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あいう  作者: かれーめし
23/56

明け方の夢 4

「さて、こんばんは?」


 言い忘れていたかのように彼は私に挨拶をした。その手にはいつのまにかリボルバーが握ってあり、私は生唾を飲み込んだ。


「耳から血が出てるぞ」


「……し、知ってます」


「ふーむ……他人の耳なんて嫁のでもまじまじと見たことはないが、こうして凝視してみると愛らしい。耳にフェチズムを感じる人間の気持ちが分かる気がする」


 ジェスタフは脅しなのかそう気色悪いことを呟きながら、何てことなさそうに私に引き金を引いた。


「……!!」


 銃声というと耳をつんざくような轟音を想像していたけど、実際聞いてみるとデカい音ではあるけど、それほど凄まじいものでもなかった。


「日本土産に持って帰ろうかな」


 それでも肩は震えた。何故なら弾丸は私の首筋を掠めたからだ。あと1ミリ右にズレていたら頚動脈が掻き切れて失血死していたかもしれない。そう思うと膝の力が抜けてへたり込んだ。

 ジェスタフが数歩歩いて私のジーンズの股を覗き込む。


「失禁してないのか? やるな。水も滴るいい男って言葉あるだろ? あれって濡れ鼠でもかっこいい男って意味じゃなくて、尾籠な話ではあるが、見ただけで股を濡らしてしまうほどの美男って意味らしい。君が今漏らしてたら言おうと思ったんだがな」


 この人、セクハラ発言こそするけど目は全く笑ってない。この乾いた眼差し、人を殺し慣れたせいで人と虫の違いが分からなくなってると言われても信じる。

 しかし、だからこそ言いたい。

 この人、キャラ濃っ。おどけて見せるのがサイコっぽいけど、マチリークの幹部陣ってこんなんばっかなのか? 

 ジェスタフはベッドに上がると動けない私の元に近づく。お互い土足だけど咎める者はいない。すると、ジェスタフは突然屈んで私の胸を鷲掴みにした。


「いっ!?」


 凌辱するために揉みしだくのでなくて、何かを確かめるように握り潰さんばかりの剛力で掴むので激痛が走った。


「い、いだい……離せっ!!」


 私はビンタを繰り出したけど、彼はリボルバーの側面でそれを受け止めた。それと同時に胸を掴む手も離してくれたけど、撃ったばかりの銃は熱いので私は掌に軽い火傷をした。


「本当に女か。女装してる可能性もあったから一応確認しただけ。8:2で悪気はなかった許してくれ」


 事務的にジェスタフは謝った。


「どっちが8でどっちが2なんですか」


「確認が8で性欲が2」


 やっぱやらしい気持ちもあるじゃねぇか!! 母さんにもされたことないのにふざけんなよ!!

 自分で言うのもアレだけど、初対面の人間をここまで嫌悪するのも珍しい。私は涙目で彼を睨みつけたけど、彼には鼻で笑われた。


「さて、お遊びはここまでで、私は本当なら君を射殺してもいいわけなんだが、明日は総理と会食もあるしこの時間だ。今すぐ帰るならこのまま見逃そう。追手を差し向けることもないと誓う」


「私、その子のことを知ってるから口封じしないとまずいんじゃないですか?」


「自己評価たかし君だな。日本政府にチクったところでいたずら電話扱いが関の山だろ」


 ジェスタフはそう言うと、リボルバーの銃口を私から天井に向けて微笑んだ。

 絶対に信じられない。どのくらい信じられないかって言うと、真っ赤なスープにハバネロが浮いてて湯気だけで泣けてくる激辛ラーメンを、店長にお子様向けだよって言われるくらい信じられない。


「な、何で詩音と冷穏にあんなことしたんですか?」


「……? ああ、藤岡が巻き添えにした人か。死んだのか? 友達? まぁ彼も我々に人質を取られてたから手段を選んでられなかったんだろう。私がそう指示したわけではないが、アレだ。恨むなら彼より私を恨んでやってくれ」


 一見責任は取るというような誠実な言い方だけど、顎を指で弄りながらサバサバした口調で言うのが心底不愉快だった。他人事だと認めてるようなものだ。


「恥ずかしくな、ないんですか?」


「ん?」


「こんな小さな子を縛りつけてボロボロになってでも逃げ出したくなるくらいひどいことして! 胸は痛まないんですか!?」


 この男を刺激したくはなかったけど、抑えきれない情動が思わず声になって口からこぼれ出してしまった。今度こそ撃たれないかと私の身体に鳥肌が立つけどどうしようもない。


「そりゃ痛むけど」


「え?」


 意外な返事が返ってきた。ジェスタフはカミーリアを見下ろしながら言う。


「コイツは十数年前、まだ私が下積みで一歩兵だった頃には既に開発計画が進められていたらしい。これが近年の話なら役員会議で私ぁ猛反対している。

 市街地でも違和感なく溶け込めるために子ども兵器として利用するなど21世紀の発想じゃないね。第一私には3歳の息子がいる。子どもが傷つくのは見るに堪えないね」


「じゃあなぜ……」


「でも、それはあくまで私個人の考えだ。コイツには今まで途方もない大金が投入されてきた。私の年収2000年分とかかな? 

 コンコルド効果というんだろうが、ここまで投資したものを人道に反するので途中で打ち切りますというのもおかしいだろ? 

 だが、古今東西国に殉ずるというのは美談の典型。なので国家のために孤児が犠牲となることも罷り通っていいのさ。世界は清く正しくなきゃならないって決まりはない」


 そう言うと、ジェスタフは長く喋って口がも寂しくなったのか煙草を吸い始めた。未成年がいるんだから吸っていいかとか聞くのがマナーだろと思ったけど、こここの人の部屋か。


「君はコイツを甘く見すぎだ。コイツは生体兵器だ。しかし、厄介なことに常識というのをまるで持っていない。このガキは日本国内だけでも自分の能力を使ってこちらが知る限り、39件の事件を起こしている。死者も何人か出ている」


「え……?」


「コイツは罪悪感もなく無邪気に暴れてここまで来た。君もいつかはこのガキの逆鱗に触れて殺されるってところを私は守ってやったんだぜ? ハッキリ言おう。君の友達を轢いてまでコイツの身柄を確保したのは、純然たるこの私の善意だ」


 すごい暴論のはずなのに何故か反論できない。この男には相手に反論を許さない凄みがある。

 確かにカミーリアは心のブレーキがかかりにくい子なのかもしれないし、生体兵器という言葉が決して言い過ぎではないくらい強大な力を秘めているのも分かる。


「なら、私がカミーリアに人として大切なことを教えます。常識をまるで持ってないってこの子を人間扱いしてこなかったあなた達マチリークの責任じゃないですか。それなのに何が善意よアホじゃないの!? こっちはマスコミに告発したっていいんですよ!?」


 でも、このままカミーリアを彼に引き渡して終わるというのは、私の心に嫌なものを残す。それにまだイチャイチャし足りない。そんな個人的かつしょうもない理由で私はジェスタフに反駁した。

 ジェスタフは一瞬だけ目をぎゅっと瞑り、再び開けた。心なしか目つきが変わったように感じる。


「なるほど、そこを突かれると苦しいな。マスコミにチクられるのもうざったらしいことだし嫌だね」


 ジェスタフが床に灰を落とす。


「マチリークは君が思うほど野蛮な国ではないんだ。不必要な拷問や殺人は公務員でも厳禁、レイプなど望まない妊娠なら中絶も認めてるし民間人の銃の所持は制限されてる。女性兵士の採用も大分前にやめたし、死刑制度も廃止している。

 マチリークは安全な国家だと知ってもらうために来日したのに、コイツのことが露呈されたら赤っ恥どころの騒ぎじゃない。そうなると困るからやっぱ君殺すとするかな」


「あつっ」


 それだけ言うと、私に向けて吸い殻を指で弾き、再度私にリボルバーを向けた。今度は銃口と私の眼が背けたくなるほどしっかり合った。


「マチリーク軍において最大の禁忌は赤子殺しなんだが、女を殺すのもあまり愉快なものではない。だからもう一度言う。今すぐ帰れば見逃してやる」


 そう言い、リボルバーの撃鉄を起こした。2回も警告するということは、もしかして本当に見逃してくれるということなのか? 確かにここで死体出したら後始末も面倒だろう。

 カミーリアが今どんな顔をしているか分からないけど、きっと不安に違いない。


「わ、分かりました……せ、せめて銃を向けないでくれませんか? すぐ帰りますから」


「分かればいいんだ。さぁ帰りなさい。やっぱり今晩のことはどうせ誰も信じないだろうから言いたきゃ言ってもいいぞ」


 ジェスタフはニコニコと撃鉄を元に戻してからリボルバーを下げた。私はベッドから降りると、恐る恐る寝室の出口に向かった。そうしてドアノブに手をかけた時、彼に向かってこう言った。


「ふとんがふっとんだ」


「……あ?」


 突然の古いダジャレに目を丸くしたジェスタフの口が唖然と開く。

 瞬間、私は催涙スプレーを取り出して彼の顔面に噴射した。


「何だ? ぐ……うおおおおおおっ!? ガァァァァアァッ!! 畜生何しやがるこのクソガキャァァァァッ!!」


 赤い霧が彼の顔を真紅に染める。咄嗟に袖でガードしたようだけど、液体のスプレーはそんなんじゃ防ぎきれない。

 口を開けていたから口内にも入ったようで、カプサイシンによる耐えがたい目と口の激痛にジェスタフは暴れて私を悪罵しながら目を擦ってのたうち回る。


「カミーリア!」


 私はすぐさま檻に駆け寄ると、カミーリアを連れて逃げようとした。


「お前……何てことを……」


 カミーリアはのっそりと起き上がると、私を哀れんでるのか怒ってるのか分からない顔で見た。。この子はこういう2つの感情が同居した表情をよく見せる気がする。

 見ると四肢の手錠の鎖が切断されている。私とジェスタフが話してる間に空気圧で捩じ切ったのか。


「いいから行くよ! さぁ早く……ってこの服おっも!!」


 カミーリアを歩かせるより私が抱えて走った方が早いと思ってこの子を持ち上げたら、10キロは軽く超えてる拘束具を着たカミーリアの重さに、私の貧弱な腕力は秒で音を上げた。肩からゴキッって変な音がしたぞ。


「く……くそ……やっぱ部活入るべきだった……」


 かといってここで止まったら死ぬ。自分でも大それたことをやったと思うけど、あんなに啖呵切って尻尾巻いて逃げたらそれこそいい恥晒しだ。高校生はメンツで生きてるということを知らないんだろうな。

 でも、冷穏のブツをこっそりパクっておいて助かった。まさかこの人もただのJKがこんなものを持ってるなんて思わなかっただろうな。どこに隠してたかは想像に任せる。

 私は歯を食いしばってカミーリアを持ったまま立ち上がると、リボルバーを振り回してもがくジェスタフの真横を通って階段を駆け下りていった。


「おっ?」


 1階に降りて一目散に出口のドアに向かって駆け出すと、洗面所の方から15センチくらいの高さで、廊下を阻むように来た時にはない紐が張られているのに気づいた。赤い靴紐だ。

 これ知ってるぞ。スパイ映画でよく出るブービートラップだな。でも、いくら私が素人でもこんなバレバレの紐に引っかかるわけないじゃん。

 私はぴょんと跳んで紐を飛び越えた。


「え?」


 そしたら、上に仕掛けられた別の紐が私のおでこを撫でて進行を遮った。下のと違ってこっちは半透明で見えにくい釣り糸か何かで分からなかった。


「ギャァァアァァッ!!」


 寒気がして咄嗟にカミーリアを抱える手を顔の横に回したら、ほぼ同時に腕目掛けて銃弾が飛んできた。

 言うまでもなく撃たれたのは初めての経験だったので、あまりの熱さと痛みにカミーリアを放り投げてしまう。


「うぐ……チアキ! 大丈夫か!?」


 見れば小さな拳銃がキャビネットの鏡を開いた箇所からこちらを覗いている。ご丁寧に私に奪われてもいいよう、弾は一発しか入れてないようだ。


「平気……クソ……下のは囮か……早いんだよ目潰しの報復が……」


 カミーリアのために仕掛けた罠じゃない。やっぱりハナから私を素直に逃がす気はなかったということか。まぁ分かりきってたけど、ここまで殺意マシマシとは。

 幸い弾は当たりはしたけど腕表面の肉を削ぎ落しただけで貫通はしてないし、骨も無事だ。その代わり血が止まらなくて泣き叫びたいほど痛い。

 母さんに小さい頃に他人の痛みを知れって怒られたことあるけど、こういうことか。


「カミーリアは!? 当たってない?」


「大丈夫だ。当たっても数発程度なら大したことはない」


 芋虫のようにもぞもぞと体勢を変えるカミーリアを私は小脇に抱える。

 いや、いい方向に考えろ千明。脚なら走れなくなったけど腕なら問題なく走れる。弾が腕に当たったのはラッキーなんだ! 異論は認めん!


「行くよ! このホテルを出たら勝ったも同然! 後のことは後で考えりゃいいから!」


「……出る前にこの服脱がしてくれ」


 私は部屋を出ると、同じものが仕掛けられてないか注意しながらエレベーターに乗り込んで1階を迷わず押した。


 ***


「うぁぁぁぁ……いてぇ……いてぇよぉ……」


 ジェスタフは酔っ払たように壁や家具にぶつかり辿りついた2階の洗面所で半狂乱に顔を何度も洗った。石鹸も使ってそれを繰り返していると、どうにかやっと痛みは和らいだ。


「ふー……」


 そうして鏡に映る水浸しの自分の顔、悪鬼の如く血走った自分の瞳と腫れ上がった瞼を鏡に手を置いてじっと凝視する。


「ククク……ウフフフフフ……」


 やがて、何を思ってなのか呻き声に似た底冷えする笑いを一人室内で漏らし始め、次第にその声量は大きくなっていく。


「フフフ……ハハッハハ、アハッハハハハハハハハハ!! ウオラァァッ!!!」


 そして唐突に激高し、鏡に映った己を拳で叩き割った。砕けた破片は容赦なく指を切り裂き、傷口からは鮮血が溢れ出してぼたぼたと下の流し台に垂れていった。


「クソォォォォ畜生!! 何なんだあの女は人が情けをかけてやったら舐めやがって!!! ふざけやがって……2度と野郎の前で服脱げねぇ身体にしてやるからな!!」


 彼は鼻息荒くリビングに戻り、ソファの上に置いたガンケースを乱暴に持ち上げてジッパーを下ろすと着替えの漆黒のワイシャツとスラックス、さらに同じ色の防弾チョッキを身に纏い、衣類が入っていた布地を捲る。


「俺は女を殺したくないだけで殺せないというわけじゃないのにバカな娘だ」


 そこには、朱色の柄を埋めつくすようにムンクの「叫び」を想起する悶え苦しむ無数の人面が黒く漆塗りされ彫り込まれた、不気味極まるデザインの柳葉刀が収められていた。

 離れて見れば錯視を起こし、あたかも顔の一つ一つが苦悶の表情を浮かべたまま蠢いているように見える。

 ジェスタフはそれを手に取ると革の鞘を抜き、濡れたように艶めかしい輝きを放つ刀身を露にした。


「総長に報告を終えた後で逃げられたとあれば最悪俺は解任だ……チアキとか言ったなあのガキ……絶対逃がさんぞ……」


 そう呟いて弾を込めたリボルバーを腰のホルスターに入れると、彼も下に降りて行った。

 瞑想を邪魔されたこと。部下の失態。愛する息子に会えない不安。そして少女に一杯食わされた屈辱。それらが積み重なり鬱屈した彼の怒りを爆発させた。


 過激派組織マチリーク中核幹部外務卿、アンドレイ・ジェスタフ。39歳。

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[一言] ジュスタフキレたねw
2021/07/10 23:05 退会済み
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