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今日も今日とて、賞金首。






「あ、そうだわ。カインくんが先程履いていたズボンが破けていたのだけど、良ければ縫い直してもいいかしら?」

「……!はい、勿論。お婆ちゃんの裁縫箱取ってきますね」



私の両手を握ったままのアリアちゃんにそう告げると、これまた瞳を輝かせて奥の部屋へと駆け出した。

その後大きな木製の裁縫箱を持ってきた彼女はまるで飼い主に褒められたい小型犬の様である。

私はありがとう、と微笑んで彼のカーキ色のズボンの穴をちくちくと縫い合わせていく。

正座をして隣で覗き込むアリアちゃんの目線が身体中に刺さって痛い。



「……アリアちゃん?私ひょっとして、縫い方を間違えているのかしら」

「あ、いえいえ!縫い目はとっても綺麗です。ただ……」



何を言われるのかと思わず身構える私に、アリアちゃんはしどろもどろしながら言葉を続けた。


「私たちばっかり、いい思いをしちゃって大丈夫かなって」

「……?ズボンを縫うくらい、泊めてもらう代わりにもならないと思うけれど」



ズボン(自分ではなく双子の兄のもの)を縫ってもらうことが『いい思い』なんてどれだけ純真な心を持っているのだろうか。

私にとっての『いい思い』は美味しいものをお腹十二分目位まで食べたり、何も無い休日を只管寝て過ごしたり……、彼女とは打って変わって自堕落なものばかりだ。

アリアちゃんは『もうこいつには伝わらないからいいや』と思ったのか、「夕飯の下準備してきますね」とその場を立ち去った。




それから数時間、夜の7時頃。

エミリーさんが畑の農作業から帰って来て、アリアちゃんと夕食を作っていた。

私もようやくズボンが抜い終わった所だが、ある事に気が付きアリアちゃんに尋ねる。



「カインくん、遅いわね。いつも仕事は何時頃に終わるの?」

「いつもは今頃には帰ってくるんですけど……」

「あの子の事だから、他の人の分まで仕事をして遅くなっているのかもねえ」



二人の表情も心配そうに揺らいでいる。私は針を元あった場所に戻しながら立ち上がって言った。


「私、迎えに行ってきます!」


ドン、と片手を握って胸を叩くと二人の表情はより一層固くなった。

『こいつに任せて大丈夫なのか』と顔全体で感情を表している。私はもっと胸を張って、先程よりもっと自信ありげな顔をしてみる。

すると二人も観念したのか、「暗くなる前までには絶対帰るように」と念を押された後許可を出してくれた。

……なんだか前世のお父さんを思い出すなあ。




「ここを左にずっと行けば町があるから、そこの広場近くに居るはずだよ」

「迷子にならないでくださいね!絶対ですよ!」

「任せて頂戴!行ってきます」



玄関まで着いて来て何度も念を押されてしまった。私はまたしても胸を張って答える。

泊めてもらっている身だ。せめて沢山役に立ちたいのである。それに、縫ったズボンが思いのほか上手くいったので早く見てほしい気持ちもある。

それを籠で出来た鞄に丁寧にしまって、私は手を振り左の道を早歩きで歩み始める。ちらりと後ろを見ると、二人はまだ心配げに此方を見ていた。

まるで子供が初めてお使いをするみたいね、と心の中で苦笑する。




━━━━━━━━━━━━━━━




そのまま二十分程歩くと、とても小さな町に辿り着いた。久々に長距離を歩いて、ふくらはぎの筋肉が突っ張るように痛い。

一見人の数も少なそうに見えるが、何故だか広場には沢山の人集りができていた。恐らくこの町に住んでいるであろうおば様方やおじ様方が何かに耳を傾けているようだ。



屈強な男性が数人程中心で叫んでいる。町のボディービル大会でもするのであろうか。それは是非とも拝見したい所ね。

私は顔を顰めて彼らを凝視してみる。

黒を基調としたフォーマルな服。皆が皆同じ服を着ていて、私服というよりは制服のようだ。



「あの服……何処かで見た気がする」


もっと顔を顰めると、脳裏にキールがチラついた。そう言えばキールが着ていた服もあんな感じだったような……。

キールはいつも隊服をきていたわよね、あんな感じのビブリエット王国の騎士団の隊服。

ん?『騎士団の隊服』?ひょっとして彼らは……騎士団!?



「ええ!?」


思わず大きな声を出してしまって、そのうちの一人が此方を振り向く。と、同時に大きな木製看板の物陰に隠れる。

なんでこんな所に騎士団員達が居るのだろう。

耳を済まして彼らの声を聞く。



「我が国の皇太子様からの伝令である!『亜麻色の髪に藍色の瞳を持つ16歳程の少女を捜している。その少女を捜し出した者には感謝の意を表し、褒美を与える』!」



私はその屈強な男の叫び声を聞いた瞬間、絶句した。亜麻色の髪に藍色の瞳━━━━完全に私の事ではないか。

レオは一体何がしたいのだろう。ひょっとして壊した靴と破いたドレスの慰謝料を請求されるのかしら。

生憎今はそれらを払える程のお金を持ち合わせていないし、宮殿に戻る訳にも行かない。

しかし、この町の人々は「褒美って何かしら」

「そりゃあお金でしょ」「懸賞金だなんて、その娘は何をしでかしたんだろうねえ」と口々に話している。




どうしよう、どうしよう!

婚約破棄女から、婚約破棄賞金首女になってしまった。普通に考えて、皇太子との婚約を破棄する女なんて不敬でしか無い。賞金首になる気持ちも大いに分かる。

この小さな町でも騎士団員が来るくらいなのだから、私が住んでいた屋敷近くの都市や学園の方にはどれだけの人数が向かったのであろうか。

考えただけでゾッとする。もしかして知らぬ内にレオのプライドを傷付けてしまったのかもしれない。



『あの女……俺のメンツを潰しやがって!』と憤るレオを想像しては恐怖で震える……と、私のすぐ右隣から怒鳴り声が聞こえた。

振り向くと、先程の騎士団員がどうやら私に気が付いた様であった。全身の毛穴という毛穴から汗が流れ出る。


「……おい!そこの女!」

「は、はい!」

「いいか、亜麻色の髪に藍色の瞳の女だ!そう、お前みたいな……って。お前、皇太子様の出す条件とピッタリ合っているではないか!」

「い、いやオラはただの町娘だす!」



一人でノリツッコミでもしているかのように、その騎士団員は態度をコロリと変え私の右手首を掴む。

町娘感を出す為に一人称を『オラ』、語尾を『だす』に変えてみたけれど、それは対して効果をなさなかったようだ。せめてもの抵抗で両脚を地面にどっしりと構えてみても、相手は訓練された騎士団員。



「違うだす!オラは町娘だす!」

「なんだその喋り方!いいから行くぞ!」



虚しくも砂利道を引き摺られて広場へと連れて行かれてしまう。

……もしかしてこの世界には『だす』なんて方言が無いのかもしれない。って今はそんな事はどうでもいいのだけれど。

嗚呼、あと少しで他の騎士団員のいる広場へと連れて行かれてしまう。

私が思い切り目を瞑ったその瞬間、力強く左手首が反対方向へ引っ張られた。

思わずよろけると、茶髪の精悍な男性━━━━カインくんが私を庇うように前に出た。




「何をしているんですか」

「なんだ、この女の知り合いか?先程話した少女の特徴と当てはまっているからな。連れて行くのだ」

「この人は僕の妻です。小さい頃からこの土地で共に暮らしていますよ」

「そうは言ってもな、特徴が当てはまった場合は全て皇太子様の所へ連れていかねばならんのだ」



『僕の妻』という言葉に思わず肩をはね上げ驚いてしまったが、私の為に嘘を付いてくれているのだと理解しもげる勢いで首を縦に振る。

カインくんは騎士団員を責めるような強い口調で言い放った。



「『亜麻色の髪に藍色の瞳の少女』なんて大雑把すぎて、数え切れない程の人が当てはまると思うんですけど。それに、こんな辺境にそんな重要な人物は居る筈が無いですよ」

「た、確かに……。皇太子様が捜している女が、こんな地味な訳ないしな。よし、行っていいぞ。引き留めて悪かったな」

「……じゃあそろそろ僕達は帰りますね」



どうやら納得してくれた様で、騎士団員は私の右手首から手を離した。するとカインくんは私の左手首を掴んだまま、そそくさと来た道を歩き始める。

私が感謝の言葉を述べようとした時、その表情を見て言葉が詰まった。

私が見慣れた朗らかな笑顔ではない、真顔である。

カインくんは私の手首を掴んだ儘、歩みを止めない。私は彼に声を掛けた。



「先程はありがとう、自分でも本当に焦ったわ『……っ何してるんですか!?』……え」



その言葉は、隠しようのない怒気を孕んでいた。予想外の言葉に思わず言葉を失ってしまう。彼は呆れたように言葉を続けた。


「アンタ、僕が居なかったらあの男に連れて行かれる所だったんですよ!?何の事情があったか知りませんけど、馬鹿ですか!」

「えっと、ごめんなさい。迂闊だったわ……」



数時間前まで優しく「ティアさん」と呼んでいたのに今では「アンタ」へと変貌している。

余程怒っているようだ。アリアちゃんが学園でいじめられていたと聞いた時を彷彿させる。

それにも驚いたが、これに関しては私が一番悪いので謝る他ない。



「本当にごめんなさい……怒っているわよね?」

「怒ってます。……アンタとあの男と、自分に」

「私は兎も角、あの騎士団員の人とカインくんは何も悪くないわよ」

「悪いです。……直ぐに助けられなかった」



自分を責めるように言う彼に、私はどう声を掛けていいか分からなかった。

何も悪くないのに。私はどうにか元気付けようと、手に提げていた籠から縫い直したズボンを取り出した。

綺麗になったズボンを見たらきっと活力が湧くに違いない。



「これ、カインくんのズボン。所々破けていたから縫い直してみたの。我ながら上手く縫えたと思うのだけれど……って、どうしたの!?」



私が彼の目の前でズボンを広げて見せると、彼は深い溜息を吐いて蹲った。

本当にどうしたのであろうか。もしかして小さな穴は彼なりのファッションだったのかもしれない。前世の中学生時代の男子とかそういうファッションしていた気がする。……これはまずい、今すぐに謝らなければ。

私も所謂『体育座り』をして、彼と同じ目線になる。するとまたカインくんは大きな溜息を吐いた。



「ほんとに馬鹿ですね。大馬鹿者です」

「え?私は馬鹿じゃないわよ!」



思わずいつもの調子で反論してしまったが、彼は言葉とは裏腹に耳まで真っ赤に染め上げていた。喜んでいる……のかしら?

取り敢えず気に入って頂けたなら、直した甲斐があるわね。そして彼は視線は地面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。



「僕たちがアンタを宮殿に突き出すかもしれない、とか考えないんですか?」

「考えないわ。そんな事する人達じゃないって分かっているもの」



それは本心から告げた言葉だったが、ひょっとして本当に突き出す気なのかと思うと冷や汗をかいてしまう。

私が不安げに見つめていると、彼は益々深くしゃがみこんで動かなくなってしまった。

私が膝をつついてみると、ようやく頭を上げて私の方を向いた。



「アンタってほんとに変な人ですね」

「そう?ただの人間よ」


その言葉に彼はまた吹き出す。私もつられて笑った。そしてカインくんは申し訳無さそうに今更こう言った。


「あ、アンタとか言っちゃってすみません」

「良いわよ、もう私は貴族じゃない様なものだし。これからもアンタで良いわ」

「名前で呼びたいんで、ティアさんでいいです」

「分かったわ」



彼は指で頬を掻きながら、照れ臭そうに言った。どうやら同居人として前よりもっと素を出してくれているようだ。名前で呼びたいだなんて、私の愛称を褒められて私も少し照れ臭い。



━━━━━━━━━━━━━━━




そこから家までの帰り道、他愛も無いことを話して歩く。夏だからか、まだ辺りはそこまで暗くない。

彼は怒りが鎮まったようで、すっかり見慣れた柔らかな笑顔を浮かべている。

歩き続けると、エミリーさん宅の灯りが徐々に見え始めた。



「あ!着いたみたいね。今日の夕食はポタージュって言っていたわ」

「あの、ティアさん」

「どうしたの?カインくん」



カインくんは突然立ち止まった。そして、月光の下こう呟いた。



「アンタは綺麗ですよ。地味なんかじゃない」

「……え?」

「……ほらほら、帰りましょ!」



その真剣な眼差しに一瞬たじろいだが、直ぐに『あの騎士団員が言っていた言葉を否定してくれているのか』と分かった。

全く、この家の人達は皆とても心優しい。

自分の身なりがあまり派手では無いことくらい自覚しているし、気にしていないけれど。

あの言葉が少し引っかかってはいたから、お世辞と分かりつつもその優しさがとても嬉しかった。



早足で歩き出す彼に続いて私も歩み出す。

レオは私の事、きっと恨んでいるのだろう。絶対に見付からないように、と強く心で決心する。




「僕たちだけの、神様」



━━━━今夜の月は、やけに青白く輝いていた。











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