ショタコンじゃないけど 4
「清香さん。ごちそうさまでした」
10時になり、明日も学校があるので詩音と冷穏は玄関で靴を履いていた。
「じゃーねー2人とも、何ならこの家に住んでもいいのに。空き部屋いくつかあるし」
「だめ」
気まずいわ。
「あはは、そしたら千明もカミーリアくんとイチャイチャできなくなっちゃうから困るよね?」
「いやそこは別に……」
詩音がそう言うので誤魔化したけど、事実かそうでないかと聞かれたら否定できない。今もカミーリアを抱き抱えてるし。
「あ、そうだ千明、2人を見送るついでに帰りにどこでもいいから無糖ヨーグルトと千切りキャベツ買ってきて。それとコーラも500ミリリットルのを」
「ええ……こんな時間に? 年頃の娘を……」
「大丈夫でしょ冷穏がいるんだし、それならカミーリア連れてきなさいよ。今流琴も寝てるから文句も言われないし」
母さんはそう言って私に今時貴重なはずの2000円札を渡した。この子外に連れ出していいのか? いや、でもカミーリアをずっと家の中に閉じ込めるのもかわいそうだし、そこまで遠くに行くわけでもないし別にいいか。
ちなみに父さんは寝てるというより母さんに無理矢理テキーラを飲まされて酔い潰れている。普段チューハイとか飲んでる人間にいきなり度数高い酒を飲ませてはいけない。
「カミーリアはどうなの?」
「俺は構わん」
「か、かっこいい」
だっこされた子どもの口からやたらクールな返事が返ってきたのがツボに入ったのか、詩音はコロコロと笑い出した。笑われた本人は不服そうに目を細めていた。
「じゃあ行ってくる」
「おばさん、ごちそうさまでした」
「はーいおやすみなさい」
私がコートを羽織って外に出ると、玄関前で母さんがカミーリアに私のお古のポンチョを着せていた。
思いっきり女物だけどカミーリアはやはり衣類には相当無頓着のようで気にも留めていないし、指摘されても何とも思わないだろう。
「どう? 寒くない?」
「ん」
「やだ身長ひくーい129センチしかない」
「……自慢か?」
手芸部だからか持ち歩いている巻尺で詩音はカミーリアの身長を測っていたが、非常に不機嫌そうな顔で頭を撫で回す40センチ近い身長差の詩音を見上げている。
「んじゃ行ってくるね」
「はーいいってらっしゃい、2人もまたね」
「ありがとうございました」
「お邪魔しました」
そうして私達4人は歩き出したが、50メートルも歩かない内に冷穏が口を開いた。
「何でおばさんは用心棒みたいな口振りでコイツを行かせたんだ?」
「あ、私もちょっと気になってた」
冷穏は私の横をとことこと歩くカミーリアを怪訝そうに見下ろした。コイツは昨日この子にボコられたわけだけど、やったのがこんな少年だとは思ってないだろう。
それでもちょっぴり疑ってたのか食事中もずっとカミーリアを不穏な眼差しで見ていたから、普段は気にしないような会話の中の疑問点も気になるようだった。
実はマチリークから逃げてきて、そのマチリークが国を挙げて確保に動いてるくらいには強いなんて言えない。
「そうだよ。この子人の膝カックンさせて転ばせる天才だから何かあった昨日の冷穏みたいに転ばしてくれるってこと」
「あ! やっぱりコイツか昨日俺をぶっ飛ばした奴!」
うーん。嘘つく才能がないと思って間もないのにもう嘘をついてしまった。隠し事をしてる以上、嘘は切り離せない事柄ということか。
「え? 兄貴昨日カミーリアくんと会ってたの?」
「ああ! 何で昨日お前俺にあんなことしたんだ?」
「目障りだった」
「……」
簡潔に述べられた動機が思いの他ショックだったのか冷穏は押し黙ってしまった。そもそも子どもを怒鳴りつけたコイツが悪いんだから同情なんかしないけど。
「へー兄貴、子どもに邪険にされた挙句気絶するほどの強烈なのもらったんだ。これを他校の不良やお巡りさんに言ったら面白いことになるなぁ」
詩音はいいことを聞いたと言わんばかりにニヤニヤと冷穏の腕に抱きついた。
「うるさい! お前カミーリアだっけか? 次やったら生まれてきたこと後悔させてやるからな覚悟しとけよ!」
「後悔」
カミーリアはぼそりと自分を指差す冷穏の言葉の一部を復唱した。
自分の生い立ちも知らずに軽率なことを口走った冷穏への怒りというより、そのニュアンスは何というか嘲っているように感じられた。
「な、何こんな小さな子を脅してんの。そんなだから心狭いのがバレて女も寄り付かないし誰からも慕われないんだよ。だいたいアンタある日突然ブレーカーが落ちたように不良になったけど何かあったの? 今更だけど」
「そう。小学校の頃は何だっけ? 考古学者になって新種の恐竜の化石見つけたら千明の名前つけるって言って校庭毎日掘り返してたじゃん」
「いや……それは、千明にどうでもいいとか言われたし……千明が男はグレてないとダサいとか言うから……」
え? 私が原因? 確かに私小学生の時は死んだ方の父さんの部屋にあったヤンキー漫画にハマってた記憶があるけど……。というか私のためにグレたってことは……私のことが……。
「は、はぁ!? 私が悪いの? わ、私が諸悪の根源? 私アンタが喧嘩やら何やらした時にアンタにやれって言ったこと一度もないでしょ!! ふざけたことほざかないでよ!」
「いや、何というかああいうのは……長い年月をかけて精神が毒されたからというか……怪物と戦う者は自分もまた怪物になるというか……」
冷穏は目を泳がせてぼそぼそと反論したが、私は錯乱して喋るのをやめることができない。ここで頭を冷やしたら色々考えてしまいそうだったからだ。
そこでカミーリアが私に話しかけた。
「チアキ」
「え?」
「何で俺には優しくしてくれるのに、レオンにはそんな冷たいんだ?」
カミーリアは街灯に照らされて白く光る顔をきょとんとかしげ、そんなことを私に尋ねた。私は膝を抱えて屈むとカミーリアの疑問にこの子と同じ目線で答えてあげた。
「カミーリアは小さいからまだ分からないかもだけど、人っていうのは関わる人が自分にとって有益か無益かで態度を変える生き物なの」
「そうなのか」
「詩音。俺泣きそうだ」
残念だけど、それが社会というものなのだ。そうでなかったら媚を売るとか胡麻をするとかの言葉が生まれるはずがない。
「カミーリア、さっきは悪かったな」
「ん」
冷穏は心に傷を負ったようだけど、カミーリアとは無事仲良くなれたようだしいいか。
もし、コイツが明日から髪を黒く染めて五分刈り眼鏡で登校したら私も多少は態度を軟化させないといけないとは思うけど、まさかありえないだろう。
「あ、千明コンビニあるよ。そこでお使いのもの買ってきたら?」
すると、カミーリアと冷穏の和解を微笑ましく見ていた詩音が、すぐそばのビッグストップの存在に気づいた。
確かにそれがいい。ここ以外で付近にコンビニはありそうでないからだ。
ドラッグストアもスーパーもこの時間はもう閉まってる。24時間やってるスーパーはあるにはあるけど徒歩では遠い。
「じゃあそうする。2人はここで帰りなよ」
「いや、私はカミーリアくんとちょっとお話したいから千明が戻ってくるまではいるよ。カミーリアくんはSPなんだから側にいないとね」
「ん」
まぁ2分で戻ってくるからいいか。カミーリアに余計なことを吹き込まれる前に戻らないと。でも、コンビニって千切りキャベツ置いてるんだろうか?
「まぁでも私、兄貴からナイフ持たされてるから最低限自衛はできるんだけどね」
そう言って、詩音はブレザーの内ポケットから小さなポケットナイフを取り出した。2人いたぞ家族から刃物渡されたヤツ。こんな平凡な町で。
「ちなみに冷穏は何か持ち歩いてんの?」
私に言われた冷穏は、鞄からオレンジ色のラベルのスプレー缶を出した。
「催涙スプレー」
「逆じゃね?」
「逆じゃない?」
妹にそっち持たせろよ。それどっちかと言えば非力な女性用の護身具でしょ。明らかに暴漢向けなのはナイフよりそっちでは? やっぱ小物だわーコイツ。
「まぁいいや。じゃあ私行ってくるから」
「ゆっくりでいいよ」
「やだよ1分以内に戻るから」
私達がコンビニの敷地内に入ると、その後ろから付いてくるように黒いミニバンも入ってきた。何だろあの車、いつかは分からないけど今日どっかで見た気がする。
ガードパイプに腰かけてコンサートのポスターを眺める詩音達に背を向けて、私は入口に向かった。
その時、私は背後からでも気づくほど眩く白い輝きを背筋に浴びたと同時に、嬌声を上げるアスファルトと獣の唸り声に酷似した激しいタイヤの駆動音をすぐ近くで聞いた。
「え?」
反射的に後ろを振り返ると、目の前で詩音と冷穏とカミーリアがミニバンに轢かれた。
そのままコンビニの窓ガラスを突き破り、中で商品棚がいくつも倒れる轟音が聞こえた。それから悲鳴も。
「へ」
カミーリアだけは窓に突っ込むのではなく、ガードパイプの下で倒れている。
ひじゃげたパイプには真っ赤な血が雫で垂れるほどこびりついていて、それがうつ伏せのカミーリアの頭から流血しているものだと気づいた。
何も考えられないけどすぐに駆け寄ろうとした時、ミニバンのドアが空いて運転手の男が出てきた。
「やっちまった……クソ、やっちまった……」
青白い顔で歯を震わせ、頭を掻きむしってそのまま公衆電話に向かうのかと思ったら、その男はカミーリアのところまで近寄ると、恐々襟を掴んであの子を持ち上げた。
「ひっ」
カミーリアの顔がトマトのように赤一色に染まっている。2人が轢かれたことも合わさった受け入れがたい現実の恐怖から、尻餅をついてしまった。
「クソッ頭割れてんのか。死んでてもいいって言ってたよな……」
その男がカミーリアを持つ手には包帯が巻いてあった。何より、その顔も見覚えがある。
昨日、児童相談所の職員と言って家に押し入ってきた男だ。手首の包帯はらいおんに噛まれたものに違いない。
男は後部座席にカミーリアを放り投げると、慌ただしく助手席の方から運転席に乗り込んだ。そして、車をバックさせながら私に向かって叫んだ。
「救急車呼んどいてくれ!!」
そう言って、カミーリアを乗せたまま走り去っていった。
見知らぬサラリーマンが私よりも先にもう119番に通報しているのが聞こえた。
どうすればいい。今起きたことはどうすれば防げた? いや、望んだわけではないけど私はマチリークという世界最大の武装組織を挑発したのだ。その報復を今受けた。そんなものに対処する手段なんて、ある方がおかしい。
ボールみたく吹っ飛ぶ詩音と冷穏の映像が脳裏で鮮明に流れ、私の後頭部に激痛が走る。首の力が抜けて仰向けに倒れたんだなとぼんやり思ったまま、私はずるりと昏倒した。




