今日も今日とて、馬小屋。
その日の晩、カインくんは二人に先程の一部始終を話した。
話せば話す程、彼女達の顔が曇っていくのが手に取るように分かる。
全て話終えると団欒した食卓に静寂が響いて行く。
私は機嫌を伺うように三人の顔を覗くと、三人は一斉に溜息を吐いた。
そして、『家の敷地以外の外出禁止』というルールが出来上がってしまったのだった。
これに関しては私が悪いのだけれど、流石に外出禁止は重すぎないかと異議を唱えてみる。
すると、「外へ出て町の人に捕まって連れ戻されたらどうするんですか」「絶対ダメだねえ」
と完膚無きまでに論破されてしまった。
トホホ……。
「まあ、馬の怪我が治るまでの期間のみだものね。それくらいなら大丈夫よ」
「……うふふ、そうですね。早く治るといいですね」
馬の怪我が治るまでってどれくらいなのだろう?馬に関しての知識など皆無なので尋ねてみる。
「馬の怪我はどれくらいで治りそうなの?」
「まだ何とも言えませんね……」
「そうなの……。それまで私、馬の世話をしてもいいかしら?私の為に走ってくれる馬だもの、ちゃんとお礼をしたいわ。」
いつか私を屋敷まで送ってくれる馬である。丁寧にブラシで身体を洗ったり、毛並みをわしゃわしゃしたり、毛並みを撫でたり……。
……主に馬と触れ合って見たいと言うのが本音なのだけどね。
私の提案に直ぐに乗ってくれるかと思ったが、三人とも何やら小さな声でひそひそ相談し始めた。
「……帰……ない」「引………めるに……」
「……様……だから………ねぇ」
何を言っているのか完全に聞き取ることが出来なかったけれどきっと、「アイツに任せていいんか?」的なことであろう。
ふっふっふ。私は胸を張って立ち上がる。
「大丈夫!私きっと馬と心を通わしてみせ『駄目です!』……何故なの?」
「怪我をした馬は暴れやすくて人に危害を加えやすいんです」
「ティアさんの事、怪我どころか間違って死に至らしめるかもしれませんよ」
「そうだよお、お嬢ちゃんはゆっくり過ごしていておくれ」
ま、またしても三人に反論された。というか怪我をした馬はそんなに乱暴になるものなのか。
ああ、まだ心を通わす所か触れてすらいない馬が遠くで手を振っているわ……。
私どれだけ何も出来ないと思われているのだろうか、心外である。
馬が駄目ならせめて毎日洗濯や料理のお手伝いをさせて頂こう……。
タダ飯食らいにはなりたくないのである。
この日、『家の敷地以外の外出禁止』と『馬小屋へ近付くこと禁止』が決まった。
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そこから1ヶ月間毎日家の掃除や料理、裁縫に洗濯……が出来なかった。正しくは『しようとした』であるけれど。
『しようとした』と表すのには理由がある。
私が何か手伝おうとして動こうとすると、何かと理由を付けて阻止されるのである。
つまり私は1ヶ月間で詰まるところ『ニート』になっていたのである。あれ?アレンの屋敷でもそんな事あったような……。
その期間、庭の畑以外の日光には当たっていないし、運動も出来ていない。
それにご飯が毎日美味しい。そのお陰で私はお腹の『プニ』が『プニッ』へと変化しているような気がする。
擬音だと変化が伝わり辛いが、当事者である私には深刻な問題である。
それともう一つ問題がある。
馬の怪我が一向に治る様子が無いと言う事だ。
私は馬を直に見ていないからどれだけ酷い怪我を負ったのかが分からないが、カインくんが言うにはあと数ヶ月は治らないそうだ。
最初の方は一週間に一度だったのが、最近では一日に一度は『馬の調子どう?』と聞いている。最早ルーティーンと化していた。
そろそろ本気で馬が心配になってきているのだ。それ程までに酷い怪我なのであれば、私に何も出来ないとしても何かしてあげたい。
そう思った私は1ヶ月前の『馬小屋には近付くな』なんて約束は頭から消え去り、畑の裏の馬小屋へと駆けて行った。
姿は見えないが、馬特有の鼻息が此方まで聞こえてくる。
「お馬さん、調子はどうかしら……きゃっ!」
その馬を見ようとした瞬間、どこからとも無く現れたカインくんに腰を抱かれ引き寄せられた。
と、同時に無理やり持ち上げられる。まるで俵でも担ぐかのように軽々しく持ち上げられた。
「カ、カインくん!?ちょっと!降ろして頂戴」
「……めです」
「何?よく聞こえないわ」
「駄目です!馬小屋には近付くなって言ったでしょ!」
普段の彼らしくない荒々しい声。私はそのまま家の中へと連行される。
初めて会った時は直ぐに降ろしてくれたけれど、今の彼は家に入るまで絶対に私を地に降ろそうとしなかった。
私をソファに優しく座らせると、彼はカーペットに膝まづいて私を見上げた。
「良いですか?馬小屋には近づか無いでくださいね」
「……私だって貴方達の役に立ちたいわ。ただ住んでいるだけなんて、嫌なの」
「ティアさんは僕たちと話して、一緒に生きて一緒に死んでくれれば良いんです」
「し、死ぬのは嫌よ」
何やら突然『死んで欲しい』と遠回しに伝えられて心にダメージを負ってしまった。
ま、まあ言葉のあやよね。と自分を励まして負けじと言葉を紡いだ。
「どうしてそれが馬小屋に近づいてはいけないことと繋がるの?」
「……貴女が僕達とずっと一緒に居る為です」
「……?よく分からないわ」
「カインの言う通りですよ、ティアさんは私達と生きてくれればいいんです」
いつの間にかアリアちゃんが私の隣のソファに座り、私の手を握ってそう言った。
私だけ話が読めないままだ。
「嬉しいけれど、私は馬の怪我が治ったら家に帰るもの。それは無理よ」
そう私が呟くとアリアちゃんは握った手に力を込め、カインくんは膝まづいたまま私をじっと見つめた。
双子とエミリーさんはまるで私に何かを願ったり祈るかのように見つめてくる。
そういう時の三人の目線は、少し苦手だ。何だか私を見ているようで見ていない気がするから。
その日の午後二時頃、三人が『用事があるから』と家を出て行った。
私からすれば、いつも誰かしら家にいるから驚きの事であった。
私は三人を玄関まで見送ると、『誰が来ても玄関を開けるな』と念を押された。
此処に来る人なんて1ヶ月過ごしても誰一人いない。
不自然なくらいに、この家の人は他者と関わりを持って居ないのだ。……私を除いて。
アリアちゃんやカインくんくらいの年頃なら友達の家に行ったり、連れてきてもおかしくはないのに。
考えても一向に分かる気配がないので、一眠りすることにした。私と同じぼっち(あくまで他称)なのかもしれないし、本人達に聞くのは辞めておこう。
私は奥の部屋のベッド(すっかり自分の物と化している)に寝転んで目を瞑る。
今日も特別何もしていない癖に、直ぐに眠りに落ちていった……。
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「んーっ、よく寝たわね……」
大きく伸びをしてベッドから起き上がる。久々に昼寝をして身体の節々が痛む気もする。窓を見るとすっかり夕暮れだ。
キッチンで麦茶でも飲もうかしら。そう思って寝ぼけ眼を擦りながら廊下を歩いていく。
キッチンへ着いてガラスのコップに麦茶を注ぐ。喉がカラカラだ、早く飲みたい。
私はそれを持って木製のソファへと歩み出す。
ふと、前方から優しげな声が耳に響く。
「お早う、お寝坊さんだね。ティア」
「お早う。あら、もう帰ってき……え」
ガチャリと大きな音を立ててグラスが床に落下した。グラス半分程の水も飛び足元が濡れる。が、そんな事は全く気が付かなかった。
声の主は、心の底から心配したように「怪我はしていない?」と言い私に近付いてくる。
その表情は長い前髪に隠されていて読み取る事が出来なかった。
なんで、どうして?此処に居ることが当たり前のような声色に、つい私も当たり前の様に返答を返していた。
けれど、……けれど。その人はエミリーさんでも、カインくんでも、はたまたアリアちゃんでも無かった。
漆黒の髪で目を覆い隠すのは、少し前まで見慣れていた姿。しかし今の私の心臓を締め付けるにはそれで充分だった。
━━━━どうしてレオがいるの?
足が竦み手が震える私を見つめるレオの表情は分からない。
愉しそうに弧を描く口元も、その長身も、穏やかな声も。
全て『平民のレオ・ヴィクター』だった時の彼のものだ。けれど今の彼は過去の彼と決定的に違う。
長い前髪に隠された瞳のアメジストが妖しく煌めいたような気がした。
 




