ショタコンじゃないけど 3
「このスペイン風オムレツ、バジルが効いててすごくおいしいです。あと、焼き飯も細かくみじん切りで入ったカリカリ梅の酸っぱさが食欲をそそりますね!」
「ありがと。タッパーに取ってあるから帰りに持って帰ってね」
私が世界に絶望してから2時間くらい経った19時半、私達はみんなで食卓を囲んでいた。
今ここにいる私以外の全員大飯食らいなので、テーブルの上には母さんが腕を振るって作った料理が並んでいる。
和風だの洋風だの関係なく、ただ各々の好物と母さんの得意料理がテーブルに大皿で盛られて並んでいる。
父さんは肉豆腐を頬張っているし、冷穏はタレにつけた餃子を一度ごはんに置いてから米ごと一気にかっこんでいる。私と同じ食い方してるので今日からあの食べ方はやめよう。
母さんは食べるのが好きだから必然的に料理が趣味で、私も小さい頃からよく台所に立たされた。冷穏も母さんとよく料理を作ってたっけ。反対に父さんはチキンラーメンくらいしかまともに作れない。
料理を待ってる間、私と詩音と冷穏でマリカやってたけど家にゲーム機がない2人に大敗を喫したので極めて不快でしたね。詩音と父さんが変わっても結果は同じだった。
「あれ? 流琴さんビール飲まないんすか?」
「しばらくやめた。元々それほど好きでもないしな」
「へー前に酒をやめた人って糖質がどうたらで甘党になるって聞いたんすけど、今甘いもの食いたかったりするんですか?」
「いや特に。そもそもビール甘くないだろ」
「へーじゃ流琴、デザートのゼリーいらないんだ」
「あ、前に言ってた4層のヤツですか?」
「……別に甘党じゃないってだけで甘いもの嫌いなわけじゃないんだが」
父さんが酒を飲まないのはもしまた昨日のようなことがあった時に、酔っ払って対応できないのを恐れてのことだろう。
ただでさえ毎日ビールは350ml缶一本って制限されてるのにかわいそう。
と、みんな和気あいあいと会話を弾ませているが、私の膝の上にいるカミーリアは恐らく耳すら傾けずにむしゃむしゃとじゃがバターを食べていた。
冷穏と詩音はまだこの子よく食べるな程度にしか思ってないだろうけど、次第にカミーリアの無尽蔵の食欲に目を瞬かせるだろう。
特に冷穏はカミーリアに痛めつけられたこともあって、さっきからチラチラとカミーリアを横目で見て警戒している。
母さんにさっき、2人にはカミーリアがマチリークから来たこととか妙な力を使うこととか言ってないよねとか聞かれたけど、そこはもちろん気を付けていると言った。
でも、このままカミーリアを家に置いておくとしたら、いずれは言わなくちゃならないだろう。いつまでも隠し通せることではない。
「どう? カミーリア、おいしい?」
「胃に入るなら何でもいい」
「そっかぁよかった」
カミーリアに料理の感想を聞いたらかなりつまらないコメントが返ってきたけど、母さんは大人だった。
「ねぇカミーリアくん、こっちの方にある肉豆腐とかシュウマイとか取ってあげようか?」
「ん?」
食べるだけだった詩音が、初めてカミーリアに話しかけた。カミーリアは詩音の顔を見ると、それから隣にいる母さんの顔を見た。それに気づいた母さんがカミーリアに顔を近づけ、何かを耳打ちした。
「あ……えっと、あ、ありがとう」
カミーリアは俯いて顔を背けたまま、蚊の鳴くように小さな声で詩音にお礼を言った。
母さんの言うことを随分とよく聞くんだな。一体どんなことを吹き込まれたんだろう。
ごはんの時に私が何も言わなくても膝の上に乗ってきたし、信を置いてるのは私の方のはずだけど……。
「……千明、その子私にも膝の上に乗せさせてよ」
「やだめ」
すでにカミーリアのかわいさに心を奪われかけている詩音が私からカミーリアを奪おうとしたけど、私は当然拒否した。親しき中にも礼儀あり、嫌なことは嫌と言わなくちゃね。
「ちぇー、はい。カミーリアくん」
詩音はふてくされながらも小皿によそったおかずをカミーリアに手渡した。
「手、綺麗だな」
「え? そうかな。初めて言われたかも」
皿を受け取ったカミーリアが、詩音の白い手を見てぼそりと言った。そしてこうも言った。
「社会の苦労を知らない手だな」
「君、中々チクチクする言葉を使うね」
突然の毒舌に詩音は一瞬目を丸くしたけど、すぐに苦笑いでごまかした。カミーリアは浮浪児だから言葉遣いが悪いのはまぁ仕方ないかとでも思ったんだろうな。
カミーリアの手も充分綺麗だけど、痩せて骨張っているのは否めない。考えてみたら、この手からあの凄まじい空気噴射を行ってるのか。
私からしたら常に拳銃を手にしてるようなものに感じるけど、この子はどう考えてるんだろう。
いや、普通の人間の手も握り締めて勢いをつければ立派な武器になるし、全ては使い方次第という点では私の手とも特にこれといった違いはないのかもしれない。
カミーリアは食い溜めをするように色々な料理を一心不乱に食べていた。すでに出された料理の6割くらいはカミーリアが一人で平らげている。
こんな小さな体のどこにこんなに入るのか不思議でならない。ひょっとして胃袋に入った瞬間にどこかに転送されてるのかも。
「悪ぃけど詩音、そこのテレビのリモコン取ってくれ」
「あっはい」
8時になって、父さんは毎日見ているニュースを見るためにテレビをつけた。
「今日行われた、マチリーク軍と日本側の諸問題に関する参考人招致で国会に呼ばれたジェスタフ外務卿が武器も持たずに一人でやってきたのに対して、政府は機動隊などを配備してジェスタフ氏の来訪に臨んだことが、要人を出迎える姿勢ではないとして諸外国から批判の声が上がっています」
またこの人か。ニュースもこればっかりだ。もしかして、今なら人を殺して捕まってもこっちの方ばかり注目されるから報道されないんじゃないかと勘違いする殺人犯が出そうな気さえしてくる。
「一部の週刊誌では議事堂内に入る寸前のジェスタフ氏に銃を向ける警察の姿が撮影されており、これに関してジェスタフ氏は先程の定例記者会見で強い不快感を露にしました」
映像が切り替わる。
『私は今日、我が国が日本にどのように思われているのかをよく知ることができました。私が非武装で議事堂を訪ねたのはマチリークは日本に何ら敵意など抱いていないということを証明するつもりでしたが、日本はむしろマチリークは自分らを憎んでいなければ困るのでしょう。我々マチリーク人をスケープゴートにして日本国民の一致団結に利用する気なら、私はとても残念です。特に銃を向けられた時の恐怖……』
「そりゃ怯えもするだろ……」
父さんはニュースを見て嘆息し、そのまま電源を切った。日本に同情するような口ぶりだけど、本心では日本が外務卿に下手なことをしてしまったのを嘆いているようだった。
「流琴さんがマチリークにいた頃から、この人って有名だったんですか?」
詩音が父さんに聞くと、父さんは意外にも首を横でなく縦に振った。
「いわゆるインテリ公務員の代表格みたいな男だ。大卒で弁が立つから俺がいた頃も陸軍報道官として軍の行いを常に正当化していた。それでいて前線に従軍経験もあるから古参兵からも一目置かれていたとか」
「文武両道ってわけね」
母さんが呟いた。
「いいや。人殺しでのし上がった中身はギトギトのグラディエーターだろ。愛国心はあるだろうが、自分と国の利益になることしか考えてない。他は野となれ山となれだ」
そう父さんは吐き捨てるように言った。その声色にはマチリークで見聞きしたことや経験したことへの強い忌避感が滲み出ていた。そして、その漏れ出たものが和やかだった食卓を鈍色のものにした。
「ほ、ほら流琴、シラフだからそんな暗いこと考えるのよ。ほらビール飲みなさいよ!」
「ゴボッツ!?」
この淀んだ空気を変えなければと、母さんはウーロン茶が入った父さんのコップに自分のビールを注いで強引に飲ませ、冷穏はテレビを再びつけてバラエティにチャンネルを変えた。
そしたら、いきなり半裸で熱湯風呂に蹴り込まれる芸人が出てきたので思わず笑ってしまった。
奇しくも私が笑ったことが空気はリセットされたらしく、再びみんな少しずつ笑い出すようになった。
こんなことでいちいちギスギスするのもストレスになるから、父さんには一家の大黒柱としてもっと明るくニコニコとしてもらいたいけど、今のままだと難しそうだった。




