明け方の夢 3
怖いくらい静かなエレベーターはガラス張りで、外の街灯やビルの明かりなどが徐々に微細な光の粒となっていくのを眺めることができるけど、高所恐怖症でない私でも少し足が震えた。
この足の震えは高い所にいるからなのか、これからカミーリアを無事連れ出せるかに不安を感じているからなのかは自分でも分からない。
最上階の23階に到着してドアが開くと、20メートルほど先に赤みが差したマホガニーの上品な扉が見えた。
すごい、最上階って丸々このスイートルームなんだ。一泊何十万するんだろう。これを貸し切ってるとなるとやっぱり羽振りがいいんだな。
何だか廊下にもラベンダーの花畑の写真や絵画が額縁に入れて飾ってあって、王侯貴族の邸宅みたいな印象を受ける。消火器の違和感がすごいな。
「これ鍵かかってないよね?」
私はドアノブに近づくと、不安げにそれを掴んで引いてみた。普通に開いた。電子ロックシステムまで解除してある。いくらなんでも不用心すぎないか。一周回って罠なんじゃないかと不安になってきた。
私は人気のないことを確認してから中に入った。ドアを塞ごうと思ったけどそれでは私がここにいることがバレてしまう。本当にすぐに出よう。抜き足差し足忍び足なんかしてられるか。
さっき警備兵が部屋を変えたと言ってたけど今さっきのことらしい。色々持ち物を持ち出した形跡が残っている割に洗面所の流し台はまだ乾ききってない。ゴミ箱の中身はそのままだ。
「お」
モックドナルドのハンバーガーの紙袋だ。意外とジャンクフードにも興味がある人らしい。牛丼の容器や甘露飴の包み紙もある。
そういえばこの前「映像の世界」で見たけど、旧ソ連に初めてモックができた時は西側の食べ物を珍しがって大行列ができたらしい。きっと同じような心境だったんだろうな。
だけど、そんなことよりカミーリアだ。流石に一番上等な部屋なだけあってかなり広い。トイレだけでも私の部屋くらいの広さだ。この中から速やかにあの子を見つけるのは骨が折れるぞ。
とりあえず上から探すとしよう。この部屋、明らかに個人じゃ持て余す広さだ。私は階段を登って2階に上がる。てか、誰もいないなら電気消せばいいのにマナー悪いなぁ。
2階は1階とは全く違う趣となっている。下は洋風で上は何というか現代風だ。何だこのクソデカタペストリーは?
私は適当な部屋のドアを開けて中を見た。時刻は2時35分だ。10分経って見つからなかったら危険だし諦めて逃げよう。このバスルームにはいないか。バルコニーにもいない。
次に寝室のドアを開けた。デカいベッドがある。ベッドもサイズがあるらしいけどキングサイズとかなのかな。
その寝室の隅っこに大きな箱みたいなものが見えた。ベッドが邪魔で全容が見えないので横に回ると、箱と思ったそれには黒い布が被せてある。私は近寄って、恐々布を剥ぎ取ってみた。
「カミーリア……」
箱と思ったそれは檻だった。中には胸が締め付けられるほど厳重な拘束が施されたカミーリアが閉じ込めれていた。今時死刑囚でもこんなガチガチの拘束やったら人権団体が黙ってないのにひどすぎる。
幸い檻自体はかんぬきですぐに外せたので、私はすぐさま扉を開け、カミーリアの口を覆う多分自殺防止に使われる防声具のベルトを緩めて取り除いた。
カミーリアの顔が露になる。轢かれた傷はどこにも見当たらないので少し安堵したが、カミーリアは衰弱しているのか意識がない。
「カミーリア?」
私が取り乱してカミーリアの頬を何度か叩くと、目が薄っすらと開いて紫の瞳に私が映った。そして、大欠伸をしてまた目が閉じられた。え? この子寝てただけ? この状態で?
「ちょ、ちょっとカミーリア!? 何寝てんの!?」
「んあ……チアキ? な、何でここに?」
身体を揺さぶられたカミーリアはうんざりした顔で私を見たが、次第に本来いるわけがない私が目の前にいることに気づき、化け物でも見たような顔つきで私を見つめた。
「何って助けに来たに決まってるでしょ!? よく寝れるねこんな時に。さぁ今すぐ逃げるよ……って手錠をまず何とかしないとダメか……」
この手錠は流石に鍵がかかっている。どうすればいいんだこれ。とりあえず鍵穴にヘアピンを差し込んでガチャガチャしてみるけど外れない。
「バカなことを。見つかったら絶対瞬殺されるぞ……俺のことはいいから今すぐ逃げろ」
「そんなん今更言ったって遅いでしょ。あーどうすんのこの手錠! ゲームならボスキャラ倒したらソイツが落とすんだけどなー!」
「では、私を倒しますか?」
「え」
背後から低い男性の声がした。慌てて振り向くと、いつのまにかベッドに銀髪の男性が足を組んで腰かけていた。全く気配を感じなかった。しかし、姿を視認したことで徐々に私の背筋が凍り付き、頭が真っ白になっていく。
「ここに単身で来るとはとても勇敢なお嬢さんだ。それに恵まれた容姿もお持ちだ。さてはその子を泊めてた家の娘だな? 取り返しに来たのか」
ニュースで見た時は朗らかで知的な感じだったけど、生で見てみると蛇のような薄気味悪さと凍てつく存在感があった。きっとこっちが素に違いない。
「ということは私に用はないってわけだ。フフ……傷つくねぇ」
コイツがアンドレイ・ジェスタフ。日本に派遣された武装組織マチリークの代表か……ボスキャラ来ちゃった……。
ジェスタフは立ち上がって掌を叩き合わせながら私の方に近づいてきた。
「こ、来ないで!」
私はベッドの上に上がって反対側に飛び移る。その最中に襟に手を入れてブラの中に隠してたフォールナイフを抜き取ると、刃を出すためにそれを振った。
「あれ?」
けど、刃がちょっとしか出てこない。
「それ、スプリングが入ってないタイプか。もっと手首のスナップを効かせて遠慮なく振った方がいいよ」
何かアドバイスしてくれた。
言われた通りに本気で振ったらちゃんと刃が出て、かちりとロックがかかる音もした。持ってみるとかなり小さくて頼りないけどこれが私が今持てる数少ない武器だ。
「おめでとう。それで? その小さなナイフで私を殺すのかな」
ジェスタフは微笑んで私に何も持っていない両手を掲げて見せた。完全に舐めている。そりゃ当たり前だ。私はただの高校生、あっちは戦闘経験豊富な軍人だ。クソッこうなったらビギナーズラックに賭けるしかない!
「うわあああああああああっ!!」
私は叫び、そのままナイフをジェスタフに向けて投げつけた。やっぱり人を刺す感触なんて知りたくない。甘えかもしれないけどうまく急所に刺されば倒れるはず。
「フン」
すると、私が天運に任せた一発を、ジェスタフは自分目掛けて飛ぶナイフのグリップの部分を造作もなく掴んで顔面擦れ擦れの距離で受け止めると、慣れた手つきで私に投げ返してきた。
「ひっ……」
それは唸り声を上げて、私の耳元すぐ側の壁に突き刺さる。
こめかみを冷たい刃が撫でるので、怯えてナイフの方に顔を向けたら、耳の端が切れて火傷のような痛みが走った。今の技量から見るにわざと外したと思っていいだろう。私をじっくり料理するために。
「さて、こんばんは?」




