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今日も今日とて、打ち解ける。




「ヴァニラさん!私あの日からずっと貴女にお礼をしたくて……。でも教室へ行っても姿が見えなくて心配していたんです!」

「えっと、色々あって今は休学中なの……」



まさかの意外な人物との再会である。学園祭以降ろくに学園へ行っていない私を認知してくれる人がいたとは……。

クラスではぼっち(自分から進んでだけれど)であったから謎に嬉しい。

暫く談笑していると、カインさんが話に割り込んだ。




「アリア、この人とどう言った関係なんだ?それに『お礼』って……?」

「私、入学してからずっと他のクラスの人に嫌がらせを受けてたんだけど、ヴァニラさんが助けてくれたの!お陰様で今ではすっかり無くなったよ」

「何だって……。どうしてすぐ僕に言わないんだ!」



今まで爽やかに笑っていたカインさんはそれを聞くと、声を荒らげ怒った。

くどくどと彼女に『それは何処の誰だ』『僕が代わりに怒ってきてやる』と何度も説教し始めたカインさん。

どうやら兄妹愛が深いタイプのようだ。

私が本当に伺う筈だった家に住む、新婚のあの人を思い出してしまい良心が痛む。仮とは言え妹なんだからお祝いは言ってあげたかったわね……。

ふと、カインさんは此方に振り向き、今にも土下座しそうな程に身を低くした。



「本当に貴女にはなんとお礼を言ったらいいのか……!婆ちゃんだけでなく妹まで助けて頂くなんて」

「いえいえ、たまたま居合わせただけですので」

「たまたまで見知らぬ妹を助けて下さるなんて、なんて心優しいんだ……」

「いや本当に大した事じゃないので……」



段々と頭を地面にめり込ませる勢いで感謝する彼を慌てて止める。

辞めてくれ、何だかブラック企業時代の自分を思い浮かべてしまって辛いのだ。

するとカインさんは「まるで神様だ」ともっと芝に頭をめり込ませるものだから、ますます心が痛くなる。

私が助けを求めるようにアリアさんに視線をやると、彼女もまたキラキラした瞳で見つめてきた。



「本当に再会出来て嬉しいです……!!是非何日でも何ヶ月でも何年でも何十年でも泊まっていって下さい!」

「いや、そこまでは結構よ……」




そこから十分程。ようやく地面から顔を上げたカインさんと只管私を褒めちぎるアリアさんに解放された私は、魂の抜けた人形のように放心していた。

つ、つかれた。前世では怒られるのに慣れているせいか、こんなに褒められ続けると照れを通り越して無になってしまう。



「ってか、アリアと同じ学園ということはひょっとして凄い貴族なんじゃ……」

「そうだよ! ヴァニラさんのお家は公爵家で、普通科でも有名だったんだから!」

「そうなのか!?僕、失礼な口を聞いてしまって……!先程も靴が無いからってお、お姫様抱っこなんて……」

「カイン、何それ!?私だってしたいのに!」




どうやら二人で盛り上がり始めた。

私はこっそりエミリーさんの待つ家へ去ろうとすると、両腕を強く掴まれた。



「「どこに行くんですか?」」



……見かけによらず、兄妹揃って圧が強い。

そう言えば出会った時もアリアさんは圧が強かったな。そう言えばアレンは元気だろうか。あとキールも。

二人とも心配かけてごめんなさい。出来るだけ早くに菓子折りと土下座と共に会いに行くから待ってて欲しいわ。




━━━━━━━━━━━━━━━




その後、二人から解放された私はエミリーさんの作ったサンドイッチを食べていた。

因みにトマトとハムとレタスが挟まっていた。

やっぱり美味である。お盆に帰省した気分……、癒されるわね。

エミリーさんにも私が公爵家の娘である事を伝えたが、『そりゃあ大変だねえ』と家出の理由について深く追求されなかった。

こういう遠回りな優しさも前世のお婆ちゃんと似ている。




「馬車が直るまでこの家は自分の家だと思ってゆっくりして行きな」

「本当にありがとうございます……」

「私たちが受けた恩に比べたら安いもんさ。それにこの子達もアンタを凄く気に入ってるみたいだし」




こうして、『馬車が復活するまで』の間この家に泊まる事が決まった。

本当に感謝しかない。一緒にランチを食べていると大分双子とも打ち解けた。やっぱり食事は偉大だ。二人とも私と話す度に慌てる様子が無くなって安心する。

気にしいなぼっちとしては、『あれ、今のダメな感じだったか?』『これ聞いちゃいけなかったやつ?』とその度に考えて過ぎてしまうのだ。と悩んでいると、アリアさんが恥じらいながら私に尋ねた。



「ヴァニラさん、私たちには気を遣わずにもっと気軽に話してください!」

「分かりまし……分かったわ。じゃあアリアちゃんとカインくんで」



突如、空気が凍る。流石に呼び捨ては気軽過ぎるかなと過去の自分を反省して、「ちゃん・くん」という当たり障りない表現をしたが、ダメだったのであろうか。流石にエミリーさんには敬語を使っているけれど。

二人とも真顔になっている。これは今度こそやってしまったようだ。私は急いで話題を変えることにした。



「……ふ、二人も私のことは『ティア』と呼んで頂戴な。敬語も要らないわ」

「あ、愛称で呼んでも良いのですか?!」

「え、ええ」

「やったね、カイン!」



『え?初めて会う人に愛称で呼ばせるとかヤバーイ』『マジそれな!ウケる』『ぼっちヤベエ』

なんて脳内の架空パリピ・セレスティアが私を煽る。アリアちゃんの敬語は外れていないし、カインくんに至ってはもう一言も発さないわ……。

やっぱり数週間人と話さないと、人間って会話力が下がるのかしら。……って、私の場合は最初から無いんだった。

すると、カインくんが小さく私の名前を呟いた。



「ティ、ティア……さん」

「カインくん、どうしたの?」

「何でもないです。ただ呼んでみたくて」

「あ、なるほど。生きているとそういう気分になる時もあるわよね」



どうしましょう、関わり方が全く掴めないわ。そりゃあ今世ではロクに同年代の子達と関わってこなかったからね……。あれ、自分のぼっちを後悔してきた。

いいのよセレスティア。ぼっちに誇りを持ちなさい、セレスティア。

自分自身で慰めても、悲しみが募るばかりである。うう……。




━━━━━━━━━━━━━━━


食後。ゆったりと私の好みドンピシャソファで過ごしていると、

アリアちゃんは「麦茶取ってきます」とキッチンへ駆けていった。

エミリーさんは奥の部屋で編み物をしているらしい。つまり、この部屋にはカインくんと二人きりだ。私は持ちうる勇気の全てを振りかざして質問した。



「そう言えば、カインくんは何の職に就いているの?」

「僕は建築家なんです。……まだまだ新入りなんですけどね。あと家庭菜園やガーデニングで育てた作物を出荷して生計を建てています」

「凄いわね!私も家庭菜園やガーデニングは好きなの。この家もカインくんが考えたの?」

「はい、簡単な設計だけですけどね。……まさかティアさんみたいな貴族の方も農作業をしたりするんですね」




「趣味程度だけれどね」と伝えると、「いや、驚きました」とくしゃりと顔を歪めて笑った。

あ、ここに来て初めて笑った。

優しげな笑顔は何度も見たが、素で笑った顔は初めてだ。思わず私も笑ってしまう。



「ふふっ。……やっと本当の笑顔が見れたわ」

「……え」



しまった。こんなこと言って、気持ち悪がられたりしたら辛い。会って数日の女にこんなこと言われても気色が悪いだけだったのかも……!訂正しようと口を開くと、カインくんはぽつりと言った。




「あははっ、やっぱりティアさんは変わってます。貴族なのに全然貴族っぽくない」

「む、それは聞き捨てならないわね。私は天下のセレスティア・ヴァニラよ!」

「何ですかそれっ、ははっ」

「私に歯向かうなんて100年早いですわよ!」




つい笑ってくれることが嬉しくてゲーム内のセレスティアの名言を連発してしまった。

でも、何だかカインくんの表情は先程より緩んだ気がする。

きっと十数日限りの同居人だけれど、私はそれが嬉しかった。こんな会話、以前レオと宮殿でしたな。なんて記憶がチラついたが必死に記憶の奥底へ閉じ込める。




「はーい、麦茶ですよ。ティアさんの分は私が注ぎますね!」

「アリアちゃん、ありがとう」

「いえいえ、お気になさらずに!……カインは自分で淹れてね」

「僕、君の兄なんだけどな……」



ごくごくと喉を鳴らして麦茶を飲む。この世界にも麦茶ってあったんだ。紅茶に慣れた舌が、懐かしい味に大変喜んでいる。

思わず一杯飲みきってしまった私に、アリアちゃんはもう一杯注いでくれた。

なんていい子なんだろう。こんな妹が欲しかった……。今なら妹を欲すキールの気持ちが分かる。




━━━━━━━━━━━━━━━



「そう言えばカイン、そろそろ仕事の時間じゃない?」

「あ、そうだった。……それじゃ。俺は行ってくるよ。ティアさん、行ってきます」

「いってらっしゃい。頑張ってね」

「いってらっしゃーい!」



麦茶で一服した後、アリアちゃんが思い出したようにそう言った。カインくんはどうやら仕事らしい。動き易そうな服に着替え外へ出て行った。

この近くに街などあったかしら?自力で歩くとしたらこれまた凄い。



「同い歳なのに、立派ね……」

「はい。尊敬する兄ですよ」


そう言ったアリアちゃんの瞳は本心からそう思っているようだ。でもその視線は何処か淋しげに揺れている。久々に清いものに触れた怪物のように、私の心は『守ってあげたい』という思いに占領された。




「アリアちゃんも凄いわよ。ローズクォーツ学園の普通科は並大抵の努力じゃ入れないわ。勤勉なのね」

「……っ!」

「二人とも違うベクトルで努力して成果を出しているなんて、凄すぎるわ。私とは全然違うもの」

「ティアさんの方がよっぽど凄いですよ。……こんなに神様みたいに優しいひと、初めてです」




『神様』?なんだかそれエミリーさんにもカインくんにも言われた気がする。

この家の流行りの言葉なのか。私は神様というより食い意地の張っている婚約破棄女、の方が合っていると思うけどな。

というか、話すアリアちゃんの顔の距離が近くて驚いてしまう。いつの間にか両手も握られているわ。

……まあ小動物みたいで可愛いからいっか。







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