今日も今日とて、花を見つける。
朝食も昨日の夕食のように豪華でコルセットで絞めているお腹がパツンパツンだ。
レオは沢山食べる私を見ながら、ニコニコと笑っていた。昨日、レオが怖くなった夢を見たからいつものレオの笑顔に安心する。
「あら、ティアちゃん。今日は天気も良いしレオくんを庭園に案内したら?」
「それがいい、今の季節は花が綺麗だからな」
両親からの提案に私達は笑って了承する。
レオが私の右手を軽く握り、エスコートする。
庭園をレオと歩いていると学園の庭園が懐かしく感じられる。というのも、生徒には学園祭の日から5日間の休暇が与えられる為2日程学園へ行っていないのだ。
その休暇を利用して私は両親にレオを紹介したのだ。本当はレオのご両親にも挨拶したいのだけど……。その話をしようとすると、レオにはぐらかされてしまう。
「この花、綺麗だね」
歩きながらレオが指を指した花は隅っこでひっそりと咲く藍色の花だった。私は思わず自慢げに微笑む。
「その花、私も好きなのよ。だから庭師に言って残してもらっているの」
本当は別の場所に咲く筈だった花の為、刈られることになっていたのだが無理を言って刈らずにいてもらっている。ひとり離れた所で凛と咲く花を見ているのが好きだったからだ。
「なんだかこの花、ティアみたいだね。……凄く綺麗で、でも他の花は近寄れない感じ」
近寄れない、かあ。他称ぼっちの私には確かにぴったりである。私がしゃがんでその花を観察すると、その花の影に紫色の小さな花があることに気がついた。
「あら、野生の花かしら。でも小さくて可愛らしい花ね」
「ほんとだ。まるで藍色の花に隠れるみたいに咲いてるね」
私は傷つけないように花弁をそっと撫でる。
小さいけど懸命に生きている、そんな花に愛着が湧いた。
「じゃあこの花はレオね。」
「え、俺ってこんなに小さい?」
驚くレオに私は吹き出して笑う。レオは長身でスタイルが良く、決して小さくない。でも私の言葉を気にして慌てるレオがとても可愛く思えた。
「ふふっ、そうじゃないわよ。ただ私がこの花を好きだからってだけ」
「……っ!」
急にレオが固まってしまった。
どうしたのかと思って私が彼の顔を覗き込むと、怒った時のアレンのように耳まで真っ赤に染めていた。
「ああもう、ほんとにティアって……!こんなの無意識の内に悪い虫が付くよ」
怒ったように言葉を紡ぐレオ。『背が小さい』と馬鹿にされたと思い込んでしまったのか。と、私は慌てて話題を変える。
その後、庭園のベンチで話したり池を見たり、また豪華な昼食を食べたりしているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
私は決心して、言おうとしていた言葉を勇気を出して伝えた。
「ねえ、レオ。私レオのご両親にも挨拶をしたいのだけど」
レオは途端に苦虫を噛み潰したように口元を歪める。
どうしてだかレオはご両親の話をしたがらない。
だから私も話題に出すのは避けて居たのだけれど、やはり結婚ともなると話は別だ。
両家の承諾が無い限り、私だって結婚はしたくない。
「そうだね。そろそろ頃合いかな」
レオは冷たい声でそう呟いた。
レオのご両親に会うということはレオのご実家に行くと言うことだ。イコール私がこれからの人生を共に過ごす家でもある。わくわくが止められない。
「明後日、俺の家に行こうか」
「本当に!?嬉しいわ」
やっと私の将来の義理のお母様とお父様に会えるのね。
きっと優しくて、穏やかで……。このレオを産み育てたご両親のことだ。どうしたって良い人の印象しかない。
私が妄想を膨らませていると、でも、とレオは言葉を続けた。
「約束してほしいんだ」
「あら、何かしら?」
レオは私の両手を優しく包み込む。そしてぎゅっと握り締めた。
前髪越しに、彼の真っ直ぐな視線を感じる。
「俺から逃げ出さないで」
「何言ってるの、レオ。もちろんよ」
突然そんなことを言い出すレオに、私はなんだか笑ってしまう。
彼を安心させるように手のひらに力を込めて握り返す。
レオにそう言うと、酷く安心したように胸を撫で下ろした。
「じゃあ明後日迎えに来るね」
「分かったわ。……明日貴方に会えないのが少し寂しいけれどね」
「それは俺も一緒だよ。でも明日中に全ての準備を整えないといけないから」
部屋の掃除でもするのだろうか。それだったら私を呼んでくれれば一緒に片付けるのに。
もしや、見られたく無いものがあるのだろうか。
まあレオだって健全な男子である。私はベッドの下のお宝くらい寛容に受け止めてあげよう。
私がそう言ってもレオは「まだ内緒」とにやりと笑うだけだった。
夕食の前にレオは家へ帰ることとなった。
玄関まで送り出すと、レオは私の額にキスをする。
「……やっと、やっと手に入れられる」
……何のことを言っているか分からないけれど、私もつられて笑う。
私の家の馬車に乗り込むレオに手を振って別れた。
明日会えないのは寂しいけれど、明後日の緊張の方が上回る。好きな人の両親に嫌われるなんて最悪だ。
どうにか好かれたいが、如何せんコミュ障を極めている。
当日までに笑顔の練習をしておかなければ。
……下手だ。何度見ても鏡の中には、気持ちが悪い笑みをした気の強そうな女がいる。
そうして鏡の前で百面相していると、庭師のヒューリーさんが朗らかに声をかけてきた。
「お嬢様、すげえ人と婚約したらしいじゃねえか」
「ええ、すげえ人かは分からないけれど婚約者ができたわ」
そりゃめでてえ、と笑うヒューリーさん。ヒューリーさんにはガーデニングを習っていた為、私との精神的な距離も近い。それに見た目も言動も、気のいいおっちゃんといった感じで話していて気が楽だ。
私はヒューリーさんに私は今朝見た花のことを伝える。
「あの私の我儘で残してくれた藍色の花があるでしょう?あの花の隣に小さな紫色の花が咲いていたのよ。なんだかあの花が孤独じゃなくなったみたいで私、嬉しくって」
「お嬢様、そりゃどんな花だ?」
その花の話をした瞬間、額に皺を作るヒューリーさん。私は見た方が早いと思い、ヒューリーさんをその花もとへ連れて行く。
「この花よ。小さくて可愛らしいでしょ?」
ヒューリーさんは溜息をついて言いづらそうに言った。
「お嬢様、この花はな……ほかの花を殺しちまうんだよ」
「え、殺す?」
予期していなかった物騒な単語に思わず身構える。
殺す、とはどういうことだろう。
「正確に言えば、他の花の養分まで吸い取っちまうんだ。ちっこくて可愛いからって刈らずにとっておくと、他の花が全滅しちまうシロモノだぜ」
確かにその花の周りにだけ雑草も花も咲いていないようだった。
「え、でもこの藍色の花は咲いているわよ?」
「こりゃ不思議だなあ。まるでこの紫の花が他の花から藍色の花を守ってるみてぇだ」
 
うーん、とヒューリーさんは数秒間悩んだ後、あっと声を出す。
「ひょっとしてこの藍色の花、最初は他の花達に囲まれてたんじゃねえか?でもこの紫の花が咲いて、他の花を殺しちまったんだよ」
「だから、この藍色の花が孤独に見えたのかしら……」
しかし、寄り添うように咲いている花はまるで夫婦のようだった。
ヒューリーさんはおもむろに鎌を取り出す。私は慌ててそのふたりの花を守るように手を広げた。
「お嬢様、その花を刈らねえと永遠に藍色の花は孤独だぜ」
「いいえ、紫色の花がいるじゃない。だから孤独じゃないわ。それにこのふたりの花は愛し合ってる、そんな気がするの」
我ながら何を言っているのだと呆れてしまうが、それでもヒューリーさんは私の話をしっかり聞いてくれる。
私は彼のそんな所も尊敬しているのだ。
ヒューリーさんはボリボリと頭を搔く。これは困った時の彼の癖だ。
「へいへい、お嬢様がそう言うなら残しとくよ。まあこんだけ他の花から離れてりゃ、もう他の花に手出しはできねえだろうしな」
「ありがとう……!やっぱりヒューリーさんって優しいのね」
私の言葉にヒューリーさんは笑い出す。
私がどうしたの?と尋ねると目尻に涙を浮かべてまた笑う。
「ひーっひっ、わははは!こんだけ失礼な言葉遣いしてる庭師をクビにしねえのは、世界中でここのお嬢様だけだな」
「あら、それを言うならそのお嬢様を泥だらけにしてガーデニングを教える庭師なんて世界中でヒューリーさんだけよ」
そう言い合いお互い笑い出す私たち。
ふと、ヒューリーさんが悲しそうに眉を下げる。
「そのお嬢様が結婚しちまったらもう会えなくなるなんて寂しいねえ」
「大丈夫よ、向こうの家に嫁いでも定期的に会いに来るわ」
本当に寂しそうなヒューリーさんは、孫を見るように私を見つめる。すると乱暴に私の頭を撫でて笑う。
「ありがとな、そんな嘘まで付いてくれてよ。宮殿なんて抜け出したくて抜け出せる場所じゃねえことくらい、俺も知ってるよ」
「……へ?」
宮殿?何の話だろうか。
「おっといけねえ、そろそろ時間だ。……じゃあな、お嬢様。あんたなら宮殿でも強かにやっていけるよ」
ヒューリーさんの両眼に涙が滲んでいる。
え?今世の別れみたいに言われても、これからも貴方にガーデニングを習い続ける予定なんですが。
「ちょっと、待って頂戴!」
時計を見て「あばよ!」と勝手にスタスタと帰り出すヒューリーさん。全くマイペースなおじさんである。
でも宮殿とは何のことなの〜?!それだけ聞かせて欲しい。
感動的な別れのように送り出されたが、別にレオの家から私の屋敷に帰るくらいいつでも出来ることではないだろうか。ひょっとして相当田舎にあるのだろうか。
だとしたら相当不便だが、その方が平民っぽくて憧れがある。
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庭でふたつの美しい花の前で立ち竦む私は数ヶ月前のメイドの言葉を思い出す。
『皇太子が婚約を発表したらしい』
『数ヶ月後に婚約パーティーを行う』
……まさかね。そんな事、ある訳ないじゃないの。
 




