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今日も今日とて、脱出。



彼は美しい双眸をこれ以上ないくらいに開き、とても驚いている様子だった。

対する私も同じように驚く。その後数秒間お互い放心していた。が、直ぐに私はアレンに疑問をぶつける。


「貴方、やはり私の所為で牢獄に……!」

「ああ、俺のティアだ。本物だ」


私は泣きそうになるのを堪えてアレンに向かって叫んだが、彼は恋する乙女のようにうっとりとした笑みを浮かべた。


「ティア。ティア、ティア、ティア。」


私の名前を思い出すかのように何度も口にしてはずっと此方を凝視する。

監禁されて人と会って居なかったのであろうか。

いつものアレンにしては少し様子がおかしかった。

私は直ぐに食事用ナイフで彼の両手を縛る縄の結び目を裂いて行く。

それが解かれると、彼は勢い良く私に抱きつき顔を埋める。


「俺のトモダチ。ずっと、お前だけを待ってた」

「ごめんなさい。……本当にごめんなさい。アレン」


今にも泣き出しそうな私の頭を撫でると、アレンはもっと強く抱き締める。

アレンはその間もずっと、うわ言のように私の名前と『友達』という言葉を並べていた。



「頬、腫れているわ。早く手当しましょう」

「なあティア」

「どうしたの?……腕にも切り傷があるわね。包帯を持ってきたから、まずは止血ね」

「ティア」


アレンは真っ直ぐに私を見ている。……けれどどこか『私を見ていない』ような気がした。

自分でも説明し難いのだが、アレンの見ている『ティア』は私では無いような錯覚に陥る。まあ長らく会っていなかったし、アレンも錯乱しているのだろう。


「何かしら?アレン」


私がガーゼと包帯を使って彼の腕の止血をしながらアレンの話に耳を傾けると、アレンはぽつぽつと語り出した。








「あのクソ野郎が俺のティアを奪い去った日、俺は目が覚めたらここに居た」


アレンは包帯が巻かれた自身の腕を労るように撫でながら、どうしてここに居るかの説明をする。


「それから今日まで、あのクソ野郎は此処には来てねえ。けど、一つだけ言いたい事がある」


アレンは私の両手首をぎゅっと掴んで、囁いた。


「あの男にはもう……関わるな」


いつになく真剣な彼の表情に、私は息が詰まった。

関わるな?どうして?アレンを閉じ込めたのはレオなの?なぜ貴方は怪我をしているの?

疑問は溢れる程浮かんでくるのに、それが口から言葉として発することができない。

アレンは何も言葉を発さない。私が遂に口を開いた時、アレンは私の両手首を壁に打ち付け拘束した。


「いたっ……!」

「なあ、頷いてくれよ。ティア」


恐らく私が発する言葉が『Yes』ではなく疑問であることを悟ったのだろう。

どうやら彼は、私が納得するまでこの話を続ける気だ。全く、強引なところは変わらないわね。


なんて呑気に考えているうちに、アレンの顔が私の鼻に息が掛かる程にまで近づいて来る。その紅い瞳は、暗く淀んだままだ。

其の儘、口に触れる━━━━ギリギリで私は大きく頷いた。先程の言葉を約束するという意味で


するとアレンは、またしてもうっとりと満足げに笑った。

あ、危なかった。あと少しで私の大切なファーストキッスが奪われるところだったわ。

え、レオとのキス?

将来捨てる女とのキスなんてレオも忘れたくなるだろうし、ノーカウントだ。



そう言えば前アレンにもキスされてたんだっけ。あれも行き過ぎた友達の愛情だからノーカンだ。

私は手をグーの形にして唇の純潔を喜ぶと、アレンの手を引いて立ち上がった。


「さあ!逃げるわよ」


私がそのまま扉に手をかけようとした瞬間、突如視界がぐるりと回った。



「何言ってんだよ」

アレンは心底嬉しそうに笑う。……私を押し倒しながら。口調こそ強いが、声色は甘ったるい。


「あ、貴方こそ何言ってるのよ」


数秒前にに打ち付けられた頭がヒリヒリする。それに先程握られた両手首も跡になっているのでは、と思う程に痛い。

今日だけでアレンから慰謝料がどれだけ貰えるのだろうか。(この状況にしたのは全て私の責任なのだけども)

私はその気持ちも込めて睨み付ける。

が、アレンには全く効かないようだ。逆にもっと笑みが深くなる。


「だって、この部屋に居たら一生二人きりだろ?トモダチと一生暮らせるなんてサイコーだな」

「……え?アレン、とうとう頭まで牢獄に染まってしまったのね」


訳の分からないことをのたまうアレンに困惑する。人間、誰とも話さない期間が続くと人肌恋しくなるとは聞いた事があるけれどまさかここまでとはね……。

私が絶句していると、アレンはつらつらと言葉を続ける。


「ここ、狭えけど三食の飯出るし必要最低限のものはあるんだぜ。周りの囚人共の部屋と違って鉄の扉もあって中も覗かれねえし会話も聞かれねえ。……牢獄の看守に歯向かうと殴られっけどな。でも安心しろよ、お前には絶対に指一本触れさせねえから。もし誰かが俺のトモダチに手を出したら、俺がぶっ殺してやっからさ。だから、ティアずっとここで『アレン』……何だ?ティア」


話を聞いているうちにわなわなと震える両腕を抑えながら、私はアレンを制止する。

そのまま腹の底から声を出した。


「何言ってるのよ!……貴方はアレン・ルーデンスでしょ!?人生をこんな牢獄で終えていい人間なの!?」

「でもティ『いいから……逃げるわよっ!』ぐわっ……」



私は怒りで震える右腕を力強くアレンの顎に打ち付けた。前世で言うところの所謂アッパーである。

綺麗にクリーンヒットしたからか、アレンはその場に倒れ込んだ。必然的に私は押し潰されかけるが、何とか体制を持ち直す。

アレンが弱っていたから良かったものの、通常のアレンには効かなかっただろう。

運が良かった。……しかし筋肉というものは、鍛えておいて絶対に損しないことが今日で良く分かった。

平民になっても筋トレは続けなきゃね。



私はアレンの両脚首を持って扉を慎重に開ける。流石に自分より大きい男性を持つと腕がちぎれるほどに重いが、私の一週間で鍛え上げられた筋肉を使って引き摺る。



「ふんっ……ぬっ!!絶対……にっ!アレンを実家に…っ、届けるんだからっ!!」






そのまま牢獄を抜けると、先程隠し扉を見つけた図書館に着いた。

幸い、まだ夜が明けていないようで人は居ないようだ。

私は頭にインプットした宮殿内の地図を必死に思い出し、今度は図書館裏の扉を開けた。

確かここには、調理場があるはずだ。



コックの居ない調理場に辿り着くと、静かに窓を開ける。明日の仕込みの食材が流し台に置いてあるから、先程までは人が居たのであろう。

本当に運が良かった、流石私ね。

まず私は、窓からアレンをゆっくりと地面に下ろす。その後自分も窓から飛び降りると、大量の汗がどっと流れ出た。


「脱出、できた……?」


安心からか、へなへなとその場に蹲る。

しかし、直ぐに気を取り戻すとまたアレンを引き摺った。

安心してはダメよ、セレスティア!

ゲームだって気を抜いている時に限って、セレスティアが数々の嫌がらせをヒロインにしていたじゃないの!

我ながら最低である。








青々と生い茂る草木を踏みながら、正門に辿り着く。

赤と白の薔薇の木々の真ん中に存在感を持つ、青色の薔薇。美しい彫刻にとても大きな噴水。

絢爛豪華な庭園をアレンを引き摺りながら早足で歩いていると、やはりレオと生きている世界の違いを見せ付けられるようだった。

私は公爵家の娘だけれど、それでもやはり皇太子とは全く違う。

学園で過ごしたあの慎ましい庭園は、レオは本当に心から美しいと思っていたのだろうか。




私だけ、彼のことが好きだった。彼の好きは『好き』では無い。ゲーム世界でのバグなのだ。

数年後、絶対にヒロインが現れて彼を幸せにしてくれる。

私に出来ることは、彼の元から去ることだけ。

嫌な思い出になるくらいなら、最初から思い出なんて作らないほうがいいに決まってる。



今日で、彼への『好き』は終わりだ。

これからは平凡な幸せを手に入れてやる。

今のセレスティア・ヴァニラは一味違うのよ!

筋トレや料理、裁縫に菜園までドンと来いなんだから!優しい旦那様とひっそりほのぼの暮らすのよ!

自分に言い聞かせていると、決意が固まった。




そうこうしているうちに正門へと辿り着く。

そこにはやはり、数人の門番が居た。


「流石に夜だからって門番がいない訳がないわよね……」


ここまで来てセレスティア、最大のピンチである。私が植えてある蒼い薔薇の木影で息を潜めていると、人物の影が一人近づいてくる。

どうしよう、この状況は言い逃れできない。

そのまま此方へ歩みを進める誰か。

私は思わずぎゅっと目を瞑ると、聞きなれた嗄れた声が耳に響いた。




「お嬢様、一体どうしてこんな所に……!」



植木鉢を抱えた老人━━━━セレスティア家専属庭師、ヒューリーさんだ。

私は気張っていた眼から涙がじわりと浮かぶのを感じた。





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