これからが始まり
数日後
「アンドレイ・ジェスタフ氏、自殺?」
清香が新聞の一面記事を読みながら目を丸くする。
「何て書いてあるんだ?」
「一昨日未明、マチリーク軍幹部外務卿のアンドレイ・ジェスタフ氏が帝都ホテルのスイートルームで首を吊っているのが確認されて、警察は自殺と断定してるんだって。動機は不明だけど。カミーリアが起こした爆発は近くのキャバレーがガス漏れを起こしたことになってる」
「多分、下手に殺されたとか事故に巻き込まれたとか書いたら、マチリーク本国の怒りを買うから政府がそう指示したんだろう。報道規制も凄まじいはずだ。多分週刊誌やまとめサイトでも同じことが書かれるはずだ」
「ふーん。でも自殺するような人だった?」
「いいや全く。必ずそこはマチリークも疑うな。願わくば親が死んだとか借金抱えてたとか後ろ暗いものがあるといいんだが。十中八九カミーリアに返り討ちにされたと気づくだろう。それでも、しばらくは大人しくしてるだろう」
「でも、あの人アンタ殺さなかったのよね」
清香が新聞を渡すと、流琴はコーヒーを飲みながら新聞に目を通す。
あの時完璧に気絶したが、弾が暴徒鎮圧用のゴム弾じゃなければ確実に死んでいた。大方カミーリアを生け捕りするためのものだろう。決して命を救われたわけじゃない。
だが、あの男どうして俺を瞬殺しなかったんだ。 あの男の技量ならすぐに俺を殺せたはずだ。捕虜にしたかったのか本当に部下にしたかったのか。それとも何か別の理由があったんだろうか。
「清香、千明が風呂から出たらキツく言っとけよ。もうこんなバカなこと金輪際するなって」
「え? アンタが言いなさいよ。父親でしょ」
流琴が口ごもって新聞で顔を隠す。
「俺が言っても説得力ない。特にカミーリアを追い出せとか引き渡せとかもう俺は言えない。アイツにはでかい借りが出来た」
「まぁいいや。私はコレクションが増えたから満足」
清香はそう言って、千明が持って帰ってきたジェスタフの中折れ式リボルバーを嬉しそうにハンカチで磨き始めた。
***
「はぁー風呂超気持ちいい~昨日は泥だらけだったけど泥みたいに寝たから風呂がすごい快感」
「俺は疲れてもお前や流琴の傷治したぞ」
湯船に浸かる私と、膝の上に座るカミーリアで互いに一昨日の疲れを癒す。
昨日嫌なものを散々見たが、疲労の前では些末なことだった。帰り際にジェスタフの死体を見たが、家についてからあれもしかして人だったのかなと思った。それくらい損壊していた。
しばらくはソーセージやホルモンが食べれなくなりそう。
「手助けするなと言ったが、お前には助けられたな」
「いやいや。カミーリアさんがいなかったらそもそも私地面に叩きつけられてましたから」
「そもそも俺に会わなきゃ……」
私はカミーリアの首を自分に向けて、鼻と鼻をくっつける。
「そんなこと言わない」
詩音達も脳に異常もなく容態は安定して意識は取り戻したと聞いたから、あとで見舞いに行こう。病院ってお菓子とか持っていっていいんだろうか。
「もう出る」
すると、カミーリアが立ち上がって湯船から出た。
「え? まだ2分も浸かってないじゃん。まだダメです」
「違う。この家からもう出ていく」
「え?」
私がカミーリアを抱き寄せて湯船に戻そうとすると、カミーリアが衝撃的なことを言った。
何でだ? まさか昨日胸やお腹の傷を舐めて治してもらう時に達してしまったのがそんなに気持ち悪かったのだろうか。いや、でもさっき服を脱がせた時も軽くイッたからやっぱり……?
「あのカミーリア、私の性癖が嫌いになっても私のこと」
「このままここにいると、またお前らに被害が及ぶ」
ああ、何だそっちか。
「俺は幹部を殺した。あの時は頭に血が上っていたが、あの男は殺さずに伝言を言って追い返した方がよかった。きっと今頃連中はお冠だろう」
「舐められたら殺すがマチリークのスタンスなんだからね」
一国に狙われるというのが、一介の女子高生には壮大すぎてあまり実感が湧かないのが正直なところだ。
「アイツは少ない護衛のみを連れて来たが、恐らく次に来るマチリークの幹部はかなりの数の兵士を引き連れてくるだろうし、日本の顔色を伺ったりもしないだろう。多分、アイツの言った通り、無関係な人間も巻き込まれる。そうなったとしても俺はお前らだけは生きていてほしい」
「いや、それちょっと矛盾してない?」
「え?」
「カミーリアがここにいて私達守ってよ。それにカミーリアこの家での暮らし結構気に入ってるでしょ?」
カミーリアが寒くなったからか湯船に戻ってまた沈む。
「別に……そんなことないし」
「今晩母さん、焼肉するってさ。でもすぐ出てくなら食べれないかな?」
「……じゃあ」
「食べてから出てくってのは無しね?」
カミーリアの予測できた返事を私は先に封じ、さらに言葉を続けた。
「私はカミーリアと一緒にいると楽しいけど、カミーリアは私といると不安になるというのはやだし、カミーリアも私と一緒にいて楽しいと思ってほしい」
「……別に不安になるってわけじゃない。ただ、お前昨日死にかけただろ。その内心壊れるぞ」
「大丈夫。私かなりタフだから。そう簡単に心折れないし」
私がそう言うと、カミーリアは気恥ずかしそうに湯船に頭の先まで沈んでしまった。こういうところは年相応の子どもだ。
きっとカミーリアは普通に育てられてないだけで、中身はいたって普通の子だ。誰かに危害を加えるわけでもないし、それどころか正義感も強い。強すぎて自己を顧みないのが玉に瑕だけど。
これからカミーリアと当分一緒に暮らしていくわけだけど、願わくば何も起きないままずっと私の側にいてほしい。
そして、私が自分の身は自分で、それでいてカミーリアを守ってあげられる日が来ることを願っている。
「ところでカミーリア」
「ん?」
湯船に沈んだまま全然浮いてこないカミーリアを、私は持ち上げて尋ねる。
「ジェスタフがさ、カミーリアは10年前から製造やら運用やら何やら言ってた気がするんだけど、君って9歳か10歳でしょ?」
「は? 18だけど」
「え、年上?」
***
マチリーク国内南西、ミチオール (日本側呼称函館)。
幕僚総長官邸兼マチリーク軍全軍総本営、役員会議室。
「まさか死ぬとは思いませんでしたな……自殺と聞きましたが、何か理由となるものは見つかりましたか? 外務部長」
「いえ、改めて精査しましたがそれらしきものは何も。やはり、捕らえた兵器に脱走され返り討ちにあったものと確信してよいかと」
「やはりか。そもそも彼は役員最年少で綺麗な細君に小さなお子さんもいる。順風満帆な人生そのものだったからな。残された家族のことを思うと胸が痛む」
「お悔やみの言葉感謝します。福利卿」
「か、閣下……失礼致しました。外務卿はあなたの……」
マチリーク軍中央指導軍トップ。序列2位『文民大臣』アルベルト・ファンディッケン。
「ええ、好かれはしませんでしたが、よくできた息子でした。あの男は逸材でした。叡智に優れ、決断力もある。しかし、妻子を持ったことで感傷的になってしまった。悪く言えば甘くなった。
人に対して優しくあること、寛容であることは何ら非難されることではありません。しかし、それは堅気の方々の話。我々公務員は違います。
どれほど民のために務めても結局我々の世界は力が全て。弱者の弱みにつけ込み、骨の髄までしゃぶり尽くす修羅の世界です。彼はどうやらそれを忘れてしまった。だから、あの子に返り討ちにされたのです」
「閣下の心中拝察致します。されど、このまま日本に……」
「分かっている」
「総長」
マチリーク軍序列筆頭。全軍指導者『幕僚総長』クランストロ・サルディニア。
「アンドレが返り討ちにあったのだとしても、日本側は虚偽の報道をしたわけだ。ヤツの亡魂の苦しみを和らげてやるためにも責任は取らせないとな。あのガキがマチリークに帰らないと言うなら、日本をマチリークにするまでだ。陸軍大将」
「はい、ご命令の兵器の整備は既に終わっております。すぐにでも。それと、彼らも日本に潜伏させています」
「ありがとう。しかし、お前までやられるとは、日本にも手練れはいるということか。ミハイル」
「……申し訳ありません」
「君の専門は武力鎮圧でしょう。要人警護など不慣れなことをやらせた我々も悪かったのです。恥じることはないですよ。次は何のしがらみもない兵士として屈辱を晴らしてください」
「ありがとうございます。閣下」
「それでは、次は私が日本に行くとしましょう。正直息子は討論はうまかったですが交渉は今一つでしたから。それに、こういう問題は必ず揉めます。日本側の意見も聞き入れなければなりますまい」
完




