今日も今日とて、○○派。
「……それとティア」
レオは思い出したように言葉を紡いだ。
「な、なにかしら……?」
「『約束』はちゃんと守ってるよね?」
『約束』。その言葉が指すのはきっとレオ以外の人とは話さないこと、部屋から出ないという二つの約束のことだろう。
え、前者は思いきり破っているし後者は現在進行形なんだけど。
私の額から多量の汗が流れるのを感じる。
……今私にできることはただロボットのように高速で首を上下に振ることだけだった。
「エ、エエ。マモッテイルワヨ」
「良かった。……ティアは良い子だから当たり前だったね」
その後レオは私に微笑みかけ、
「冷えてきたし、そろそろ家に帰ろうか」
と言った。
家ではないわよ。なんて口が裂けても言えなかった。
そのままレオにまた姫抱きをされ数日間ですっかり見慣れたいつもの部屋へ戻る。
……私を赤ちゃん扱いするのはもういい歳なので辞めて欲しい。
こう見えても貴方より23歳ほど歳上なのよ。
あれ、今頭の中に『おばさん』という文字が浮かんだような……。うん、気の所為よね!!!!
先程のレオは少し怖く感じたが、今の彼はすっかりいつも通りの美しく優しいレオだ。
ちょっと前までは『美しい』ではなくて『モブ可愛い』だったのに。
部屋に飾られた黄金の時計の秒針は零時を指していた。
するとレオは悲しげに眉を下げた。どうしたのであろうか。意を決したように口を開くレオはこう言った。
「……実は俺、今日から五日間公務で隣国へ行くことになってるんだ。」
え、つまりは……。
五日間、自由時間ができるのね!?好きなだけ食っちゃ寝して筋トレしたりできるのね?!
レオに会えない寂しさも勿論ある。
しかしそれ以上に最近のレオはいつものレオとは違う気がするのだ。
一回、距離を置く時間も必要である。このレオに対しての恐怖の気持ちの正体も知りたいし。
「……!!そうなの!?それは悲しいわね!!でも私の事は心配要らないわよ!!」
「本当にごめん、ティア」
そう言うレオの表情はこれ以上無いくらいに暗く重い。本当に公務が嫌なのね。
私もその気持ち、分かるわ。奇跡的に取れた有給の日の夜中なんて次の日の仕事が辛すぎて泣いていたっけな……。
しかしレオの皇太子としての公務は私なんかとは比べ物にならないくらいに責任と量が多いのだろう。
なんだか同情してしまう。
「本当に辛かったら休んでも良いのよ」
「ティア……!!本当は四六時中君と居たいけどね。君が妃になった時には、君に相応しい夫であり王で居たいんだ」
??何故休む話が私が妃になる話へとすり替わったのかしら……。全く話の糸が読めない。
私は前世からのお得意の半笑いで誤魔化す。
大体のミスはこれでどうにかなるものである。(給料はその分しっかり引かれていたけれど)
と言うか、まだここへ来て二日しか経っていないのにここでの生活がもう慣れてきている。
あと三ヶ月か……。長めの旅行だと思えば良いかな。
なんて、呑気に考えていたとき。
強引に私の手首を掴んだレオがベッドへダイブする。
その力が思ったよりも強くて抜け出せないことを悟ると、心を無にして目を瞑るのであった。
なんか目を瞑っても視線を感じるような……?
まあ、気の所為かしらね。
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翌朝、目が覚めたら顔の良い男のドアップが視界いっぱいに広がっていた。
危ない危ない、また呼吸が止まりそうになったわ。
ベッドの端すれすれにいる私をガッチリと両手でホールドしている。
レオって寝相が悪いのね……。完璧皇太子の意外な一面に思わず笑いが漏れる。
その後レオを起こした後、いつものように共に朝食をとる。これもまたもうすっかり見慣れた光景だ。
因みに今日はオレンジパイであった。
オレンジの酸味と甘味が口の中で混ざり合い、パイのさっくりとした食感が大変美味である。
思わずおかわりを所望しそうになってしまった。
私は居候なのだし、筋トレ中なんだから!!
と必死に納得させる。
食事の終盤あたりからレオの顔色がどんどん悪くなっているのを見て私は察する。
こ、これはーー!!『ハァ、仕事行きたくねえな病(私命名)』だーー!!!!
分かる、とても分かるわその気持ち……!!
けれど仕事は仕事。待ってはくれないのである。
なんだか私まで辛くなってきたわ……。
そろそろ送り出す時間である。レオは今にも死にそうな顔で私を抱き締める。
……30秒ほど経ったが、離れる気配が無い。
「あの〜、レオ?そろそろ時間よ」
「……充電中だよ」
甘えるような声色で私に囁くレオは何だか子供のように思える。私は公務とは別の話題を考える。
「今日のオレンジパイ、とっても美味しかったわね。私、ベリー系よりも柑橘系の果物が好きなの」
「俺も。……一緒だね」
本当に元気が無いのだろう。レオの言葉はいつもより弱々しい。どうにか元気を取り戻して欲しくて、私は続けて言葉を紡ぐ。えーと、話題って何かないかしら……。あ!私の好みといえば。
「あ、あとクッキーとかマドレーヌはチョコレート味より素朴なプレーンが好きなのよ」
「うん、俺も」
「ええ、本当!?嬉しいわ!!」
またまた一緒である。私はついテンションが上がってしまう。
続いて飲み物やおかず系の話をしても、その全てが一致していた。
特に驚いたのが、『カレーライスよりハヤシライス派』が一緒だったことだ。
下手すれば世界中のカレーライス派から刺されそうな話題もレオは頷いてくれた。
前世で小学生の頃、給食中に隣の席の男の子とこれで揉めた記憶が浮かんでくるわね……。
と言うか、この世界にカレーライスとハヤシライスあったんだ。完全にノリで言ってしまった。
私はレオの両手を持ってブンブンと振る。
ここまで好みが似ている人が居ると嬉しいわね。
前世の給食の時間にレオのような人が居てくれたら良かったのにな。クラスでハヤシライス派は私だけだったので最早いじめか?レベルでカレーライス派に罵倒されたものである。
まだ○○派談義を続けたかったがそろそろ本格的に時間が厳しい。
私は心を鬼にして引き剥がすと、レオは扉の鍵を開けた。
レオは出ていく直前、私に言った。
「行ってくるよ……浮気は駄目だからね」
「もちろんよー!!行ってらっしゃい!」
よし、これから五日間食べまくるぞー!!
筋トレも頑張るわよー!!
しかしレオ、『浮気は駄目』なんてどれだけハヤシライスが好きなのよ……。
安心して欲しい。私はきっと来世でもカレーライス派には寝返らない自信しかない。
あ、ハヤシライス食べたくなってきた。
でも居候の身で夕飯のリクエストなんて絶対に無理だ。諦めるしかない。くそう、平民になったら必ず再会してやるんだから……。
私が前世の思い出のハヤシライスを思い出していると、扉がガチャリと開く音が玄関から聞こえた。
レオったら、忘れ物でもしたのかしら。
私が笑いながら玄関へ小走りでかけて行くとそこに居たのは、琥珀色の美男子だった。
何故かその瞳は辛そうに歪んでいる。
え、キール!?玄関開けちゃっていいの!?
私は一瞬パニックになってキールを見つめて固まる。
するとキールは私に飛びついて力強く抱き締めてきた。
「セッちゃんっ……!!」
「え、え?」
益々状況が理解できなくて焦る私にキールは泣きそうな声で私の耳元で囁いた。
「皇太子様がセッちゃんのこと誑かしてるって気が付くのが遅くなって、ホントにごめん」
「はえ??」
オレ、セッちゃんの家族なのに。と付け加えるキールにまたまた私の頭は混乱する。
え?誑かす?誰が?誰を?
というかキール『っす』が無くなってるわよ?
クエスチョンマークが大量に頭に飛び交う私を、キールはもっと強い力で抱き締める。
「大丈夫、これからは家族のオレが守るっすから」
「あ、『っす』が戻ったわね」
理解が出来なさすぎて、つい本音が漏れてしまった。コホン、私は淑女なんだから。
心の中のマダム・セレスティアが私を叱る。
いやいや!!今はそんな事をしている場合じゃないわよ!!
キールの金色のウルフカットの襟足が耳にかかって擽ったい。
私が抜け出そうと彼の胸板を強く押すが、ビクともしない。それどころか益々力は強くなっていく。
「オレ、家族なのにセッちゃんの辛さを知らなかったっす……」
自らが的を外れた事を言っているのに気が付いていないのか、キールは私を慈しむように頭を撫でる。
と言うかすっかり私はキールの『家族』のカテゴリーに入っているらしい。
私はレオの言葉を思い出す。
(「『約束』はちゃんと守ってるよね?」)
この状況、『約束』の一つ目をを完全に破ってはいないか??それに気が付いた私の全身にダラダラと冷や汗が流れる。
メモのやり取りは良いとしても昨日と今日で完全にご対面してしまっている。
この状況、まずいわね……。
私はキールの背中をポンポンと叩いて宥める。
「えっと……。何か誤解があるようだし、まず離してくれない?」
「嫌っす」
まさかの即答である。こんなとき、どうすればいいのか他称ぼっちの私は見当がつかない。
あと先程から『家族』を強調している気がするのは気の所為かしら。
うーん、こんなときアレンにだったら……。
「『家族』の私のお願いでも?」
「うっ……!わ、分かったっす」
そう言って恐る恐る両手を離すキール。
!!やっぱりそうね。
アレンには「『友達』からのお願い」と言うとすんなり受け入れられるように、キールにとってのそれは『家族』なのだということが分かった。
しかし、知り会って数日の女の子に『家族』とまで言えるキールは根っからの女たらしっぽいわね……。
それよりまず、誤解を解かないといけなかったわ。
このままではレオの皇太子としての印象が地に落ちてしまうわ…。




