明け方の夢 1
時刻はすでに深夜1時だけど、何とか帝都ホテルの前に辿りついた。初めて行く場所だったので逆側の改札に出てから10分くらい迷ったのは内緒だ。
普段ならもうとっくに寝てる時間に、地元から遠く離れた場所にいるというのは何だか浮足立つ思いだけど、それは高揚感などでは断じてない。
「さっむ……薄着で来るんじゃなかった……」
建て替えこそしてるけど、私でも名前は知ってるような明治時代から連綿と続く日本有数の高級ホテルでも世界最大の過激派組織の幹部が泊ってると思うと、今は何だか魔王の城とかヤクザの組事務所のように感じられた。
想像では山ほどパトカーが止まり、機動隊が常駐してポリスボックスまで設置されてるような厳重な監視態勢が敷かれてるんだろうなと睨んでいたけど、実際パトカーが2台遠くに見えるくらいで、ほとんど警戒なんかされてない。
仮にも外国の要人なのにそれはそれでいいんだろうか。いや、マチリークは世界的には日本の一部という位置づけだから、あくまで単なる国内旅行者という扱いで優遇はしないという外交戦略なのかもしれない。
あるいは、昨日外務卿に一杯食わされたので、二度同じ過ちはしないということで警察を退かせたのかも。
とはいえ、これなら侵入することもできそうだ。この時間帯ならマスコミもいない。
正直電車に乗っている時、いざホテルを前にしたらゴキブリも這い出る隙間もないほど固められた警備の前に心が折れるかもしれないと不安だった。でも、幸か不幸か本当にカミーリアを連れ戻せそうだ。
しかし、自分でも分かってるけど本当に無鉄砲だな。まずカミーリアがどこにいるか分からない。父さんの言っていた通り、別の場所に監禁している可能性もある。ここだとしてもどの部屋かは分からない。恐らく最上階スイートルームだとは思うけど。
全て思うとかかもしれないとかで確信しているものが一つもない。レポートならまず再提出だ。
私はカミーリアを誘拐して親友を傷つけた人間に一言言ってやらなきゃ気が済まないという義憤だけでここまで来た。
その興奮が冷めない内に行動を終えないと。下手に今現実を見たら、泣き出したままここで一歩も動けなくなりそうだ。
「うええまずっ」
私はコンビニで買った栄養ドリンクを一気に飲んで、その苦さに顔をしかめると瓶を街灯で白い輝きを帯びたアスファルトの上に叩きつけて歩き出した。
まずいけどカフェインやら高麗人参やら活力をつける成分が山ほど入ってるので、身体が熱くなって力が湧いてきた。
どう侵入するかはもう決めている。流石に真正面からフロントを突っ切るのは警備兵がいるから無理だ。なら、裏口と思ったけどこんな巨大なホテルの裏口なんて探してたら朝になる。なら、他に思いつくのはというと。
「地下駐車場の入り口はここか……」
今なら警備員もいないし簡単に入り込める。車の出入りもないから事故の心配もない。
考え無しの行動だったけど、深夜に来たのは正解だ。私は坂を折りてゲートの下を潜ると駆け足で地下に降りた。一応懐中電灯は持ってきたけど電気はついていたから無用だった。
人払いは済ませてあるはずだけど車は何台か残っている。従業員が置いていったんだろうか。
春日部や品川ナンバーだからマチリークの車じゃないだろう。こっそりここに戦車とか持ち込んでたらすごいんだけどな。
「ほら、乗りなさい」
すると、遠くから声が聞こえてきたので慌てて支柱の陰に隠れた。女の人の声だ。
そっと声の方向に顔を出すと、喪服みたいな黒ずくめのパンツスーツを着た人が、詩音を轢いた男を車に乗せていた。
「で、その例の車はどこに捨てたの? 後腐れるといけないから私が処分させとくので場所言って」
女の人の方は女性だし声が高いから響いて何言ってるか聞き取れるけど、男の方はよく聞き取れない。カミーリアの居場所とか言ったりしないかな。
「あの子のことはあなたには関係ないことよ。あなたは自分の心配をしなさい。下手したら二度と日本に戻れないかもしれないのよ」
それだけ言うと女の人は運転席に座って車を走らせ、私の横を通って上に消えていった。顔は一瞬見たけど、母さんより少し上くらいの綺麗な黒髪の人だった。外務卿の愛人か秘書だろうか。
車が来るタイミングを見計らって横にズレたけど、よかったバレてないようだ。しかしいい車だったな。シボレーだった。春日部ナンバーだったけどあんなのどうやって調達したんだ。
あの子って言うのはカミーリアかな? 話題に出たということはやはりこのホテルのどこかにいるということと見ていいんだろうか。
いやもうこの考えてる時間が無駄だ。今すぐあそこのエレベーターで最上階まで行き、カミーリアを連れてまた降りてマッハで電車に乗って帰る。脳内計算では10分とかからないはずだ。
私は壁に沿って走りドアを開けて、角の塗装の剥げたクリーム色の塗装が妙に昭和臭い雰囲気を放つエレベーターに向かうと、左右中央に3つあるボタン全てを押した。
あの2人が来たばかりだから、真ん中のはすぐに開いた。急いでそれに乗り込んだ時、私は硬直した。
「何でこのエレベーター、フロントまでしか行けないの?」
ボタンがこの駐車場以外は上のフロントしかない。一回乗り換えないといけないわけか。何て不便な。豪華な内外装の割に、だからこんな年季入ってるのか。
仕方ない。代案はないし背に腹は変えられないし、館内のエレベーターも近いところにあるはずだ。
私はフロントのボタンを押すと、まずそこに向かった。
しかし、敵国の警察を信用できないとはいえ、一介の女子高生にこうも簡単に侵入されるなんて本末転倒じゃないだろうか。
とはいえマチリーク兵に見つかったら確実にタダじゃすまないわけだし、怖がって入り込む人間も私以外いないというわけか。
「お前誰だ」
フロントに出た瞬間、サブマシンガンを構えた3人の警備兵に私は出迎えられた。
うん、早かったなゲームオーバー。自分の浅はかさに呆れて一周回って恐怖すら湧かんよ。
「今すぐ手を上げて腹這いになれ! さもなくば射殺する!」
「はっはい!」
「おい待て。女だ」
一番背の低い兵士が私を怒鳴りつけたが、もう1人は銃口の前に腕を出してその男を制した。残る軽い天パの兵士が品定めするような目つきで私に話しかける。
「何しに来た? 記者ではないな」
「あ……そー、それはですね」
どうする? 考えろ考えろどうすれば切り抜けられるか。私は嘘は下手だけど今ここで正直に言うわけにはいかない。どこかに誰一人違和感を感じない珠玉の嘘があるはずだ。考えろ考えろ……!
「グズグズするなさっさと言え!!」
「は、はい! ジェスタフさんに呼ばれて来たデリヘルの者です!」
「……」
「……」
「……」
「……」
怒鳴られたから咄嗟に変なことを口走ったら、私含めて全員固まってしまった。すごい気まずい。しかもこの間も銃は向けられてるし。
「あ、ああ。なるほど……風俗の人か……どうする? 外務卿に連絡するか?」
「いや、あの人が俺達に知らせてないということは俺達に知られたくないということだろ。生々しいことだしな」
「そうだな」
神が味方したのか意外と受け入れられた。というかあの外務卿、デリヘルとか呼びそうな人だと部下に思われてるんだ……。
「一応ボディチェックをするが、身体に触れてもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
私が何度も頷くと、天パの兵士が銃を隣の仲間に預けて私の脇腹と腰回りとふくらはぎを軽く叩いた。
あくまで凶器がありそうな場所のみを触れているので、どさくさに紛れて変なとこを触っているわけでもなく、普通の紳士的なボディチェックだった。
「君いくつよ」
ジロジロ見ながら背の低い兵士が話しかけてきた。
「え、22歳です」
「若いな。奨学金とかの返済で働いてんのか?」
「あ、えと……お母さんが常軌を逸したパチンカスで生活費を稼がなくちゃならなくて……」
「そうか、辛いな。ほらやるよ」
兵士はそう言って私にくしゃくしゃの1000円札を渡してきた。まさかの哀れまれた。ここまで疑いなく受け入れられるとこれはこれで傷つくな。そんな私デリヘル嬢っぽい外見なのか?
でも、マチリーク兵はものすごい戦闘狂いのヤツばっかだと想像してたけど、考えてみたらそんな危なっかしい人を護衛として側に置きたい人間はいないだろう。
この人達も不安定な情勢の国に生まれたというだけで、別に日本人と何も変わらない普通の人間なのか。
「うん、武器の類はないな。エレベーターはここを右に曲がった先にあるレストランの横をさらに左に曲がればあるぞ」
「は、はい、最上階に来いと言われたんですが……」
「……最上階か」
「あそこじゃなく今は5階に部屋を変えている。525号室にいるからそこに向かえ」
今はということは前までは最上階にいたのか。それが急に部屋を変えたということは何か裏があるに違いない。きっとカミーリアがいる。
「ありがとうございます! 失礼します!」
ボディチェックが終わり、エレベーターと一番出会いたくない外務卿の居場所も分かったので、このフロアにこれ以上長居する理由はない。今すぐ消えよう。
待っててカミーリア! お姉さんが今助けてあげるから!
「なぁ22って言ってたなあの女の子」
「どう見ても10代だよな」
「この国は未成年でもあんな仕事ができるのか。末恐ろしいな」
「まぁ一番恐ろしいのは嫁と一緒に来て、堂々とデリヘル呼べる外務卿だけどな」




