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あいう  作者: かれーめし
35/56

私達のやらかし 2

「さて、これをどうしたもんか」


 あれから1日と半日くらい経った日のこと、私が詩音達の病院の見舞いに行っている時、義理の父さんの大葉流琴と母さんの大葉清香はあるものの処分に頭を悩ませていた。


「秩父とか奥多摩の山奥に捨ててくるというのは?」


 それは、あの後ホテルから家に帰る時に盗んできた、いや頂いてきた車だ。車種はフォードのサンダーバードとやら。かなりの高級車、らしい。

 ナンバープレートは品川なので、ジェスタフのものじゃないだろうけど何故か鍵が挿さりっぱなしだった。入った時にはバニラのような甘い香りがしたのを覚えてる。


「こんないい車が山道に捨ててあったら誰でも怪しむだろ。それにああいう県境のとこほど検問やってそうだしさ」


「うーん海に捨てるのも現実的じゃないし、いっそホテル付近に置いてくるというのは?」


「悪くねーけど確実に警察に気づかれるよなぁ…」


 この車の行方から足取りを辿られて警察はもちろんマチリークが仕返しに来るのをみんな恐れていた。

 電車やタクシーで帰れよと思うだろうけど、あの時父さんは撃たれて血だらけのアザだらけ、私は服を切り裂かれて一見性犯罪に巻き込まれたようだった。いやもっとヤバいのに巻き込まれたんだけど。

 そこに真冬に薄着で痩せぎすな子どもがいたらかなり目立つ。だから父さんは痛みに耐えながら車で帰ることを選んだ。

 あとで知ったけどフォードはマニュアル車で父さんの免許はオートマ限定だった。よく運転できたな。

 その車はとりあえず、近所の住宅地の中の目立たないとこにある駐車場に止めていた。無断だけどまぁ誰も無断だとは気づかないだろう。バレても土地の持ち主にいくらか罰金を払えばいいだけだし。


「売り払うにしても難しい証明書がいくつもいるし、処分も同じだし……流琴アンタマチリーク人の知り合いにいないの? 盗難車を買い取って海外の闇市に売り飛ばしてくれる人」


「いねぇよバカ、俺は中国のヘイハイツじゃねぇんだぞ。君まさか処分ついでにフォードがはした金になればいいなとかいう欲はないよな?」


「いやあるわよ。だって当たり前でしょ!? 家のガラス割られてお金かかったし、詩音と冷穏の入院費を肩代わりしてそれにもお金かかったんだから。少しくらい埋め合わせがないとこっち泣き寝入りよ!?」


「気持ちは分かるが下手な真似して俺らがジェスタフを殺したことがバレたら本末転倒だろう」


「はーアンタってほんと大葉チキンね! そんなら脚本家兼俳優なんてクソ目立つ仕事してんじゃないわよ! そっちの方が100倍下手な真似じゃないのかな?」


「な、何だとぉ……」


 と、まぁよくあることだけど夫婦の痴話喧嘩が始まりかけた時、フォードのトランクから物音がして2人は硬直した。


「な、何? 誰かいるの?」


「ま、まさか、だってあれから2日経ってるんだぞ。多分トランクが半開きだっただけだ。旧車だからな」


 父さんはそう動じていない振りをしていたけど、腰にねじ込んだスラッパーというしゃもじみたいな形状の警棒を取り出してトランクに2人して回ったそうな。

 そうして、トランクに指をかけた時、中で何やら衣ずれに似た音がしたという。

 そこで2人はいよいよ中に誰がいることを確信して、思考を放棄してとりあえず父さんはトランクを勢いよく解放した。


「「……は?」」


 そこには、白髪の少年つまりリュウが丸まってリュックを抱きしめて眠り込んでいた。

 仰向けになって、長い髪がよだれで頬に張り付いており、それを寝ながら幸せそうな顔で爪で剥がしていた。


「え? 誰? 日本人じゃないけどマチリーク人? いつからここにいたの?」


「俺に聞くな知らん。丸2日? お、おい。起きろお前」


 父さんはその子の左腕を持ち上げて起こそうとした。


「ひっ」


 しかし、情けない声を漏らしてすぐにその手を離してしまった。当たり前だけどリュウが死体ではないのは文脈から察してもらえるだろう。 

 父さんが驚いたのは、リュウの左腕が硬かったことだ。筋肉でなく無機物の冷たい硬さだった。つまり義手。リュウは左腕がなかったのだ。

 それでも勝手に腕が持ち上がったので、リュウは2日振りの日光の眩しさも合わさって嫌そうな顔をしてむくりと起き上がった。

 いくつかのスナック菓子の袋が彼の下敷きになっていた。飲みかけのペットボトルのジュースもあった。


「……どなた?」


 リュウは目を擦りながら2人を見回して、今自分がどこにいるのか困惑しつつ首をちょこんと傾けて母さんに尋ねた。


「ウグッハァ!?」


「清香!?」


 その尊さに母さんは一瞬でノックアウトされてしまった。無理もない。こんな美少年はこれまで私もテレビでしか見たことがない。父さんも正直ビビったらしい。

 卒倒して泡を吐く母さんを抱き抱える父さんを見つめながら、リュウはトランクから出て大欠伸をした。そうしてどこかへ歩こうとした。


「待て。君どこ行くんだ?」


「お腹すいたから何か食べに行こうかと……」


 そう言って足を進めて数歩。リュウの歩調が覚束なくなったかと思うと、そのままパタリとよろめいて倒れてしまった。


「え?」


「は、腹が……助け、助けて……」


「……」


 空腹のあまり倒れてしまったリュウと気絶した母さんを父さんは仕方なくフォードに乗せて家まで連れて行った。


 *** 


 家に連れて行ったリュウに父さんはとりあえず昨日のポトフをあっためなおして出してあげた。それを4杯くらいおかわりして、あとはバゲットをまるまる一本食べてリュウはやっと落ち着いたようだ。

 隻腕だけどかなり前かあるいは先天的に腕を失ったらしく、食事に困っている様子はなかった。

 母さんもちょうどその辺りで起きて、リュウの端正な顔を繁々と見つめていた。私はどちらも甲乙つけがたいけど、母さんはリュウの方がタイプらしい。


「それで、君は何だ? 何でトランクで寝てた?」


 ぷふぅとゲップしたリュウの顔をテーブルから身を乗り出してティッシュで拭きながら、父さんはリュウに尋ねた。

 リュウは脇にずれて正座をすると、ぺこりと片手を床についてお辞儀をした。


「食事を食べさせてくれてありがとう。僕の名前はリュウ・クレバノフと言います。外務卿ジェスタフの弟で社会科見学として内密にここに来ています。夜中に兄さんに叩き起こされて、しばらくしたら戻ってくるから隠れてろと言われて駐車場にいたら誰か来たので慌ててトランクに入ったら、内側からは開けられなくて困っていたんです。助けてくれてありがとうございます」


「ジ、ジェスタフの弟……!」


  父さんと母さんは戦慄した。考え得る限り最悪の人間を連れてきてしまったことを知った父さんの衝撃は計り知れない。というか誰かって私達だ。


「ところで兄さんは? そしてここは?」


 そうしてリュウは赤茶色いパーカーのジッパーを下ろし、襟ぐりが緩んだシャツを見せて白い胸板を2人に露にした。どうやら寝巻きを着ているらしい。

 その中で艶やかな肌を締め付ける義手のベルトが異質な雰囲気を放っていた。


「う……」


 後者はともかく、前者は答えに窮した。父さんは母さんに目配せすると、やむなく母さんは古新聞を持ってきてリュウの前に広げた。


「君のお兄さんな、死んだんだよ。お悔やみを申し上げるよ」


「何だそうなんですか」


 リュウはこれといって悲しむ様子もなく、新聞の字を目で追っていた。これには2人も困惑した泣き叫んで取り乱すかとばかり思っていたのに正反対の反応だ。

 父さんが恐る恐る問いかける。


「お兄さんが死んで、悲しくないのか?」


「ちょっと驚きましたけど、顔見知りが死ぬことは慣れてますから。家族にしたって同じです。それに兄さんは何となくあの時駐車場で会った時、これが最後かなって思ったんで」


 まるで終電に遅れた程度の扱いの、かなり淡白な反応だった。一瞬母さんはジェスタフから虐待を受けていたのかなと疑ったようだけど、ジェスタフが駐車場まで自ら逃したくらいだし、それはないとすぐに疑いを取り消した。

 ただマチリークが想像通りの修羅の国というだけらしい。家族の死に慣れるって何すか。


「でも少しかわいそうだな。兄さんまだユーリィが小さいからって日本行きを嫌がってたのに父さんに命令されて渋々行くのを決めてたんですから。日本人は血を見ただけで吐く雑魚ばっかだから死ぬわけないとか言って死ぬとは、すごい身体張ったギャグだな」


 全然面白くないギャグだな。笑えんぞ。

 あの人、冷徹な人だったけど家族に対する愛とかは人並みにあったらしい。そう思うと胸が締め付けられる。


「それより困ったな。兄さんが死んだら僕どうやって帰ったらいいんだ。あ、すいませんが僕しばらく置いてもらえません?」


 烏龍茶を飲みながら、父さんはふわふわした笑みを浮かべながら近づいてくるリュウを押し退けることができずにされるがままになっていた。

 どうやら自分の容姿が恵まれていて、それが武器になることを弁えているようだった。純朴とは言い難いけど、こうでもしないとマチリークでは生きていけないのかもしれない。

 母さんでなく父さんに擦り寄ったのは大黒柱に取り入ることを狙ったんだろうけど、悲しいかな逆だ。


「流琴? いいよね?」


「あ……う……わかったよいいよ構わんから離れるんだ!! 飯食ったなら風呂入れ!! 着替え貸すから!」


「あ、はい。でも僕ご存知の通り腕片っぽないから風呂1人じゃ入りくくて仕方ないんです」


「清香」


「喜んで」


 そう言って、母さんに連れられてリュウは脱衣所に入っていった。

 父さんは男に誘惑され、それが不快でなかったことに困惑して、らいおんの匂いを嗅ごうと庭に降りたらそれだけでタックルされた。


 ***


「パーカー脱がしていいかな? リウ君?」


「リュウでいいですよおばさん、みんなそう呼びますから僕のこと」


「じゃあ、リュウ」


 リュウはパーカーを脱ぎ、右手で木製の義手を掴んで引っ張るとベルトも緩めて取り外した。腕は肩の付け根からほんの僅かに先っぽだけを残して消えていた。

 カエルになりかけのおたまじゃくしのしっぽのようで、剥き出しの骨を皮膚が薄く覆っている。何で腕がないのか母さんは気になったようだけど、悪いと思って聞くのは気が引けた。


「あ、気になりますか? これ。4歳くらいの頃に住んでた集落が襲撃されて、小さかったから撃たれた腕がそのまま取れたらしいです。でも、その他は綺麗なままだし物心つく前だったんで、まぁ生まれつきのようなものだと思ってあまり気にしてません」


「……痛くないの?」


「いや特には。困ってることはゲームキューブができないことですかね」


 リュウはそう言ってコロコロと笑った。なんか母さんは涙が出てきたらしい。が、リュウのズボンのポケットが膨らんでいるのに気づいて手を入れると、その涙が引っ込んだ。


「ベ、ベビーブローニング!?」


「あ、兄さんに渡されてた護身用ですね」


 あどけない顔して、リュウはマチリークの人間らしく25口径の拳銃を持っていた。


「こ、これはちょっと私が預かっててもいいかな?」


「あ、いいですよ。これで僕も立派な捕虜かぁ」


 リュウが服を脱ぎながら縁起でもないことを言ったので母さんは目を丸くした。


「え?」


「多分あなた達関わってますよね? 兄さん殺したの? だって、車もそうですがなんか僕への扱いに戸惑いが見られないし。まぁ別に恨みとかはないですよ。兄さんだって何人も殺してますし」


「……大丈夫よ。あなたに危害は死んでも加えないし帰れる手段は見つけてあげる」


 リュウは他人の死に根本的に無関心な子だった。自分がかつて殺されかけたように死に何度も直面したがため、自我を守る手段としてこうなったのかもしれない。


「あ、ならこれも預かります?」


 リュウはそう言って義手を母さんに渡した。


「え?」


 母さんが渡された義手を見つめると、腕の部分に拳銃の予備の弾倉が埋め込まれていて、ボタンを押すと起き上がる仕組みだった。さらにその下にレールがついていて、片手のリュウでも装填ができるようになっている。

 あと、なんか赤いランプが二の腕のとこについて点滅している。


「リュウ。この赤いの何かな?」


「発信機ですね」


「ファッ!?」


 それを聞いて母さんはリアクション芸人じみた素早い動きで義手を湯船にぶん投げ沈めた。


「もーオーダーメイドらしいんでやめてくださいよ。おじさんが金出してくれたもんですけど」


「ただいまー母さん、今の音何……あ? グァァァァァ何このすごい美少ね、ん……」


 そうして私が帰宅すると、母さんと同じようにリュウを視界に入れた瞬間、その愛くるしさに卒倒した。カミーリアだけでお腹いっぱいなのにまさかあの子に匹敵するような美男子が来るとはな。


 と、まぁだいぶ駆け足だったけどこれがリュウがウチに来た経緯だ。

 リュウは確かにマチリーク人だし、どこか冷めてるところがあるけど社交性があって明るいし、掃除機をかけるとか洗濯物畳むとか家事の手伝いもしてくれる。

 何より人懐っこいから私にも擦り寄ってくる。この子は自分の可愛さに気づいていながら無防備に振る舞うので私には辛い。髪しゃぶるのも許せる。

 現に今、私の膝の上で寝ちゃったけどいいのかな? 襲われても文句言えませんよこれ。


「……」


 父さんは仕事に行った。母さんはカミーリアを連れて買い出しに行った。詩音達もいない。

 これはもう我ながら禁断の扉を開けざるを得ないな。よし、ベロチューしよ。


「ヘッヘッヘ……」


 私が髪を耳にかけてから顔を近づけて、リュウの唇を舌で舐めようとした時。


「何してんだお前」


「!?」


 10キロの生米袋を頭に載せたカミーリアが、私を凍てつくような眼差しで見つめていた。い、いつのまに帰っていたんだ……。

 カミーリアは黒髪のおかっぱ頭に、銀色の瞳が特徴的なやや外見と共に大人びた雰囲気の、リュウとはまた異なるベクトルでレベルの高い美少年だ。歳は11歳だ。

 あ、あとついでにマチリークが追ってる生体兵器でもある。


「千明……アンタ……」


 そして、その後ろで母さんが受け入れ難い事実を目の当たりにしたような憔悴しきった顔で壁に背をもたれて立ち尽くしていた。

 さて、非常にまずい状況だ。どう言葉を返すべきかな。焦りすぎてむしろ冷静になってきた。とりあえずリュウを床に寝かせる。


「母さん、これはただの愛情表現で……」


「ち、違うわよ! アンタがショタコンなことなんて5年くらい前には気づいてるわよ! 何アンタまだ気づいてないの!? テレビつけてホラ!!」


「え?」


 私はゲームの電源を落としてチャンネルをNHKに変えた。だから私はショタコンじゃなくて母性愛が強いだけなのに。まぁ言っても理解できないんだろうな。


「あれ? 変だな?」


 おかしい。ゲームは間違いなく切ったのにまだ戦争の画面が流れている。焼け焦げた市街地をゆっくりと上から俯瞰している映像だ。やたら画質がいい気がする。


「今現在の青森県竜飛岬海上自衛隊特別司令部の様子です! ご覧のように完全に基地は破壊され、死者数や被害は想像もつきません! しかしただ一つ言えるのは、これは嘘偽りない現実ということです!!」


 ヘリに搭乗して上空から撮影している女子アナが、ほとんどパニック状態の悲鳴みたいな声で喋っている。

 戦車や装甲車、果ては軍艦までが陸に打ち上げられてひっくり返って黒煙を吐き出している。

 よくできたムービーだ。このゲームは発売したら必ず買おう。ん? NHKってコマーシャル流さないよな。というか竜飛岬ってマチリークと日本の軍事境界線じゃん。

 すると、テレビ画面の上に臨時ニュースの白いテロップが浮かび上がり、スタジオのいる中継とは別のアナウンサーがそれを読み上げた。


「えーとたった今速報がありました。マチリーク・アルミアは、襲撃の数分前に竜飛岬にあります海上自衛隊特別司令部に無線で宣戦布告を通達していたとのことです。繰り返しますマチリーク軍は襲撃の数分前に……」


「ゲッ本物!?」


 思わずテレビに後退りしてしまった、、マチリークが日本攻めてきたんですか。マジで? これもしかして私らがあの時色々引っ掻き回した仕返しか。


「映像には亡くなられた自衛隊の方と思われる遺体が映っています。ご家庭では小さなお子様は画面から遠ざけてく……え? うそ? 何何何何!? やだ……これ嘘……いやっやだっだ、誰かパパ助けて!! ああああああいああああああ!!! ウギャァァァァァァァァァァ」


 中継先の女子アナは生放送故に修正ができないショッキングな映像を流してしまうことを詫びていた。

 その次の瞬間画面の端が真っ赤に光ったかと思うと、ヘリが揺れてカメラが落ち着きなく激しく乱れ、瞬く間にアナウンサーとカメラマンかパイロットの音割れするほど悍ましい絶叫が私の耳をつんざき、カミーリアが両手で私の目を塞いだ。


「見るな」


 やがて幼児退行した女子アナの泣き声がけたたましい轟音に打ち消されたのだけど、その途中で強制的に中継が打ち切られてスタジオに切り替わった。

 ハンカチで額を拭いながら、2人のアナウンサーがどちらが喋るか迷っていたが、やがて昼夜問わずよく見る年配のベテランの方が重い口を開けた。


「……恐らく、富永アナウンサーですが、乗っているヘリが撃墜されたと思われます……言葉もありません。先程富永アナウンサーも仰っていたように、これは嘘偽りない現実です。

 青森県にお住まいの皆さんは大至急避難してください。繰り返します。武装組織マチリーク・アルミアが日本に宣戦布告をしました。

 すでにマチリーク兵が青森県に上陸しており、軍事境界線は突破されています。近くにお住まいの皆さんは至急避難、近くで銃声がした場合はカーテンを閉めて窓から離れて……」

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