今日も今日とて、食レポ。
私はメモを破り、サラサラと文字を書いていく。
うーん。感想と言えど知らぬ人からのメモは受け取る相手も恐怖を抱くであろう。
しかし、私がレオの(今だけの)婚約者ということは秘密にしなければいけないから、本名は書けない。
セレスティア……まあセッちゃんでいいか。
『食事を運んで頂きありがとうございます。
アクアパッツァは鯛とトマトに塩味が効いていて大変美味でした。
私はその美味しさの秘密は散らされているハーブだと見当をつけたですがどうでしょうか。
また、貴方のお名前を知りたいです。
私のことはセッちゃんと呼んでください。
セッちゃんより』
よし、これでいいでしょう。
私はそのメモと、今度はペンもまた扉の下から向こう側へと送る。
……すると相手の受け取る音が聞こえる。
ぐふふ。私の素晴らしい食レポに感動して泣いているのね。私は自信とは裏腹に胸の鼓動は少し早くなる。
相手からの返信を待つ間の時間って不思議と緊張するわよね……。
すると、今度はミニ扉からメモとペンが返される。
!!返事はなんと書いてあるかしら。
きっと『素晴らしい食レポですね。感服いたしました。』とかであろう。
私は期待しながらメモを受け取る。
そしてキラキラした目で目を読む。
『レオナルド様より貴女と決して話すなと言われております。必要最低限なもの以外にメモを使うのはお辞め下さい』
……と達筆な字で書いてある。
私はメモを握りわなわなと震える。
顔も声も知らない人のメモがグサッと心に刺さったのだ。
くそう、私は心の中で悔しげにハンカチを噛む。
しかしこんな所で諦めるセレスティア・ヴァニラでは無い。
何だか俄然やる気が沸いてきたわ……。
いつか絶対扉の向こうの主に私の食レポに『素晴らしい』と書かせてやるんだから……!!
そしてその後一時間程盆踊りを踊り狂ったり、キングサイズのベッドの上でひたすらゴロゴロとしているうちに三時になっていた。
チリン、と鈴が鳴る。
私は一目散にミニ扉へ駆け付ける。すると予想通り三時のおやつが運ばれて来た。
なんと!カヌレである。見るからに美味しそうだ。
思わず私の現金なお腹はグゥ〜と鳴ってしまう。
私はそれを渡してくれた例の向こう側の人に「ありがとうございます」と伝えると皿を持ってソファに座る。
では、早速頂こう。
私はカヌレを片手で摘み、口の中いっぱいに頬張る。
「……!!おいひぃ……!!」
これまた頬っぺたが落ちる程美味しい。
何個でも食べてしまえそうね。私はその思いをメモにぶつける。
『名も無き扉の向こうの人へ
このカヌレ、貴方は食べましたか?
外側は口に入れた瞬間カリッと香ばしく、しかし内側はしっとりと口当たりが柔らかく非常に美味でした。
まだ食べていないのであれば、是非お食べ下さいな。
セッちゃんより』
よし!!完璧よ!!セレスティア・ヴァニラ!!
私は自画自賛する。この文を見ただけでまた食べたくなってしまう渾身の出来である。
私はまたそれを扉の下から向こうへ渡す。
そして今回は先程の失敗から学んだことがある。
……私の素晴らしい食レポを読んでも、相手がそれを食べれない可能性だ。
それに気づけなかったことが凄く申し訳ない。
だから今回は一つカヌレを残してある。
ふふふ。これで完璧ね!!
私は別のお皿に移したそれをミニ扉を使ってこんどは私から向こうの人へ手渡す。
思惑通り受け取った相手に思わずほくそ笑む。
ふふん!!どうよ!!扉の主!!
私の素晴らしい食レポと実際に素晴らしいカヌレに右手が疼くでしょう!!
食べたくて仕方が無いでしょう!!
私が作ったカヌレではないのだが(そもそも作って頂いた側)私は自信たっぷりに返事を待つ。
そして一分後、メモだけが返ってきた。
……お皿は返って来ていない。
これは成功なのでは……!?
私が次こそと思いメモを読むと、そこにはまた達筆な字でこう書かれていた。
『美味しいです。でももう私に向けてメモを書くのはお辞め下さい』
……『美味しい』!?!?
「……やったわ!!」
私は感動のあまり小さくガッツポーズをする。
後半の文字はもう無視をする事にする。
私が作った訳では無いけれど何だか嬉しい。
一人で日中を過ごすなんて寂しくて暇なだけだと思っていたけれど、思わぬ所で食事仲間ができてしまった。
「このカヌレの美味しさを分かち合えて嬉しいわ。……これからも一緒に食べて下さらない?」
そう扉に向かって話しても返事は無い。
けれど、私がこれから食レポをし続けることはもう決定事項だ。
……そういえば『セッちゃん』に関しては何も触れられていない。何だか少し悲しいような……。
その後一応返ってきたメモを引き出しの奥深くへ隠すことにした。
別に約束は破っていないが、レオは如何せん慎重なのだ。変に疑われて喧嘩なんてまっぴらごめんである。
そうしている内に窓の景色はすっかり夕刻のものへとなっていた。
「……ティア、ただいま。良い子にしてた?」
「……きゃっ!!……何だレオか、お帰りなさい。ええ、何事もなく過ごしていたわ」
いつの間にか背後に立っていたレオに声をかけられ思わず声が漏れる。
ふふ、何事も無くはないのだが先程の事は内緒である。
その後、レオと夕食を共にする。
やはり、誰かと食べる食事が一番ね。明日もレオが居ないときは向こう側の人と一緒に食べよう。
私がぼんやり考えているとレオが私をじっと眺めていることに気がついた。
思わず身構える私にレオは笑って言った。
「……今日何をしてたか聞かせてよ、ティア」
「えっ、きょ今日はね、室内で運動をしたり食事をしたり……普通よ、普通!!」
「へえ、『普通』ね……」
予想していなかった質問に思わず鼓動が跳ねた私にレオはただ微笑む。
盆踊りしてましたとか、食レポ仲間作りましたなんて流石に言い辛いためあえて言葉を濁して伝える。
……何だか悪いことはしていないけれど居心地が悪いわね。
私は空気を変えたい一心で話題を変えることにした。
「……あっ、そうだわ!アレンに手紙を書いたの。渡してくれないかしら?」
「……。ああ、そうだったね。俺から彼に渡しておくよ」
あれ?もっと空気が重くなったような……。
レオの美貌は影を落としたように暗い表情だ。え、何か駄目なこと言っちゃったかしら。
レオは笑っているが瞳は冷たい。確定演出だ。……現時点で分かることはレオは何かに怒っていることだけだ。
しかし、何に怒っているかの見当がつかない。
非常に困った……。私がレオを見つめるとレオは少し棘を含んだ声色て言った。
「……俺はティアと半日も会えなくて、気が狂いそうだったんだけどな」
……??急に何を言い出すんだろう。
『気が狂いそう』??レオは見るからに正常である。
私は数秒間固まって返答を考える。
むむむ、この問題文は何を表しているでしょう。というテストの問が頭に浮かんでくる。
……分かったわ!!『寂しかった』ってことね!?
若干不安だが、私はそれを答えとすることにした。
「ええ、私も寂しかったわ」
「……っ。嗚呼、ティアも同じ気持ちなんだね、嬉しいなあ」
レオは頬を赤らめ心から嬉しそうに笑う。
ひとまず回答は合っていたようだ。ふぅ……安心したわ。というか、レオも寂しくなることがあるのか。きっと一人で食べる食事の寂しさを知ってしまったのね……。分かるわ、その気持ち……。
というか、今の姿のレオが笑うと美しすぎて目が潰れそうになる。私もそこそこ美人な方だが、レオの隣に並ぶと所詮引き立て役である。
……ヒロインなら、違うんだろうな。
なんて考えてしまう自分が嫌だ。私は無意識にブンブンと首を振る。それをレオはずっと眺めていた。
「やっぱり、ティアを見ていると飽きないよ」
「レオは変わっているわね。私なんて見ても面白くも何とも無いのに。」
「ううん、世界一楽しいよ」
「もう、レオったら」
レオは相変わらずお世辞が上手い。自惚れてつい自分が話し上手なのではないかと錯覚してしまう。
いやいや、勘違いするな自分!!これはレオの優しさよ!!優しいウソよ!
夕食を追え、バスルームでひとり。
行儀が悪いが、口を湯船につけ泡をぶくぶくと鳴らす。
湯船には薔薇の花弁が散らされている。……庭園の薔薇かしら?
この宮殿って薔薇がそんなに好きなのね。
ゲームのセレスティアも取り巻き達からよく「薔薇のようにお美しい」と言われていたっけ。
今の私は近頃食べ過ぎでおデコにポツンとニキビが出来てしまっている。
きっとゲームのセレスティアはずっと努力を続けてきたのであろう。
だからこそ才色兼備な悪役令嬢となったのだ。
……やってることは最悪だったけれどね。
何だかセレスティアを毛嫌いしていた自分が少し嫌になる。
セレスティアの成績が優秀なのも、薔薇のように美しいのも、取り巻きが沢山居たのもきっと彼女自身の魅力なのだ。
……今日からスキンケアもちゃんとしようかしら。
『セレスティア・ヴァニラ』として平凡な幸せを掴む為には容姿を磨いて損は無い。
考え込んでいるうちにすっかり逆上せてしまった私はパタパタと扇子を扇ぎながらお風呂から上がったのだった。
お風呂から上がった私の前にはレオと、一つのベッド。
……そう言えばこの部屋ベッドが一つしか無かったわよね。それもキングサイズの。
私は現状を理解して焦る。
こ、これは……!!『一緒に寝る』パターンなの!?
お飾りの婚約者にここまでするなんてレオの演技力、恐るべし……。
でも他の女と同じベッドで寝たなんて知ったらレオの未来の妻は嫌だろう。なんとか回避せねば。
固まる私にレオが甘く囁く。
「ティア、今日の俺と君同じシャンプーの匂いがするね」
「え。ええ、そうね」
その顔面国宝級のお顔でそんなゲームのようなセリフを囁かれて、思わず腰が砕けそうになる。
危ない危ない。レオは無意識に言っているだけなんだから。
同じくお風呂上がりのレオは、美しい漆黒の髪に水滴が滴り頬も少し赤らんでいる。
まるで、乙女ゲーのスチル絵みたいね……。
なんだか美しすぎて逆に冷静になった私はそそくさとソファへ小走りで向かう。
「私はソファでも大丈夫だから……じゃあおやすみなさいレオッ!!」
これ以上色気のあるレオを見ていると骨抜きにされてしまいそうだ。私はそう言い捨てると目を瞑り狸寝入りをした。
チラリと薄目を開けるとレオは呆気に取られているようだった。
よし、これでレオもレオの未来の奥さんも傷付けないわね。
「やっぱり、ティアは一筋縄ではいかないね」
レオはそう言って此方へ歩み出す。
でもその顔はどこか愛おしげだ。そして私を姫抱きするとベッドへ運んだ。
(……!?どうしましょう、目を開ける訳には行かないし……)
焦るが、それを顔に出さないよう務める。
今の私は寝ている設定なのだ。
そしてレオは自分も同じベッドに入ると私の額にキスをして囁く。
「おやすみ、ティア。……既成事実はまた今度でいいか」
後半は声が小さくて聞こえなかったが、どうやら寝てくれるようだ。
私もバクバクとなる心臓を押さえつけ目をギュッと瞑る。
また薄目で横を見ると、有り得ないくらい美しい人間が眠っている。
心臓、朝まで持つかしら。
すると私はある事に気が付いた。
あ、スキンケア忘れてたわ。……と。




