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あいう  作者: かれーめし
13/56

千の銃器に勝るもの

 アンドレイ・ジェスタフは、運転手をつけずに自らハンドルを握って省庁の本部ビルの真下を通り過ぎ、葉を落としても尚逞しい幹を持つイチョウが、まるで歩哨のように並ぶ永田町の車道を走っていた。


「フン……」


 上陸を日本から認められた際に、無許可の外出と徒歩で出歩くことを固く禁止されたので、日本が用意した黒塗りの高級車に乗らずに外を移動することはできない。

 マチリークは自家用車を持っている人間がほとんどいない。油田がないので石油が貴重品であるため、他の国々と比べてガソリンの値が張るからだ。

 陸軍の上級将校や指導軍の幹部連中、あとは一握りの富裕層しか乗れない。そのため教習所もあるにはあるが持ってても無価値な資格と見なされ、またガソリン代は生徒持ちなので誰も取りたがらない。

 もちろんジェスタフも持っていなかったが、やむなく公務の合間に通って3週間かけて取得した。

 車に関してはほとんど初心者の彼だったので、正直マスコミを相手に答弁するより車を運転する方がずっと緊張する。

 一国の代表が安い軽自動車に乗ってはいい笑いものだと日本側も気を利かしてくれたようだし、それにはジェスタフも同意だったが万が一ぶつけたらと思うと脂汗が浮き出てくる。

 もっとも、緊張しているのはこの車は帝都ホテルに到着してから一度も乗ってないというのもあるが。


 発信器に盗聴器か。俺が気づかないとでも思ってるのかね。


 車体と座席の下に盗聴器と発信器があることに気づいているが、あえて気づいてない振りをしている。

 指摘するよりあえてプライバシーを犠牲にして自分が内も外も清廉潔白だとアピールした方が得策だと感じたからである。

 しかし、彼も人なのでホテルの方は毎日部屋をミハイルに点検させて、館内全域の防犯カメラはあらかじめ電源を落としている。

 高級ホテルそのものを丸ごと貸し切ったのもそれを見越してだ。スパイを警戒して従業員も自分がいる間は出勤しないように頼んだ。 

 鋭く用心深く、それでいて脅迫や殺しをキチンとこなせる度胸があったから、ジェスタフは世界最大の武装組織の幹部になれた。

 彼は貧しくも豊かでもない中流階級の出身だが、幼い頃から成績優秀であり町一番の高校と国一番の大学をどちらも一番で卒業した。

 法学部出身だが、刑法に特に興味があったわけでもなく、消去法で選んで首席なのだから大したものである。

 彼は秀才だけでなく、生まれつきの高い洞察力を持ち、特に人の弱点や欠点を見つけるのがとてもうまかった。

 それは粗探しが得意とも取れるが、彼の場合は欠点を対人関係で優位に立つための鍵として巧みに利用した。そこさえ弄らなければ大抵の人間と仲良く付き合えたし、自分が疎まれることもない。

 もちろん自分の欠点も弁えているが、これが中々直せない。特にこの年になっても未だに虫が触れない。人は何人も撃ったり刺したりして殺してきたが、芋虫は踏み潰すことすらできない。

 彼のこの特技は公務員になってからより洗練されていった。欠点というのは人にあるなら人で構成される組織にも当然ある。国家にもだ。それらは見抜くだけなら個人よりも容易である。

 しかし、一部の例外はあれど社会の鉄則として個人と集団が戦えば有能無能に関わらず個人に勝ち目はない。拳でも、法廷でもだ。

 それは彼もこれまでの人生で何度も経験している。社会機構そのものに欠点が多いのだから、それらをまとめて相手にするのは不可能で虚しく、自分を滅ぼす行為だ。

 ならば、個人が集団相手に一杯食わせるにはどうすればいいか? それなら、勝手に欠点を見せるよう誘導すればいいと彼は考えた。

 組織の内部にじわじわと効く毒のような欠点では弱い。肝心なのはそれをさらけ出した瞬間、どれだけ多くの人間にそこを印象付けることができるかにかかっている。

 世論ほど集団が恐れているものはない。どれほどイメージアップに腐心していても一つの悪評でいとも簡単に人は離れて信用は崩れ、やがて瓦解する。

 そうならないために組織は一度見せてしまった欠点を改善すべく務めようとするが、集団であればあるほど修正は難しく、どんどん傷を広げていく。

 しかし、彼は失点は避ける手堅いタイプで賭けに出るような人間ではなかったので、こうしたグレーゾーンで敵を作るやり方はあまり好まず、言うほど実行したことはない。


「……」


 しかし、今日は違う。

 覆面パトカーがジェスタフの後方を同じ速度で走っている。その背後から2台の白バイがスピードを上げてパトカーを追い越し、彼の車体の横を戦車の随伴歩兵のように張り付いた。

 赤信号で一度止まって左右を見れば、歩道のあちこちに警察官が立っているし、忙しなく小走りで移動する警官も数十人規模だ。おまけに全員が防弾チョッキを着用している。

 信号が青に変わって再び車を走らせれば、交差点から新たに3台のパトカーが現れた。道路を塞ぐように止まっているのは囚人の移送に使う大型護送車だ。これも至る所で見る。

 ジェスタフ一人に恐ろしく厳重な警戒網が敷かれている。これも彼が幹部を務めるマチリークが、世界全ての武装勢力の構成員数を足しても優に超える規模の兵力を保有しているからだ。過剰に反応するのも無理はない。

 恐らくどこかに狙撃手もいるなとジェスタフは思った。周りを見ても野次馬が一人もいない辺り、人払いも済ませてあるようだ。

 そうして彼が到着した先は誰もが一度は写真やテレビで見る国政の中枢、国会議事堂だった。

 彼は今日ここに、マチリークと日本の友好条約締結の第一歩として蟠りをなくす目的で、日本政府から要請を受けて過去に起きた事件の参考人招致に応じてやってきたのだ。

 肉眼で見ると想像以上に荘厳な議事堂の外観に、ジェスタフも少し目を瞬かせて見入った。

 門の付近には目視では数え切れないほどの警官が立っており、何人かはホルスターに指をかけているし、警杖を有事に備えて予め握っている警官も多い。

 ジェスタフが開門を待って門の前で止まると警官が車体を一斉に取り囲み、ついてきたパトカーは彼の退路を断つように後方でひどく乱雑に止まった。

 ジェスタフは窓を開けて、自分に話しかけようとする警察官より先ににこやかに挨拶をする。


「お疲れ様です」


「失礼致します外務卿、トランクの中を開けてもよろしいでしょうか」


「どうぞ。でも何も入っていませんよ」


 ジェスタフはそう言ってシートにもたれかかった。実際、トランクには何も入っていなかったので開けてすぐに閉じられた。


「大変申し訳ありませんが、ここから先は車両が入れないため降りて歩いて頂きたいのですが。係の者がご案内致します。それからお車は一旦こちらでお預かりしてもよろしいですか?」


「どうぞ。私もその方が気楽ですので。ご親切にありがとうございます」


 ジェスタフが車を降りると、警察官が金属探知機で彼の膝下から脇までを入念に検査したが反応はなかった。次に行われたボディチェックも異常はなかった。


「護衛の方はどちらにいらっしゃいますか?」


「いえ、ホテルで待機させております。ここはこの国でも特に安全な場所でしょうから、私も身の危険の心配はしておりません」


「は、はい。では、こちらへ」


 ジェスタフは刃物一本持たずにここに来た。彼が外を丸腰で歩いたのは実に20年振りだったので、どうもむず痒い身軽さがあった。

 彼と対照的に、係の者と称するSPを含めてみな帯銃しており、見渡す限りの敷地ほぼ全域には分厚い透明なジュラルミン製の盾を構え、バイザー付きヘルメットを装着した警官が整列して、来訪者を睨んで出迎えた。


 これが例の機動隊か。屈強そうだが実戦ではどうなんだろうな。


 議事堂の階段の左右両端には、盾ではなくサブマシンガンを持ったまた趣の異なる機動隊員が並んでいる。

 違いは目出し帽で口元を隠している点だが、きっと日本警察の中でも選りすぐりの精鋭部隊だろう。

 これが噂で聞いた虎の子のSATか。ジェスタフは無視されると分かって一人に会釈したが、案の定反応はなかった。

 なんと扱いやすい民族なんだ日本人は。ジェスタフは顔は毅然として紳士的だが、腹の中では舌を出した。 

 『マチリーク軍は参考人招致に軍事力誇示のデモンストレーションとして大隊を引き連れて霞が関に来る』という旨のFAXを、匿名で各省庁や政府に送りつけたのが功を奏した。ここまで警戒するとは思った以上だ。藤岡もいい仕事をする。

 もちろん、一個大隊というと1000人以上の規模だが、そこまでの数を気取られずににマチリークから連れてくるというのは至難の業だし、費用も馬鹿にならない。

 それに、冷静に考えればそんなことは彼の来日理由と反するのだが、記者会見で自分は一個師団の指揮権を持っていると言ったのも効いたようだ。

 彼の経験上、部外者からしたら噴飯モノの戯言でも組織が大規模であればあるほど最悪の事態を想定し、真に受けて対策を練ってしまう。

 それが組織というものの欠点だ。

 過激派組織の幹部は車を自分で運転し、護衛も連れず武装もせずに来たのに対し、一切の戦争を拒んでいる日本は、そんな彼を無数の盾と銃で出迎えた。この矛盾した威圧こそ、彼が望んだ光景だった。

 軍隊を引き連れるジェスタフに気圧されないようにしたんだろうが、彼が単身で来た以上、国家が一人の人間にひどく怯える構図が完成した。

 これが弱さが時に銃に勝る武器になることを知る彼のやり方だった。

 ジェスタフの身体が議事堂中央塔の屋根の下に入る瞬間、おもむろに彼は懐にさっと手を伸ばした。

 すると、微動だにしなかった付近のSATが一斉に彼に銃口を向けた。


「嫌ですね。少し脇がむず痒くなっただけですよ」


 ジェスタフはそう言ってボタンを外してスーツの裏地を見せた。

 人払いを済ませてあると言っても、ハイエナ根性旺盛なマスコミはどこかのビルから望遠カメラを構えているだろう。

 今のはいい写真になったはずだが、ちゃんと撮れたんだろうかと思いながら、ジェスタフは議事堂の中に入っていった。

 今の丸腰の国家の代表に対して警察が銃を向けたという事実は確実に弱みとなる。

 今のをあとで定例記者会見で恐怖を感じたと言ってやれば印象操作は完璧だ。もちろん、この警戒態勢に苦言を呈することも忘れない。

 広間に足を踏み入れると明治政府の功労者である伊藤博文、板垣退助、大隈重信の3人の銅像に彼は迎え入れられた。

 だが、てっきり首相か大臣の誰かが待っていると思っていた彼は、そこに警備員しかいないことに拍子抜けした。


 そうかそうか。俺は招かれざる客というわけか。


 ちらりと振り返ると取り囲む警備員の他に、機動隊員が数名、音を立ててついてきている。


 どうせ撃てない癖に意味のないパフォーマンスだな。


「マチリーク軍外務部、アンドレイ・ジェスタフ外務卿がお見えになりました」


 ジェスタフは柔らかく微笑を浮かべながら開かれたドアを超えて委員会室の中へと入っていった。


「お待たせしてしまい、相すみません」

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的にはジェスタフがさっさと痛い目にあってほしい、なんて思いながらも…… 日本とマチリークとの優劣性と駆け引きの描写に舌を打たずに入られませんでしたねぇ
2021/06/06 01:18 退会済み
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