今日も今日とて、誤解される。
いつもより早起きした私はせっせとキッチンで
具材を切る。トマト、レタス、茹で卵、ハム……。
前世も今世も料理初心者である私は、無難にサンドイッチを作ることにした。
しかしトマトを切るのがなかなかに難しく、ぐちゃっと無惨な姿にしてしまう。3つめ辺りでようやく上手く切れた私は、それを1番綺麗な焼き色となったパンへ挟む。
サンドイッチ、嫌いじゃないかな……。
それだけが本当にただただ不安である。やはり好みを聞いてから作った方が良かったかしら。
一緒に昼食をとる、と約束しただけでお弁当を彼の分まで作るとは約束していないのだが、私は勝手にレオの分まで作っていた。
「要らない」と言われても自分で食べるし、作るだけならいいわよね。
あまり見た目は良くないが、味見をした分にはまあまあの出来ではある。私はそれをバケットに丁寧に入れて、通学鞄と一緒に膝に乗せて学園へと向かった。
「お早う、ヴァニラさん。私、貴女のご両親とお話したことがあるの」
「ヴァニラさん、昨日交流会にいらっしゃらなかったけどどうしたの?」
「ヴァニラさん、俺の家系って知ってる?」
クラスの扉を開いた瞬間、人の波が押し寄せてきた。どうやら雰囲気的に私個人ではなく、「ヴァニラ家」としての私と話したいことが分かった。
私は「また今度ね」と微笑みながら波をかき分け席へと着席した。私が話す気がないと知った途端人の波は無くなり、次第にグループが出来始めた。
私は独り窓側の席で窓から映る木々を見ている。
「ぼっち」という言葉が頭を占領する中、私は木々に留まる小鳥を見ることだけに集中するようにした。
貴重な学生生活であるが、命には変えられない。
ゲームでのセレスティアは常に何人かの取り巻きを引き連れていた。「ゲーム本編通り、ダメ絶対」の信念を持つ私には、無意識にでもクラスメイトを取り巻きにしてしまう訳にはいかないのだ。
授業が終わり、休み時間を告げるチャイムが鳴る。
私はバケットを持って駆け足で階段を下った。
すると、「おい」と聞き覚えのある声に足を止められた。
あれから数年が経ち、ゲームのイラスト通りの立派なイケメンとなった幼馴染だ。
ゲームの世界ではセレスティアという婚約者が居ながらもたくさんの女性を侍らせていたのに、このアレンには女っ気のひとつもない。
せっかく私という婚約者(おじゃま虫)がいないんだから、好きに遊べばいいのに。
「あら、アレンじゃないの。どうかした?」
「どうかした?じゃねぇよ!!昨日の交流会、来なかったよな!!」
「ええ、私がああいった場が嫌いなの知っているでしょう?」
「知ってるけど!!じゃあどうして俺に言わなかったんだよ!!!!」
何に怒っているのだろうか。つくづく分かりづらい男である。ここで反論するとまた面倒臭いことになると私は知っている。あえてここは謝ろう。
「ごめんなさいね、アレン」
「ま、まあ分かればいいんだけどよ……。……で、お前昼は食堂か?」
アレンは機嫌が治ったのか食堂の方を指差して尋ねる。
「いいえ、お弁当を持ってきたの」
「そうか、じゃあどっちかのクラスで食うか」
アレンは私の腕を掴む。もしかしてアレンもぼっちを気にしているのだろうか。いや、私はぼっちじゃないけどね。可哀想な幼馴染に同情の念を送りつつ心を鬼にして断ることにした。
「今日は無理よ。先約があるの」
「は!?万年ぼっちのお前が!?」
むむ、万年ぼっちとはこの男、失礼すぎる。
アレンの方が私以外の人とはロクに話もしないぼっちじゃないの!!
私はむっとなって頬を膨らませながら反論する。
「そうよ、友人ができたの」
「は?」
アレンはありえない、と言った表情だ。
私は「そろそろ行かないと」と時計を見て歩きだそうとするとアレンはまた怒り出した。
「俺以外にトモダチ作るとか聞いてねえぞ!!」
なぜ友達を作るのにアレンの許可がいるのであろう。それにアレンと話すとその顔や家柄で目立つのだ。無闇矢鱈に他の女子生徒から嫉妬をされたくない。普段私の屋敷で嫌ほど顔を合わせているのだから、学園まで一緒に行動することはないだろう。
ということで私は早々とここから去りたい。
しかし、アレンはここを通さないとでも言うかのように長い脚で道を塞ぐ。
「ティアのトモダチは俺だけだろ??」
そう言うアレンの顔に背筋が冷やつく。
いつものアレンとは違う、真っ暗な目をしていたからだ。
何だか得体の知れない恐怖を感じた私は何とか必死に打開策を考えた。
仕方ない、あれをするか。
「じゃっ。私行くからっ」
「おいっ!!待てやコラ!!!!」
私は滑るようにアレンの股下をくぐり抜けると全速力で駆け抜け庭園までダッシュした。
途中生徒達にギョッとした顔で見られたが致し方ない。
「はぁっ、はぁっ……」
学園はずれの庭園に着いた頃、私はすっかり息が切れていた。
「……ティア??」
「きゃっ……!!」
いつの間にか後ろへ立っていたレオに驚く。
レオも何故か驚いた表情をしている。どうかしたのだろう。
「ごめんなさい、少し遅れてしまって……」
「いや、それは全然良いんだけど……。……本当に来るとは思わなくて」
「え?どういうこと?昨日約束したわよね?」
ひょっとして幻覚だったのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。妄想イタ女とクラスメイトに告げ口されたらぼっちどころか避けられるであろう。
想像しただけで辛い。
「うん。そうだけど、あれはひょっとしたら揶揄われただけかもなって思ってたから……」
え、もしその通りだったら私、最低すぎないか?まるで私が悪役令嬢のようでは無いか。
私は弁明するかのように手を横に振る。
「そんな訳ないじゃない!!私、貴方と昼食を共にするの楽しみにしていたんだから!!」
「……え?」
これまた驚いた顔(目は隠れているが雰囲気で分かる)でレオは言葉を漏らした。
少し低い透き通った声が驚きとして私の耳に入る。
「貴方の為に私、不格好だけどサンドイッチも作ったのよ!」
私はバケットから下手くそなサンドイッチを取り出しレオに突き出す。
本当はもっと可愛く渡したかったけれど、致し方無い。
「どう、これを見ても私が嘘をついたって言うの?」
私は恐る恐る彼を見上げた。するとレオは勢いよく頭を下げた。私は思わず目を見開いて声を失う。
「……ごめん、ティア。俺、最低だ。ティアはきっと平民の俺を揶揄って遊んでいるんじゃないかって思ったんだ」
私はその言葉にまた驚いたが、他の貴族達は平民を馬鹿にして笑っていたのを思い出した。
レオが勘違いするのも無理はない。私は微笑んで言う。
「このサンドイッチを食べてくれたら許してあげるわ」
「……!勿論だよ、ティア」
長い前髪の中の隠された瞳が輝いたように見えた。
「このサンドイッチ……」
レオはサンドイッチをじっと眺めていた。
長い前髪のせいで表情を読み取ることは難しい。
不味かったかしら。でも試食したアンは美味しいと言っていたわよね。不安で仕方ない私は、じっとレオを見つめた。
「もしかして、お口に合わなかった?だったら、無理しなくてもいいのよ!」
バケットを下げようとすると、レオははっとして話し出す。
「ティア、このサンドイッチすごく美味しいよ……!」
私がサンドイッチを齧っても何とも言えない微妙な出来であることは分かっているから、レオが優しい嘘を着いてくれているのはすぐに分かる。
「今まで食べたサンドイッチの中で1番美味しい」と言ってくれるレオには気を使わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
……でも、その言葉がすごく嬉しかった。
レオはサンドイッチの具材である卵を口の端につけて笑う。それは今まで見たどの表情より柔らかかった。私はその卵を取ろうと手を口元へ手を伸ばした。
瞬間━━━━━。
「……きゃっ!!」
ビュオオオオ……!!!
強い突風が吹き、足場が崩れる。
差し出した手が行き場を失い、空を切る。
そして、
レオの長い前髪が風に流れる。
美しく、そして怪しく輝く紫色が太陽当たってキラキラと反射するように輝くそれに、目が離せない。
え。今のは何だったの!?
一瞬のことでよく分からなかったが、物凄いものを見てしまった気がする。
気がするだけで気の所為かもしれない。
「……どうしたの、ティア」
「え、ええっと、ちょっと風にびっくりしちゃって……」
「今の風強かったね」と呑気に笑うレオに私は、見間違いか、と心を落ち着けた。
「あのさ、ティアはなんで家柄関係無く俺と話してくれるの?」
「そんなの簡単よ、私が貴方に惹かれているからよ」
言ってしまった。どきどきと胸がまた煩く鳴る。
これで拒絶された日には一週間程寝込む自信しかない。数秒程の沈黙の後、レオは口を開いた。
「……え?」
驚きが混じったその声に、拒絶されはしていない事が分かった。一先ず安心だ。
レオは目線を地面に落として、ぽつりと呟いた。
「俺、家柄が凄いって訳じゃないし、顔だって良くないし、話していてもつまらないだけだと思うけど」
「いいえ、ちっとも!誰かと仲良くするのに家柄や顔が関係あるかしら?それに、貴方と話すのはとっても楽しいわ」
家柄って言われても平民クラスってことしか知らないし、顔だって長い前髪のせいでほぼ分からない。でも先程のゾッとする程の美しい瞳はきっと見間違いだろう。
つい早口で語ってしまった私にレオはまた言葉を詰まらせている。
最初は「平男GET作戦」として平凡な人をGETしよう、とだけ考えていたが私はたった2日で彼の優しさや笑う顔に惹かれていた。
私は強い口調でレオの良いところを順に伝えていくことにした。
「まずは優しいところ!不格好な私のサンドイッチを美味しいって食べてくれるところよ。あとよく笑うところね!貴方の笑い声、私好きなの。あ、あとは……」
「も、もう分かったから!」
レオは上擦った声で叫ぶ。耳が真っ赤に染まっていた。それを見て、淡い期待を抱いてしまう。
私もじんじんと耳が熱くなった。
「良ければこれからも、ここで一緒に食事をとってくれないかしら?」
「俺もそれ、言おうと思ってた」
私達は顔を見合って笑い合う。
それだけでとても心が満たされていくのを感じる。
この時の私は、彼の瞳は見えないけれど、彼の心は見える気がしたのだ。