今日も今日とて、運命の人に出会う。
ゲーム本編で登場する『ローズクォーツ学園』。
そこには様々な魅力を持った攻略対象達が入学している。
もちろん抜群の容姿、声、性格、家柄……。
しかし、そんな彼らと結ばれるのは簡単なことではない。沢山の障害を乗り越えたヒロインのみがHAPPYENDへと辿り着くのだ。
そんなもの、クソ喰らえよ!なんて心の中で叫ぶ。
ここで言う「障害」とはセレスティアの事であろう
私はギリギリと奥歯を噛み締めながらも努めて凛とした佇まいで歩く。
ゲームの内容とは関わらないことを第一にして行動しなければいけない。
まあ、アレンの婚約者では無いからそこまで目立ちもしないだろうし。
私の家の門ほどもある大きな校門を通ると、そこには同じく入学する生徒達がぞろぞろと講堂へと足を運んでいた。
彼らの服装は見渡す限り、全てが高価なもので出来ている。
私はキョロキョロと辺りを見回す。が、直ぐに溜息をついた。
全く平凡な人がいないじゃない!
見れば見るほど、高価な装飾で改造されて原型を留めない制服や時計に靴……。
此処、『ローズクォーツ学園』はゲームでのキャラの差別化を測る為なのか、制服に各々個性を出していた。後に知ったが制服改造が自由に出来るらしい。流石金持ちね、なんて在り来りな感想しか出てこない。
ちなみにアレンは胸元をぱっくりと開けていたような……。
学生としていかがなものか、とは思う。
ちなみに私は前世の貧乏魂がいまいち抜け切れない為に、規定の制服のリボンをシックなタイに変えた程度のかわいらしいものである。
それに小綺麗にしているお陰か、ゲームとは関係の無い男子生徒の容姿も平均して上の下以上はあるな、と言った感じだ。
なんといってもこの学園、生徒の9割は金持ちである。この学園に入った、というだけでも「自分の家、メイド三ケタいるくらいの金持ちなんだよね」と、ドヤ顔で自慢できる程にはステータスとなるのだ。
逆に残りの1割はというと、勉強ができるということで必要なお金が免除された平民である。しかし、並大抵の努力では入ることはできない。
何故そこまで努力した優秀な生徒と、私を含め『金を持っているだけ』の生徒が同じ学園なのか理解出来ない。
彼らは前世で言うところの『奨学金制度』を使った特待生のようなものだ。
そういえばヒロインも平民枠で入っていたな。
ゲームセレスティアは自分の家柄を誇りに思っていた為、ヒロインのそういうところも気に食わなかったのしれない。
順調に過ごしていれば、ヒロインは1つ下の学年なのでまだ会うことはないだろうが。
こほん、ここで話を戻そう。今の私はヒロインなんて少しも関係が無いのだから。
そこで私、セレスティア・ヴァニラ(16)は考えたのである。
『平民枠、狙えば良くない?』……と。
そこで私はこの作戦を平民男子生徒GET作戦、として任務を達成することとした。
略して『平男GET作戦』である!!
ネーミングセンスについては触れないで頂きたい。
まずは入学式、そこで大体の目星を付け1年以内に『平男GET作戦』の任務を遂行する!
普通に考え、キツめではあるが美人で家柄もとてもよろしい私が迫ったらイチコロであろう。
オーッホッホッホ!!と悪役さながらに内心高笑いしていると、
『誰かの結婚式?』とツッコミたくなるような絢爛豪華すぎる講堂へと辿り着いていた。
入学式はそれはもう派手としか言いようがなかった。あれ、間違えて誰かのパーティー会場に入ったのかと内心焦るくらいのものである。
前世は小中高大と全て平々凡々の学校に通っていた私からすると正気の沙汰ではなかった。
私の知る限り、入学式にダンスパーティーやバイキングなんて決して無かった。
ゲームでのセレスティアはパーティー三昧だったらしい。しかし私は今日まで無駄な接触を省くためにも、多く人が集まる場所には極力参加しないようにしていた。
これは敢えて言うが断じてぼっちではない。
自分の未来と生命を守っているだけである。
時々新人メイドから「お嬢様は同世代の方のお誕生日会に参加しないのですか?」と聞かれたが、返答する前に熟年メイドが「シッ!!」と、可哀想なものを見る目で私を見ていたが絶対ぼっちじゃない、ぼっちじゃないわよ……。
何百人といる新入生全員が配られた名札を付け、クラス事に椅子へ座る。その椅子もふっかふかで座り心地良く、見るからに高価なものである。
ふと講内の奥に目をやると、明らかに私たちの椅子とは違い安価な木製の椅子に座る生徒達がいた。
間違いない、平民の生徒達である。
学園側は何故椅子に違いを出したのだろうか。その意図が全く理解できない。こんな事をするからゲームの学園での階級格差が深くなっているのに。
私は平男を見つける為に、少しだけ腰を浮かせて目を凝らす。
しかし位置が遠すぎるため、生徒の姿を目視で確認出来なかった。くそう……。
周囲の生徒も気が付いたのかひそひそと平民を嘲笑うかのように陰口をたたいていた。
貴族社会ではこんなのは慣れっこだ。けれど恐らく彼らは慣れていないのであろうから、未来のダーリンが傷つかないか心配である。
ちなみに私はあまりにも人目に出ないため、ヴァニラ家の根暗一人娘と陰で言われていたことを知っている。
いや全く気にしていないけれど!本当に、断じて気にしていないけれど!
そうこうしているうちに現生徒会長の挨拶や学園長のお言葉も終わり、クラスごとに交流会を行うという説明があった。
任意での参加であるということなので、私はお断りすることにした。講堂を出る途中、何人かの生徒に声を掛けられたが丁重にお断りした。きっと私の名札を見たのであろう。ヴァニラ家は知らぬ人はいない程の公爵家である。
どうやら殆どの生徒が交流会に参加するのだろう、講堂の外には人が全くいなかった。平民クラスも交流会があるのか、まだ構内にいるようだ。
これから何をしよう、と思った矢先、先程学園内の紹介で庭園があると言っていたことを思い出した。
よし、行ってみるか、と学園案内の地図を片手に移動する。
お父様お母様やメイド達、アレン以外の人とほぼ喋らない期間を経て様々な一人で出来る趣味を持った私は実はガーデニングも趣味なのだ。
ここまでお金がかかっている学園である、たいそう素晴らしい庭園なのだろう。是非見てみたいと思った。
数分ほど歩くと、立派なオブジェクトを囲うように作られた絢爛豪華な装飾がたくさん飾られた庭園を見つけた。やっぱり思った通り素晴らしいものであったが、心は庶民派の私からするとあまりの派手さに目がチカチカとした。
ここでは落ち着けないなぁ、と少しガッカリしたがすぐに私は目を輝かせる。
「地図の端にもう一つ庭園があるわね」
地図の絵から見てもこの庭園の10分の1ほどの大きさの小さな庭園だ。癒しに飢えている私は駆け足で向かった。
「これよ、これこれ!」
私はテンションが上がっていた。何故なら庭園第2号は私の想像を超えてきたからだ。
木材で作られたあぜ道に、素朴なベンチにテーブル。それに花は今の季節にピッタリのこれまた素朴ながらも可愛らしい。
興奮のあまり「これ」しか語彙が出なくなってしまう程に、私の理想そのものだった。
私は学園に在学する3年間、ここでぼっち飯をキメることを固く決意した。ぼっちではないけどね!
ウキウキとした足取りで今にもスキップをしようとしていた時である。
「あはは、くすぐったいよ」
突如優しげな声が頭に響いた。庭園の少し奥から聞こえている。私は無意識のうちに声の方へ足を運んでいた。
そこには━━━━━━━━━━。
目を完全に隠す烏の濡れ羽色の長い前髪、スタイルは良いが、全く存在感のない姿。学園規定の制服を気崩さずそのまま着ている。腕章が緑色のため、平民クラスであることが分かった。
彼の全てが背景の庭園に溶け込んでしまいそうに思える程。
その姿はゲームでいう「モブ男」そのものであった。
その男子生徒が猫にぺろぺろと頬を舐められている。
胸が高鳴り頬に熱が集まるのを感じる。心臓の奥の方が握り潰されたように痛い。でも、不思議と心地良かった。
この感覚はきっと……。
「見つけたわ、私の運命の人を!」
気が付いたときには私は彼の手を掴んでいた。