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今日も今日とて、牢獄。



突如、前方から小さく軋む音が聞こえる。

リュックを握る両手に力を込め、私はゆっくりと開くドアを見る。

私の考えたアレン奪還作戦はこうだ。

キールが約束通り私を迎えに来る。その後キールの目を盗み一人でアレンの元へ向かう。

そこでアレンを助ける、といった戦法だ。

私が脳内シュミレーションをしていると、予想通りローブで目元に影を落としたキールが居た。

彼は私と目が合った瞬間、花が咲いたように笑う。



「セッちゃん、迎えに来たっす」

「……ええ、待っていたわ。さ、行きましょう」



私は務めて、普段通りの接し方になるように心掛けた。ここでボロが出ては練りに練った計画が即お陀仏である。

さり気なくキールは私の荷物を持とうとしたが、私はそれに気付かないフリをして話を続けた。



「どうやって他の守衛に鍵を開ける許可を取ったの?」

「そんなの取ってないっすよ」

「え。……どういうこと?」

「ささ、見たら分かるっすよ」



そう言ってキールは私の手を引いて廊下へ連れ出した。うーん、久々の外の空気(外では無いが)は最高ね!

そうして私がふと地面に目をやると、若い男性二人が横たわっていた。

え?ひょっとしてキール。貴方がやったの?

そんな私の心の叫びが届いたのか、キールは大きく笑った。


「ちょっと大変だったけど、ちゃんと気絶してるから大丈夫っすよ!」

「え、ええ。なら良かったわ」



『ちゃんと気絶してる』???何がちゃんとなのかは分からないが、脱走が見つかるより百倍マシだ。

取り敢えず良かったということにしておこう。

ごめんね、名も知らぬ二人。

色々と思う所はあるが、悪女である私は素通りする事に決めた。

うう、でもやっぱり心配だ。つんつんと指先で彼らをつついてみる。びくっと体は動くから、死んではいないようだ。キールの言った通り気絶しているだけのようだ。すると、キールは私の手首を強く掴んだ。


「そんな汚いもん触っちゃばっちいっすよ」


めっ!と大人が小さい子を叱るように口を膨らますキール。仕草はかわいいが、その目には有無を言わせない圧があった。

私は「え、ええ」と若干引き気味に同意した後、

こっそり彼らのポケットにドレスに付いていたオパールを入れておいた。

これで慰謝料代は浮くだろう。

何でこんなものを持っているかって?……『備えあれば憂いなし』よ。




キールは其の儘、人通りの少ない廊下を歩いて行く。流石は王国直属騎士、間取りは完全把握しているようだ。

私はというと、この三日間で地図の内容寝る前に唱え続け暗記する事に成功した。

勉学に励んでいたことが幸をなしたようだ。

あのボロボロの見取り図はどうやら合っているようだ。私は人知れず胸を撫で下ろす。




そこからは、柱の影に隠れつつメイドや護衛から身を潜めていると、所謂『大広間』に辿り着いた。

私はそれに気が付くと深く深呼吸する。

ここからが計画の本番なのだ。自分を鼓舞するように私は心の中で唱えた。

天下のセレスティア・ヴァニラである私の圧巻の演技力を今に見てなさい!!




私はその場でふと立ち止まる。

すると私の腕を引いて前方を歩いていたキールもそれに気がつき、心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたんすか?セッちゃん」

「も、漏れるわ!今すぐ!お手洗いに!行かないと!死んじゃうわ!」



気張りすぎて少し裏声になった気もしなくも無い。

というか自分で自分の演技力の低さに絶望する。

流石のキールもこれでは信じてくれるか危ういだろう。私はキールに訴えかけるように見つめた。



「セッちゃん!今は我慢してくださいっす!」


し、信じた!?本来ならば喜ぶ所なのだが、流石に騙されやすすぎるであろう。

ブラック企業卒の副作用であろうか。

よし、ここからがラストスパートよ。ティア!


「今じゃないと駄目なの!お願い!」

「だめっすよ!後ちょっとだから、ね?」


く、くそう……。中々手強いな、こやつ。

ええい!アレンのため『あの手』を使うしか無いわね。

私は恥を捨て、キールに向かってずっと避けてきた言葉を放った。



「お、お願いよ。……お兄ちゃん」

「うっ……!」



恥ずかしさのあまりキールの服の袖を掴んでしまった。私が慌てて腕を離すと、彼は十秒くらい悩んだ後「……すぐ帰ってきてね」と何度も念を押して私を送り出した。

よし!これで一人になれるわ!

私はわざとらしくお手洗いの場所を知らないフリをして教えてもらった。怪しまれては困るのだ。

私はウキウキと駆け出しそうになる衝動を抑え、トゥワレットへと忍び足で歩み出した。

……何故だかキールはお兄ちゃん呼びに弱いのよね。私には理解し難い性癖である。



私はお手洗いに入ると、迷わず三番目の扉に入る。

そう言えば、前世では三番目の扉には某おかっぱの幽霊がいると言う噂が立っていたわね。

それを聞いてからは三番目のトイレには極力入らないようにしている。が、今日は別だ。

上の方を見上げると、あの古びた地図の通りに人一人入れる位の窓があった。

私はガッツポーズをした後リュックから手早くロープを取りだして、窓の取手に括り付けた。




そのまま腕の筋力を使って壁をよじ登って行く。

まさか毎日の筋トレがこんな形で役立つとは思わなかった。やっぱり筋肉は裏切らないのね。

そこから難なく窓を乗り越えると、そこには書庫がある。

あの地図の通りである。思った以上に広いため、迷わないように慎重に歩んで行く。

すると『王国歴史物』の棚を見つけた。

そこの六番目の棚の、上から六番目、左からも六番目。『牢獄に関する歴史』という書物を見付けると、私は力強くそれを引き抜いた。



突如、本棚が動き出す。機械仕掛けなのであろうか、自動的に後ろへ下がって行く。すると地面の床板が外れて、地下へと続く階段が現れた。



「あの地図、本当だったのね……」



読んでいる時は半信半疑だったが、まさか本当に隠し通路があったとは。

リュックから次は防災用品である蝋燭と蝋燭台を取り出すと、マッチで火をつけて懐中電灯代わりにする。




階段を全て下り終えると、壁や床はすべて石でできた薄暗い空間が視界に広がった。

残念ながら、牢獄の詳しい造りは地図には載っていなかった。ここからは自分の足で見付けるしかない。

アレン以外の囚人達に見つかって騒がれると門番が来てしまう。私は息を押し殺し歩む。



牢獄は小さな部屋が一人一つずつ与えられているようで、鉄の柵の向こう側から眠っている囚人たちの姿が見える。今は夜も遅いし、きっと消灯時間なのだろう。

それらをひとつひとつアレンか否か確認して行く。……が、それらしき姿は見当たらない。

居るのは筋肉ムキムキのスキンヘッドのおじ様ばかりである。

どうしたらあれ程の筋肉を手に入れられるのだろうか。是非トレーニング法をお教え頂きたい。


「きゃ……!」


石畳の廊下を歩いて行くと、ぺたんこ靴で大き目な石を踏んでしまい転びかける。

慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。

一人の強面な囚人が起き上がり、此方へ向かって歩み出す。私は急いで物陰に隠れる。


「なんだぁ?今、女の声が聞こえたなあ。おい、誰かいんのか?」


男から私の姿は見えないようだ。私は誤魔化す為に精一杯高い声を作った。


「に、にゃー……」

「チッ、なんだ猫かよ。寝てんのに邪魔すんなよな」


私が胸を撫で下ろすのは本日二回目だ。

その後は足元に充分気を付けつつ、絶対に音を立てないようにひとつひとつの牢を確認した。

牢獄へ来てから二十分程、残すところ後一つの部屋となってしまった。

やはりデマだったのであろうか。だとしたらこれ以上ない程に安心するわね。

あ、キールには謝らないと行けないけれどね。



しかし、どうやら残り一つの牢屋は今までとは違い、外側から内側が見えない造りとなっていた。

鉄の扉があるから、これを開けろと言うのだろう。

ひょっとして私の部屋と同じで外側しか開けられないのかしら。




私はこの時、『まあデマだったんだろうけど残りのひとつの牢も一応確認するか』程度の心構えで牢屋の扉を開けた。




そこに居たのは━━━━━━━━━━




ボサボサの赤髪、縛られた両腕、腫れた頬、虚ろな紅い瞳。

それら全てに見合わない、端正な顔立ち。

その男は私のたった一人の友達によく似ている。


「あ、あれん……なの?」


そうであって欲しくない。この人がアレンだなんて絶対にあってはならない。

私の喉からヒュっと音が鳴る。

蝋燭を持った手は震え、それを落としてしまった。

その音で彼は此方に気が付いたのか、目線を向ける。

そして、目を見開いた。



「……ティア?」



掠れてしまったその声は、アレン・ルーデンスのものだ。

私は、目の前が真っ暗になった。








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