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19/58

今日も今日とて、就職する。



拝啓、お父様お母様。


勝手に婚約をすっぽかして家を抜け出してすみません。私は今、幼馴染に土下座を披露しています。

え?土下座です土下座。今世で披露するのは初めてなので少し緊張しましたが、やはり身体は感覚を覚えているものですね。



「どうか1ヶ月程で良いので匿ってほしいの!!」



ブラック企業のときは二週間に一回のペースでしていた土下座だ。私はもう土下座のプロと言っても過言ではない。頭をしっかりと地面へつけ、背筋を伸ばしたままの姿勢でいる点は芸術点が高いだろう。



いつもの隠し通路を忍び込み、アレンの部屋へ辿り着いた私は、アレンと目が合った瞬間に秘伝の技『心からの土下座』を披露した。

仕事のミスは大抵これで切り抜けてきたのだ。

その後、課長が私の頭をグリグリとスリッパを履いた脚で踏みつけて、「もういいぞ」と言われたら、私は起き上がるというルーティーンがあった。

しかし、アレンは黙ったままだ。



あれ?いつ頭を踏むんだろう。

踏まれないと起き上がるタイミングが分からないわ。



「……あの、アレン。いつ踏んでくれるの?」



私がちらりと上目遣いでアレンに尋ねると、アレンはギョッと目を見開き叫んだ。


「は、はぁ?!ふ、踏むってなんだよ!!それに来るなら来るって言え!!何も菓子を用意してないぞ!!」


こんな時までお菓子の有無を気にしてくれる幼馴染に感動する。しかし、そろそろ本題に入りたいし脚が痺れてきたので起き上がりたい所存である。


「何も言わず私の頭を踏んで欲しいの」

「!?!?」


アレンは顔全体で『何を言っているんだ』というのを表している。あ、やばい脚がピリピリしてきた。あと数秒後にはつりそう。


「そ、そんなことできねぇよ……」

「いいから!!早く!!」



焦った私は思わずキツく言ってしまった。アレンは泣きそうな顔で恐る恐る脚を私の頭へ運んでくる。



ちょん、と私の頭に一瞬だけ脚を乗せたアレンは直ぐにひっこめた。

あれ?もっとグリグリされないと終われないのに。

あーやばい。そろそろ脚も限界みたいだ。



「もっと力を込めて!!グリグリと!!」

「お、お前どうしたんだよ……!!」

「いいから!!早く!!!!」



アレンは死んだ目で私の頭にもう一度片脚を乗せ、課長の百分の一程度の力で踏み込んだ。

頭皮マッサージか?というレベルである。

土下座脚乗せられ選手権大会一位(自称)の私から見たら8点程度と言った感じだ。

まあ、初めてにしては上出来ね。ようやく起き上がれるわ。



「よし、じゃあ本題に入るわね」

「よし、じゃねぇよ!!今のはなんだよぉ?!」


涙目のアレンが叫ぶ。


「え?踏まないと起き上がれないじゃない」

「ハァ!?!?何だよそれ!?!?」

「何だよ、と言われても、そうやって教わったんだもの。そういうものなのよ」




静寂。アレンが急に黙ってしまった。

どうしたのだろう。私はアレンの顔の前で手をパタパタと振る。


「誰に言われた」

「え?」


アレンは先程とは打って変わって静かな声で尋ねる。


「その……頭を踏むなんて誰に言われたんだ」


まさかそれを聞かれるとは。

『課長』なんてこの世界には無いし、私が前世の記憶がある事は絶対に言えない。

うーん、どうしたものか。私が悩んでいるとアレンはハッと何かに気づいたように顔を歪ませる。



「……アイツか?」



アイツって誰だろう……。

知り合いにアイツなんて名前は居ないし、間違いなく二人称だとは分かるがそれが指す人物の名前が分からない。

とにかく本題に入りたいし、まあアイツでいいや。



「そうそう。アイツよー」

「やっぱりか……!!アイツ、ティアにこんな事させてたのかよ!!!!」

「良いのよ、アイツを責めないであげて……!」


アレンは随分怒っているようだ。名も知らぬアイツに心の中で謝る。でも自己解決してくれる分には良かった。私はコホン、咳をしてから今の状況の説明をする。




「えっと、私がレオと婚約したって話は以前したかしら?」

「ハァ!?!?婚約!?」


アレンは先程と同じくらいの声量で驚く。

しかし、その表情は嬉しそうだ。


「婚約って事はアイツとはトモダチじゃねえんだよな!?!?じゃあティアのトモダチは俺だけってことなんだよな!?」



早口で興奮ぎみのアレン。友達関連の話をするといつもこうだ。

よく分からないが、婚約者は友達ではないし、私がぼっちであることは知っているであろうに。

トホホ……。悲しくなるわよ……。



「ええ、そうね。それでレオとの婚約の挨拶をする予定だったんだけど、逃げて来ちゃったのよ。これは私が屑なんだけどね」

「いや、ティアは何も悪くねぇ。ティアにあんな事させる奴なんてぶっ殺してもぶっ殺し足んねえよ」




口に出してみると改めて自分の屑さ加減にびっくりしてしまう。はっきり言ってゲームのセレスティアと同じレベルの屑だ。

ぼっち、コミュ障に引き続き加わった『屑』という属性……。いや、やめよう。悲しくなってきた。

それにしてもアレン、急に口が悪くなるわね。

反抗期の息子を持つ母目線の私からすれば非常によろしくない。後で頬っぺを抓っておこう。





しかしずっと一緒にいてしまってはレオが本来出会うはずのヒロインと出会えなくなってしまう。

私なんかと過ごすより、ヒロインと幸せになった方がずっと良い。

まあ、私の平凡な幸せのためというエゴもあるんだけれど。




そこから私は、レオが皇太子であること、どうやってここまで来たのか。など、これまでの事情を全てアレンに話した。アレンはずっと真剣な表情で話を聞いてくれた。


「……成程な。だからアイツは戸籍を持ってなかったのかよ。どうりで調べても調べても情報が出てこない筈だぜ」



アレンがレオのことを調べていたのは初耳だ。

以前言っていた新しいお友達はもう調べ終わったのかしら?

ルーデンス家に匿う件については直ぐに了承してくれた。犬耳と尻尾の幻覚が見えるくらい喜んでいたのでワシワシと頭を撫でておいた。




「レオが私を忘れるまで、ひっそりと隠れて過ごそうと思うの。それで、ルーデンス家の雑用係かメイドとして私を雇ってくれないかしら?」


「何言ってんだよ、そんな事ティアにさせられる訳ねえだろ」


「そうでもしないと私の気が済まないのよ。タダ飯食らいになるつもりはないもの」



アレンに私のできることをプレゼンテーションした方が良いかしら?料理、裁縫、ガーデニング……。

メイドとしての才能が見え隠れしている趣味である。是非雇って頂きたい。



「よし、分かった。今日からティアは俺専用のトモダチメイドだ!!」



友達メイドってなんだ。友達なのかメイドなのか。

しかし、メイドと言う名前なのだから何かしらの労働は伴うのだろう。善意で匿って頂けるとしても、少しでも役に立ちたい。


「ええ、分かったわ!精一杯務めるわよ!」



最低でも1ヶ月しか務めることはできないが、やるからには最高のメイドになってやるんだから!!

こうして、私のルーデンス家でのメイド生活の幕は上がったのである。








……と、思ったのだが。



ルーデンス家に務めて三日目。

未だにアレン以外の人間と会っていない。

そもそも私がここに居ることすら他の執事やメイドは知らないのではなかろうか。

アレンの部屋から出るな、と言われたのでメイドである私はその言いつけをしっかりと守っている。



『友達メイド』。その業務内容は私の予想とは大きく掛け離れていた。




朝、アレンを起こすため身体を揺する。


「アレン、起きてってば。もう朝よ」

「んぁ、ティアか……。一緒に寝よーぜ……」


私をベッドに引きづり込むと、抱き枕にして二度寝される。無理やり引き剥がしてベッドから落とすとようやく起きる。




「ボタン、閉めらんねぇ」


16歳になる男がボタン一つ閉められないなんて将来が心配である。甘やかしてはいけないと思いつつ、「しょうがないわね……」とついつい閉めてしまう。ボタン閉め前任のルーデンス家のメイドは毎日大変だっただろう。




そして朝食、昼食、夕食ではアレンに所謂「あーん」をして食べさせる。

今までしたことが無く最初は拒否したが、「トモダチなら普通するだろ?」とアレンの曇りなき眼に言われたので、この世界友達の距離感が近い事が分かった。

アレン以外の友達がいないので知らなかった。




夜は同じベッドに入らないとアレンが愚図るため、寝付くまで一緒にベッドに入る。

何だか反抗期息子というより赤子である。

私たちにその気は無いが一応年頃の男女の為、寝付いた後はこっそりソファで寝ている。




そしてそれ以外はひたすらアレンとボードゲームをしたり、談笑したりお菓子を食べたり……。




って、これがメイドなの!?!?

私のメイドのイメージは洗濯したり、掃除をしたり……。

しかしこの生活は流石にやばいわ。

アレンの部屋にはお風呂、キッチン、寝室、トイレ……と必要なものは全て入っている。

しかし、外に出られない私がこれだけお菓子を毎日食べていては太ってしまうだろう。




心做しかお腹がぽっこりしてきたような……。



それにアレンも私以外の人とここ三日間誰とも話していない。これは屋敷でアレンの居場所が無いのでは……と変に勘ぐってしまう。

よし、お互いの為にも外に出る許可を貰いにアレンに交渉してみよう。





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