつまで倒れている気だ?」


「……あー頭いったいなぁ……父上、撃つなら撃つとせめて言ってくれませんか。ビックリするじゃないですか」


 息子であるという死体の男が後頭部をさすりながらむくりと起き上がり、頭髪を整えながら涙目でアルベルトを睨みつけた。


「目配せはした。考えてみろ。今から撃つぞって口で言ったら失笑を買うだろうが。ほれ」


 水の入ったコップをそう息子に渡すと、彼は喉を鳴らして水を飲み干して壁に手をつき立ち上がった。


「あー頭ガンガンする。方向感覚狂うなぁ……全くもう……」


「分かった分かった。ほれ慰謝料だ」


 アルベルトは再びクローゼットを開けてフロックコートの裏地に手を入れて、100均の紙粘土のような分厚さの札入れから、適当に10枚ほど万札を掴んで彼に手渡した。


「あ……頂きます」


「ああ、新しい服でも彼女に買ってやるといい。それと慰謝料ついでにさっきの大葉家のことだが、お前明後日に行ってこい。お前なら大して警戒もされない」


「分かりました」


「無警戒どころか逆に襲われるかもしれないからな。一応持っていけばどうだ? 何せアンドレを殺した連中だ」


 グラスにシングルモルトウィスキーを生のまま注ぎながらアルベルトは腰裏に手を回し、イングラム短機関銃を息子に投げ渡し、彼は無言で受け取った。


「引き渡しの条件は何か聞くだけで、その亡命マチリーク人やその家族を消したりあの子を拉致する必要はないんですよね?」


 そう聞かれたアルベルトはグラスを傾けながら、ため息混じりに首を演技たらしく横に振った。


「お前は今年で32だろう。いい加減分かっていることを確信に変えるために人に尋ねるのはやめろ。質問するなら本当に知らないことのみ聞け。それにそれはお前がやることではない。殺すのはあくまで歯向かってきた時だけだ」


「失礼しました」


「分かればいい。あとお前に限って心配はしてないが、兄を殺した連中に復讐をしようと思うな。復讐は公務員の道ではない。私も彼らに報復する意思はない。いいな」


「はい」


 そう言って流し目で息子を睨め付けると、アルベルトは酒を煽ってバスルームに入って行った。そして、脱衣しながら中から息子に向けて大声を出した。


「そういえばアナスタシアの顔を朝から見てないがどうした? 熱出したなら事だぞ。我々はインフルエンザや結核の免疫がないからな」


「え? シアなら自分の部屋に……いやまさか……ちょっと確認してきます」


「おい、まさか先走ってあの家に1人で向かったわけじゃないだろうな!?」


「す、すぐに確認します父上!!」


 アルベルトの怒鳴り声に血相を変えた息子は、イングラムを持ったまま頭突きを壁に繰り出すと、そのまま忽然と姿を消した。

 数秒して、舌打ちをしたアルベルトの真上の換気扇からズルズルと無数の蛇が這うような音が響いた。

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