今日も今日とて、嫉妬される。
レオは続けて言った。
「キミみたいなのがティアの友達なんて、ティアが可哀想だよ」
「は??お前、黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって…!」
二人の近くだけ温度がマイナス30℃くらい違うな、と思うくらいの冷えっぷりだった。
レオの煽りにある『友達』。これはアレンにとっての地雷ワードである。昔、何処かのパーティの主催者の息子に、「お前の友達のヴァニラ家の女、家で本ばっか読んでる根暗なんだろ」と言われて
アレンが殴ってしまったというエピソードを、メイドづてに聞いたことがある。
とにかく、暴力に発展する前に止めないと。
「こら、二人ともやめなさい。恥ずかしくてよ!」
私が大きく手を振って叫ぶと二人の動きは静止し、此方を振り返った。よし、上手くいったわね。
その瞬間、アレンの顬から浮いていた青筋が消え去り
私に駆け寄って来た。
「お前の友達は俺だけだろ……?」
アレンは捨てられた子犬のような顔を見せる。
ゲームでは他人に弱みなど一切見せなかった彼が、こんな風になるのはやはり私が『友達』だからであろうか。
「うっ……」
私は昔からこの顔に弱い。私がいつものように頭を撫でて慰めようとすると、私の両手をガシリとレオが掴んだ。ギリギリと力を込めているのか痛い。
「ねぇティア、何絆されかけてるの」
感情を感じ取れない声で私に囁くレオ。
いつもは癒されるその声に、なんだか今は怖くなり小さく震えた。
するとレオが突然、アレンに向かって何かを投げた。するとアレンは呻き出す。
「行くよ!ティア!」
無理やり私の手を引っ張るといつもの中庭に駆け込む。
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「ねえ、レオ……。ねえ、ねえってば!!」
「ああ、ごめんねティア。なに?」
「手が少し痛むわ……」
ずっと握られていた手首は赤く鬱血している。
レオはそれに気がついていないのか、ずっと上の空だった。が、直ぐに離して慈しむようにそれを撫でた。
まさかアレンとレオがこんなにも相性が悪いなんてね……。まさに水と油の関係だ。
もしかして、レオはどこかでアレンを誤解しているのかもしれない。
見た目も言動も荒っぽいけれど意外と繊細なのだ、あの男。
アレンは私の幼馴染であることをちゃんと伝えて仲直りしてもらわないと。
「あの、さっきの赤髪の男子生徒は不審者とかじゃなくて私の幼馴じ『知ってる』……レオ?」
「アレン・ルーデンス、君の幼馴染で16歳。初めて会ったのはお互い7歳でティアの家でのお見合い。社交界に姿を見せないティアが唯一話す同年代の相手……でしょ?」
「……え?」
どうしてそこまで知っているのだろう。
話したことあったっけ……?
とにかく、アレンは悪い人では無いということだけでも知ってほしい。ただ友達が私以外にいないだけなのだ。
「ティアはあいつの『あれ』をただの友愛だと思っているのかもしれないけど……それは違うよ」
「……どういうこと?」
「俺とおんなじってこと」そう言って唇を弧のように歪ますレオ。
ますます意味がわからない。しかし考えてもキリがない。私はバケットからマフィンを取り出した。
レオはマフィンの登場に驚いたのか、目が点になっている。
ふっふっふ。まさかこんなに美味しそうなマフィンが出てきて、感動のあまりに固まってしまったのね。
「良く分からないのだけれど、取り敢えず昼食にしない?」
私はマフィンを見せ付けるようにレオの目の前に差し出す。するとレオは笑い出した。
「あははっ。この状況をよく分かっていないそのお馬鹿で可愛いトコが俺なんかを誑し込むってこと、知らないのかな」
「どういうこと?」
全く意味が分からない。この世界の平民文化にはあまり慣れていないから、流行りのものや笑いのツボは全くもって知らないのだ。
つまらない女でごめんなさいね……。とレオを見つめた。
私に「ありがとう、凄く嬉しいよ」と言ったあと、レオは何も無かったかのように微笑んだ。
「ううん、大丈夫だよ。それじゃ、昼食を頂こうかな」
いつものように微笑むレオ。『怖い』なんて私の勘違いだったようね。
「……!ええ!今日は自信作よ!!」
やはり先程の怖い姿は私の見間違えだったのか、いつもの様子に戻っているレオの笑顔にほっと安心していた。
またもや「世界一美味しい」というもうすっかりお馴染みのお言葉を頂いてちょうど、お昼休みが終わる鐘が響いた。
「じゃあ、私そろそろ教室へ向かうわね」
「うん、今日も昼食、ありがとう」
私は手を振って教室へと歩き出した。『美味しい』という言葉だけで作る側のモチベーションになる。
全国の主婦の気持ちがわかった気がした。
これから私も、屋敷のコック達にもっと『美味しい』と伝えようと心に決めた。
明日は何を作ろうかしら。アンは何を試食しても褒めてしまうから、辛口な評価をしてくれる人を探さないとね……。
その後ろでレオが
「やっぱり、あれしかないか……」
と形の良い唇を端正に歪ませていたことは知らずに。
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「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ。お嬢様」
家路へ着くと、いつも通りアンが玄関で待ち構えていた。そして、手早く学校指定のブレザーを脱ぐ。
今日はどっと疲れた日だったわね……。
息抜きのためにも久々にガーデニングでもしようかな。庭師のヒューリーさんに今度は土の選別でも手解きしてもらおうかな。
アンが私の制服のブレザーを受け取りながら思い出したように言う。私はリボンタイを外しながら耳を傾けた。
「そう言えば、皇太子が婚約を発表したらしいですよ」
「あら、そうなの」
私にとってはどうでもいいことなので、つい空返事になってしまった。
皇太子と言えば、私と同じく社交界には全く出て来ないことで有名だ。
そのため貴族の間では「絶世の美男子説」「目も当てられないほどの醜男説」などいろいろな憶測が飛び交っている。
まあ、そんな派手な世界私には関係ないのだけれど。
「どうやら来月には婚約パーティを行うそうですよ」
「あら、じゃあヴァニラ家も招待を受けるでしょうね」
まあ、私は行く気は毛頭無いが。しかし、さぞ絶品な料理が出ることだろう。できるならば私ではなくレオに行かせてあげたい所だ。きっと喜んでくれるだろう。
アンはそんな私を見透かしたようにはあ、と溜息をついた。
「お嬢様もそろそろご婚約について考えるべきです」
「分かってるわよ、あまり心配しないで頂戴」
『言うと思った』と私は心の中で苦笑する。近頃屋敷の人達は、私がこの歳でまだ婚約者がいないことを不安視している。
「ですが……」とまだ何か言いたげなアンに、「明日の試食させてあげないわよ」囁く。
「まあ、お嬢様にまだ婚約は早いですよね!……私、明日は魚介類が食べたいです!」
とキラキラした目で言った。もう、現金なんだから。
でも彼女のそんな性格に救われているのもまた、事実である。
「ハイハイ、分かったわよ」と言うと、私は園芸道具を取りに自室への階段を上がるのだった。