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今日も今日とて、留守番です。







そうして「公務なんてしたくない」と駄々を捏ねながら部屋を出て行ったレオを慰めつつ見送った私は腹筋に勤しんでいた。



「……ふんっ、ふんぬぅっ……!!」


日頃の運動不足が祟り情けない声が思わず漏れてしまう。

今は12回目なのだが、もう腹筋の『これ以上僕を虐めないで!!』という幻聴さえ聞こえてくるくらいにはキツい。

しかし、ひたすら無心で身体を引き起こすしかない。



「……じゅうくっ、…っ、にじゅうっ!!」



取り敢えず目標の20回には到達したわ……。

偉いわよ!セレスティア・ヴァニラ!!

流石天下の悪女!!ヨッ、最高よ!!

……と、脳内で褒めに褒め自身のモチベーションを高める。

目指すはどんな農作業や家事や肉体労働をしてもくたびれない身体である。

これを毎日続ければそれも夢では無い。




前髪が額に張りつく程汗をかいてしまった。

取り敢えず、冷たい紅茶でも飲もうかしら。

今の時期は冷たい紅茶とレモンがよく合う。

私は昨日レオと話した事を思い出す。




ええと、確か何か欲しいものやしたいことがある場合はメモに書いて扉の下の隙間に入れろ、と言っていたわよね……。




チラリと見てみると、メモは机の上に置いてあった。その隣にはご丁寧にペンが立てられている。

私はそれを手に取りペンを走らせる。

よし、『冷たい紅茶(出来ればレモン付)』……っと。

こんな小さなことでメモに書いても良いのかと少し悩んだが、この際良しとする。




まあ、あと数ヶ月の関係なのだ。

最後に少しくらい贅沢してもいいわよね。

でも、何で部屋に冷蔵庫があるのに食事や紅茶をメモに書かなければいけないのだろうか。

不思議だが、こちらはお世話になっている身なのだ。無理に詮索はしないでおこう。




私は早速書いたメモを扉のしたから向こう側へ送る。

……?この扉の隣に異様に小さい扉があるわね……。こんな小さな扉、猫とか犬しか入れないんじゃないの?

何故こんなものを作ったか謎でしかない。

すると、誰かがそのメモを受け取る音がした。レオは公務と言っていたから、きっと侍女であろう。

誰か分からない人間の支給までさせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。




因みにこの扉はこちら側からは開かないらしい。

もう、そんな事しなくても『私、皇太子の婚約者で〜っす☆』なんて周りに吹き込んで迷惑なんてかけないのに……。

レオの慎重な性格らしいっちゃらしいわね。





メモに送ってから数分後、先程の扉の隣にあった異様に小さな扉が開いた。

そこからお盆にのったアイスティーがこちらへ手渡された。

その扉は私の所望したものを渡す用なの!?!?と、心で驚愕する。




どこまで慎重な男なのよ……レオ。

ここまで来ると私はもう尊敬の気持ちでいっぱいだ。

手渡されたときに気が付いたが、骨や筋肉の付き方から用意してくれたのは男性と言うことが分かった。

執事かしら……?誰だとしても本当にありがたい。




私はゴキュゴキュと喉を鳴らしアイスティーを飲み干した。

くぅ〜!!染みるわ〜!!

みっともないけど、ここには私一人しかいないからいいわよね。

ベッドも飛び跳ね放題だわ……!!まあ淑女である私はそんなことしないけれどね。




よし、レオが帰ってくる夜まで暇だしアレンへの手紙でも書こうかしら。

レオが許可してくれたのは意外だった。

やっぱり私にもう脈は無いのね。……少し寂しいが平穏ルートが近ずいているので結果オーライだ。




この部屋には何でも揃っている。

本に鉢植え、スケッチブックにボードゲーム。部屋の中でできるありとあらゆる揃っているようであった。

私は昨日レオから貰った見取り図から『レターセット』の欄を見つけ、本棚の取っ手を引く。

すると、レターセットが10種類程入っていた。……全て高価なものである。

そういえば、先程メモを書いたペンの先っぽにもダイヤが埋め込まれていたな。





思わず壊したときを想像してしまうのは、前世の貧乏魂の名残だろうか。

私は多数のレターセットからパステルカラーの黄色に、赤色の花が描かれた手紙を選択した。

思いっきりイメージカラーで決めてしまったがアレンに似合う良い柄である。





うーん、何と書こうかしら……。

アレンと手紙の交換はしたことが無いため、少し緊張してしまう。

というか友達と手紙交換なんて何十年振りであろうか。……いや、別に交換する相手が居ない訳じゃないし、ぼっちじゃないけどね。





『アレンへ


いかがお過ごしでしょうか。

この前は私からお願いしてお邪魔していたのに勝手に出て行ってしまってごめんなさい。


今私は宮殿の中に居ます。

私は元気にやっているので心配しないで下さい。

アレンは元気ですか?お返事待っています。


追記:お菓子の食べ過ぎで虫歯になったり、深夜までボードゲームをして睡眠不足にならないように


ティアより』




……よし、書けたわ!!

あとは赤色の蝋燭を垂らしてスタンプを押して……っと。

これはレオが帰ってきたら渡して欲しいと頼もう。

運動もしたし、手紙も書いたし今日やるべき事は全て終えてしまった。





余談だが、私はブラック企業時代の名残で何もしていない時間というものが苦手である。

廊下に突っ立っているだけで罵声が飛んで来たり脛を蹴られた経験から『何かする為に動いている』と言う状況にいないと焦ってしまう。



ルーデンス家に居たときはほぼニート状態だったが一日中アレンと一緒だった為、『話す』と言う行動が出来た。

しかし、今はだだっ広い部屋にただ独り。

何をして過ごせばいいかが分からないわね……。



何をするにしても、どうせなら普段出来ずここでしか出来ないことをしたい。

そうして私が辿り着いた結論。





それは━━━━ひたすら踊り狂うことであった。



「エッサホイサ、エッサホイサッ!」



何を言っているのか分からないでしょう。

大丈夫、私も自分に引いているところだ。

しかし、大きな部屋に1人だけ。

誰も見ている人が居ないこの状況でしか出来ないことなのだ。

もし実家でこんなことをしていたらメイド達から本格的に頭の病院を進められ、執事には呆れられ、両親を泣かせてしまうだろう。




しかし、今はどうだ。

誰も無様に踊る私を笑わないし止めない。

それに身体中に丁度いい負荷がかかって良い運動にもなる。



因みに私は前世でダンスなどロクにしたことが無いため、小学校まで夏休みに友達と行っていた夏祭りの盆踊りを踊っている。


まるで中心に太鼓があるかのように一人で円形に回っていく私はうろ覚えに両手を頭の上に突き出したりグルグルと回す。


「アヨット!エッサホイサッ!」





そうして一時間程経った後だろうか。

チリン、と鈴の音が鳴った。音の鳴った方へ目線をやると、犬猫サイズの扉が何者かにノックされているようだった。




私がその扉を開けると、美味しそうなアクアパッツァがお盆に乗せられてこちら側に送られてきた。



「え、昼食まで用意してくれるの!?それに、アクアパッツァなんて手のかかったもの……!」



私が感動していると、扉がバタン、と無機質に閉められた。

またしても手元しか見えなかったが、どうやら先程と同じ人だと言うことが分かった。

……私今まで一人で盆踊りを踊って、今は一人で話しているのね。

あれ?目が滲んできたような……。




というか扉の向こうの主は、一言くらいこちらに何か言って欲しいものである。

こちとら朝から一人っきりで孤独ライフを満喫しているのに。






バクバク。モグモグ。

アクアパッツァを咀嚼して飲み込む。

まあ、この鯛淡白な味わいだけれど身がギュッと詰まっていて美味しいわ……!

トマトにも塩味が染みていて最高……!

アサリもいい味出してるわね……。




脳内で一人食レポをして寂しさを紛らわす。

学園にいた頃は昼食の時間以外一人でもほぼ平気だったのに……。

いや、あの時もちょっっとだけ寂しかったけれど。

今は平穏ルートを通っている訳だから一人で居る意味が無いのだ。




そういえば学園は休学ということになっているらしい。学園は私がまさか皇太子と婚約をしたなんて知らないでしょうけどね。

直ぐに解消するんだし、これからも知らないだろう。





この料理の美味しさを誰にも伝えられない悲しさだけが募る。

レオは夜に帰ってくるらしいが、今は正午頃であろう。きっと三時にはお菓子も来るんだろうな……。

そのお菓子もきっと頬っぺが落ちるくらいに美味しいんだろうな……。




ううう、誰かに伝えたい。分かち合いたい。

美味しさを語り合いたい。

でも、レオには他人と目を合わすことも話すことも駄目って言われてるしな……。




辛いけど我慢するしか……ん?

アレンとの手紙はオッケーだったわよね。

つまり紙なら良いって事よね?

だって目も合わさないし、直に話す訳じゃないし。

私はニヤリ、と笑う。

……我ながら良いアイデアを思い付いてしまった。






横目で扉を見る。

そして右手にメモ、左手にペンを持つ。

ふふふ、これで思う存分食レポができるわよ……!





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