変なところで行動力があるJK大葉千明
真新しいのにうっすらと薬臭い総合病院の中で、私と父さんは休憩室の椅子に座っていた。
電光掲示板付きの自販機が今日の日経やらダウの平均株価を流している。
それ以外何もない部屋で、父さんも腕と脚を組んだままじっと押し黙っているので、私は目のやり場に困って光る文字列を見つめていた。
そこに母さんが心底から疲れ切った顔で休憩室に入ってきて、何も言わずに私とは反対側の椅子に座り込んだ。
「どうなんだ2人は」
父さんが頬をかきながら母さんにぼそりと尋ねた。
「2人とも轢かれたけど雑誌がクッションになったおかげで骨は折れたけど内臓とかは傷ついてないみたい……。ただ、詩音も冷穏も頭をかなり強く打ったみたいで、最悪のケース脳に障害が残るかも分からないって……さ」
そう言って母さんは嗚咽を漏らしてすすり泣き始めた。私はどうも聞いただけでは母さんの話が現実とは信じられず、そのせいか驚くほど落ち着いていた。ただ、気分は心に穴が開いたように沈んでいる。
「わ、私のせい。私がカミーリアを外に連れ出さなければ……こんなことには……」
「君が自分を責めれば2人が回復するのか? 俺がもっと口酸っぱくマチリークの危険性を言っとかなかったのも悪い。だが、まさか異国の地でここまでやるとは……」
父さんは口許を押さえながら項垂れる。そして煙草を取り出したけど、ここが病院だと思い出して忌々しそうに箱を握り潰した。
「3人を轢いたヤツ、昨日家に押し入った奴だった。多分じっとどっかで見張っててカミーリアが外出するのを待ってたんだと思う」
「そうか。ソイツは見た感じ日本人だったんだよな?」
「うん」
「単に金で釣られただけならこんな真似はしない。経緯は分からんが恐らくソイツも家族とかをマチリークに誘拐されて脅迫されてるんだろう。人間追い詰められたら何だってやる」
「鬼畜……」
もしそうなら同情しないわけではないけど、やはり怒りは込み上げてくる。無関係な上に何の罪もない2人を巻き込むなんて。一応罪悪感などはあった口振りだったけど、だからといって許される理由にはならない。
流血したカミーリアが車に放り込まれた様がくっきりと脳裏に蘇る。
「カミーリア、連れて行かれちゃった。それも大怪我したまま」
父さんはため息を吐いて首を傾けてごきりと音を鳴らした。
「……これっきりあの子のことは忘れろ。今は自分本位でわがままであるべきだ。自分の身を守ることを最優先にしなきゃな」
「でも、きっと逃げた罰とかを本国に移送されたら受けるんだろうな……」
「……俺達には関係ないことだ」
父さんはそう言って、立ち上がって自販機の前に立って硬貨を入れたけど釣り口から返ってきたので再び入れたら、また戻ってきた。
「ンだよ電源切れてんのかよ……紛らわしいな」
「父さん、それゲーセンのメダルじゃん」
「え? あ……」
しかも備品で持って帰ったらいけないヤツじゃん。何でそんなん持ってんだ。というか普通間違えるか? ……父さんも冷静に振舞ってるけど心中は穏やかではないということか。
「ほら」
父さんは私にサイダーの缶を投げ渡し、泣きじゃくる母さんの前に同じものをそっと置いた。そして置いてから手に取って開けてからまた置いた。
「千明、お前は明日も学校だ。もう帰って先に寝ろ。誰かが欠席すると皆勤賞取れなくなるんだろ? 俺と清香はもう少し、いや朝までは病院に残るとするよ」
「いや、詩音と私クラスメイトだからどの道……」
「ああ……そうか。でも帰った方がいい。お前が一番疲れてるんだろうからな。熱いシャワー浴びて寝とけ。タクシー呼ぶから」
そう言って父さんは携帯を取り出した。
「い、いやいいよ。そこまでここ家と離れてないじゃん。歩いて帰るよ」
「それならいいが……でも、気を付けて帰れよ。カミーリア絡みを抜きにしてももう12時近いからな」
「う、うん。じゃあ何かあったら飛び起きて戻ってくるから。明日はちゃんと学校行くよ」
「無理しなくていいんだぞ」
「大丈夫だって」
父さんの口調が普段以上に優しいのがむしろ居心地が悪かった。大元と言えば私がカミーリアを連れ込んだのが悪かった。でも、そこは実を言うと後悔はしていない。
本当に後悔しているのは2人にカミーリアのことについて嘘を言ったことだ。
ちゃんと事実を言って、カミーリアを怖がってくれたら2人が巻き込まれることはなかったかもしれない。知らない方が幸せなこともあるだろうと思い上がっていた。
それに、マチリークも完全に無関係な人間にまで危害は加えないだろうと舐めてかかっていたのもある。誇りとかはないのか?
私はよろよろと休憩室を出てエレベーターが来るのを待っていた。
でも、自販機と違ってこっちは本当に止まっていたので仕方なく階段を使うため一段降りたら、今まで感じなかった疲労を急に覚え、見下ろす足元の暗闇によろよろと座り込んでしまった。
***
「清香泣くな。もし予測できたとしてもこんなん手の打ちようがないだろ」
「でも、ぜめて……わた、私が車で送ってあげでだらこんなことに、は……」
「お前かなり酔ってただろ。むしろ事故って全員死ぬ可能性の方が高いわ」
迂闊だった。こんな大それたことを指示してまであの子の身柄を確保したかったのか。俺の祖国は。何かあの子を取り戻さないと困る事情でもあるのか?
だが、カミーリアが奴らの手に渡った以上、日本に来てる幹部も用が済んで帰るだろう。
流石に俺や千明、あるいはこの病院にやってきて2人の息の根を確実に止めに来るようなことまではやらないはずだ。
カミーリアも哀れだとは思う。どういうつもりかは知らないがあんな幼子を兵器として運用する気なんて人の道に外れた行為だ。
だが、危険を冒してまであの子を救ってやる気はない。勝ち目も薄いだろう。
俺はマチリークにいても散々な目にしか合わなかったが、やっと日本で居場所ができた。
あっちにいた時は日本人は我が子だろうと笑いながら殺せる人間揃いだと聞いていたが、実際それはマチリークの公務員の自己紹介に過ぎなかった。
やっと手に入れた俺の安息の場と家族を守れるなら、俺は無関係の人間がどうなろうと知ったことではないし、場合によっては嵌めることも辞さないつもりだ。
俺は全ての人間に優しくなれるほどできた人間じゃない。ほんの一握りの人間にしか心を開けないから限られた人間しか大切にできない。だからこそ家族だけは何があっても守る。それが俺の覚悟だ。
その時、携帯が鳴った。振って画面を見るとチアキからだった。何だ?
「もしもし、どうした?」
「父さん? 私今駅にいるんだ」
「あ? どこ行く気だお前」
もうすぐ終電だし帰ってこれなくなるぞ。東京湾の油浮いたきたねぇ海でも見て気分転換する気か?
「私これから日比谷の帝都ホテルに行ってくる。ホテルに忍び込んでカミーリアを連れ戻してくる」
「……何?」
「どうしたの?」
娘の言ってることが全然分からない。本気か? 清香も不思議がって俺を見上げるが、化粧が崩れてそれはひどい顔になっていた。
「あー……冗談で言ったとは思うけどやめとけ。第一ホテルにカミーリアがいるとは限らないだろ。どこかの倉庫とかマンションを借りてそこにやってる可能性もある」
千明の話す場所から、車掌の中央林間行きが参りますという声が聞こえてきた。マジで駅にいるのか?
コイツ本気でアンドレイ・ジェスタフの根城に乗り込む気か? 銃も持ってないし格闘技の達人でもないアイツが?
俺は顔から血の気が引いていくのが分かった。膝が恐怖や怒りではなく焦りで振るえたのは生まれて初めてかもしれない。
視界が歪んでさえ見えて後退りした。
「な、なぁ千明考え直せ。お前の気持ちはよくわかる。だが、お前が今やろうとしてることは崖から身を投げるようなもんだ。自殺行為以外にそれを説明する言葉はない。そんなに弟が欲しいなら週末に清香と……」
「父さん」
千明が俺の言葉を遮った。
「もしカミーリアがいないならそれでもいい。それなら外務卿に何でこんなことをしたのか聞くだけだから。今日このまま家に帰って寝たら私は死ぬまでずっと後悔すると思う。2人を大怪我させたこと、さらわれたカミーリアを放置したこと、自分に嘘をついたこと。そんなん嫌に決まってるでしょ? だからこれは私がすっきりしたいがための自己満足。父さんは気にしないで。もう電車来たから切るね。私死にに行くわけじゃないからホント心配しないでね。じゃあね!」
「あ、おい! バカふざけるなお前!!」
俺が怒鳴りつけた時にはもう電話は切れていた。慌ててかけ直したが案の定着拒されている。看護婦が来て、患者が寝てるから静かにと俺に注意してきたが知ったことではない。
「ど、どうしたの千明がどうかしたの?」
清香が俺の腕を掴んで聞いてくる。
「取り乱すなよ。カミーリア連れ戻しに帝都ホテルまで行った」
「ファッ!?」
と言っても取り乱すなというのが無理だ。こんなこと蛮勇を超えた愚行だ。今あそこは人払いされてるそうだから運が良ければ館内には入れるかもしれない。だが、出れはしないだろう。見つかって弄ばれて殺されるのがオチだ。
「アイツ昔っから変なところで行動力発揮するよな! 確か中1の時にお前に茨城かどっかのクラフトビール飲ませたいって1人で電車乗り継いで行って、金足りなくなって俺が迎えに行ったことあったな!?」
それ以外には何の理由もなく裁判が見たくなったとかで東京地裁に行ったり、めちゃくちゃ遠い水族館行ったり。ああ見えて結構不思議ちゃんなのだ千明は。
「クソ、17にもなってまともな判断もできないのか?」
自分でも気づかず携帯を握る手に力が入り、もう一度電話をかけようとすると画面に之の字のヒビが入って割れていた。
「ど、どうしよう流琴……千明にまで何かあったら私……」
清香も千明に電話をかけるが同じく着拒されているようだ。ただでさえ神経が弱ってるというのに、更なる追い打ちで清香はもはや発狂しそうだった。
俺も今のこの気持ちが怒りなのか不安なのかがイマイチ分からない。これは混乱というより他ない。気持ちをリセットするため目の前のガラスを砕きたい気分だ。
俺が連れ戻すしかないのか。警察みたいな公務員はあまり信用できない。それこそ賄賂をもらえばマスコミにどんなことでも漏らすだろう。
「君は朝まではここにいろ。俺が千明を連れて帰ってくる」
まさか、こんな形で突然にマチリークと関わる日が来るとは思わなかった。カミーリアが俺の家に来たのもそうだが、ここまで数奇な出来事が続けて起きると神や悪魔の存在を疑う。
「流琴、大丈夫なの? あなたが強いのは知ってるけど……」
俺は羽織るフライトジャケットの背中の内側に手を回すと、マジックテープで固定した警棒の一種、トンファーを取り出して、いつでも抜けるよう腰にねじ込んだ。
「安心しろ。潜入は慣れてるし戦いは最後の手段だ。千明を見つけたら即連れ戻す。それで済む話だ。ただ余裕があればカミーリアものことも考えておく」
最後に付け足したのは、清香がうるうると涙目で俺を見てきたから仕方なく言っただけだ。
コイツはアイツのせいでこんな目に遭ったというのにまだ匿う気なのか。考えられないな。
「借りるぞ」
俺は清香の鞄から拳銃を取り出すと、尻ポケットに押し込みつつ部屋を出た。
小腹が空いたからコンビニで何かつまんでいきたい気分だが、そんな余裕もない。
家族を守るというのも、食わせてく以外でこういうイレギュラーなことが起きるから疲れるんだ。




