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今日も今日とて、人助け。





突如、大きな音が耳に鳴り響いたと思ったら身体が地面に打ち付けられ夢から覚めた。


「きゃああ!!」


ドッシーンッと辺りに音が鳴り響く。

そして私は今自分が置かれている状況を理解した。


「馬車が転倒……した?」


幸い、荷台には大量の藁が積まれていたため大事にはならなかった。私はゆっくりと腰を上げると大きな落石が目に入った。

これが上から落ちてきて転倒したのかしら。

ふぅ、危ない。怪我人が出たら一大事だ。

幸いこの馬車には私一人しかいな……くなかったわ!



「そうだ、おば様は!?」


私が急いで駆け出すとおば様は衝撃で失神しており、額から出血をしていた。

私は彼女の体を必死に揺さぶる。


「おば様、おば様!しっかりして下さい!」

「う、うぅ……。私、生きてるのかい……?」



肩を掴んで叫ぶと、おば様の意識が戻ったようだった。少し白髪が混じったの濃い茶髪の下から汗が吹き出て、呼吸の乱れもある。

直ぐに医者に見せなければいけないのだと悟った。



「この辺りに医者はいますか?!」

「医者……はいないねぇ。お嬢ちゃん、私とてこの程度どうって事ないよ……っ」



そう言って立ち上がろうとするが、ふらついてしまい今にも倒れそうだ。この怪我ではろくに歩くことも出来ないだろう。

しかし医者がいないなど、どれだけ辺鄙な場所なのか。周りを見渡すと、視界に映るのは1面の緑と茶色。

どうやら都心から離れた農業が盛んな田舎らしき場所のようだ。



私は直ぐに荷台から自身のリュックサックを持ってくると、包帯とガーゼを取り出す。

アレンに使ったといえどあまり減っていない、助かった。


「医療の資格などは持っていませんけれど、大事ですので……っ!」


私は一応確認を取ったあと、ガーゼをおば様の額に当てた。じわりと白いガーゼが赤く染まっていく。

そして、近くにある古びた水飲み場を動かしておば様の水筒で水を汲み取った。

それは透き通っており、清潔な水であることが分かる。

水を染み込ませたガーゼで彼女の身体の泥と外傷付近を拭っていると、いつの間にかおば様の額の出血は治まっていた。




私は出来る限りおば様の身体を動かさないように、彼女の片腕を自身の肩に置いた。




「……よし!おば様、しっかり私の肩に掴まって下さいな」

「……お嬢ちゃん、ひょっとして死後の世界の神様なのかい?」

「え、神様?……まあとにかく道の案内を任せても宜しいですか?」



気が動転しているようだ。馬車もつかえないし、歩いて安全な場所まで送るしかない。

背負うことができたら最善だったのだけれど、おば様の大きさを見るに無理そうだ。

くそう、私にもっと筋肉があれば……。

これからは筋トレメニューを五倍にしようかしら。



「そこの道を左だよ」

「はい!……ひょっとしてあの赤レンガの屋根の家ですか?」

「ああ、そうさ。お嬢ちゃんここまで本当に有難うね。重かったろ?」

「い、いやあ。はは……」



それから十数分程おば様の案内通りに進んでいると、小さいながらも建ててから日が浅そうな家があった。

おば様のジョークに笑っていいのかが悩み所だったが、おば様の反応を見るに間違っていなかったようだ。



私はおば様の腕をゆっくりと肩から下ろし、家をまじまじと見つめる。赤レンガの屋根に小さな庭と花壇。野生の木々が青々と生い茂り、花壇にはチューリップやパンジー等の可愛らしい花が植えられている。夜風に吹かれるそれらはまるで前世で遊んだドールハウスのようで目が釘付けになった。



「この家、とても素敵ですね。……私もいつかこんな家に住みたいです」

「本当にねえ。私もまさかこんなに小綺麗な家だなんて思わなかったよ」



……?どういうことだろうか。ここはおば様の家なのに、何故今初めて見たかのような反応をするのか。私の疑問に気付いたのだろう、おば様は直ぐに説明した。



「ああ、この家はね……私の大切な人が私の為に建ててくれたのさ。住所は知ってたけど来るのは初めてなんだ」

「まあ!それは素敵ですね。どんな方なのですか?」



大切な人……旦那さんであろうか。

家をプレゼントなんて相当儲かっているのだろう。それにセンスも凄く良いわね。

きっと髭が生えた素敵なおじ様であろうな。

私が脳内でおば様の旦那さん(イケおじ)を想像しているとおば様は言葉を発した。



「丁度お嬢ちゃんと同じくらいの歳でねえ。妹の面倒をよく見る優しい子だよ」

「わ、私と同じくらいの歳……!?」

「ああそうさ。……オマケに中々の美丈夫だよ」



まさかのおば様の私と同い歳発言で私に電流が走る。

恋に年齢は関係無いとは思うが、私の周りにそれ程までの歳の差婚をするのはキールしか出会った事がなかった為驚く。

……ん?キールといえば━━━━━。



熟女好きな美丈夫で、妹(仮)がいて、近頃結婚する為に新築を建てて……。

それっておば様の言っている事と、合致しているのでは。



え!?もしかして旦那さんってキール!?

思わず叫びそうになる衝動をグッと堪えた。

こんな偶然あるものなのか。世間は私が思うより狭いのね……。

というか、そもそもキールとお嫁さんの新築を見る為に脱走したという所もあるから丁度良かった。

あのままキールを放置していたら、一生負い目を感じて生きるところだったわ。



「ところでお嬢ちゃん、こんな所に何の用事があるのかい?」

「え、えーっと。い、家出です。さ迷っていたら偶然転倒した馬車を見つけて……」

「若いのにそりゃあ大変だねえ。こんな別嬪さん、夜に放り出す訳にはいかないよ。夜が開けるまでうちで泊まって行きな」



『実は私、皇太子の婚約者でーす☆』

『宮殿から脱走して逃げてきちゃいました☆』なんて言った所で、小娘の虚言としか思われないだろう。

今晩はお言葉に甘えて、また明日ゆっくり事情をおおまかに説明して送ってもらおう。



「おば様、その方はいつ訪れるんですか?」

「『おば様』なんてアンタ、貴族みたいな言い方するねぇ。エミリーでいいよ」

「で、ではエミリーさんで」

「その子は明け方に来る予定だよ。折角だから紹介しようかね。お嬢ちゃんは私の命の恩人なんだし」



『命の恩人』。そんなに大層な名で呼ばれると少し気恥しい。エミリーさんはニコニコと元気に笑っており、もう心配は無さそうだ。

キールは明け方に来るのね。あれ?予定では夜中に来れると言った気が……。

まあ、いいか。取り敢えず早く眠りに着きたい。



中へ入ると、エミリーさんと一緒に寝室を探す。お互い初めて入る為、何処に何の部屋があるのか分からないのだ。

一番奥の部屋とその右隣の部屋。それぞれベッドが二つと一つあった。

おば様と話した結果、私が右隣の部屋でおば様が前者を使用することになった。



おば様は私に白色のネグリジェを貸してくれた。「私がピチピチの現役だった時のものよ」とエミリーさんは笑ったが、またしても少し悩んだ後笑っておいた。

フリルが袖口と襟にあしらわれた綺麗なものだ。腰元の大きな白いリボンが可愛らしい。肌触りも良く、昔のものだが大切に保管されていたことが伝わる。



「おや、お嬢ちゃん良く似合うねぇ。まるで若い頃の私を見ているようだ」

「あはは、今もお綺麗ですよ」

「んまあっ!世辞が上手いねえ!」

「いでっ……!」



私が笑いかけると、エミリーさんは跳ね上がって喜んだ。嬉しさを込めて私の肩を叩いたのだろうが、思ったより痛い。

彼女の重力に逆らってぷるん、と揺れる胸を見ると、『ああ、そう言えばキールってボインがタイプって言ってたな』なんて心底どうでもいいことを思い出してしまった。



眠い。私は欠伸をしてエミリーさんと右隣の部屋へ入る。明日キールを祝福してあげないとね。こんなに明るい素敵な人だったら、年齢差なんて吹き飛ばせるだろう。

ああ、本格的に眠くなってきた……。

私がベッドへ入ると、エミリーさんはランプの消灯を消しながら言った。



「お嬢ちゃん、あの子達と髪の色がよく似ているねえ」

「かみの、いろ?」

「アンタの方は色は薄いけど、あの子達も兄妹揃って濃い茶髪なんだ」



「あの子達も、『神様』が自分達に似た髪を持つと知ったら喜ぶだろうね」そう言って消灯が完全に消える。

すると、エミリーさんは隣の部屋へと踵を返す。

『キールって金髪じゃなかったっけ?』『神様って誰のこと?』

その言葉は、微睡みの中に沈んでいく私の口からは発せられることは無かった。





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