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今日も今日とて、運命。



私は本能に従って、彼の瞳の真意を探るように見上げる。

その瞳は愛おしげに細められており、その言葉が真実である事を物語っていた。

レオが、私を愛している?

彼の正体が分かってからはずっとその好意を『勘違い』だと勝手に決め付けて、本気と考えてなんかいなかった。

少しの期待が胸の中で肥大していく。

そして私は彼に震えた声で訴える。



「信じられないかもしれないけれど、貴方には本当の運命の人がいるのよ。私はその人を知ってる。可愛らしくて、優しいとっても素敵な人よ。私なんかよりもずっと」



そう言うと、レオはその双眸を溢れんばかりに開いた。そして、何も言わずに私に手を差し伸べる。

私には、彼の手を掴む資格は無い。

そう思ってその手を取ることを躊躇っていると、彼は私の手首を掴んで無理矢理私の身体を起こさせた。

そして驚く私の指を優しく手のひらで包んで、自身の瞼へ運んで行く。


「……っ」


片目を閉じた彼の、瞼の上を私の指で彼がなぞるように動かす。

そしてもう片方の瞳に真っ直ぐに射抜かれる。



「それなら、今此処で俺の目を潰してよ。君以外を映す瞳は要らないから。一生続く暗闇の中で君の声だけを聴けるなんて、これ以上無い幸せだ」

「……え?」



私は絶句する。彼の甘ったるい声と相反するようなおぞましい内容に、背筋が強ばった。

そして次は、彼の血色の良い唇に。

柔らかい感触、まるで指にキスされているみたいだ。

指先が、腫れたように熱を持ってジクジクとする。



「君以外に愛を囁けないよう、この唇を縫ったって良い。君以外の声を聴けないように耳を切り落としても良い。……君が信じている『俺の本当の運命の女』を君の前で殺すのも良いかもね」



唇から耳へ、耳から心臓へ。

彼の手が運ぶ方へ、私の指も移動する。

レオの心臓の鼓動はとても強くて、今にもはち切れそうだ。



嗚呼、彼は本当に私を愛しているんだ。

そう思うと、鼓動が伝染するように私の心臓も大きく早まった。

普通なら気味悪がるだろうに、今の私は何故かその言葉が今迄聞いたどの愛の囁きよりも胸の深いところを突き刺す。

シロップをそのまま飲み干したように、甘ったるくて甘ったるくて。今にも胸焼けしてしまいそうな程に心臓が熱くなる。




その理由は、彼の本心からの言葉だからだろう。

きっと今迄の愛の言葉も本当だったのだと、今更気付いては想い出が込み上げる。

二人でドレスを着て学園に行ったときも、私を迎えに来たときも。

他の誰に置き換えた訳でもなく。セレスティア・ヴァニラとしてでもなく。

他でも無い『私』自身を愛してくれていたんだ。

嗚呼、胸が熱い。私のものかレオのものか分からない鼓動が耳奥で警報機のように鳴り響く。





━━━━閉じ込めていた言葉の扉の錠は、今完全に外れた音がした。







「私、レオが好きよ。平民のレオ・ヴィクター、皇太子のレオナルド・アーサーも、貴方の全てが愛おしいの。きっとこれから出会う誰よりも、貴方が好き」

「……え」




私はそう言って微笑む。

すると、ぽたり、と手の甲に雨水が降る感覚。

私は彼の瞳を見ると、片目から涙を零していた。ステンドグラスの色を映して、真珠ように煌めく雫が私の肌に染み込んでは降り注ぐ。

レオの涙なんて、初めて見た。

ひとつの彫刻のように完成された美しさをもつ彼は、涙と同じくぽつりぽつり、と言葉を紡いだ。



「……本当の俺は大輪の花より霞草の方が好きで、白より黒が好みなんだ。両親は嫌いだし、この国も国民も本当はどうだっていい」



初めて聞いた、彼の弱音。

道中の霞草に今の彼の服装は全て、本当の彼を象徴しているように思えた。

私は先程レオがそうしたように真っ直ぐ彼を見つめて、何も言わずにただ次の言葉を待つ。



「でも、君も学園の庭園を好きだと聞いて本当に嬉しかった。君が暮らす国だと思えば、より良くしようと思える。両親への憎しみを募らす暇があれば、君のことを考える時間になった」


「俺は君にどれだけ感謝してもし足りないよ。……だから俺を心から愛してくれなくても、君が俺を選んでくれて、一生檻の中に閉じ込めて愛せるだけで幸せだと思ってた」




でも、と彼が言葉を続ける。

少し赤らんだ目尻が、震える声色が、優しく包む手が。

彼の本心の表れのようで、私はぎゅっと手を握り返した。



「愛している人に愛されるって、こんなに幸せなんだね」

「ええ」




初めて見る笑みを浮かべる彼。

それは心の底から幸せそうに、私だけを瞳に映していた。

そして彼はもう一度私の手を引いて、講壇の上へと連れて行く。

そして、ステンドグラスの明かりに照らされながらレオは膝まづいた。





━━━━━━━━━━━━━━━






『一生俺だけを見て、一生俺の隣で、一生幸せに暮らして欲しい』


彼がまだレオ・ヴィクターと名乗っていた頃。

学園祭で彼はそう言って、プロポーズしてくれた。

本当に嬉しかった。心から幸せだと思ったのは人生であれが初めてだ。

でもそれと同じくらい平民の暮らしの憧れがあって……。

勝手に幻想を抱いていたのは、アレン達だけでは無い。私も同じだったから。




……でも、皇太子としての彼を知った後も。

私は彼の優しい声を聞くだけで脳が蕩けてしまうように熱くて。

彼の意地悪げな笑みが、本心では凄く好きだった。

その想いに蓋をしたのも、見ない振りをしていたのも自分自身だ。




でも、もう止められない。

彼がもしヒロインと出会って恋に落ちてしまっても。私はずっと、レオを愛している。

前世のように絶望して全てを終わらせたりなんかしない。

彼に恋をし続けて生きていくの。

尤も、レオが私をどれだけ愛していてくれるかなんてもう痛い程分かったのだけれど。




私は、彼の全てが好き。愛している。

心の中で呟いていると、それを咀嚼してゆっくり呑み込むような幸福感に包まれる。

きっと、私とレオは━━━━━━━。






━━━━━━━━━━━━━━━





「俺は優しくなんて無いから、絶対に君を離してなんかやらない。君と生きて、君と同じ墓に入るよ。生まれ変わったとしても逃がしてあげない。永遠に俺のものだ。……そして俺も、永遠に君のもの。だから━」




━━━━━━━━『ティア、俺と結婚して欲しい』。




ポケットの中から取り出した箱を開くレオ。

真剣な眼差しで私を見つめる彼の手には、アメジストの指輪。

彼の瞳と同じ色のそれは、ステンドグラスよりも、はたまた月光よりも。

この世界にあるどの宝石よりも、美しいと思った。



目に、涙が滲む。彼の輪郭がぼやけていく。

あのね、レオ。先程貴方は愛されて幸せだと言っていたけれど、きっと私の方が何倍も幸せよ。



きっとこの指輪を受け取ったら、私の憧れなんて一生手に入らないだろう。平民の暮らしも、平穏な日々も無い。

でも、でも……。どれだけ平凡な暮らしが出来ても、貴方が隣に居なければきっと幸せなんて手に入らないわ。

セレスティア・ヴァニラでは無い、前世の私でも無い。

貴方は、『ティア』としてのありのままの私を受け入れてくれたんだもの。




「私だって、貴方を離してなんてあげないわ」

「……っ!」



涙混じりの、可愛げの無い返答。

ぼやけて彼の表情は見えないけれど、きっと同じ顔をしているんだと思う。

すると、突如彼の腕の中に抱き締められる。

爽やかさの中に甘い色気がある香りが鼻腔を擽る。




彼は指先で私の涙を拭った。ぼやけた視界が綺麗に映ると、そこには世界一愛しいひと。

高鳴る鼓動と熱の所為で、脳がくらくらする。

彼の手によって私の左手の薬指に嵌って行く、アメジストの指輪。

ただの指輪、指ひとつぶんだけ。けれど全身が縛られたように身動きが取れない。



「俺の、俺だけのお姫様。死がふたりを分かつまでなんて誰にも言わせない」



彼はそう言い終えると、唇に触れる柔らかな感覚。

他の誰にキスされたときとは違う。ずっと、ずっとこうしていたい。

触れるだけの優しいキスが、段々と深いものへと変わっていく。

ふわふわとした多幸感が私の身体を駆け巡る。






突如、十二時を知らせる教会の金が辺りに鳴り響く。

前世の御伽噺だったら、お城から抜け出さ無ければならない時間。それでもキスは続いたままだ。

彼の唇から零れる色っぽい吐息に、私を見つめる愛おしげな瞳。それらに溶かされる錯覚さえ覚える程、私はとっくの昔に彼に溺れてしまっていた。

私は例え魔法が解けたとしたって、ずっとこのままでいるの。私はヒロインでは無い。

ガラスの靴だって履いていないし、可愛げだって無い。

私が彼を選ぶことが、彼を縛り付ける事になってしまっても。

この気持ちは止められないから。





━━━━━━━━━━嗚呼。これがきっと『運命』なのね。




一生彼の鳥籠の中に閉じ込められても、私はレオに愛でられるだけで幸せだ。

そう心の中で呟くと、彼は繋がっていた唇を離した。

それに名残惜しさを感じていると、彼は無垢な天使のような顔で、悪魔のように口角を釣り上げ嗤った。




「これでハッピーエンドの完成だ」








━━━━━━━━━━━━━━━





昔むかし、孤独な王子様がいました。

彼はこの世の全てのものを憎んで、絶望していました。

そんな所に心優しいお姫様と出会います。

王子様は身分を偽って、彼女と親睦を深めました。

初めて触れた人の暖かさに、王子様は驚きます。それと同時に、彼ははじめて愛を覚えました。彼女は王子様の凍えた心を溶かしていったのです。




いつしか王子様とお姫様は将来を誓い合います。そして王子様は、漸くお姫様に正体を明かしました。彼女は大層驚きました。

しかしそんな時に、心美しい彼女に惹かれる魔物達が現れます。醜い魔物は彼女を甘い言葉で惑わしました。

『俺たちは友達だ』『オレたちは家族っすよ』『私たちの神様です』と。




彼女がその悪意に呑み込まれそうになった時。

現れたのは、王子様でした。

魔物を倒していく彼に、お姫様はまた心奪われます。

そして彼女は目を覚まし、気付いたのです。

『本当の運命は貴方だったのね』。

お姫様は魔物の悪意から逃れ、王子様を選びました。そしてまた、二人は誓いを立てました。

王子様は深い深い深い深い愛でお姫様を包みます。

そして、二人は永遠に幸せに暮らすのでした。


おしまい。






━━━━━━━━━━━━━━━





お姫様自身が、『俺を』選んだんだ。

これ以上無い最高の結末だ。先程から内心高笑いが止まらない。

キスを辞めた時の、彼女の不安げな瞳。

嗚呼。なんて可愛らしいんだ。正真正銘の、俺だけのお姫様。

その瞳に映るは俺の姿だけ。嗚呼、やっとだ。

漸く俺と『同じ』になってくれたんだ。

薄汚くて気色が悪い魔物共は全て忘れさせてあげる。俺を選んでくれたんだ、他でもない彼女自身が。






ねえ、ティア。

俺が君に『司令』の書いた封筒を渡したのを覚えているかな。

最初から俺は一つ目と二つ目の司令で君が選ぶ選択は、全て分かっていたんだ。

だって、お姫様が魔物を選ぶ訳ないよね。

そんなの紛うことなきバッドエンドじゃないか。




でも、三つ目の『司令』。教会で俺と出会っても。

君はそれを開いて確認しなかった。





きっと君は、今迄の司令が『選ぶか否か』だったから、そう勘違いをしたんだろう。

ふふ、馬鹿な子程可愛いとは言うけど本当にその通りだなあ。

彼女は聡明だけれど、人を疑うことを知らない。そんな所も大好きだけれど、これからの夫婦生活が心配だなあ。

大丈夫、害虫を駆除するのも夫の役目だ。




話が逸れるけれど、俺はつい最近まで『君の記憶から魔物の存在を消してあげたい』と考えていたんだ。

でもそれは間違っていると分かったよ。

だって魔物と過ごした記憶だって、君の身体の一部。君を君として形造った全ての要因を、尊重してあげたい自分がいるんだ。




だけど、『魔物がティアの記憶をもつ』ことはどうしても許せなかったんだ。

君の笑い声、指が良く通る髪や透き通る肌の感触。

心配した顔、悲しげな顔、嬉しそうな顔。

その愛らしい顔全部、俺だけが知っていればいい。魔物なんかがその幸せを持っていることに反吐が出る。




……なんて、今となってはどうだっていいか。



一生離してあげない。何度も何度も、彼女に繰り返しそう刷り込ませる。

ティアが『本当の運命の女がいる』なんて言い出したときは、初めて彼女に怒りを覚えた。

俺がこの世界に産まれ落ちたことを肯定してくれるのは、君だけなのに。

君以外、生きていても死んでいてもどうだっていいのに。




そんなことをぼんやり考えて、俺は彼女にもう一度口付けた。

彼女は目を瞑る。ほんのり紅い頬が愛らしくて仕方が無い。

震える睫毛が俺の頬に触れる感覚さえ愛おしい。俺は静かに彼女のネグリジェのポケット部分から封筒を抜き取ると、背後の窓に手を伸ばす。

そしてそのままそれを掴んだ手を離すと、夜風が夜闇へ運んだ。




君が俺の婚約を受け入れてくれて本当に良かった。流石に俺も、君の身体をまだ未完成同然の装置で弄るのは安全性が心配だったから。

君は無垢なまま、何も知らずに俺の鳥籠の中で愛でられていて。






『セレスティア・ヴァニラと他の参加者互いの記憶を消す 又は他の参加者のみセレスティア・ヴァニラに関する記憶を消す』






あと数話で完結する予定です。

完結後は新作を書くか、セレスティアが別の選択肢を選んだ場合のifストーリーや番外編を書くか未だ決めかねております。

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