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今日も今日とて、約束する。




ガシッと両手を掴んだ私に対して、彼は困惑しているのだろう、「え、え?」と私の顔色を伺うように呟く。

私も両手を掴むつもりはなかったが、こうなったら仕方ない。ええい、押していくのよ!ティア!

心の中で自分を激励すると私はどくどくと脈打つ体を落ち着けるように、ふぅ、と深呼吸をする。



「あっ、あの。おっ、お名前をお聞かせ願えまちぇんか!」



噛んだ……。一世一代の質問を噛んだ……。

私が羞恥といたたまれなさでふるふると震えていると、彼はふふっ、と笑った。



「ど、どういたしましたの?」

「可愛いなと思って」




彼はまた笑う。長い前髪のせいで目は見えないが、私に向けた雰囲気が柔らかくなったのを感じる。

いやいや、可愛い?可愛いってどういう意味だっけ。

今すぐ辞典で「可愛い」の意味を調べ倒したくなる衝動に駆られながらも、私は勇気を持って聞いた。




「かっ、可愛いとは、どういう意味なのでしょうかっ!?」

「そのままの意味だよ。君、ヴァニラさんだよね。クラスの人達が噂してたから知ってるよ」




な、なんと知られていたとは!お父様、お母様私をヴァニラ家で産んでくださってありがとう!

私はそのヴァニラ家のせいで生命の危機に晒されていることなど忘れて心で涙を流す。

脳内のお父様とお母様に合掌して、目の前の彼を見つめる。彼は言葉を続けた。



「最初、平民の俺が同じ空間にいることを咎めるのかな、って思ったらまさか名前を聞くなんて思わなかったよ」



そう言う彼は笑いを堪えるように肩を震わせる。

私は恥ずかしさのあまり縮こまって黙ってしまった。

彼はそんな私を見て、何かに気がついたようにあっ、と声を出す。



「すみません。平民がヴァニラさんに敬語も使わないなんて失礼でしたね」



お気に障りましたよね、と、おずおずと私を見つめる。えっ、まって。ちょっと心臓よ静まって頂戴。

頭から湯が沸騰したかのように熱い。



「いっ、いえ。どうか私のことはティア、とお呼びくださいな。それに敬語も要りませんわ」

「え、いいの?」




彼は形の良い口元をふにゃりと歪ませる。



「遅れてごめんね、俺はレオ・ヴィクター。

レオ、って呼んで。ティア」



ティア、ティア!

私は初めて自分の愛称を呼ばれることへの嬉しさを感じていた。

アレンに呼ばれたときとは違う、胸の高鳴り。




「レオは交流会には参加しませんの?」



段々と慣れたのか、私は吃らずに話すことが出来るようになっていた。



「俺、あんまり人気の多い所が得意じゃないんだ」

「私もそうなんですの」

「ティアくらいの有名人なら、参加しないとみんな悲しむんじゃない?」

「私、こう見えてヴァニラ家の根暗一人娘としての定評がありますのよ!!」


えへん、と胸を張る私にレオはまた肩を震わせた。




「ティア、それは自信に思うことでは無いよね……あははっ!!」

「レオ、大丈夫?」


何がツボに入ったのだろう、彼はお腹を抑えて呻き声を出し始めた。私がおろおろと彼の隣で焦っていると、また彼は笑い出す。



「あははっ。ティアって変わってるね」

「初めて言われたわよ」



そういうところだよ、と彼は微笑む。彼は意外にも笑い上戸のようだ。

私はレオを見て言う。



「あの、よろしければなんですけど。明日のお昼休みはここで一緒に昼食をとりませんか?」



自分にしては思い切った誘いをしたと思う。自分の鼓動が耳へと響く。

するとレオは笑って言った。



「俺で良ければ喜んで」

「……では明日のお昼休み、またここで」



嬉しさを隠す為に直ぐに背を向けてそう答えた。

今日は入学式の為、11時に解散である。

私も馬車を待たせているため、まだここに残る訳には行かなかった。

明日のお弁当、何にしようかな。

スキップしたくなる衝動を抑えながらも私はレオに手を振って別れ、馬車へと乗り込んだ。






「ふふ、うふふ」

「お嬢様、如何かしたのですか?」

「少し知り合いができてね」



「あのお嬢様が人と関わりを!?」と私のお付のメイドであるアンは驚く。

7歳までの私は傍若無人でメイド達からは手を焼かれていたが、前世を思い出してからは大人しすぎて別の意味で手を焼かれていた。

でも前と違い、私が話す度に顔色を伺いビクビクとすることはなくなったし、今は結構良い関係を築けていると思う。






屋敷に着くとアンが他のメイドに嬉しそうに私の知り合いについて話していた。

他のメイドからも「良かったですね!」「長年のぼっちからも卒業ですね!」「アレン様以外にもお友達が出来てほっといたしました!」と、暖かいお言葉をいただいた。





自室に入る前に料理長に「明日の昼食は自分で作らせてほしい」と頼む。

料理長であるロータスは「あのお嬢様が自分で食事を?!」と目をひん剥いて驚いていた。

私はブラック企業時代にろくに食べなかったこともありあまり食事に頓着しないほうなので、ご飯は栄養が取れればいいというスタンスであった。





ロータスの料理も前世を思い出す前は「うつくしくないといや!」と料理の見た目にさえ口出しして喚き散らしていたが、思い出してからは「スープとパンとサラダで良いです」という変わりっぷりだ。

そんな私にロータスやメイドが脳の病気を疑った気持ちが今なら分かる。





「お嬢様、やっと食事の大切さにお気付きになられたのですね……!どうぞ明日と言わず何時でもキッチンをお好きにお使いになって下さい……!」



目をウルウルとさせて今にも泣き出しそうなロータスに若干ビビりながらも、私はありがとうと言って自室へ入った。







ベットへ勢い良くダイブした私は口元がニヤけるのが止まらない。

どうやら「平男GET作戦」も順調に進んでいるし、彼と約束までしてしまったしで今日はいつにもなく浮かれている。



ブラック企業時代は食事は栄養補給バーだったなあ……と遠い目をしていると、「お嬢様、お電話ですよ」とアンが私を呼ぶ。きっとお父様とお母様であろう。二人はお仕事が忙しく、家にいる事が少ない。しかしたくさんの愛情を持って私と接してくれる。ゲームではセレスティアの我儘を全て叶えてしまう親バカっぷりが沢山披露されていた。




アレンルートのBADENDではヴァニラ家は公爵の座を剥奪されていたから、その娘のせいで地位が無くなり大変な苦労をしたと思う。

絶対にそんな思いはさせたくない。

きゅっ、っと服の裾を掴んで決意を固めると私は駆け足で廊下へと走った。



お父様とお母様に報告しなくちゃね。

まず最初に、理想の人が見つかった事。

それからお父様とお母様が不幸になることはなくなった事を。





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