表向きはおおらかに 2
「マチリーク軍部の事実上のNo.2と言われているアルベルト・ファンディッケン卿は先程記者会見で、宣戦布告の正当性を強調すると同時に、革新党の黛副代表を殺害したことを認めました。これに対して前園代表は今は状況をうまく飲み込めていないとコメントしました」
10時のニュースを聞きながら大葉家は退院した詩音と冷穏も混じえて食卓を囲んでいるが、時折茶や酒に口をつける程度で誰も清香と千明が不安の中拵えた料理に口をつけない。
「詩音ちゃん。ラー油取って。てかかけて」
「あ、うん」
リウを除いては。カミーリアすら空気を読んで空腹をこらえているのに対して、リウだけは髪をカチューシャでかき上げ、どこ吹く風でごはんをおかわりしている。
さっき、ニュースを見ながら隣にいる清香に、アルベルトを指差してこの人僕の父さんなんですよと笑いながら衝撃のカミングアウトをしたのも、皆が食事に喉を通らない理由の一つだ。
詩音と冷穏には最初は知り合いの子役の子を預かってると言ったが、本人が口を滑らせてすぐにバレた。それなのに詩音はジェスタフの弟を連れ込んだことよりもリウの容姿に驚き、美少年2人と暮らす千明を羨ましがっていたのには流石に流琴も呆れた。
「詩音ちゃんもラー油かける?」
「あ、それじゃあって多い多い多い」
「リュウ、俺のも食っていいぞ」
「あざす」
流琴が冷奴と肉じゃがの皿をリウの方に寄せる。
亡命マチリーク人で、劇作家の千明の義父の流琴も職場で仮眠中なのを叩き起こされてこれを知った。かなり動揺している。彼がどのくらい動揺してるかと言うと、車で出勤して電車で帰ってきた。
リュウに関しては、本人が気にしてないとはいえ兄を手にかけてしまったという負い目があるため、最大限優しく接していた。今だってリュウが座っている場所は上座だ。
ぶっちゃけ、好き嫌いはないし素直でよく笑い、それなりに礼節も弁えているので千明より手間がかからないとすら思っていた。もちろんリウがとてつもない爆弾であることは忘れていないが。
「これからどうしよう?」
1時間近く無言の中で、清香が冷えた味噌汁を一口飲みながらぼそりと呟いた。それに流琴が応じる。
「どうしようもないだろ。こうなったら無視を決め込んで、もし何かあればカミーリアとリウを人質にして俺らに関わるなと交渉するしかない。あ、人質って言うのはあくまで形だけだから心配しなくていいからな?」
「エロ同人みたいなことはされないんですか?」
「お前誰からそんなん教わった」
「マチリークにもありますよ」
「あるのか……」
リウはそう言って、冷奴の上の生姜をスプーンですくって皿の隅に除けた。
「というかお前がジェスタフ殺したからマチリークがブチギレたんじゃねぇのか!? お前どう責任取る気なんだよ?」
不思議の国のアリスのように、味噌汁に映る自分の顔を俯いて凝視するカミーリアをプリン頭の冷穏が怒鳴りつける。
「やめろ、そもそもそう仕向けたのは俺と千明だし、殺らなきゃこっちが殺されていた。むしろ奴は顔に泥を塗られたんだ。生きて帰したらピンポイントで俺達を殺しに来たかもしれない」
「でも……」
「ごめんなさい」
冷穏が納得できずに言い返した時に、カミーリアがぼそりと呟いて謝った。
前はここ数ヶ月で、清香に教わったりドラマを見たりして敬語を覚えたらしい。しかし、今でもひらがなの文章すら辿々しくしか音読できない。
カミーリアは18歳の少年だ。しかし、見た目はひ弱な10歳そこらの子どもなので、そんなカミーリアに心底申し訳なさそうにされると、壮絶な可愛らしさも合わさって冷穏も気まずくて何も言えなくなる。
「このケジメはつける。俺ならアルベルト・ファンディッケンを殺して部下を道連れにすることもできる。俺が死ねばマチリークも諦めるしかない」
「駄目だってそんなこと。カミーリアだけ痛い思いすることはないよ」
「千明の言う通りよ。あなたはあくまで被害者なんだから自分を擦り減らすことはない。そしてアルベルトって人はマチリークの重鎮でしょ? 戦争中の国にいるわけだし警備レベルは前とは比較にならないはずよ」
その通りで、アルベルトは約1000人の一個大隊を引き連れて来ている。それに固定機銃や装甲車まで運び込んでいるという報道もある。
ジェスタフも勝ったとはいえ、かなり追い詰められた上での勝利だった。いくら生体兵器の彼とはいえ、単身で大勢の部下に守られているアルベルトを殺すのは難しい。
「つーか戦争してる国の一流ホテルに長期滞在する気って舐めすぎだろ。ホテル空爆したら終わりじゃん」
「そりゃそうだが内戦中でもないのに自国を空爆なんて頭おかしいことやらんだろ。巻き添えも出るしな。あのホテルの宿泊代は前回と違って日本が出してるそうだ」
「どっかを占拠されて居座られるよりも滞在場所を提供してあげた方が安全かもしれませんしね」
詩音が頷き、そして髪を指に巻きつけながら端正な顔を向けて流琴に話しかける。
「そういえば、流琴さん。この人のことって流琴さんは知ってるんですか?」
流琴がビールを一口啜ってそれに答える。
「名前だけなら知らない奴はマチリークにはいない。マチリーク憲法の草案を作成したのもあの男だし、式典に一番多く顔を出すのもあの男だ。俺も一回軍事パレードで演説してるのを見た。とはいえ雲の上の人間だ。公務員でも末端じゃ直接関わることはない。てか俺より息子がいるんだからソイツに聞きなよ」
「確かに。ねぇリュウ。どんな人なの?」
リュウは冷奴を丸呑みしている最中に話しかけられたので、落ち着いて丸呑みしてから麦茶に口をつけた。喋る前に清香がティッシュで口元を拭った。
「僕も一緒に住んでるわけじゃないからよくは知らない。というか兄弟全員血が繋がってる他人だと思ってるよ。
確かに文民大臣でら心理学で博士号持ってて人望はあるけど、僕も兄さん達も何かしてもらったわけじゃないし、むしろ愛人の子って理由で嫌な目に遭ったことの方が多いと思う」
「そんな漠然としたことしか知らないのか? もっと性格とか主義主張とか知らないのか?」
「うーん……まぁ損得で動きそうな人だし、僕の誕生日すら知る気ないんだから敵討ちで戦争仕掛けるほど情けのある人じゃないと思う。大方、カミーリア君が音を上げて投降するのを望んでいるんじゃない? こっちに戻ってこないなら日本を灰にするし大切な人も殺すけどいいのかな? って」
「なるほど……な。つまり日本を巻き込んだ国家規模での我慢大会か。本当にお前はマチリークのお気に入りなんだな」
「嬉しくない」
カミーリアはそう心底から吐き捨てると、横にいる千明の手をぎゅっと掴んだ。千明が湧き上がる何かを押さえ込むように鼻息を荒く吐き出した。
「どうするか? 海外に逃げるか? ぐむむむ……」
流琴が冗談か本気かわからない声色で呟き、天井に向け目を凝らして唸った時、サイドボードの上の電話が鳴り出した。それに詩音が体を震わせて露骨に反応する。
「な、何でこんな時間に? まさか警察?」
「みんな黙ってて。私が出るから」
清香は立ち上がってテーブルを回ると、普段と変わらないはずなのに不気味に感じるベルに顔をしかめて受話器を手に取る。そして、耳に当てる前に人差し指を唇に当てて、再度口を開かぬよう周りを見回した。
「はい。もしもし」
「夜分遅くに申し訳ございません。そちらは大葉様のご自宅でお間違いないでしょうか?」
電話をかけてきたのは、粘液質でありながら嫌味のない柔らかな男の声だ。
「すいません、どなたか教えて頂いてもいいでしょうか?」
「私の息子の面倒を見ていただいているようで、誠にありがとうございます」
「ですからお名ま……え?」
「ああ、これは遅くに名乗りもせず失礼致しました。私はアルベルト・ファンディッケンと申します。リウの父です」




