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今日も今日とて、友達。





アレンは満面の笑みを浮かべたまま、私の髪を

愛おしそうに梳いて、撫でた。

そのまま、幼少の頃の想い出をその美しい口で紡いでいく。



「久々にオレンジピール入りのチョコケーキも食べてえな。ティア、ケーキの飾り付けは自分でやりたいって煩かったよな」

「それは貴方もでしょう」

「あと街に出掛けて、二人で買い食いしたり新しい服を買ったりもしてえ」

「買い食いは小さい頃禁止されていたわよね。……アレン、服やらアクセサリーのセンスだけは飛び抜けているのが悔しいわ」




段々と蘇ってくる、幼き頃の数々の想い出たち。楽しかったなあ、あれは面白かったなあ、悲しいこともあったなあ。

婚約者に成りたくない一心でアレンと友達に成ったけれど、今ではアレンのことを一番の友達だと思っている。

ゲームでは見たことが無い一面も、友達として新たに知ることができた。

その全てが大切で、かけがえの無いものだ。




お腹は空いたし、今だって瞼が落ちそうな程眠たい。アレンはそんな私に甘い言葉を囁き続ける。「あったけえスープとケーキにカップケーキ……全部ティアの為に用意してやんよ」、

「また前みたいに一緒のベッドで寝ようぜ」と。

それでも私はまだ、首を縦に降らない。

ここで頷いてしまえば、自分が友達の優しさに甘えているようで情けないからだ。

するとアレンははあ、と溜息を吐いた。

そして、頬を掻きながら話し出しそうに続けた。




「俺、お前があのクソ野郎……皇太子と結婚してもいいと思ってる」

「……え?」

「勿論、トモダチは俺だけだからな!まあ婚約者なら十人でも百人でもまあ……我慢してやる」

「アレン……!」



な、なんと……!あのトモダチ第一主義のアレンが。自分ではなく私の幸せを優先して話しているではないか。

私はまたしても感動して、うつらうつらしていた瞳がすっかり冴えた。まるで授業参観中に、素行の悪い息子が自ら手を挙げ教師に発言したような。って、経験した事は無いけれど。

レオと結婚なんて、私から婚約破棄した身なのに出来る訳が無いのに。

そう言おうとしたけれど、自分が傷付くだけで、もう過去は振り返らないと決めたからやめた。




「アレンも成長したのね……。そんなに婚約者は要らないけれど」

「俺が、セイチョー?」

「結婚したらきっと、アレンとお茶したりボードゲームを嗜む時間はぐっと減ると思うけれど『は?』……どうかしたの」



それなのに、私が結婚してもいいと思えたのは成長よ。そう言おうとしたけれど、怒気の籠ったアレンの言葉に遮られてしまった。

久々に聴くその声は……決して子供のものとは違う。成熟した男のものだった。

怒りに滲んだ紅色の瞳は、私を非難するように歪められている。




「……んでだよ」

「何かしら、もう一度言って頂戴」

「なんっでだよ!!俺の唯一も、お前の唯一も!全部俺たち二人だけだろ。婚約者なんて陳腐なものは他のゴミ共にくれてやるよ。でもな、ティアの生死を共にするのは……。毎日飯を食ったり、寝たり、遊んだりするのは……全部、トモダチの俺だけなんだよ!!」

「……ア、レン」



アレンは怒りを孕んだまま、私を怒鳴りつけた。その怒りの矛先は私では無い━━━━姿も名もない『婚約者』に向けられているような。

私は突然怒鳴られたこと、その意味が理解出来なかったことから、ただ呆然と彼を見つめていた。

アレンははっと正気に戻ったのか、今度は私の下顎を軽く掬って撫でる。

その顔は緩みきって、いつもの幼子に似た笑みだ。




私の想い出の中のアレンは無邪気に笑っていて。少し乱暴で、でもとても優しい。

けれど、今のアレンは何だか恐ろしい。私の知らないうちにアレンがアレンではない『何か』になったかのような。そんな、得体の知れない恐怖感が私を襲った。



━━━━━━━いつから?

いつからアレンはここまで『友達』に執着するようになったの?

私がいつも感じていた違和感の正体は、アレンの言う『友達』なのだと、今漸く気が付いた。




「アレン、私はね。もし貴方に新しい友達が出来たら嬉しいわ」

「……何だよそれ。ティアは俺と同じ気持ちだろ。他の奴じゃ俺達のことを微塵も理解できねえよ。それにティアだって、俺が他の人間共と話してたら嫌だろ?」



アレンの言葉と手先は小さく震えていた。

何時もの自信満々な雰囲気とは全く違う。この場で消えてしまいそうな程、儚い。

アレンは涙を滲ませて、捨てられた子犬のように私を見つめる。




「ええ。少しも嫉妬しないと言ったら嘘になるわ。……けれど私は貴方の幸せが増える方が、ずっと嬉しいの」

「嫌だ。ティア以外の幸せなんてねえよ」

「先程も言ったけれど、貴方は優しいし家柄も良い。それにとっても格好良いわ。友達なんて直ぐに出来るわよ」

「……俺の爪先から頭の先まで、全部お前の為にあんのによ」




アレンはそう呟いて、瞳に水の膜を張った。

どうして分かってくれないのか。それはきっと、アレンも思っている。

私の思うアレンも、アレンの思い描く私も。

どこからか歪んで、軋んで。想い出だけが美化されてそこに在るようだ。

私は彼を真っ直ぐに見て、優しく言った。



「だから、私は貴方を選ばない」




アレンは絶望し、絶句した様子で私を見た。

その見開いた目は、私を一直線に見つめていた。



「貴方を選んだら、私が貴方を一生縛り付けてしまうわ。アレンを大切に思うからこそ。私だけの友達でいるなんて、私が嫌なのよ」



言い終えると、私はアレンを優しく抱き締める。震える彼の大きな背中が、やけに小さく感じた。

アレンは初めて、抱き締め返さなかった。

少し寂しいけれど、その方が良いと思えた。



「いつか貴方も恋をして、結婚して……子供だって出来るかもしれない。それなのに、いつまでも友達が幸せの邪魔をしてはいけないわよ」




いつしか私は心からアレンの幸せを願う程に、アレンに親愛の心を抱いていたのだ。

ゲームでは彼の恋路を邪魔していたけれど、今世では彼は幸せになって欲しい。

そこに私が居たら、幸せは成立しない。選んでしまえば、アレンのことだから私に付きっきりになって、恋人はおろか友達すら出来ないだろう。

アレンは眼を乱雑に擦り、怒りを持ったまま私を見上げた。



「これだけ辛くて、どうしようも無い程胸が痛くなるくらいなら、お前とトモダチになんて成りたくなかった」

「……っ!」



それは私が一番、聞きたくない言葉だった。

私は思わず肩が跳ねる。普段のアレンが言う筈のないその言葉は、今明確に私に向けて発せられた。

私にそれを反論する権利は無い。

ただ、ゆっくりと頷いた。するとアレンは何かを諦めたような顔でこう言った。



「なあ、ティア。最後にキスしてくれよ」

「……分かったわ」



私はそれだけ言うと、彼の顔へと身を寄せた。

そして、額に小さく口付ける。

彼のきめ細やかな熱い皮膚が唇越しに伝わった。唇を離した瞬間、アレンがニヤリと小さく笑った。

そして、そのまま無理やりアレンの唇へと顎が持ち上げられる。

先程とは全く異なった、深く絡み付くようなキス。荒々しくて、獲物を捕食するような。

此方の気持ちなんて全く考えていない、自分本意なキスだった。



「……んっ!んんー!」

「……バーカ、キスはこうするんだよ」



悪戯げに笑う彼に、数分前の哀愁漂う姿は見る影も無かった。私はやっと酸素を吸うことができて、荒らげた息を落ち着かせた。

そしてアレンは得意気に話を続ける。




「俺は今、お前の選択の所為で不幸になった」

「……え?」

「選ばれないくらいなら、俺のことを一生覚えていてくれよ。どの人間よりも深く。ティアが、お前自身で選んだ選択によって不幸になった俺を」




無邪気に口の端を吊り上げるアレン。いつもの燃えるように紅い瞳は、冷え切っていた。

口調は強く、此方を徹底的に責め立てていた。

私はもう、自分がキスをされていることに悲しんでいるのか、そんな事を言われて悲しんでいるのかが分からなかった。



「優しいお前はすぐにその重荷に耐えきれなくなるだろ。そうなったら、何時だって帰ってきていいぜ。またティアと俺の二人きりで幸せに過ごそうな」

「く、狂っているわ……」






「狂わせたのはお前だろ」



優しい笑みを浮かべたかと思えば、酷く恐ろしい口調で語気を強めるアレン。

私は耐え切れず、彼に背を向けた。次の選択肢へと進もう。チラリと後ろを振り返ると、彼は笑顔で手を横に振った。

その瞳は私がいずれ自身の元へやって来るのだと、確信しているようだった。

私は歩幅を大きくして歩き出す。……前に、私は一度だけ彼に尋ねた。



「もし私が『友達』ではなくなっていても。それでも待っていてくれるの?」

「何言ってんだよ。俺のトモダチじゃないティアなんて、ティアじゃねえだろ」



瞬間ズキン、と胸が軋んだように痛む。

返答する言葉に聞こえないフリをして、私はまた前を向いた。

幼い頃から変わってしまった幼馴染に、悲しみを覚えて。私はまた、地図を片手に歩み出した。






━━━━━━━━━━━━━━━






無機質な部屋に美しい嗤い声が響く。

その正体はまた、美しい男だ。

ステンドグラスに照らされ色とりどりに輝く彼の髪は、闇に溶け込む漆黒。




通信機越しとはいえ、彼女の声は自身の脳を溶かす錯覚さえ覚えてしまう。一生聴き入っていたいくらいだ。

他の有象無象の音なんて耳に入らない。

ましてや惨めったらしく彼女に縋る魔物の鳴き声なんて。


「はあ、やっと会えるね。ティア」



そう呟いた声は、自分でも驚く程に酷く甘ったるい。

この『ゲーム』は他でもないセレスティア・ヴァニラの為にあるのだ。

ゲームの最終章を彩るのは彼女しか居ない。

そして、これを造り上げた俺だけだ。



「これで気が付いてくれたかな。……本当の君を分かっているのは俺だけなのだと」




彼女を神に見立てて、信仰していた三人の田舎者。エミリー・フィーネストにアリア・フィーネスト、そしてカイン・フィーネスト。

彼女に料理を作って、俺のいない間に食べさせて。あろうことか脱出の手伝いまでしたキール・クラウド。

幼い頃から彼女に執着して離れず、邪魔ばかりしていたアレン・ルーデンス。



全ての魔物は、俺が排除してあげるから。

俺のお姫様には笑っていて欲しいんだ。

けれど自分ばかり求めるのは嫌だと思うのは、俺の我儘かな。

哀しいことは全て、俺が忘れさせてあげる。



「さあ、最後の選択だよ。━━━愛しのティア」





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