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あいう  作者: かれーめし
38/56

表向きはおおらかに 3

「笑えない冗談はやめてください。どなたなんですか?」


 清香は彼がアルベルト本人だと声で確信したが、まだ信じていない振りをした。

 信じがたいことだが、アルベルト・ファンディッケン本人が家に電話をかけてきた。

 彼の息子と彼の国のトップシークレットを家に置いている身としてはいずれは接触は避けられないと思っていたが、想定してたより遥かに早かった。それにまさか、本人が電話とはいえ直々に介入してくるというのも予想外だった。


「ハハハ、マチリークで文民大臣の席を汚している者ですよ。信じて頂けませんか? 武藤さん」


「な……」


 武藤というのは清香の旧姓である。これを知ってるのはリウとカミーリアを除いたこの家にいる人間とあとは数人の知己の友人しかいない。

 何故会ったこともない異国の人間がそれを知っているのか。例えようもない寒気がした。


「我々は暴力一辺倒じゃないのですよ。あなたやあなたの家族に関することはほとんど調べがついています。日本に生まれても日本が嫌いという変わった人はいるものですから、彼らの協力を得ましてね」


「おい、誰だよ」


 流琴が早足で近づき、微かな声で清香に問う。


「ファンディッケン卿本人よ、もう住所分かってるってさ」


「……マジかよ」


 流琴は座り込んで生唾を飲むと、襲撃に備えてかトンファーを取りに自室に戻っていった。


「分かりました信じます。リウ君なら出来る限りですが丁重にお預かりしています。傷つけたことはありません。彼と代わりましょうか?」


「あ、大丈夫です」


「いえ結構。あの子にも色々と辛い目に遭わせました。何かご迷惑をおかけしたのではないですか?」


「いえ、リウ君はとてもいい子です。あなたが欲しがっている子も」


 電話先で、オイルライターらしき独特の金属音がした。こんな微音が届くということはホテルの自室からかけているのだろうかと清香は推察した。

 警察に逆探知されることなんか分かっていそうなものだが、何かしら特殊なやり方でかけてきているのだろう。


「それは重畳。あなたには心から感謝しております奥様。ぜひとも我が国にいらっしゃってください。国賓で歓迎致しますよ。私も大昔に日本に来たことがあります。北朝鮮の拉致問題はご存知ですか?」


「はい。もちろん」


「あの事件は当初我々が関与しているのではないかと疑われてましてね。我々が無実であることを伝えるために使者として日本に来たんですが、存外丁重にもてなされました。私もいつか日本人をもてなしたいと思っていたので」


 実際に喫煙しながら電話をしているようで、喋る前に彼の大きな吐息が聞こえた。確かにマチリークなら疑われても仕方ない。ただ、その頃はまだマチリークはなく幾つかの武装勢力が鎬を削っていた頃だろう。その時からすでに公務員として要職を任じられていたのか。


「そ、それはまた次の機会に。あなたは私を口説きにわざわざお電話を?」


「おい、煽るな」


 トンファーを持って戻ってきた流琴が苦虫を噛み潰したような顔で床を足で叩く。カミーリアの髪が浮き上がり、彼もまた自然な動作で臨戦態勢に入った。


「ふむ、それこそ次の機会に致しましょう。奥様あなたは我が国の下等な亡命者と結婚しているだけでなく、みなしごに、得体の知れない火薬庫のような少年に敵の子まで面倒を見ておられる。金銭や世間体でご苦労されているのではないですか?」


「あら、く、苦労なんて感じたことはありません。彼らのおかげで毎日が楽しいですよ。その下等な亡命者も私には大切な人です。侮辱しないで、ください」


「言葉が過ぎました。失礼を。ではやはり、言い値の金額をお支払いすればあの子を差し出して頂けるというわけではないのですね? こちらとしましてはそれが最善策だと考えているのですが」


 アルベルトは口調は至って紳士的に清香に接している。側から見たら何故清香の声が震えているのか理解できないだろう。

 さっきリウが心理学で博士号を持っているとか言っていたが、思考を読むのが特技なんだろうか。先の先まで考えを見透かされている気がしてならない。


「ええ、お金ならそ、それほど心配させていないのです」


「では、どうすれば引き渡して頂けますか? あなたは敬うべき友です。あなたが提示する条件でしたら可能な限り対応致します。ああ、兵を退けと言うのでしたらあの少年の身柄を確保したら言われずとも失せますので、できましたら他の提案を」


「そ、そんな急に言われましても……」


 今言おうとしたことを先に封じられた。エスパーかコイツ。


「なるほど。それも当然のことですね。では近々部下をそちらに遣しますのでその者にお伝えください。それと奥様、これは単なる忠告なので聞き流してもらって構わないのですが……」


 再びオイルライターの音がした。それと、氷の入ったグラスを傾ける音も。


「ジェスタフを殺したことであの子もあなた方も我々について勘違いしているのかもしれませんが、我々は軍事力単体では先進国には及びません。されど兵は常に刃を研ぎ澄まし護国のため研鑽を重ねてきました。私があなたに敬意を持っている内が華と思って頂きたい」


「絵に描いたような脅しですね。テンプレートすぎて逆に生まれて初めて経験しました」


「つまりあなたは井の中の蛙に過ぎないというのをご自分で認められたわけだ。奥様。私は自分が思っている以上に器が小さいようでしてね」


「は?」


 清香が聞き返した時、電話口からリボルバーのノッチ音がした。次の瞬間、マグナムの凄まじい咆哮が鳴り響き清香の耳を劈き通過すると部屋にいる千明達に向けても銃声は轟いて、リウですら身体をびくっと震わせた。


「うっ……」


「聞こえましたか? 今のは私が5年教育してきた衛兵に外務卿を守る務めを果たせなかったケジメを取らせた音です。奥様、私は公務員の木鐸たる者として寛大を美徳としています。しかし、楯突く者は女子供だろうと容赦はしない。では、色良い返事に期待します。良い夢を」


 小さな娘を諭すように笑みを含んだ声で朗らかにそう説くと、アルベルトは清香の返事を待たず一方的にして静かに電話を切った。

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