今日も今日とて、庭園です。
「ここ、学園よね……?」
「うん、俺たちの想い出の場所といえばここかなって思ったんだ」
嫌だった?と寂しげに尋ねるレオに私はもげてしまうのではないかと言う程首を横に振って言った。
「いいえ、ちっとも!それに私も久々に庭園を見たかったのよ」
「……本当に?嬉しいなあ」
レオはそんな私を見て頬を緩ませた。学園で良かったのは本当のことである。
下手に高級ディナーなどのお高いことをすると、平民になってしまった後お金を返金できない可能性大であるからだ。
それにあの庭園は学園内で唯一私の心が安らぐ場所でもあった。
レオはまた私の片手を取り歩み出す。
けれどそれは先程の強い力では無く、まるで大切なものを触るかのようだった。
また、勘違いしそうになる。
自惚れれば自惚れる程、後になって真実を知って傷付くのは自分なのに。
「ティア、どうしたの?」
「……っ、ええ。大丈夫よ」
心配そうに顔を覗き込むレオに空元気を出して返答をする。
そうしている内に、もうあの庭園へと辿り着いていた。
可愛らしい花々に青々と生い茂る草木。
アンティーク調のベンチに噴水。
全く変わらない、思い出の中と同じ姿でそこにあった。
違うことは、レオの見目と立場だけ。
そのまま二人でベンチに腰掛けるとなんだか涙が出そうになる。
他称ぼっちの学園生活も、今思うとかけがえの無いものだったな……。
宮殿で独りでいることを通して人のありがたみを知った。
クラスメイトにもっと友好的に接してあげればよかったなあ。
きっとあの中にも本当の私を知りたい人が居たかも知れないのに。
物思いにふけっているとレオに「ティア」と呼び掛けられる。
「俺さ、ティアにずっと謝りたくて」
「……??謝ることなんてあるかしら」
そう言ったレオの顔は酷く辛そうだ。いつもは笑顔が真顔と言っても過言では無いレオを見ているから、なんだか不思議である。
私はレオを見つめる。こんな所に連れ出してまで言いたい話ってなんだろう。
……ひょっとして別れ話??
その考えに辿り着いた私は心臓が飛び跳ねた。
分かりきっていたことだけれど、こんなに早いお別れだとは思っていなかった。
「ずっと、ティアに嘘ついてた」
「……っ!」
『嘘』。その言葉が何が表すのかくらいもう分かりきっている。
私はただ頷く。するとレオは私の両手を優しく握った。
すると重い口を開いてレオは語り出した。
「小さい頃から自分の境遇が嫌いだったんだ。……『皇太子』という立場がね。皆口を揃えて俺を褒めるけど、俺自身に何の才能も取り柄もある訳じゃない」
レオの美しいアメジストの瞳が揺れる。
月明かりに照らされて、きらきらと反射した。私はじっと見つめて耳を傾ける。
「周りの人間は皆、俺の権力と見目だけで俺を測るんだ。……だから全部隠してた。前髪を伸ばして俺だって絶対に分からないように」
レオはもう切って目を出す漆黒の前髪を摘んで弄ぶ。
「ある時全てが嫌になって、唯一独りきりになれる昼食の時間だけこの学園に忍び込むようになったんだ」
「……!?だから、あの子はレオのことを知らなかったのね……」
レオは私に向かって微笑む。だけどその微笑みは痛みを堪えているような、そんな笑みだった。
「そんな時、君に会ったんだ。……最初は俺の正体を知っているのかと勘繰ったんだけど直ぐにそれは誤解だって分かった」
「……うん」
私は勇気づけるようにレオの両手を強く握った。一瞬驚いた顔をした彼は、愛おしげに私を見つめる。
「どんどん君への想いが強くなっていったんだ。自分でも驚くくらいにね。……でもティアは『皇太子』としての俺は好きじゃないって気付いたんだ」
「……っ!!レ、オ……」
レオがその言葉を発した瞬間、私の頭が真っ白になった。レオは分かっていたのか。
私が平民と暮らしたがっていることを。
いつから?どうして?疑問が頭を廻る。
「ティア、そんな顔しないで。……俺はそんな君も愛しているから」
「……でもっ!私、最低よ……」
大丈夫だよ、と私の左耳に囁くレオ。
表情はいつもの笑顔だ。
けれど、その瞳の奥に何か禍々しいものがある気がして目を合わせることが出来ない。
レオはそんな私の頬を人差し指でなぞった後、顎を掬って持ち上げた。
「ティアが『どんなレオでも愛してる』って言った約束を破ったこと、もう怒ってないよ。君は最後には絶対俺を選ぶって分かっているから」
『怒ってない』と言っているが、レオの瞳は冷たい。けれど、愛が籠っている。
相反する二つの感情が紫の瞳の中で暗く輝いていた。
なんで?私のことなんて、最後には捨てるのに。
また自惚れてしまう自分が憎い。
今は愛されていても、ヒロインと会ってしまったら??
私の答えは決まっている。
私は今度はレオの瞳から目を離さない。
微笑むレオの瞳はゾッとする程美しい。
けれど、酷く恐ろしい。
「ご、ごめんなさい……。私貴方が皇太子って知らなくて……」
「あはは、そんなに怯えないでよ。俺、悲しいなあ」
私の頭を撫でて言うレオ。
『悲しい』と言っているがその表情は笑みを保ったままだ。
私は言葉を発することが出来なくなる。
胸がキュッと苦しくなり呼吸も辛い。
これが恋の痛みか、はたまた恐怖かも分からなくなっていた。
そんな私の心を読み取っているかのようにレオはとびきり優しい笑顔で微笑んで言った。
「ティア、君が俺を愛していなくても良いよ。けど覚えておいて欲しいんだ」
━━━━━━他の誰が君を『セレスティア・ヴァニラ』として愛していなくても、俺だけは君自身を愛してあげる。
「何、言ってるの……?」
「ふふ、直に分かるよ」
周りの花々達が一斉に風に吹かれて揺れる。
それが酷く美しくて、私はレオにプロポーズされたあの日を思い出した。
あの日は、全てが幸せだった。レオとの幸せな生活を夢見て……。けれどそれは全て『平民』としてのレオだった。
私のせいでレオは傷付いたのだ。
勝手にレオに『平民』を押し付けていた私のせいで。
私は目の前の愛しい人への謝罪の気持ちでいっぱいだ。
私が居なければ、レオは今頃運命の人と出会っていたかもしれないのに。本当に、本当にごめんなさい。
私は心で何回も謝罪する。
私はレオその言葉の意味が理解できなかった。
けれどそれは蜂蜜をドロドロに溶かしたように甘ったるく、私の心に沈んで行く。
それは甘い甘い猛毒であることに、私はまだ気づかない。




