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今日も今日とて、家族。





「ねえ、キール」

「こら、セッちゃん。『お兄ちゃん』っすよ」


私は返答を返さず、キールに声掛けた。

彼は幼子をあやす様に腰を屈めて、私の呼び方を窘める。

そのまま彼が私の頭を片手で撫でようとする手をやんわりとかわしてこう尋ねた。



「もし、私が貴方の『家族』ではなかったら。……それでも私と暮らしたいと思う?」



私は少しの期待を込めてそう言った。

私も彼もは互いを恋愛対象として見てはいないが、親密な関係であると思う。

だから少し、彼の語る家族愛と言うものに疑問を感じてしまっているのだ。

私は真っ直ぐにキールを見つめる。

彼は自身の嫋やかな襟足をくるりと指に巻き付けた。

そしてはぁ、と呆れて溜息を吐く。



「今の言葉は流石においたが過ぎるっすよ」

「子供扱いしないで頂戴。答えて」


キールは軽くはぐらかす。

けれど私は名悪女であるセレスティア・ヴァニラ。絶対に引いてなんてあげないの。



「オレはキミの兄だよ。それ以下でもそれ以上でもない」

「それは答えになっていないわよ」

「ふふ、何時にも増して甘えたがりっすね。大丈夫、オレは一生キミを『家族』だと思わない日は来ないよ」



話が噛み合っていないわ。私は脳内でぐるぐると考えを巡らす。

きっとキールは『私がいつかキールに家族だと思われない日が来ると思って不安になっている』と解釈したのだろう。



「……質問を変えるわ。貴方にとっての私とは何かしら」

「『妹』。大事な大事な、オレだけの綺麗な宝石箱に閉まっておきたい存在っすね」



頬を緩ます金色の男は、第三者が見たらただの妹が好きな兄だろう。しかし、今の私の心にはどうにも引っかかる。

まるで……。まるで私と彼とでは『家族』への解釈が違うかのような。

私は自身の唇に触れながら質問を続ける。



「何故私にキスをしたの?」

「キミは『妹』だから。……ひょっとして、他の男にもさせてないっすよね?無理矢理されたら直ぐに言って、オレが斬り払ってやるっす」

「斬り、払う?……どうして」

「キミにキスをしていいのも、ハグをしていいのも。それ以上も……全部キミの兄ちゃんだけだから」



ギラギラ光る蜂蜜色の瞳に、背筋が凍ったように冷たくなる。『兄ちゃん』とは、自分自身のことだろう。

この世界の兄は妹にこんな感情を抱くのが普通なの?私が間違っているの?

そんな疑問を投げかけても、返ってくるのは夜風の音だけだ。



しかし、今の言葉で私は心を決めた。

すぅ、と息を吸って吐く。そして彼の両肩に手を置いて叫んだ。



「私、セレスティア・ヴァニラは!……今日限りで貴方の『妹』を辞めるわ!!」


掠れて上擦った声でそう叫んだ。

辺り一面に声が反響し、木々がざわざわと揺れる。風もより一層音を立ててざわめく。

私はキールを恐る恐る見上げた。キールは美しい琥珀色の瞳からぽつりと涙を零す。



無表情のまま、その端正な顔に大粒の雫だけがはらはらとこぼれ落ちて行く。

私はそれをじっと眺めていた。酷く胸がいたんだけれど、ここで彼の涙を拭ってしまってはいけないと思った。




「……どうしてそんなにも酷いことを言うの?」


いつも笑顔が張り付いた底抜けに明るい表情とは打って変わって、なんの感情もない冷淡な顔でそう言った。

声にも感情は無い。ただただ無機質にそう呟いた。まるでロボットみたいに。



「オレ、何処かでキミの気に触る様なことしたかな。だったら何度だって謝るし直すよ。キミの気に食わないところ全部」

「料理だってもっと上手く作れるようにする。洗濯だって……もっと良い給料の就職先だって必ず見付ける」

「だからさ……お願い。オレをキミの『家族』でいさせて。何でもするから」



そう言って、キールはまたぽろりと透明な真珠を落とす。私の方は見向きもしない。

親に叱られた子供のように、地面を見てそう小さく言った。

私の所為で、泣かせている。この頼り甲斐があって、優しくて穏和な彼を。私の所為で。



すると、突然。

キールはするりと、嫋やかな指先を私の下腹部に添わせる。

そして妊婦を労るように、私の腹を優しく撫でた。

何も居ない筈のそこを無感情のまま撫で続ける。

私は呆気に取られて、制止することも忘れてずっとキールの虚ろな琥珀色の瞳を眺めていた。


「どうせなら、君の胎から産まれ落ちたかった」

「君とひとつになりたい。君の一部になりたい」

「君の本当の『家族』が憎くて憎くて堪らない」



ぽつり、ぽつりと。抑揚のない声色で感情を零していくキール。

私はその内容にゾッとした。百足が背中を這ったような、言い表しようがない嫌悪感を感じてしまったのだ。

反射的にキールの腕を強く払い除けると、またキールはくしゃりと顔を歪めては無感情に下を向いたままだ。





私の心にはまた黒い雨が降っては根を張る。

このゲーム世界のバグである私の所為で、ひとりの人間を悲しませている。

申し訳なさと自責の念によって、私の胸が張り裂けんばかりに膨らんでいく。



「貴方は私の兄になるには充分過ぎる程素敵な人だと思う。料理は頬っぺたが落ちる程に美味しいし、貴方はとても優しいわ」



キールはやっと、私の目を見上げた。その目には、微かな期待が表れていた。



「でも……私にとっての『家族』は互いの利益の為に生きる存在ではないの。どれだけ弱くても、出来ないことがあっても、全て引っ括めて大好きだから」

「それじゃ駄目なんだ。キミが良くても、弱虫のキール・クラウドなんてオレが嫌なんだ。……また捨てられる」



キールは私の言葉を遮るようにそう叫んだ。

私は彼の髪をくしゃりと撫でた。いつも彼がそうしていたように、子供をあやす様な手つきで。


「貴方に今一番必要なのは私ではなく、他でもない貴方自身を愛することだと思うわ」

「どうして分かってくれないんすか……」



キールはそう嘆いた。虚しさからだろうか。

私は選んだ。『次の選択肢へ向かう』ことを。

ここで彼を選んだら、彼は幸せにはなれない。

私は彼にくるりと背を向ける。

次の地図の場所へと向かおう。そして、このゲームをクリアしよう。

勝っても負けても、後悔なんてしたくない。



今すぐこの場を去らないと、彼の前で涙を流してしまうわ。

淑女である私が、そんなにみっともないマネできる訳ないじゃない。

私はぽつりと「いつか本当に好きな人ができたら、貴方の手料理を作ってあげてね」と囁いて歩み出す。



すると、キールは突然私の手首を強引に掴んだ。突然のことによろける私を抱き留めると、強く抱擁した。強く、強く。



「運命がキミとオレとの間を割くなら、いっそ二人だけの世界に行こうよ。……セッちゃん」

「……え」



そう囁いて、彼が懐から短剣を取り出した瞬間。私は恐怖と驚きからぎゅっと目を瞑った。

……が、予想していた様な痛みは何時まで経っても訪れなかった。

恐る恐る目を開くと、そこには倒れたキールと黒服の男が二人居た。

━━━━━━騎士団員だ。



片方が、無機質な声で話し出す。


「貴方は『次の選択肢へと向かう』と選択したように見受けられましたので、我々はそれを遂行した迄です」

「……キールは生きている、わよね?何をしたの」




私は震える声でそう尋ねた。すると、屈強なもう片方の男がまた機械的に答える。



「睡眠作用のある粉で眠らせました。さあ、次へとお進み下さい」

「良かった……。貴方たち、レオに頼まれたの?」

「はい、レオナルド様の命令です。」




男は、端的にそう告げた。私は訝しくてまた質問をする。



「もし、私がキールを選んでいたら?」

「その時は、そうレオナルド様に御報告するのみです」




レオは何でそんな事をするのだろうか。

私はこの選択肢が合っているのか間違っているのかすら分からない。

でも、私は私の選んだ道を進むのみだ。

もう二度と、後悔なんてしたくない。



私は二人の騎士団員にキールを暖かく安全な場所まで運んで欲しいとお願いし、お辞儀をして見送った。

それと同時にまた地図を開き、次の赤い星マークへと歩き出す。



エミリーさん達も、キールも。

『私』を通して一体誰を見ているの?

彼らは、私自身を見ていない。

そんな思いに蓋をして、自身の胸の痛みに気が付かないフリをして。

また、足を止めずに進み出した。




━━━━━━━━━━━━━━━




「へえ。ティアはそれを選んだんだ」



すっかり夜も深け、男の艶々とした黒髪が闇に溶ける。手元の通信機に繋がっているのは、愛しいあの子の監視員。

口元は緩やかに笑みを含んだまま、彼はそれを切った。



「会話の最中に失礼したね。それでこれ『オイ、いいから早くソレ貸せよ』……本当に君はせっかちだな」

「その笑顔と言葉、作ってんのバレバレなんだよ。気持ち悪いからやめろ」



怒気を孕んだ声色を隠そうともしない紅色の美丈夫は、非難するように目の前の男を睨んだ。

そんな様子を気にも止めずに、また黒髪の男は笑みを浮かべる。



「通信機を奪ったところで、騎士団員達は口を割らないよ。……これがあれば別だけど」


男はそれを乱暴に奪い取ると、手紙の中に目を通す。そして直ぐに立ち上がって、傍にあったブレザーを手に取った。

それを終始笑顔で見つめる黒髪の瞳の奥は、氷のように冷たい。



屋敷の馬車を呼ぶ準備をする紅い男。沢山の菓子をポケットに詰め、待ちきれないといった様子で玄関に手を掛けた。不意に、言い忘れたようにこう告げる。



「そう言えば俺、学園に居た頃からずっとオマエの事が大っ嫌いだったよ。ぶっ殺してえくらいにな」

「奇遇だね。……俺も同じだよ。」



「俺たち、友達になれるんじゃない?」と嗤う紫の瞳の男に舌打ちして、紅い瞳は部屋から出て行った。

荒々しいドアの音が響くと、直ぐに静寂が辺りを包んだ。

この屋敷で、幼い頃のあの子と彼奴は遊んでいたのか。

部屋中に飾ってある、幼い彼らが描いたであろう拙い二人の絵。庭園で談笑する二人や本を読む彼女の邪魔をする彼奴の写真。

金の額に入れてある彼の誕生日を祝う幼い彼女の手紙。




俺がこの世の全てに絶望して、親を憎んで、世界を憎んで、自分を憎んでいた頃に。

二人はきっと、幸せに生きていたんだろう。

嫉妬なんて言葉では、足りない程の憎悪。




羨ましい、羨ましい。運命なんてものは、ほんの人匙で変わってしまう。

俺がもし、この家に生まれていれば。

幼い彼女の婚約者が俺だったのなら。

絡み付いて、纏わりついて。絶対に離してなんかやらなかったのに。

つくづく彼奴は馬鹿だと笑ってしまう。



……嗚呼、そろそろ時間だ。


「俺も、準備を整えないとな」






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