表向きはおおらかに
「マチリーク中央指導省代表、文民大臣を務めるアルベルト・ファンディッケンと申します。以後お見知りおきを」
マチリーク軍が日本政府に宣戦布告をした同日、20時30分。東京記者クラブ会館に颯爽と姿を表した。広々とした室内に並べられたパイプ椅子には先着順に入室したマスコミが座っている。
ダークスーツを着た12人の護衛を引き連れ、まるで明治新政府の役人のようなフロックコートを着用し、ベストのボタンにはポケットに入れた懐中時計の銀鎖が下げてある。
アルベルトが着席すると、護衛の1人が予め自販機で買った微糖の缶コーヒーを懐から出し、目の前で蓋を開けて彼の近くに置いて一礼した。横に茶はあるが、ジェスタフ同様毒を警戒してのことだろう。
その護衛を含めた3人は彼の背後に回り、5人はテーブル付近のテレビ局のビデオカメラ付近を警戒し、残りの4人は懐に手を入れて出入り口を固めている。
全員一見丸腰に見えるが、スーツのボタンを外していることから脇に拳銃を吊るしているに違いない。アルベルト自身も腰に膨らみが見える。
彼はコーヒーを一気に半分ほど飲むと、舌なめずりしてから上記の台詞を柔らかい笑みを浮かべて述べた。お世辞にも歓迎しているとは言えない形相の記者団に向けて。
それも当然である。目の前にいるこの老人はマチリークの全体の次席の地位に就く最高幹部であり、そのマチリークは現在進行形で日本を侵略しているのだ。
今この瞬間も青森県の人々が虐殺されていると考えると、記者達の中にも不安とそれ以上に憎悪が募った。
それは記者だけでなく、本来ならこの場に当然のようにいる警備員も同じであり、彼が来ると聞いて全員が仕事をボイコットした。
12人も屈強な護衛を連れてきているが、恐らく記者達が死を恐れずに一斉に襲いかかれば相打ちに持ち込めるだろう。
本当に警戒するなら彼らに散弾銃でも持たせて更に50人はいないと安心できないはずだ。無論、建物外にも彼の車を警備する者達が待機しているが。
つまり、馬鹿にしているのだ。彼らは自分を罵倒するのが精々で、タマを取るなど夢のまた夢だと。書面でなく記者会見を開くのもそういう挑発的な意味合いが含まれているのだろう。
アルベルト・ファンディッケンは青い瞳で正面にいる女性の記者を一人一人舐めるように見つめると、髪を前から後ろに撫でつつマイクを近寄せて口を開いた。
「皆様もご存知の通り、我々マチリークは本日日本政府に対して陸軍大元帥、国家参謀、文民大臣である私、陸軍大将初め全将官の連名で宣戦予告を通告し、青森県の自衛隊基地を攻撃致しました。しかし、これは日本政府が我が国が派遣したジェスタフ外務卿を謀殺したことに対する報復であり、決して先制した武力行為ではございせん」
よく通る低い声でアルベルトはそう言った。彼自身はジェスタフと違って英語が喋れないのか日本語で話すが、落ち着いて穏やかな口振りは忌むべき存在でありながら記者達に不吉な安らぎをもたらした。
「我が軍は先程青森県庁に進軍したところ、知事の協力により互いに血を流さずに占領することができました。この場を借りまして竹田知事に同じ政治家として最上級の敬意を表します」
そう述べて、またコーヒーを一口飲んだ。指を見るとジェスタフと違って指輪をはめていない。意外にも結婚はしていないようだ。
マチリークの大物公務員であるだけでなく洗練された色気のある容姿を持った紳士風の男であるため、例え20代でも彼に抱かれたいという女性は多いだろう。
「占領下にある青森県民の方々ですが、我々は危害を加える気は一切なく、無抵抗の一般人を殺めたり資産を掠奪した者は容赦なく処罰すると厳命しております。どうかご安心ください。むしろ日本の統治下にあるより穏やかな暮らしを保証致します」
ンなこと鵜呑みするアホがどこにいるんだよと思ったが、マチリークはこんな真似をしながら自分らはテロリストやカルト集団扱いされることを嫌悪している。実際組織的に蛮行に及ぶことはないだろうとも思えた。
しかし、次の瞬間にアルベルトは笑顔から一転真顔になり、記者団を廃棄物でも見るような冷たい目で眺めた。
「ただし、我々にとって日本人が敵国の民であるということは変わりありません。もし、我々の資産を損なうような事態が起き、それが日本人による者だと判断した場合は……こうなります」
アルベルトは真後ろに立つ最も年長の護衛兵に小声で指示を出すと、その者が外に出てブラウン管のテレビを抱えて持ってきた。そして、プラグをコンセントに挿し、電源を入れた。
8時45分のニュースがちょうど始まる頃合いだった。開始直後に画面に映ったのは、激しく燃えている民家だった。
「たった今入ってきたニュースです。文京区にある革新党の黛副代表の自宅が燃えているとの通報がありました。火は現在も消し止められておらず、また黛副代表と妻の春子さんは現在、秘書の方が何度電話しても繋がらないとのことです。続報が入り次第……」
「我々マチリークは不本意ですが世界最大の武装組織と呼ばれていると聞いています。では、郷に入っては郷に従えということで犯行声明を。先日、黛氏は我が国を誹謗中傷しましたが、その後謝罪もありませんでしたので先程黛氏にはご家族と共に死んで頂きました」
さっきクリーニングからシャツを引き取ってきましたみたいな口振りと涼しい顔で殺人を告白するアルベルトに、記者団は人ならざるものを見たようで背筋が凍った。
「彼はあくまで見せしめです。何も失言程度で誰でも殺めるわけではありません。しかし、度が過ぎるようでしたら……わかりますよね?」
一番自分と近い位置にいる五分刈りの男性記者を顔はやや横を向けていても視線はしっかり合わせて話しかけたが、彼は唾を飲むのがやっとで返事などできなかった。
「我々が兵を引き上げる時は目的を達した時です。もし目的が達成できないのであれば、できるまで無為と分かっていても進撃を続けるまでです。最後は日本という地名がこの世から消えることもありえるかと思われます」
テレビを消して片付けさせながら、アルベルトはニコニコと再度宣戦布告を強調した。目的というのは日本をマチリーク領にすることだろうか。それもマチリークが強引に征服するのではなく、日本政府から申し出てくるのを望んでいるのかと記者の1人は考えた。
「さて、私も一方的に喋りすぎました。ここで質疑応答と行きましょう。答えられる範囲でなら何でもお答えしますよ。流石に私が部屋に出てきたクモを対物ライフルで駆除した話とかは無理ですが。ハッハッハッハッハ!! ……受けないな」
コイツ、他国に戦争をふっかけた張本人であるのだが、それに対して何とも思っていないどころか、戦争責任者としての覚悟や気迫が微塵も感じられない。まるでワイドショーの司会者のようで緊張すらしていないようだ。
完全に他人事と思って余裕ぶっこいているのか、あるいは相当な場数を踏んできた証なのか。マチリークというのを抜きにしても、マスコミの誰も出会ったことのない部類の人間だった。
薄気味悪さが気品を纏い、朗らかさを狂気が覆って同居している。ジェスタフの父親だそうだが彼以上に思考が読めない。
「君、悪いですが」
誰も質問してこないので、護衛が持っている煙草をアルベルトはねだって一服した。
記者達も質問したいことはあるのだが、下手なことを聞いたらノリで撃たれそうな気がして怖くて口が開けない。マチリークの記者は彼にも臆面もなく質問できるんだろうか。
「いませんか? 別に悪罵してもらっても構わないのですが。日本人は紳士的だ。本当に尊敬します。それでは私も用事がありますので。では皆様忙しい中お越し頂き誠にありがとうございました。当面の間は東京に滞在致しますので、またお会いできるのを楽しみにしてます。それでは」
アルベルトは残りのコーヒーを飲み干してから立ち上がり、缶を護衛に手渡すと立って丁寧に頭を下げた。それに釣られて護衛もスーツのボタンを留め、彼に倣って頭を下げる。
そうして部下に囲まれて部屋を出ようとした時、アルベルトは足を止めた。
「あ、そうでした。確か黛氏以外にもマスコミの中には我々を文明的な北センチネル島だの自分を軍隊だと思ってる指定暴力団だの書いたところもありましたね」
そう言いながら、懐から何やら細長くて黒いスイッチのようなものを取り出して空を見上げた。
「黛氏だけというのも不憫なので、あなた方にも反省してもらいましょうかね」
アルベルトがそう言ってスイッチの上に親指を載せた瞬間、1人が席を蹴って出口に向かって走ったのを皮切りに記者達は血相を変えて一目散に逃げ出した。
しかし、小さな出口にも関わらず皆先を争って我先に出ようとするので結果詰まり、1人が転んで将棋倒しになった。骨が折れたのか誰かが悲痛に叫んだ。
「フッハッハッハッハッハッハ!!!」
それを見ながらアルベルトは、さも愉快そうに雄叫びに近い豪快な笑い声を上げて、手に持っているスイッチを倒れている彼らに向かって投げつけた。
スイッチに見えたのは、100均のボールペンだった。
「ハッハッハ……何、恥じることはないですよ。命を惜しむのは動物として正しいことです。でも、次からは女性を優先させましょうか」
そう言って、彼と違って笑いを堪えている護衛と共に、文民大臣アルベルト・ファンディッケンは睨みつける記者達に手を振って今度こそ部屋を出て行った。




