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今日も今日とて、不信感。




キールと約束を交わした翌日、私はある事に気が付いた。

私の護衛役がキールでは無くなっているのだ。

私がどれだけ話しかけたりメモを寄越しても、一貫して話そうとはしない。ただあの小さい扉から昼食と夕食をこちら側へ渡すだけだった。



「……新築の準備で忙しいのかしら」


そう独り言を呟くと、いそいそと朝食のパンを食べ始める。

決して不味くは無いが、絶対にキールの作ったものではないと直感で分かった。生地のモチモチ感が全くそれとは異なる。

……この宮殿にもいないってことかしら。相当こだわって家を建てているのね。

まあ、天下のセレスティア・ヴァニラが食材を余らすことなど言語道断なので完食したのだけれど。



「……キール……だよな」

「本当…………だとは…………な」



私が食後に紅茶を啜っているとドア越しに小さく声が聞こえてきた。

きっとキールが居ない代わりに派遣された護衛騎士だろう。会話をしていることから少なくとも二人以上居ることが分かった。

しかし内容までは聞こえてこない。私はそろりそろりとまるて家へ忍び込む泥棒のように足音を立てずに耳をドアに付けた。



「まさかアイツ、騎士団を辞めるなんて言い出すとはな」

「その所為で俺達の仕事が二倍だよ、二倍」

「それも皇太子の婚約者の護衛なんて……死に急ぐ様なものだしな」

「顔も見た事無いけど、きっと大層べっぴんだろう」



いやいや、食べることと筋トレしか趣味のないズボラ女ですなんて口が裂けても言えなかった。

それよりアイツとは誰のことだろうか?私が脳内で「アイツ」を必死に探すと、ひとつの結論が出た。

キール、恋人と田舎にある新居に住むために騎士団を辞めたのね!?

こんなに給料が高い職種中々ないだろうけれど、ブラック企業らしいし、退職してくれて他人ながら安心した。

もう宮殿会えないのかと思うと少し寂しいが、彼の幸せだ。祝福してあげよう。



私がにまにまと話を聞いていると、扉の向こうの男性二人は衝撃の言葉を発した。



「そりゃあお前、ルーデンス家の一人息子が誘拐監禁するくらいだから余っ程美しいだろ」

「そんな事あったなあ。あの日は皇太子命令で騎士団総動員でルーデンス家を張り込んだっけ」

「そうそう!全く、皇太子も人使いが荒いんだから」

「そのルーデンス家の坊ちゃん、今宮殿の地下室の牢屋にいるんだろ?家の方も大変らしいな」




「……え?」



ルーデンス家、婚約者、誘拐、監禁。

その単語どれもが私とアレンの話を表しているのだと理解すると、口からつい言葉が零れた。

宮殿の地下室の牢屋と言えば、国家に反逆した罪人が入れられる場所だ。

アレンが何故そんな所に……?この二人の言葉の文脈から読み取るに『私を監禁していた』からだと分かる。



私の所為でアレンが捕まった?ルーデンス家にも被害が?

心臓がバクバクと鳴り、呼吸が荒くなる。

私の胸中は不安で一杯になり、書斎へと駆け込んだ。



茶色いスツールの引出しを乱暴に開けると、そこには以前見たアレンからの手紙。

それを封筒から出し、もう一度隅々まで読み直す。


『ティアへ


俺は新しい友達も出来て楽しくやってます。

ティアも宮殿で幸せに暮らして下さい。

この手紙に返事は不要です。


アレン・ルーデンスより』



「やっぱりこれ……おかしい」


アレンは手紙を書く時、わざわざ『アレン・ルーデンスより』なんてご丁寧に書かない。

それに、私と築き上げた友達関係をこんなに簡単に手放したりなんてしない。

私は彼と伊達に幼馴染なんてやっていないのだ。

けれど、こんなに簡単なことどうして気付かなかったのだろう。



「これは、アレンが書いたものでは無いわ」



手紙を持つ手が震える。手紙を封筒に入れるのさえ億劫だと言うあの男が、蝋燭を垂らして封をするなんて器量ある訳がなかったのに。

あの日、手紙を貰ったときにどうして気が付かなかったの?

レオは、彼が新しい友達と仲良くやっていると言っていた。けれど牢屋に居ることが本当だと仮定すると、それは嘘ということになる。



もし私のせいでアレンや彼の家族に被害が及んだら?そう思うと、それが事実であるか以前に動かなければならないと強く思った。



しかし、レオが嘘をつくはずがないと思う自分と、それが本当なら全ての辻褄が合うと分かる自分もいる。

考えれば考えるほど頭痛がしてきた。側頭部が殴られたように痛い。

私は両手を振り上げ自らの両頬を勢い良く叩いた。

ヒリヒリと両頬が痛むが、気にしない。



「絶対に、私が助けるから」



そう呟くと書斎にある大きな本棚を脚立を使って調べ始める。

私の我儘の所為でアレンとルーデンス家が酷い目に合うなんて耐えられない。

それに、レオはやはり何かを隠している。

私はこうして『アレン救出作戦』を始めたのだった。




本棚にある本を調べに調べる。幸い室内の中で一人本を読んでいた幼少期がある、活字には強いのだ。

厚さが10センチ程もある『王国建国の歴史』という本を捲っていると、宮殿の見取り図らしきものが書いてある。

少し薄汚れてはいるが、解読することが出来た。

私は内心ガッツポーズして、そのページだけを破った。


「御免なさいね……いつか弁償するわ。いつか」



問題はこの見取り図が現在と同じかと言う点だが、

其れについてはもう致し方無い。

一か八かに賭けるのだ。

他にも本を数十冊見漁ったが、不自然な程に宮殿についての文章が無かった。まるで何かから隠してあるかのように。



その後私は部屋中を隅から隅まで捜索すると、災害時用のロープと非常食を見つけることが出来た。

それからキッチンから、食事用のナイフを拝借する。調理用のナイフやカッター、ハサミは一本も無い。仮の婚約者である私が怪我をしたら困るからだろうか。

備えあれば憂いなし、という前世のことわざの通り

にリュックに沢山のものを詰めていく。



その後ドレッサーの中から数え切れないドレスを漁って行った。

しかし私のお目当ての『動き易い服』なんてものはひとつも無かった。全てがフリルやスパンコール、宝石で飾られており、こんなものを身に纏っていたら走ることなど到底無理であろう。

靴も見たが、やはりそんなものは無かった。



私はその中でも特にシンプルな黒いAラインドレスを、先程拝借した食事用ナイフで割いた。

着た時におよそ膝丈あたりの長さになるまで切込みを入れ、思い切り破く。

淑女としては如何なものか……という意見は無視し、これなら全力でダッシュしても大丈夫だ。



靴もまた飾りの着いていない地味なものを選んだが、やはり全て踵がハイヒールで動き辛そうだ。

私はそのヒールを椅子に乗せ、テコの原理で折る。



「よし、これで完璧装備の完成ね……」



ふう、と額に付いた汗を拭う。もしアレンが幽閉されている事が嘘なら大変な損害を出してしまっているが、私の中でそれは今ではもう確信へと変わっていた。



「あとはどうやって鍵を開けるかよね……」


私は紙とペンを持って計画を記していく。

絶対に失敗は許されない。私の為にも、アレンの為にも。

それから三日間、私は寝る間も惜しんで計画を練っていた。



調べれば調べる程浮かび上がるレオへの謎と不信感。私が初日から感じていた違和感がじわじわと肥大する感覚が伝わる。

その秘密を突き止めるために、私は自分の目で全てを知りたいと思ったのだ。



そして今の時刻は夜10時50分。キールが尋ねてくる時間まであと10分だ。

膝丈までの黒いワンピースに走りやすいぺたんこ靴。大きなリュックを背負った私の瞳は真っ直ぐに扉を見つめていた。




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