今日も今日とて、迎えに来る。
アレンの言葉に頭が真っ白になった私は目を開ける。そこには、レオじゃないレオがいた。
「ティア、みーつけた」
まるで隠れん坊をしている子供のような、無邪気な声色。けれどその瞳は笑ってはいない。
その人物をまじまじと見つめる。
声やスタイルはレオと瓜二つ。けれど、纏う空気が全く変わっていた。
口以外を覆っていた烏の濡れ羽色の髪は、美しく切り揃えられ今では瞳が外気に触れている。
その紫の瞳は、アメジストのように暗闇でキラキラと輝く。
思わず息を飲んでしまう程の美しさだった。
しかし、ずっと見ていると呑み込まれてしまいそうな恐ろしさもある。
けれど、目を離すことが出来ない。
全ての顔のパーツがまるで神に決められたように存在し、まるで西洋絵画を鑑賞するかのように引き込まれる。
美しい、イケメン、美形……なんて安直な言葉では言い表せない程であった。
だ、れ。この人。
私の知っているレオではない。私の知るレオはいつもホンワカと笑っていて、長い前髪で目を覆っていた。
こんなに、見つめられるだけで気張ってしまうような男では無かった。
この人はレオではない。
ゲームの中の皇太子、レオナルド・アーサーそのものだった。
そう理解した瞬間、身体中の毛穴と言う毛穴から汗が吹き出した。
見つかった??捜しに来たの??どうして此処にいるって分かったの??
疑問が頭でぐるぐる回る。
焦る私を庇うようにアレンが前に出る。
そしてレオナルドに冷たく言った。
「おい、何しに来たんだよ。……今帰ればぶっ殺さずに見逃してやっても良いんだぜ」
「ねえ、手」
レオナルドは焦る訳でも怒るわけでもなくそう言った。
アレンの言葉への返答になっていない。
反射的に自分の手を見ると、幽霊かと思って驚いたときにアレンの腕を掴んだままだったことに気が付く。
「ティア、俺以外の男に触れるなんて酷いなあ」
俺、傷付いちゃった。と微笑むその男に得体のしれない恐怖が湧いてくる。
先程から言動と表情が一致していない。
窓を蹴破って部屋に侵入し、傷付いたと言う男。
しかしその表情はいつものレオのように優しく微笑んでいる。
「……っ、返答になってねぇんだよクソ男っ!!……!?」
そんなレオナルドに痺れを切らしたのか、アレンが殴り掛かる。
しかし、勢いよく振り被った右手は空を切った。
アレンは困惑しているようだ。
レオナルドが殴られる寸前に避けたようだった。殴られかけても尚、その表情は張り付いているように笑ったままだ。
「ティア、俺ずっと君のこと見てたんだ。ずっとずっと、君だけを想ってね。でもティアったらその男に食事を食べさせ合ったり一緒に寝たり……。挙句の果てにはキスまで許していたよね」
「レ、レオ……?ずっと見てたって何のこと……?」
「っ!ティア!!そんな男の話なんて聞くな!!」
アレンが力強く叫ぶ。けれどレオナルドは話すことをやめない。
「俺、今怒ってるんだ。ティアが想像する以上にね。……でも俺、好きな子には優しい質だから」
「……っ!!なん、だこれ………っ」
レオナルドが私の方までゆっくりと歩んで来る。
私はカタカタと震える。しかし、震えが段々と止まった。それは怖くなくなったのでは無い。
身体の自由が効かなくなっている……?!
私がそれに気付くと同時に、アレンが呻き声を出した。
驚いてアレンの方を見ると、自身でも何が起きたか分からない様だった。
レオナルドは優しい声色で話を続ける。
「……遅延性の毒だよ。君達の食事に混ぜたんだ。……ああでも、ティアの方のは身体に害が無いものを選んだからただ短時間身体が動かなくなるだけだよ」
そのまま私の方まで歩みを進め、立ち止まる。
声色は優しいが、瞳は冷たい。
でも頬はほんのりと色付いていた。
何の感情を持って私を見ているのかが全く分からない。
「っ、レオナルド!貴方との婚約は解消した筈よ!それに捜さないでと手紙にも……」
「ああ、君から俺へのラブレターはとても嬉しかったなあ。……『レオナルド』って何?『レオ』でしょ?」
「……っ!」
会話になっていない。レオは私の頬を優しく撫でる。愛おしげに撫でるその男はやはりゾッとする程に美しい。
「オイ!!クソ男、ティアに触んじゃねえよ!!ティアの頭を踏んだりする様なクソ野郎は、ティアには相応しくねぇんだよ!!!」
「ティアの頭を踏む??俺が?……やはり君は精神が可笑しいみたいだ。だからティアにこんなセンスの欠片もない首輪を付けたんだね」
レオは突き放すように言い放つ。
え?!アイツってレオのことだったの!?!?
ごめんなさいレオ。私のせいで冤罪を被せてしまったわ……!!
心の中で謝るが今はそれどころでは無いことに気付く。
アレンと話している筈のレオは私から決して目を離さない。
ずっと、私だけを見つめている。
「それで、先程の話の続きなんだけど。俺は好きな子には優しいんだ。……だから今俺の所へ帰って来るなら、コイツを殺さないでいてあげる」
『コイツ』その言葉が指すのがアレンだと理解した瞬間に頭が真っ白になった。
殺す??レオが??アレンを??
思わず私の目に涙がじわりと浮かぶ。しかし、身体は思う様に動かない。
レオが人差し指で私の零れ落ちた涙を掬う。
私は必死で弁明する。
「あのね、レオ。貴方が本当に好きになるのは私では無いの。私とでは貴方は幸せになれないの……!」
「ははっ、面白い冗談だねティア。……本当に俺の琴線に触れるのが上手いんだから」
すとん、とレオから表情が抜け落ちる。
それに私は震える筈の無い身体が震えるのを感じた。
本当なのよ。貴方は主人公と結ばれるのよ。悪役では駄目なの。
それに攻略対象と関わった私に待ち受けるのはBADENDしかないのよ。
それを伝えるかの様に私はレオを睨む。
「レオ、……っ!!」
「ふふ、かーわいい」
目が合った瞬間、レオは動くことのない人形の様な私に噛み付くようにキスをした。
そして唇が離れると、また愛おしげに笑うのだ。
ペロリと舌で切れた口の端を舐める仕草が艶めかしい。
私がチラリとずっと黙っているアレンの方へ目線をやると、もう口まで痺れが回り話すことができないようだった。
私のせいで、アレンが……。
私がアレンにに出来ることは一つしかなかった。
「……分かった。私、レオと行くわ」
「……!?ティ、アッ………!!」
私は心を決める。
大切な好きな人に幼馴染を殺させたくない。大切な幼馴染が好きな人に殺されたくない。
私は、戻ることを決めたのだった。
話せない筈のアレンが小さく私の名前を呼ぶ。
その捨てられた子供のような、今にも泣きそうな顔に心がチクリと痛んだ。
「良い子だね……。ティア」
そう言って優しく微笑むレオが記憶の中のレオと重なり胸が熱くなる。
でも、いくら好きでも彼に必要なのが私では無いことに気が付いてしまったのだ。
彼が私を迎えに来たのは、小さな独占欲。
決して私が彼のルートに介入できると言う訳では無い。
思わず自惚れてしまいそうになる自分を心の中で叱り、言い聞かせる。
今から一年後には、主人公が現れて貴方の救いとなってくれる筈だから。
もしくはゲーム通りに進めば四年後には必ず会える筈よ。
言いたいけれど、口が上手く動かない。
でも、でも……。
それまでの、代替用品になるなんて辛すぎる。
結婚しても、本物の運命にレオが出会ってしまったら……?
私はきっと、捨てられる。
そんな思いするくらいならもういっそ全てを捨てて、知らない土地で知らない人と平穏に暮らしてしまいたい。
宮殿で、いつ捨てられるか分からない地獄を味わうなんて嫌だ。
レオだってきっと、彼女と出会ったら私との思い出は黒歴史として心の奥に封印してしまうだろう。
心がどんどん沈んでいく。
そんな私にレオはひたすら優しく微笑みかける。
そしてずっと私の名前を呼んでいた。
「ティア、ティア。……俺だけのティア」
段々と毒が脳にも回ってきたのか、視界がぼやける。
私は、最後の力を振り絞ってアレンの居る方へ言う。
「だ、いじょぶよ、あれん。どこにいっても、あなただけがわたしのとも、だちよ」
この言葉がアレンに届いたかは分からなかった。
最後に私の額にレオがキスするのを感じながら私の意識は途絶えた━━━━━━。




