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あいう  作者: かれーめし
12/56

なんでここに美少年が!?

 朝7時。目覚まし時計をかけ忘れていたけど起床時刻を身体が覚えていて、いつも通りの時間に起きた。むしろ、うるさいベル音に叩き起こされるよりも心地よい朝だった。


「……うう」


 しかし、あの音がなければないで私の心に巣食う眠気をやっつけてくれるものがない。

 今かなり眠い。昨日2時くらいに寝たせいだ。いや2時にベッドに入ったんであって、そっからの睡眠時間は4時間半に満たないだろう。

 何だか眠すぎて頭痛までしてきた。

 よし、9時にホームルームだけどこれはもう二度寝しよう。朝食をバナナだけに……いやいっそ抜けばあと50分は寝られる。

 ま、どうせあと20分もすれば母さんが起こしにくるだろうから、そこまでは寝られないだろうけど。この考える時間がもう疲れる。とりあえず時間が許されるだけ寝よう。

 この抱き枕を抱き締めて。


「……?」


 ん? そんな欲しくもないもん持ってたっけ。というか、何で私昨日そんな遅い時間に寝たんだっけ。確か家に強盗が……。


「カミーリア!?」


 思い出した。というか寝ぼけてるとはいえあれほどの出来事をよく忘れられたものだ。


「く、苦しい」


 カミーリアはうつ伏せで寝る私の下敷きになったまま、寝返りもできずに苦しそうにうなされていた。

 そもそもベッドでなく、カミーリアと一緒に床で寝ていた。そうだった。昨日のカミーリアの寝顔がかわいすぎて、横で寝っ転がってじっと見てたらそのまま寝てしまった。


「やめろ……」


 せっかくだし、もうちょっと覆い被さっとこう。頬ずりもしとこう。うん。肌ザラザラだからそんな気持ちよくないな。

 それに痩せに痩せてるから抱き締めても骨の感触しかしない。もっと太らせないとな。

 でも、これはこれで冷たくて気持ちいい気もしてきた。


「千明、そろそろ起きなー」


 下の階から母さんの声が聞こえてくる。仕方ない。眠気も立ち去ったしそろそろ起きるか。カミーリアがもし怒って私に空気砲をお見舞いしてきたら困るし。

 しかし、一晩寝たら昨日の不安とかも立ち消えて、今はこれから始まるカミーリアとの甘い生活に胸を膨らませている自分の図太さよ。 

 でも、それは仕方のないことだ。せっかく念願の弟のようなものが家にやってきたからだ。

 私はカミーリアを抱えて自分のベッドに寝かせると、制服に着替えるためにクローゼットを開けて、ブレザーとスカートを取って椅子の上にかけた。思えば、今年から3年生で大学受験も控えてる。今年は今後の人生を決める重要な年だ。頑張らなくては。

 私がパジャマを脱いで制服に着替えながら自分を叱咤激励していると、室内にふわっとそよ風が吹いた。振り返ると、カミーリアが寝っ転がったまま目だけ開けて私を見ていた。


「おはよ」


「ん……」


 カミーリアは眠そうな顔でベッドから降りた。


「よく眠れた?」


「タコに触手で襲われる夢を見た」


「そうかぁ怖そう」


「二度とやるなよ」 


「……」


 適当に誤魔化したらバレていた。振り返ると、カミーリアがどことなく不機嫌そうに目を擦っている。

 クズの母親がコインロッカーに捨てた我が子に10年後に再会した時、ママ今度は捨てないでねって言われて殺される怪談を思い出してぶるっと震えた。


「抱き締められるの嫌い?」


「……好き嫌い以前にされたことない」


 そう言うと、両手両足をバタバタさせる奇妙な運動を始めた。ひよこが飛ぶ鳥に憧れて羽をバタつかせてるみたいで愛らしい。叶うならカミーリアは永遠に小さいままでいてほしいくらいだ。


「だったら今度は優しくしてあげるから、おいでよ」


「……」


 私が膝立ちで両腕を広げると、意外にもカミーリアは居住者の命令ならと言う風に嫌がる様子もなく私の肩に額を当てた。生あったかい息が薄いシャツ一枚挟んだ私の鎖骨周りにぬるりとかかる。


「!?!!?!!!?」


 その噎せかえるようなカミーリアの愛くるしさを前に脳のエッチコンロが点火した私は、欲のままにカミーリアにむしゃぶりつこうとしたその時、ドアを開けて寝癖がひどい父さんが入ってきた。


「千明、清香が早く起きて朝飯食えってさ」


「……チッ」


「な、何だよ」 


 せっかくいいとこだったのに邪魔が入ったから思わず父親に向かって3回も舌打ちをしてしまった。

 父さんは私の弟が欲しいという願いを何年も前から知りつつも知らんぷりしてるだけに飽き足らず、私のカミーリアを追い出そうとした。今現在私の父さんへの株はストップ安だ。

 せっかくの登校前の憂鬱な気分がバラ色に変わる瞬間だったってのに、反動で憂鬱どころかむしろ暗澹かつ悶々とした気持ちで登校することになりそうだ。訴えたいくらいだ。


「ほら、さっさと来いよ」


「言われなくても行きますよ」


 私はむしゃくしゃする気分を包み隠さず立ってブレザーを掴むと、父さんを放置してとっとと部屋から出ていった。

 カミーリアは私の後をついてくるようなことはせず、父さんと互いに顔をじっと見つめ合っていた。


 ***


「昨夜20時過ぎ、東京新宿区歌舞伎町のビルで広域指定暴力団関東氷室組系 渡会わたらい組の国重友広幹部が射殺体で発見されました。警察によりますと現場には他にも渡会組の構成員と見られる4人が鈍器や刃物のようなもので殺害されていた他、遺体のあったビルの部屋を借りていた会社社長の佐々木肇さんも銃で胸を撃たれ、死亡していたとのことです」


 私がトーストにブルーベリージャムを薄く塗っていると、テレビで昨日あった殺人事件についてやっていた。


「その1時間後には同じく歌舞伎町で氷室組系仁侠会の組事務所が何者かに襲われ、沢口仁組長他3人が首などを折られた状態で倒れているのを、組員が発見して警察に通報しました。

 沢口組長は病院に搬送されましたが間もなく死亡が確認され、他の組員も死亡したとのことです。

 どちらも金庫が荒らされ現金が盗まれていた他、防犯カメラはカメラと本体の両方が破壊され、事務所内には国重友広幹部の免許証があったということです。

 警察は同じ氷室組系列である関東渡会組と仁侠会の抗争、あるいはそれに偽装した第三者の犯行の両方の線で捜査を進めていく方針です」


 治安悪いなー。同じ日本とは思えない。マチリークを笑えないぞコレ。

 考えてみたら、毎日3件しか殺人がない国が1日に50人死んでる国を馬鹿にしても50歩100歩なんじゃ……。


「父さん、今日は起きるの早いね」


 そういえば普段は私が家を出る頃はまだ寝てるのに、父さんもう起きてる。


「奴等が寝込みを襲ってくると思うと少しも寝れなかった。それに今日は窓直しに業者来るから家で仕事する。清香だけにするのも不安だしな」


 そう言って父さんは、恨みがましくありもののマットレスで塞いでるガラス戸を眺めた。それでも部屋は何だか普段より肌寒い。


「あっそう……」


 ぼそぼそと半分寝てるような声で喋る父さんは、食パンでなく手の甲にマーガリンを塗っている。

 私が指摘しようとすると、母さんが腹を抱えて笑いを噛み殺した顔でテーブルを指で叩き、黙っててと声を漏らした。


「千明も学校休んだらどうだ?」


「え? いいの?」


「まだ犯人も捕まってないし危ないからな。俺が学校にウチの子が風邪ひいたとか言っとけば大丈夫だろ」


 父さんは食パンにインスタントコーヒーの粉末をまぶしながらそう言った。スプーンですくってる時点でおかしいことに気づかないんだろうか。


「いや、やっぱいいよ行くよ。皆勤賞欲しいし。クラス皆勤賞もあるから誰か一人が一日でも欠席するとクラス委員から恨まれるんだよ」


「とんだ悪習だな。登校することを強要し休むことを悪徳とするとは。ん? このジャム全然甘くないしなんかジャムというか砂利みたいだな」


「へー私はそうは思わないけど、ストレスで味覚障害になったんじゃない?」


「かもなぁ」


 父さんは首をかしげながらテカテカ光る手でトーストを齧っていた。もしかしたら父さんもカミーリアとは別のベクトルですごい悪食なのかもしれない。

 私がまだ覚醒しきれていない頭でそう思いながらジャガイモのポタージュを飲んでいると、母さんが重そうな段ボール箱を持ってきて中身を取り出した。

 中に入っていたのは、私が小学生の頃に使ってた教科書や計算ドリルだ。

 一年生のだけを抜き取ってあとは戻している。古本屋にも売れないし捨てたと思ったら取ってあったのか。


「それ何に使うの?」


「決まってんでしょ。こんなんでもないよりはマシだろうしこれでカミーリアに読み書き教えるのよ。千明が学校に行ってる間、カミーリアの面倒は私が見ていてあげる」


 へへへと邪悪な笑みを浮かべながら、母さんは7年前の私が書いた糸くずを丸めたような漢字を消しゴムで消していき、うず高く消しカスを積み重ねていく。


「君らほんと呑気だな」


 畜生。私が学校に行ってる間にカミーリアが母さん色に染められてしまう。

 私なら読み書きなんてしょうもないもん教えずに従順で甘えんぼな天使に矯正、いや教育してあげるのに。

 マグカップを握り締める手に思わず満身の力が入ってしまう。やっぱり今日学校休もうかな。

 いや、でも家に昨日元気に登校していきなり病欠って流石に怪しまれるか。下手に怪しまれて家に強盗が入ったとかバレるとめんどくさいし、ここは引き下がろう。


「まぁ勉強が好きな子には見えないから根気いるだろうけど頑張ってね」


 私はそう負け惜しみの言葉を吐くと、食器を流しに片付けて鞄を掴んだ。今日は割と朝食をガッツリ食べた気がする。


「千明」


 歯も磨き終えた私が玄関で靴を履いていると、父さんがやってきて私を呼んだ。


「万が一のこともある。一応これ持ってけ」


「え……」


 父さんがポケットから出したのは、折り畳み式のポケットナイフだった。

 すげぇ。父親に刃物を渡された女子高生は恐らく日本で5人もいないだろう。堅気の家の住人がすることとは到底思えない。

 私ナイフ術の心得もないんだから、仮に銃とか出されても大人しく撃ち殺されるしかないのでは? というか勝ったら勝ったで娘が人殺しになるという点についてはどう思ってるんだろう。


「あ、ありがとう」


 しかし、せっかく心配してくれてるんだし断るのも悪いから受け取ることにした。まぁ使うこともないんだしお守りにでもしておこう。


「じゃあ行ってくるね。父さんも壁とか擦る前に石鹸でよく手洗った方がいいよ」


「おう。ん? なんで手にマーガリンが」


 私はナイフをブレザーの内ポケットに入れると、通学路を歩いた。

 ふと上を向いて私は自分の部屋の窓を見た。もしかしたらカミーリアが窓を開けて私を見送ってくれるかなという淡い期待を抱いたけど、やっぱりいなかった。

 でも、今後信頼関係を濃密に築いていけば、きっといつかは玄関で見送ってくれるはずだよね。

 カミーリアが私に懐いて千明姉とか呼んでくれたら、その時はもう理性を保てる自信がない。考えるだけでとろけそうになる。


「ん?」


 そういえば私は昨日、どういう心境でカミーリアを匿うことを決意したんだっけ……? ただ美少年を愛でたいっていう下心以外にもあったような……。

 一晩寝たら昨日の不安や感情とかまで綺麗に忘れてしまった。何かカミーリアに負い目を感じてたようななかったような……。

 私って何でこんな忘れっぽいんだろう。

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