今日も今日とて、学園祭。
日差しが強くなり木々が緑色に生い茂っている。
今日はここ、『ローズクォーツ学園』の学園祭である。
ゲームのシナリオでも登場するそれは、ヒロインと攻略対象との距離をグッと近づけるものでもある。
セレスティアは文化祭でもヒロインに嫌がらせをしていたが、未だヒロインが入学していないことと、
取り巻きを1人も作らずレオ以外の人とは関わっていないことから私は完全に楽しむ気しかない。
レオとアレンの喧嘩(?)騒動から1週間が経った今、アレンとは話していない。
先生に尋ねたところ、学園もあの日から休んでいるようだった。
アレンとの喧嘩はすれど、それが長引いたことのない私はすこし心配だ。
大きな図体の割に繊細なのよね。
レオとは今まで通り楽しく昼食をとっている。
最近なんだか嬉しそうで、私まで嬉しい。
あの日の怖いレオは、やっぱり私の思い違いだったのであろう。
(学園祭の出し物、屋敷にもお土産に持って行こうかしら)
学園祭、と言えどそれは前世で体験したようなものでは無い。
出店は一流のシェフが作ったものを生徒が涼しい部屋で売るだけである。
それは見るからに美味しそうでもあるが、やはり庶民は手が届き辛いお値段である。
最近は以前よりも食いしん坊となったアンへの労いとして、何か買ってあげないとな。
アンは甘いものよりもいわゆるおかず系の軽食の方が好みのようだ。
アレンは反対に甘いもの……チョコレートやクッキー、ケーキなどの子供が好みそうなものをよく食べている。
私はポケットマネーでアレンに棒が付いたチョコレートでも買ってやろうかと思っていると、前方から同じクラスの女生徒の甲高い声が響いた。
「貴女、庶民の癖に割り込むなんて失礼ではなくて?!」
「い、いえ誤解です!!割り込んでなどいません!!」
「私、見ましたわ。……この方が割り込んで列に並ぶ姿を!!」
何かトラブルがあったのだろうか。
同じクラスの女生徒2人が緑色の腕章、つまり普通科クラスの女生徒を非難するように叫んでいる。
私はその後ろに並んでいたが、この女生徒はずっと私の前で並んでいた。
逆に割り込んだのは同じクラスの女生徒達だ。
あまり問題には関わりたくはないが、これはあまりにも横暴すぎる。
私はいつもはあまり張らない声を頑張ってお腹から出してみる。
「失礼、私はこの方がずっと私の前で並んでいたのを見ておりましたわ。」
今にも泣き出しそうな女生徒を庇うように、じっと同じクラスの女生徒達を見つめると、
「な、なんですの!!ヴァニラ様!!」
「私達は身の程を弁えない庶民に教育を施していただけですわ!!」
女生徒達はまさか私が口を挟むとは思っていなかったのか、焦り始める。
私は はぁ、と息を吐いた。
「身の程を弁えていないのは貴女達ではなくて?
私、セレスティア・ヴァニラの前に割り込むなんて100年早いですわよ!!」
私は必死に眉と目を吊り上げ睨む。
ちなみに「100年早いですわよ!!」は、ゲーム内のセレスティアのセリフである。
女生徒達はひっ、と悲鳴を上げた後に足早に去っていった。
流石、悪役令嬢である。効果はバツグンだ。
これによってもっとクラスに居づらくなった気がするが、致し方ない。
私はその場に蹲る茶色のセミロングの女生徒に「もう大丈夫よ」と囁く。
「あっ、ありがとうございます!!」
「いいのよ。悪いのは私のクラスの人達だわ。」
女生徒は感動しているのか目をキラキラと輝かせ、尊敬の眼差しで私を見ていた。
「何かお礼をさせて下さい!!」
「いいわよ、これくらい」
「いえ、それじゃあ私の気が済みません!!」
あ、圧が強いなこの子……。じゃあ、と私はお言葉に甘えることにした。
「じゃあ、貴女と同じクラスの、レオ・ヴィクターがどこにいるのか教えてくれないかしら?」
レオとは一緒に屋台を見て回りたいと思っていたのだ。それがなかなかに見つからなく困っていたので丁度良かった。
女生徒はうーん、と悩んでいる。
「ごめんなさい、分からないのなら自力で探すので大丈夫よ」
「いえ、……レオ・ヴィクターという生徒を知らなくて」
「えっ」
普通科クラス━━いわゆる庶民クラスは他のクラスよりも人数がずっと少なかった。
目の前の女生徒は人に関心がないタイプなのだろうか。
「おかしいな、私同じクラスの人とは全員と友達のはずなんだけどな」
「えっ」
『全員と友達』………。人生で1度は言ってみたいセリフである。
あれ、涙が出そうだ。いいのよティア。ぼっちでも人並みの幸せは手に入るのよ、ティア。
私は気を取り直して考える。それだとますますおかしい。
レオは普通科の緑色の腕章を付けていたから、クラスを間違えている筈はない。
でもいつまでもこの女生徒の時間を奪う訳にはいかないから、この場から去らなければ。
「ごめんなさい、何か思い違いをしていたのかも。今度本人にしっかりとクラスを聞いてみるわ」
「いえ!!こちらこそお役に立てず申し訳ありません!!」
女生徒は本当に申し訳なさそうにしゅん、と身体を縮こませていた。
私は女生徒に、「本当に大丈夫よ、お心遣いありかがとう」と伝えると注文の順番が回ってきたチョコレートを2個買った。
「レオ〜、レオどこなの〜?」
私は人混みを避けながらレオを探しにいつもの庭園へ来ると、もう他の生徒達はいなかった。
やはり絶好のぼっちスポットである。
呼びかけながら庭園を歩くと、噴水に見慣れた前髪の長い男子生徒、レオが座っていた。
「レオ!!……やっと見つけたわ」
「ティア、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。……一緒に学園祭を見てまわりたくて。」
その言葉にレオはニコッと笑みを作る。
「俺もティアに言いたいことがあって、ここで待っていたんだ」
「あら。珍しいわね、なに?」
「まだ秘密」と悪戯っぽく人差し指を口元に持ってきて笑うレオに心臓が甘く痛む。
「学園祭の最後、夜9時に行われるフラワーイベントの時間にここに来てほしい」
フラワーイベント、とは学園祭を締めくくる代々続く行事らしい。沢山の花や花弁が学園中に降り注ぎ、ライトアップされる女生徒やカップルから大人気のイベントだ。万年ぼっち(他称)の私には縁がないと思っていたから、あまり深く教師の説明を聞いていなかったことが悔やまれる。
けれど、私の返事は決まっていた。
「もちろん、……喜んで」
私は声が震えているのを悟られないように小さく伝えた。レオは愛おしそうに私の右頬を撫でる。
「ち、ちょっとレオ!…くすぐったいわよ」
私は小さく抵抗する。と、レオはそんな私に気分を良くしたように右耳に囁いた。
「ねえ、ティア。俺とティア、二人ぼっちの世界ってどう思う?」
二人ぼっち??私は聞き慣れない単語を脳内で反芻する。
二人ぼっち、二人ぼっち……。
私の脳みそが弾き出した結果は、『結婚』という単語であった。
思わず「ぼっ!!」と顔が爆発するように熱くなる。都合のいい私の頭は、レオと私の将来についての妄想が止まらなかった。
「レオ〜、もう朝よ〜」
「うぅ、あと1時間……」
布団に包まるように身を包むレオに私は少し強めの声を出す。
「もう!レオ!!今日は朝早くからお仕事だって言ってたじゃないの」
「分かったよ、ティア」
「でも、今日はレオの好きなサンドイッチよ」
「え、ほんと!?」
レオは長い前髪で瞳は隠れているが全身から喜びが伝わる。
決して裕福ではないが、幸せな暮らし。
私がずっとずっと望んでいたもの。
思わずぽわ〜っと脳内での妄想が止まらなくなった私の顔を、レオは「ティア?」と覗き込む。
「あっ、ごめんなさい!2人ぼっち、いいわね!!」
私は慌てて2人ぼっち━━『結婚』をする気がある事を伝える。
言ったあとになんだか恥ずかしくなって、レオの返答を聞く前に私は急いで駆け出す。
「じゃ、じゃあ9時にまたここでね!!」
嬉しくって顔が綻ぶのが止められない。
あれ、レオのクラス聞くの忘れてた。
まあ、いいか。9時までにアレンとアンにお土産渡さないとね!!
私は校門を出て馬車に乗り込んだ。
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「やっぱりティアも二人ぼっちがいいよね」
誰も居なくなった小さな庭園で、長い前髪で顔を覆った男が呟いた。
その美しい声色は、誰にも届くことなく空に溶けていく。
「他の人間なんて、いらない」
漆黒の髪の中で怪しく光る紫の目に、気がつく人間はまだいない━━━。