今日も今日とて、気づく。
その晩私は一睡も出来なかった。
アンと別れた後、「レオナルド・アーサー」という人間を脳内の辞書で必死に索引していた。
どれだけ考えても浮かび上がる人間は唯ひとり
━━━━━皇太子レオナルド・アーサーである。
その素顔は皇太子であるにも関わらず大衆には全く知られていない。
知っている人間なんて余程高貴な人間だけであろう。それこそアレンや私の両親のような……。
あれ?そう言えば私の両親、レオと食事を共にした時「前に会った時と違う」みたいなこと言ってなかったっけ??
学園祭の時に会った普通科の女生徒は、「レオ・ヴィクターという人物を知らない」と言っていた。
点と点が繋がり線となる。
あれ?あれ?レオってひょっとして……。
いやいやいや、そんな訳ないじゃない。
私の脳内の「レオは平民だ!」派と「レオは実は皇太子だ!」派の争いは止まらない。
第一、なんで皇太子が学園の普通科にいるのよ。
皇太子の権力なら可能なのでは??
第二、あんなにTheモブな男子生徒なのよ!!そこが可愛いのだけど!!
皇太子は顔を知られていないし、更に前髪で顔を隠せば皇太子だと気づく人間など居ないのでは??
それに、周囲の人間の驚きっぷりを見てみなさいセレスティア・ヴァニラ。あれは『皇太子と結婚する女』に対するものだったわ。
第三、ええと、……ええと。
もう証拠は無いのね。はい、これで決まりよ。
レオ・ヴィクターの正体は、皇太子レオナルド・アーサーよ!!
あ、ああ……。脳内の私が私に論破されてゆく……。
真っ白に燃え尽きた「レオは平凡だ!」派の私たちを「レオは実は皇太子だ!」派の私たちが嘲笑う。
嘲笑ってどうするのよ!!こういう時ほど結託するべきでしょ!!それに気づいた脳内私たちは肩を組み合いお互いを激励する。
突如私の頭に浮上したレオ=レオナルド・アーサー説。
最近は寝付きが良かったが、今日ばかりは寝られない。目をこれ以上無いくらい開け、思考を止めない。
ああもう、この世界にスマホがあれば検索できるのに。私は乙女ゲームのルート分岐の攻略もネットで見てしまうタイプだったから、高校の乙女ゲー友達によく「自力でやれ!」って怒られてたっけな。
私が今世で生きている『ブラッディ・ムーン』もそうだ。アレンルート、全くHAPPY ENDにならなくて何度も攻略スレッドのお世話になりました……。
そう言えば、プレイこそしていないが、『ブラッディ・ムーン2』の攻略スレッドを見るのも仕事の現実逃避のためにしていたっけ。
二作目が出たのは私が社畜だった頃なので、残念ながら公式ホームページの紹介PVしか見ることが出来なかったのが悔やまれる……。
確か『ブラッディ・ムーン2』では主人公の舞台は学園から宮殿になっていた。(卒業した後の世界線らしい)特別ゲスト枠で過去作のキャラも出てくると聞いて、発売前から物凄く話題となっていた作品だ。
確かそこにもセレスティアが悪役として出てくるのは口コミでボロクソに書かれていたから知っている。セレスティア、不憫すぎる。
確か攻略対象は皇太子に……ええと、それと誰だっけなあ……。ん?皇太子??
その皇太子の名前って確か……。
レオナルド・アーサー、だったような。
え、『レオナルド・アーサー』!?!?
ヤバイわ。ヤバイわ。ヤバすぎるわ。
セレスティア生命危険信号が真っ赤に染まり、ビービーと鳴り響く。
私の身体は前世を思い出したとき、いやそれ以上に震えが止まらなくなる。
だって、だってあの男は……。
『まるで芸術作品のような美貌を持つ皇太子』と公式サイトの動画に書かれているのを、終電で仕事の疲れで死にかけの中見た記憶がある。
前作の絵師の方が一年半かけて描きあげたイラストはそれはもう美しかった。皆そのキャラクターを攻略するのを心待ちにしていたことだろう。しかし、発売されて一週間のことだ。
乙女ゲームの攻略スレッドには
『流石にセレスティア死にすぎて笑えない』
『主人公まで死ぬとか何事?』
『一般人にまで危害及んでて草』
『皇太子一生攻略出来ない気がする』
といったコメントで埋め尽くされていた……。
プレイしていない私でさえ戦慄してしまうコメントから推測するに、最低でも皇太子はセレスティア、主人公、一般人に危害を加える。
私の身体の震えは止まることがない。
仮定の話だったレオ=皇太子説の信憑性が考えれば考える程高くなっていく。
もし、もしの話だが。レオが実はその皇太子だとして。
セレスティアである私がレオに関わった時点で、死亡確定なのでは??
私だけで済むならまだしも、皇太子ルートではヒロインさえ一歩間違えたら死ぬのだ。
お父様もお母様も、屋敷のみんなもひょっとして……。
頭が真っ白になり脚がガクガクと震える。
もう、この世界に振り回されるのはうんざりだ。私は無意識に窓から上半身を乗り出していた。
風が心地よく頬を撫でる。
私はその風を掴もうと手を伸ばす。
「もう、つかれたわ……」
私が右脚を窓から踏み出そうとした、瞬間。
突然背後から叫び声が聞こえた。
『何言ってるのよ!!普通の幸せを手に入れるって言ったのは誰よ!!!!』
「……え?」
そこには、前世の私がいた。
ボサボサの髪の毛にやつれた表情。濃い隈に荒れた肌。
ブラック企業に入っていた頃の私だ━━━━━。
私は、私の肩を掴んで揺さぶる。爪が肩にくい込んで痛い。
「前世で逃した幸せを今世でも逃すって言うの!?!?」
それ以上に、こんなに感情をむき出しにして叫ぶ私は見た事が無かった。
「貴女は私よ!!そして貴女はセレスティア・ヴァニラよ!!!!それなら絶望するんじゃなくて悪女らしく全て思いのままにしてみなさいよ!!!!」
「……っ」
「私の悲しみを今世まで続けないでよ!!せめて今世でくらい幸せでいなさい!!!!」
じわり、と涙が滲むのを感じた。
これは、私の本心だ。心の奥底にいる前世の私。
私の幸せを心から願っている私。
その言葉が酷く胸に突き刺さった。
私は口を吊り上げもう一人の私に向かって叫ぶ。
「……っ、ええ。もちろんよ!!私は貴女であり私はセレスティア・ヴァニラよ!!!!このくらいのことどうって事ないわ!!!!」
私の言葉を聞いたとき、もう一人の私はまるで花が咲いたようにふわりと笑った。
そのまま身体が透けて行く。そして私を抱き締め耳元で優しい声で囁く。
「貴女ならきっと大丈夫よ。私も貴女の中で、ずっと見守っているわ」
「ええ、もちろんよ。私は貴女ごと幸せになるって決めたもの」
ふふ、と笑った後完全に消えた前世の私。
私の心の中の闇はもうすっかり消え去っていた。




