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今日も今日とて、お見合いする。



アレンとのお見合いは私の屋敷の庭園で行われることとなった。余談だが私の屋敷はそこそこ大きく専属の庭師も居る。セレスティアが傲慢になる気持ちもすこーしだけ分かる気がする。



自分の胃の痛みを感じつつ、クローゼットの奥に隠れていた(比較的)地味なドレスを着た私は取ってつけたように笑う。

あれ?この痛み前世も感じていたような……。

そんなことを考えていると、ボリボリと何かを貪る音が聞こえてきた。目線を向けると宿敵の相手がいることに気が付き、慌てて笑顔を作る。



「はじめまして。私、セレスティア・ヴァニラでございますわ」


よし、我ながら完璧な挨拶ね。プライドが高い故、マナーの講座はしっかりと受けていたのである。

スカートの裾を少し掴み、軽く頭を下げる私に、アレン・ルーデンス(7歳)は言った。



「うるせぇな、俺に媚びへつらってんじゃねえよ」



……はい?

遠慮というものを知らないのか、人が所有する庭園のベンチに脚を広げて座り、料理長手作りのクッキーをボリボリと食べる美しい少年。

対して、ご丁寧に挨拶をする私。何方がおかしいのかは明白だ。



「おい、いいからクッキーのおかわり」



まるでメイドを呼ぶかのように私に真っ白の皿を押し付ける。

その不躾な少年は間違いなく、幼少の頃のアレン・ルーデンスであった。燃えるような赤毛の髪に同じく真紅の瞳。

見惚れる程美しいその少年に私は無意識に、



「うわあ、有り得ないわね」


—そう呟いていた。








拝啓、お父様、お母様。


私は齢7歳にしてもう生命の危機に脅かされています。今まで愛情を込めて育てて下さってありがとうございます……。

先程までの記憶が飛んでしまったのかと呆れるほどに、自分が馬鹿すぎて汗がじわりと額に滲む。

ああ、肝心な所でミスをするのは前世から変わらないのね。

遠い目をしている私にプルプルと怒りを込めるように震えるアレンは叫んだ。



「おい、今のどういう事だ!!」



どうやら相当怒っているらしい。頬が髪色と同化するかのように赤くなっている。あ、いけないわ。

笑っては失礼よね、我慢しよう。

というか、何故私は怒り返されているのか。

もしやこの少年、自身の不躾に気が付いていないのかしら。



「どうもこうもありませんわ。貴方は公爵家として以前に人としてのマナーがなっていないように見えましてよ」



フン、とわざとらしく鼻を鳴らしてみせると、またまたボッと火がついたようにまた怒り出した。

耳まで赤く染まり、段々と首筋までも染まっていく。

駄目だ、笑うな自分。流石に不敬罪になるわよ。



「はぁ?!お前そんなこと言っていいと思っているのか。俺はルーデンス家の息子、アレン・ルーデンスだぞ!」



はい知ってます。しかし、『知ってます〜。乙女ゲームの俺様キャラアレン様ですよね〜』なんてことは言えない。

私もすっかり頭に血が上って、考えるより先に口から嫌味が溢れ出る。



「あら、そう言うなら私だって、ヴァニラ家の一人娘、セレスティア・ヴァニラですわよ」



気付けばこう口走っていた。

流石昨日まで伊達に悪役令嬢をやっていなかった。スラスラと嫌味が出るさまはまさにお見事。

自分の最悪な特技に感心していると、アレンが何も言い返さない事に気がついた。

今まで口喧嘩で言い返されたことが無いのであろう。アレンは目を見張ってただ呆然としていた。




しまった、言い過ぎたわ。と後悔しても時すでに遅し。

私は精神面では大の大人。

口喧嘩で子供も泣かせてしまうなんてあってはならない。私は今更焦っておろおろと彼を見つめる。



「お、おれはっ!ルーデンス家のっ、次期当主のっ、アレンなんっ、だぞっ!」



大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、アレンは叫んだ。

自己紹介のように彼は何度も自分がルーデンス家の息子であることを繰り返し主張する。

だから知ってるってば。なんて言えたらどれだけ良いか。……まあそんな大人気ないことはしないけれど。

ゲームのセレスティアはアレンのどこに惹かれたのであろうか。

セレスティアはアレンに対しては多少盲目的なところがあったし、アレンもセレスティアに対しては嫌いな素振りを見せていたから気づかなくても仕方ないかもしれない。



私がそんなことを考えている間も、ずっとアレンは声を押し殺して泣いていた。



あれま、泣かせてしまった。ひぐっ、ひっくと嗚咽を漏らして泣くアレンは年相応の少年に見える。流石に胸が痛くなってくる。前世の弟を思い出して、泣かせたことを後悔し始めてきた。



と、同時に流石にこの状況はまずい。今は2人きりだから良いが、誰かが来たら絶対誤解される。私のせいでルーデンス家とヴァニラ家の仲が険悪になるなどもってのほかである。

お父様とお母様の世間体にも悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。

今更になってダラダラと汗が流れ始めた私は、焦っていることを隠すように、余裕ぶってアレンの頭を撫で言った。




「ルーデンス家の一員であるなら、いついかなる時も凛とした佇まいで居なければいけませんわよ」




教えてやってるんだぞ、という謎の上から目線をかましているが、幸いそれを咎める人物はこの場にいなかった。

ああ、良かった。もしこの場にどちらかの執事やメイドがいたら……。考えただけでゾッとする。



「貴方は、ルーデンス家の将来を担う重要な人物です。これからはしっかりとマナーを守って下さいね」



今までの厳しい目から一点し、優しく微笑み語りかけると、アレンはキッとこちらを睨んだ。

努めて前世の弟に対してそうしたように、姉目線を意識してみる。

視線が突き刺さるが、先程泣いていた小さな子供だと思うと全く怖くない。



「そ、そんなこと分かっている!それよりお前は俺の婚約者候補なんだろ、いいから座れよ!」



アレンは服の袖で眼の涙を乱暴に拭くと、別に泣いてませんでしたけど?と言うような表情を見せた。

それに騙される訳は無いが、私は今日から優しい淑女なので黙っておいてあげよう。

ゲームのアレンは完全無欠な俺様って感じだったのに、こうして見るとただの子供だなぁ。




精神年齢が成人を超えてる私は生暖かい目で見つめるしかない。




それからは、街で流行っている娯楽やアレンの自慢や、アレンの自慢……と、段々と打ち解けてくれたのか誇らしげに自分の自慢を語っていた。

私はそれにそうですか〜、凄いですね〜、などと適当に相槌を打っていたのだが、アレンは気分が良さそうに頷いていた。




クッキーは料理長が気を利かせて追加で焼いてくれたのでそれを摘みつつお茶をしていると、アレンはもじもじとし始めた。何だろう、お手洗いの場所教えた方がいいのかしら。



「さ、さっきは悪かったな。お前の分のクッキーも食べちまって……」



あ、謝ってる〜〜!

私は感動した。反抗期の中学生息子が口を聞いてくれたような気分だ。いや、体験したことはないれど。

人間こんなに早く過ちに気が付き、自ら謝罪できるようになるのだろうか。子供の成長って早いわね。

いや、当の私がそうだった。




「いいんですのよ、料理長のクッキー美味しいですものね。伝えておきますわ」



そう微笑むと、アレンはまたまた顔を赤くした。

今の怒るところあったかしら?本当に怒りと泣く沸点が分からない子供だ。

そうしてすっかり日が暮れた頃、お互いをアレン、ティアと呼び合う仲になっていた。




━━━━━━━━━━一つ自分に言いたい。

仲良くなってどうするのよ馬鹿!

……まあ友達なら良いかしらね。あちらにもこちらにもその気は無いようだし。

こんなのは多少の誤差だ。自分に甘く生きるのもいいものよね。なんて自身を励ましてみる。




そろそろお見合いもお開きか、という時間になった頃である。門までアレンを送る時刻になると、私はすっかり疲弊していた。

今日は色々なことがありすぎて疲れてしまった。

ふかふかのベッドで早く寝よう。よし、これからアレンを見送ればミッションコンプリートね。

そう思って、少し早足で自宅の門を抜ける。するとアレンが突然、私のワンピースの裾を掴み引き止めた。



「ティア、お前を俺の婚約者にしてやってもいいぞ」



え、なんで?貴方を怒らせて泣かせたくらいのことしかしていないのに、どうしてその結論に至ったの?

あとどうしてそんなに上からの目線なの?

疑問が留めなく頭の中で廻っている。

顔が引き攣る私に見向きもせず、メイド達がきゃー、わー!と甲高く歓声を上げている。

顬がピクピクするのが止められない。私の平穏ライフを守る為だ、心を決めて伝えよう。私はすぅ、と息を吸い込み言った。



「ごめんなさい!無理です!」

「……え」



辺りを静寂が包んだ。当の本人だけでなく、メイド達も黙りこくった。恐る恐るアレンを見ると顔面蒼白、という言葉を顔全体で表している。

どうやら断られる可能性は考えていなかったらしい。



「お友達、お友達でお願いします!!」




またもや私が『お友達』を二回も強調して叫ぶと、メイドの一人が、お嬢様またもやお熱ですか!?と私のおデコに手を当てる。

普通の幸せを手に入れるには、貴方じゃ絶対無理なんです!!

美貌や権力、お金なんてものはいらないから、どうか普通の人と幸せに暮らさせてください神様!!



「お、お前、好きなやつとかいんのかよ」



涙が目を覆うアレンは私に尋ねる。うっ、泣かないで欲しい。良心が痛むではないか。


「い、いや恋い慕う相手等は居ませんけれど……」


食い下がらないアレンに驚きつつ返答を返す。

こういう所はゲームと一緒だ。俺様で独裁的、幼い頃からこんな感じだったのね。



「じゃあ俺でいいだろ!?」


私の両肩を掴み揺するアレンに目を回しつつ私は叫ぶ。周りの視線も突き刺さっている今、残された選択はもうこれしかない。



「う、嘘です!好きな人がいます!」



ええい、言ってしまえ!心の中で自身を激励すると腹の底から声を出す。



「貴族ではない平民の、平凡な容姿をした平凡な人です!!」



またもや辺りに響く静寂。メイド達はかける言葉が見付からないようだ。そんな中、アレンはふらふらとした足取りで馬車へ乗り込んで行った。

あ、良かった。諦めてくれたようだ。我儘だとしても権力と顔は素晴らしく良いんだから、きっと直ぐに代わりが見付かるだろう。



「ぜってぇ、あきらめないかんな!」

「……え、何で?」





屋敷に入るとメイド達に問い詰められたが、やんわりと躱して部屋へ入る。



お父様とお母様からは「ティアが決めたのならその人と結ばれなさい。」と優しい言葉を頂いた。

本当に両親はつくづく私に甘い。こんなんだからセレスティアがああなったんでしょうが!

心で怒るが、この人達に非は無い。ゲームでの嫌がらせは全てセレスティアが独断で行ったことだ。

本当はそんな人は居ないことに良心が痛んだが、これで言質は取ったのだ。



私はミッションコンプリートッ!とベットの上で飛び跳ねたのだった。




━━━━━━━━━━━━━━━




それから数年が経ってもアレンは週に一度はヴァニラ家へ通い詰めていた。



アレン、私以外に友達が居ないのだろうか……。

可哀想に。心では同情するが、それは自分にもブーメランとして突き刺さるという事に気がついた。

まあ、私は生命の為だから!作ろうと思えば出来るから!

婚約者騒動は収まり、至って普通の友人同士となっていったのだ。

一緒にお茶を嗜んだり、カードゲームをしたり。

先週は共にケーキを作った。どちらがチョコプレートを乗せるかで喧嘩をしたっけ。



最終的に『俺はお前のトモダチだからな!』とアレンが譲ってくれたので、私が乗せたのだが。

有難いことにも、向こうにもこちらに気がある素振りは微塵もない。

でもさりげなく好きな人や友達を探ってくるのは辞めないのよね。そんなに私が先に結婚したら悔しいのか。



アレンこそいい加減、そろそろ婚約者を作ればいいのに。良家のご令嬢から沢山お見合いの相談があること、本人からは聞かないけれどメイドづてによく耳にする。

まあ私が言えることじゃないけれど。

アレン以外の攻略対象とは全く接点を持つことなく、年月だけが過ぎて行った。










そして私、セレスティア・ヴァニラ16歳。

ゲームの舞台となる『ローズクォーツ学園』へと足を踏み入れたのだ。


幸いに、ゲーム開始までにはあと1年がある。


それまでに死亡END回避の為の行動をして、幸せを掴むための理想の男性を探すため、しっかりとした足取りで学園へ入るのであった……。




モブ男くん、次回には登場させたい…!!

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