今日も今日とて、デート。
公務から帰ってきたレオが握っていたのは薄紫色の手紙であった。
レオの顔はいつもの様に微笑んでいる。
「……彼から手紙のお返事だよ、ティア」
「本当に!?わざわざありがとう、レオ」
私はそれを受け取ると封を開け中から紙を取り出す。
一日で返事が返ってくるなんて、アレンも暇なのね……。読み進めると次のように書いてあった。
『ティアへ
俺は新しい友達も出来て楽しくやってます。
ティアも宮殿で幸せに暮らして下さい。
この手紙に返事は不要です。
アレン・ルーデンスより』
「……え?」
……予想していた手紙の返事と全く違い、思わず声が漏れる。簡潔な三文。けれどそれは、私の知るアレン・ルーデンスの欠片も無い文章だと感じた。
特に『新しい友達』という言葉。
友達として本来喜ぶべきことなのだが、どうにも引っかかる。
私が考え込んで黙っていると、レオは優しく言った。
「今日彼に会ったんだけど、ティアが居なくなっても新しい友達と楽しく暮らしていたよ」
「そ、そうなの……。それは良かったわ……」
アレンが私以外の人間と楽しく会話している様子なんて、微塵も想像出来ないがレオが見たならきっとそうなのであろう。
アレンと別れるときに『私の友達はアレンだけ』と言ったのがなんだか恥ずかしい。
アレンは、私と長く居すぎたから友達が出来なかったのね……。
それが私と離れた結果、友達の大切さを知ったのであろう。
分かりきっているが、アレンは顔も良いし頭も良い(偶に馬鹿になるがそれもご愛嬌だ)。それに少々面倒臭いが慣れると根が真面目なのが分かる。
こんな人、友達を作るなという方が難しい。
でも、アレンも前に進んだのだから私も進まないとね。
私は心が暖かくなるのを感じた。
中学生の息子が他の子と仲良くなる、嬉しくてちょっぴり寂しい気持ちだ。……いや、体験したことは無いのだけどね。
私が自立していく息子を見る母のような気持ちに浸っていると、レオがにっこり笑って言った。
「それでさ、ティア。お願い事を叶えたんだから何かご褒美が欲しいな」
「ご褒美!?私、今は財布を実家に置いて来ているから高い物は買えないわよ…!!」
私が両手をプラプラと振って『何も持っていない』というジェスチャーすると、レオは悲しげに眉を下げた。
「俺が好きな子に支払わせるような奴だと思ったの?……俺、悲しいなあ」
「えっ!私、すっかり物を強請られているのかと思って……。ごめんなさい……!!」
ガックリと項垂れる動作をしたレオに焦った私はレオの体を揺さぶって弁明する。
……?レオの肩が小さく震えている。
「……ふふっ、ティアって本当に可愛いね」
「へっ!?」
思いもしない返答に素っ頓狂な声を出してしまう。そんな私にレオは機嫌を良くしたのか、愛おしげに見つめてきた。
……変な勘違いをしちゃダメよ、セレスティア・ヴァニラ。
でも、てっきり物を強請られているのかと思ったからひとまず安心である。
けれども『殴らせろ』だとか『家賃を払え』なんて言われたらどうしようも無い。
せめて、『庭の雑草抜きを手伝え』くらいのものでありますように……!!
「えっと、そのご褒美っていうのは……?」
「俺とデートして欲しいんだ。ティア」
またまた予想外の返答に数秒固まる。
こら、セレスティア!!レオは親愛の気持ちで言っているだけでその気は無いのよ!!
あ、『(本当に好きな人との練習台として)デートして欲しい』ということね……!!
なーんだ、危ない危ない。
勘違いをしてまた恥を増やす所だったわ。
というか、外へ出られることへの嬉しさが尋常では無い。
「ええ、勿論よ。(練習台として)デートしましょう。」
そう微笑んだ私にレオは大層嬉しく笑った。
うっ、顔が良い!
私は心を撃ち抜かれる衝動に耐えていると、不意にレオが私の手首を掴んでクローゼットへと連れて行った。
「……?デートに行くんじゃないの?」
「折角ティアとの久々のデートなんだから、お洒落して行きたいな」
そう言ってコテン、と首を傾げるレオ。
あざとい仕草もイケメンなら似合ってしまう。くそう、つくづく美形が羨ましい。
「そうね。……けれどこんなに沢山ドレスがあると、何を着るか迷うわね」
「そうだね……。きっとティアなら全て着こなしてしまうだろうし」
そんな事を言って真剣に悩んでいるレオに驚嘆する。
まるで前世の行きつけの服屋の店員のように褒めちぎるレオに、私はお世辞と理解しながらも照れることしか出来なかった。
「えっ、そうかしら……!!」
「うん、だってティアなんだからね。……良ければドレス、俺に選ばせてくれない?」
「ええ、自分で選ぶのも時間がかかってしまいそうだし。是非お願いしたいわ」
「…!!ティアに合うとびきりのものを見繕うよ」
レオが選んでくれるのは正直有難かった。
前世から服を買う時は優柔不断な私にとって450着程あるドレスから1着を選ぶなんて至難の業である。
レオは直ぐに全てのドレスを目に通し、偶にそれを手で触って何かを確かめていた。
「うーん、これはティアの亜麻色の髪に合うけれど少し地味だな。けどこっちは……」
ブツブツと呟きながらドレスを物色するレオについ笑ってしまう。
もし、レオが平民で、私も平民で。
結婚してデートするときは、こんな風に悩んでくれるのだろうか。
有り得ない過程の話を自分で考え、勝手に胸が痛くなる。
「よし、決まったよ。ティア」
「あら、随分早いわね?!早速着てみるわ」
そう言ってレオが差し出したドレスを受け取る。そして更衣室(何故か存在する)に入り着替える。
そのドレスは薄紫色の美しいものであった。
シンプルなエルラインでありながらも、美しさと上品さを兼ね備えている。
しかし背中の部分はぱっくりと開いており、レースで装飾されている。
妖艶さもあるそのドレスを見て、私はレオのセンスに驚いた。
着用すると、全てのドレスのサイズがピッタリで着心地も良い。
鏡に映る自分につい見惚れてしまった。
ゲームのセレスティアは、原色のキツめのドレスを着こなしていた。
けれど今の私のドレスはその何倍も似合っているように感じる。
自惚れと言われるかもしれないが、本当にそうであったのだ。
数分経っても更衣室から出てこない私を心配したのかレオが呼び掛ける声が聞こえる。
私が急いでカーテンを開けると、そこに居たのは━━━━━━。
美しいアメジストの瞳は驚いたように揺れ、耳まで真っ赤に染まったレオの姿であった。
私が更衣室に出てから数十秒。未だにレオは言葉を発しない。
褒め上手のレオならお世辞でも「似合ってるよ」なんて言ってくれると思っていたのに。
……もしかして似合っていないのかも。
私が不安げである事に気が付いたのか、レオは口を開いた。
「すごく、綺麗だ」
たったそれだけの言葉。けれど、胸が爆発したように熱く鳴り響く。そして顔が赤くなっていくのを感じる。
お世辞と分かっていながらも、単純な私の心は鳴り止まない。
私はそれを誤魔化すようにレオに早口で尋ねる。
「そ、そう言えば何処でデートするのか聞いていなかったわ!!もう夜だけれど何処へ行くの?!」
「ティアと俺の思い出の場所……かな」
思い出の場所……?
私が不思議そうにしていると、レオは私の手を引いて歩き出す。
そして扉の鍵を開けるとそこには、両親から良く話を聞いたことがある宮殿そのものがあった。
壁から天井まで全てが高価なもので作られていて思わず息が止まりそうになる。
「ああ、ご苦労」
「…!!い、行ってらっしゃいませ。レオナルド様」
私が辺りを見渡しているとレオが誰かに声を掛けた。思わずそちらを見ると、今日ですっかり見慣れた金髪がいた。
……キール!?思わず叫びそうになる衝動をグッと堪える。キールもこちらに気づいたのだろう、ぎょっとしたように見つめられた。
キールと知り合ったなんてレオに知られたら……。きっと、処罰を受けるのは私ではなくキールであろう。貧富の差、階級による格差社会とはそういうものだ。
そんな想像をしていると、ますます普通の暮らしへの憧れ強くなる。
階級だけで人の人生が決まるこの世界は、どうやら私には合っていないようだ。
チラリ、とレオの方を見ると私は心臓が止まるように感じた。
いつも微笑んでいるレオの表情は、ゾッとする程冷たく感情が無かったからだ。
私が見つめていることに気が付いたのか、レオは直ぐにいつもの笑顔に戻る。
「あまり人に見られないように行こうか」
そう言って私の手首を握るレオはいつもより力を込めていて、手首がキリキリと痛む。
そのまま部屋で見えた庭園へと向かうレオ。
「どこへ向かうの……?」
そんな私の言葉にレオはただ微笑みを返すだけだ。
そして今目の前にあるのは、宮殿を守る高い塀。
「お手をどうぞ、お姫様」
レオは突然私を姫抱きにすると、片手で塀をよじ登る。なんだか、家出をしたときのデジャヴを感じるわね……。
というかレオの身体能力って凄いのね。
腕捲りしたシャツの下から覗く腕は細いが逞しい。
重いとか思われていたらどうしましょ……。
そしてよじ登るとまた下っていく。
そのまま一切息切れをしないレオは駆け出す。私は慣れない浮遊感に、レオの首に腕を巻き付けて恐怖に耐える。
それから5分程。
私の目に映るのは、夜の学園であった。




