今日も今日とて、食べ過ぎです。
困惑を誤魔化すようにスコーンを食べ続け、いつの間にかお皿が真っ白になっていた。
慌ててお腹を触ってみるとお腹がぽっこりとしている。やばい、やばいわ。
アレンの家でのニート生活に続いてスコーンを両手では数え切れない程食べてしまった。
私が絶望しながらお腹をさすっていると、レオは笑って言った。
「ティアのお腹、前より少し膨らんだ?」
「……え」
今の心境を表すとしたら『絶望』である。
その一言は私の心の奥深くへと突き刺さった。
腹を指でつついても返ってくるのはぷにっという弾力だけであった。
間違いない、確実に太ったわ。
そ、それも好きな人にそれがバレるなんて乙女としては死と同等よ……!!
私はショックで何も言えないでいると、レオは笑って言った。
「ティアの体積が増えて、俺も嬉しいよ」
「た、たいせき……?」
レオはどうして私がショックを受けているのか、心から分からない様子だった。
人間の体重を『体積』だと考えたことの無い私は一瞬理解に苦しむ。
いやいや、私は良くないのだけれど……!!
というか何で私の体重が増えてレオが喜ぶのよ!!
と、心の中で怒る。
「えっと、レオ?私は太ってしまうとドレスが着られなくなるしスタイルも悪くなってしまうから困るのだけど」
「ティアは太ってなんかいないよ。それに、もしそうなったとしても君の容姿だけを見て寄ってくる害虫が減るし……」
俺としては、どちらでも良いんだよね。
と、言って微笑むレオ。私としては複雑な心境である。ひょっとして慰めてくれているのだろうか。
きょ、今日から体を動かすわよ!天下のセレスティア・ヴァニラがお腹ぷにぷにでは示しがつかないわ!
と心で自分を激励する。
まずは食事制限ね。
しかしこれに関しては失敗する予感しかしないので
私は運動をすることを心に決める。
食しか楽しみが無い人生って。トホホ……。
前世でもストレスは全て食欲でごまかしていたからそれが引き継がれているのであろうか。
取引先との契約が取れなくて上司にビンタされた時は、コンビニで大量の「んーまい棒」という駄菓子を両手に抱えて買っていたなあ……。お金無かったし、駄菓子でしか豪遊が出来なかった。
あの頃は若かった。と中年のようなセリフを脳内で呟く。
いや、今も体はピチピチなんですけどね!?
前世も合わせるともうすぐ四十路になってしまう事実は徹底的にガン無視を決め込むことにする。
では、残るは運動である。
いざと言う時に逃げる訓練をするという意味でも、今から体力を付けておいて損は無いわね……。
と、私が脳内でダイエット計画を立てているとレオが一枚の紙をこちらに向かって差し出した。
「ここの見取り図だよ。本当はもっと広い部屋を用意したかったんだけど、計画が早まったから部屋まで手が回らなくて……ごめんね、ティア」
レオは申し訳なさそうに言ったが、私は驚愕した。
……クローゼットだけで私の部屋と同じ大きさなのだけど。
ここが狭いと言うのなら私の家は何だろう、犬小屋かしら?と心で苦笑する。
その紙をまじまじと見つめる。
キッチン、トイレ、ベッドに机。
クローゼットやドレッサーの中に入っているもの……。など、事細やかに図と説明が書いてあるものだった。
え、クローゼットの欄に付箋でドレスの数をメモしてあるのだけどこれ、数桁を間違えていない??
何度目を擦って見ても『ドレス→460着』という文字は変わらない。
もし桁を間違えていたとしても、私の持つドレスの量より余程ある。
ドレスだけでこれなら、他にクローゼットに入っていた靴やアクセサリーを合わせるととんでもない量になってしまうであろう。
「……量がすごいわね」
それしか言えなかった。ドレッサーの中には宝石や陶器、ミニチュアなどもあるらしい。
きっと全て気が遠くなるくらい高価なことくらい見なくても分かる。
私の言葉にレオはまた顔を暗くした。
「やっぱり……少ないよね。ティアに似合いそうなものを俺が一つ一つ厳選したら当初の予定の三分の一程度になっちゃったんだ」
「さ、三分の一!?!?これで?!」
私の『これで?!』はこれだけ多い量で、という意味で発したのだが、何故かレオは何故かこう返答した。
「大丈夫だよ、ティア。明日までにあと600着程用意させるから待っていてね」
「いやいやいやいや、結構よ!!もう充分すぎるくらいよ!!この二十分の一でも多いくらいよ!!」
「……え?あははっ、ふふっ」
私が慌てて否定すると、レオは今度は笑った。
何故だかツボに入ったのか、肩が震える程笑っている。
私にはその理由が全く分からない。
「……レオ。気持ちはとても嬉しいけれど、こんなに沢山のドレスやアクセサリーは私要らないわ」
私が続けて突き放すようにそう言うと、レオはますます笑った。
え、本当にどうしてしまったのか。私、変な顔をしていたかしら?
レオは一頻り笑った後、目尻の涙を拭いながらこう言った。
「やっぱりティアって、変わってる」
「……それ、前にも言われた覚えがあるわ」
「うん、言った。だってティア他の女の子なら喜びそうなものに喜ばないし」
折角レオが用意してくれたドレスを私が『要らない』と言ったのに、レオは酷く嬉しそうだ。
……私からすればレオの方が余程変わっている。
「そういう所が可愛いんだけどね」
と笑うレオに私は訳も分からずただ顔を赤くすることしか出来なかった。
それを誤魔化すように手元の紙に目を移すと、ある事に気が付いた。
「……ねえ、この見取り図この部屋の事しか書いていないわ。私、宮殿の中の道なんて地図無しじゃ絶対に分かる気がしないのだけど」
「え?ああ、大丈夫。だってティアは当分はこの部屋で生きて行くんだし」
私を安心させるように優しく微笑むレオに私は愕然とする。
そして、全てを理解した。
やっぱりレオには、私と結婚する気が無いのだ……と。
宮殿に私を出したくない理由。
それは、親(国王)に私を合わせたくないのだ。
それに城の他の人間に見られたくないのは、私が本当の運命の人だと思われたくないのね。
名探偵セレスティア・ヴァニラはピカっと閃いた。因みに、『ピカっと閃いた』は私が前世で幼少の頃から見ている女児向け探偵アニメでのセリフの抜粋である。
なーんだ、レオもやっぱり婚約はしたくないのね。こんな食い意地だけ張ってる女子力皆無の女、普通に考えて嫌よね。
そう考えると、今までの悩みが吹っ飛んでいく程の爽快感を得られた。
私は笑顔で肯定する。
「……そうよね!それが良いわ。私が他の人に見られずに済むしね」
極力人に見られない方が、婚約破棄がスムーズに行えると言う事ね。流石レオである。その辺も抜かりがない。
私の返答を聞いても、レオはニコニコと笑みを浮かべたままだ。これはもう、確定しているのではないか。
「良かった、ティアが賛成してくれて。俺まで首輪を用意する所だったよ」
「うふふっ、面白い冗談ね」
んもうレオったら。そこまで結婚が嫌なのね!
思わずテンションが変に高くなるくらいに嬉しいが、女としての魅力ゼロの自分に少し悲しくなる。
するとレオは憎々しげに言った。
「俺は公務があって、朝と夜以外この部屋に帰って来られないんだ。ティアと一日中共に居られないなんて……後で覚えていろよ」
「そうなの!?私の事は全く気にせずに公務に励んで頂戴な!!」
「ティア、君は本当に優しいね」
レオが公務で昼は留守にすると言うことは、昼に逃げ出せるのでは?
もしかして、その為にレオも仕事を入れているのでは?
……と頭でガッツポーズをする私。
「……ああ、言っておくけど。俺以外の人間と目を合わせたり会話すること、この部屋から出ること。この二つだけは絶対しないでね」
━━━━━━もし破ったら俺、怒っちゃうかも。
レオは冷たい瞳で笑ってそう言い放った。
分かっているわ、平和な婚約破棄にはできるだけいざこざが無い方が良いものよね。
部屋から出るな、ってことは私が逃げ出して婚約破棄ルート、では無く正式に両者の納得の上の婚約破棄をしたいってことね。
ああなんだ!!やっぱり私の平穏ルートは安全じゃないの!!
オーッホホ!!と内心高笑いをする。
「もーちろんよ!レオ、約束するわ」
私は勢い良くそう返事を返す。するとレオは目尻を一層下げて笑みを深めた。飼い主がペットに向けるような、『よく出来ました』と言いたげな笑顔だ。
「良い子だね。ティア」
レオは私の頭を撫でる。
私はそれを止める事さえ忘れて、これからの未来を想像する。何だかレオとは婚約破棄をした後も友達になれるような気がした。
まあ、 アレンだけだと彼と約束したから、友達じゃなくて『仲の良い知人』というカテゴライズに分類するだろうけどね。
「あっ、話しては駄目ということは手紙ならいいのかしら。だとしたら、アレンと文通させてほしいのだけど 」
「……。良いよ、彼はティアの大事な友達だしね」
前は『嫉妬する』とまで言っていたアレンとの文通を許すなんて、やはりもうレオは私に気が無いことが丸分かりだ。
うふふ。これで私の平穏ルートは元に戻ったわね。
後はレオから婚約破棄の話を持ち掛けられるのを待つだけよ……。
私はニヤリと内心ほくそ笑む。
婚約破棄されるまで、この部屋で運動と筋トレでもしようかな。
今日は手始めに腹筋でもしてみようか。
未来の旦那様の為には農業、漁業、稲作、建築、家事……。何でも体力が必要だものね!
私、立派な主婦になってみせるわ。
この部屋にはキッチンもあるし、料理の練習も出来るわね。
でも、先程大きな冷蔵庫を開けたら信じられない程の大量の食材たちが鎮座していた。
これは、己と食欲との戦いでもあるわね。
脳内でボクサー姿の私が食欲を殴っている所を妄想する。
よし、何だかなんとかなる気がしてきたわ!!
そうして微笑む私をみて美しく笑うレオ。
「暫くはこの狭い部屋で過ごさせてしまうけれど、君の我儘なら何だって叶えるから。……あの約束以外の事柄ならね」
「いやいや、大丈夫よ。寧ろ広すぎるくらいよ」
『暫く』。その言葉が指すのは永遠では無い。
レオの期待通り、宮殿の人間に見付からずに出来るだけ短期間で抜け出せる方法を探さなければ。
……あの二つの約束が後々波乱を生むことなんて、今の私は考えもしなかったのだ。




