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今日も今日とて、同じ部屋で。



あれ?私の家ってこんなにピカピカしてたっけな?

私の記憶だと廊下に金色の壺なんて無かったし、謎の高価そうな胴像なんて無かったのになあ。



それだけ皆、私たちの婚約を祝福してくれているのだろう。なんだか嬉しい。

でもこれは流石にやり過ぎな気がしなくもない。

レオは驚くかと思っていたが、意外にも涼しい顔をしていつも通り笑っている。



「お食事の用意が整いました」


お泊まりが決まった10分後には食事が用意されていた。今日のヴァニラ家は一味違う。

みんな動きがキビキビとしているし、少し緊張している。


「わあ、嬉しいな。ティアが毎日食べてる食事を食べることができるなんて」

「もう、レオったら。」



息をするように甘いセリフを吐くレオにも慣れてきた。二人でダイニングへ向かうとそこにはお父様とお母様も居た。お母様とお父様と食事をとるなんて久しぶりだ。



「今日の食事は何かしら」


チラリとテーブルに目を移すと私は絶句した。

それは、豪華すぎる食事だった。




いつも食べている、と言っていいレベルではない。

大きなロブスターに何キロあるか分からない脂の乗ったステーキ。色とりどりのサラダに海鮮類のパスタやピザ、パン。食後のデザートであろうか、数十種類のケーキやクッキー。



これを10分で作り上げた私の家のコックとこれだけ大量皿の準備をしたメイドや執事はなんて素晴らしい人材なんだろう。



お母様とお父様はまるでパーティーに行くかのような服を着ているし、お母様のリップはいつもより濃い赤色だ。



「凄い美味しそうだ。こんなに豪華な食事俺初めてですよ」


レオは席に着いて両親にそう伝える。



「はは、ご冗談を。いつも食事の際にはこれとは比べ物にならないものを食べているでしょうに」

「そうですよ、レオくん。でもこんな食事で良かったら遠慮せず食べて下さいね」



いつになったら敬語を外すんだろう。今でもあの敬語ゲームは続いているらしい。それに今日の食事以上の食事なんて、前世の記憶が無いときに行ったパーティーくらいである。

しかしレオに言われた為か、『様』は無くなったようだ。つくづく両親のユーモアは分からない。

はは、と乾いた笑みを零すと直ぐに話題を変えたようだ。




三人が談笑している姿を見ていると、レオに会えて本当に良かったなと思った。

うわ、このエビ美味しい!!何の味付けだろう?

思わずナイフを持つ右手が止められない。




「以前合った時と大分印象が違いましたから、気付きませんでしたよ」



お父様とお母様はレオにそう言う。

なんと!前に会ったことがあったのか。

それで婚約を了承してくれたのかもしれない。

流石レオである。



もぐもぐ、もぐもぐ。

この海鮮入ったサラダ、ほっぺが落ちる程美味しい。

収まれ!!フォークを持つ左手!!




講師の先生にも『素晴らしいテーブルマナーですわ』と褒められる私が霞む程、美しく食事を採っているレオを見てまた惚れ直してしまう。

学園のマナーの授業で習ったのかしら?





「それで、ティアちゃんったらその時、『お友達から』って言ってルーデンス家のアレンくんの婚約を断ったんですのよ」

「はは、あの時は肝が冷えましたよ」


「そうなんですね、流石ティアだ。幼少の頃から彼奴が嫌いだったなんて」



気が付くと三人は私の小さい頃の話をしていた。

は、恥ずかしい!!好きな人と両親が私の過去の話で盛り上がっているのを見ていると物凄く恥ずかしくなった。


「嫌いと言うより、『他に好きな人がいるから』と言ってましてね」

「そうだったわねえ、結局その人は誰だったのかしら……?」


「……え?」




ピシッ……。

幻聴だろうか、文字通りの空気の凍る音が聞こえた。

部屋の温度がマイナス5度くらいになった気がする。私はレオを見ると、レオの纏う空気だけ極寒の地のような寒さになっていた。



前髪で目は見えないが、怒っている……のだろうか?前アレンと一悶着あったときと同じ空気感である。


それからレオは変わらず笑顔で両親と話していたが、この寒さに気付いているのは私だけだろうか。



食事も終わり両親もニッコニコで私達を同じ部屋に案内した。


「じゃあ後は夫婦水入らずでねっ、ティアちゃん」

「こらこら、ユリア。まだ婚約期間なんだから夫婦じゃないだろう」

「あら、そうだったわねアナタ」


二人は腕を組みながらそのまま廊下を歩いて行く。

もうお互い歳は30を超えているがラブラブである。



え、待ってお父様、お母様〜!!

今のレオと二人っきりにされたら……。

それに年頃の男女を二人っきりの部屋に通すのは如何なものかと〜!!


私の心の叫びは悲しくも二人には届かず、豪華な部屋にはレオと二人っきりだ。





「ね、ねえレオさっきのは……『好きな人ってだれ??』」


レオは私をじっと見つめる。これは最近気が付いたのだが、レオは結構独占欲が強い。

そんな所も大好きなのだが、……いらぬ誤解で関係が崩れる可能性もある。

一刻も早く誤解を解かなければ。




「ねえ、ティア答えて」

「えっとね、それは婚約解消をする為についた嘘なのよ」


安心させる為にいつもアレンにしているように頭を撫でる。レオは嬉しそうに目を細めた。




するとレオの纏う空気が変わる。今度は安堵したように微笑んだ。



「なんだ、良かった。でも彼奴、ティアにそんな嘘までつかせるなんて……」


穏やかな、いつものレオだ。私は安心してほっと胸を撫で下ろす。


「そうなのよ、でもその『好きな人』は平民だって言ったから実質レオみたいなものよね「ティア」……どうしたの?レオ」





レオは私の両手首を掴んで強引に傍にあるベッドに押し倒す。その衝撃で普段は無いベッドの上の薔薇の花弁が空中に舞う。


鼻先が着くほど近い距離にいる好きな人が私の心臓を脈打たせる。



「『平民』と結婚したいの?」




そう呟くレオは、掴んでいる手の強さとは違い酷く弱々しかった。

私は微笑んでレオに伝える。



「ええ。だって私は普通の幸せが欲しいもの。……休日に日向ぼっこしたり、一緒に料理をしたり、そんな在り来りな幸せが欲しいの」

「な、んだよそれ……」




いつも優しい口調のレオが言葉を荒らげる。

しかし、それは今にも泣きそうな子供のような声だった。



「どうしたの?二人でこれから得られる幸せじゃないの。大丈夫、お母様とお父様にはレオの家に嫁ぐ許可を貰えるよう説得するからっ……っ!?」




突如、唇に違和感と痛み。

『レオにキスされた』と理解した私は混乱した。

はじめてのレオとのキス、それなのに胸が暖かくない。



それはまるで━━━━━獲物に噛み付くようなキスだった。



切れた口の端から血が出てくる。

レオはそれをペロリと舐め上げ、「おいしい」と笑った。

いつものレオじゃない、直感的にそう思った。

獰猛な肉食獣のような、ギラギラした雰囲気を纏っている。

私は刺激しないようにレオを見上げ尋ねる。



「ご、ごめんなさい、何か怒らせるようなこと言ったかしら……?」

「ティアは何も悪くないよ。……悪いのは俺の環境だから」

「環境……?」


レオはそう言って微笑む。いつもと変わらない筈の笑みに何故だか恐怖心が芽生える。

レオはまた私に囁く。




「ねえ、ティア。俺がどんな俺でも愛してくれる……?」

「……もちろんよ」



そう言ってヘラ、と笑顔を作るとレオは愛おしそうに私の頬を撫で上げる。




「俺がどんな俺でも必要としてくれるのはティアだけ……ティアだけなんだよ」



『ティアだけ』繰り返しそう呟くレオが、何故だかとても遠くの場所にいるようだった。

まるで孤独な子供のようなレオを見てると悲しくなって、私はついまた頭を撫でていた。



「大丈夫、大丈夫。私はここに居るわ」



すぅ、と息を吸って私は口を開く。





私は前世の弟を思い出していた。


「俺も姉ちゃんと一緒がいい〜!!!」

中学校へ通い出した私にまだ小学生の弟は泣きじゃくって叫んでいた。


その度に頭を撫でて、歌ってたっけなあ。

そのお母さんの子守唄を思い出して歌う。




「眠れ、眠れ私の可愛い子」


随分昔の記憶のため曖昧でリズムも音程も変だが、精一杯歌う。歌詞が思い出せないところはハミングで。


「……っ!」


私の額に水がポタリと落ちる。前髪に隠された目から涙が出ていることが分かった。



私は起き上がってレオを抱き締める。

レオから私以外の人間の名前を聞いた事が無い。

友人も、両親でさえも。

人との関わりが少ないのかな。

だからこそ、婚約者の私が離れるのが怖いのだろう。



「俺さ、今日分かったよ。……君に付ける首輪と檻は多い方がいい」



首輪?檻?よく分からないけど、レオが元気を取り戻してくれて良かった。

私は嬉しくてふふ、と笑う。私にぎゅっとしがみつくレオは長身なのに、本当に子供のようだ。



「さっき、俺がどんな俺でも愛してくれるって言ったよね」

「ええ、言ったわ」



「俺もどんなティアでも愛してるよ」

甘い声で囁くレオに私は脳が沸騰するほど熱くなる。


「ベッドも1つだし、二人で寝る?」

「そっ、それは遠慮させて頂くわ!」




緊張で声が震える私にレオはふふっと笑った。

翌日。私はベッド、レオは床で寝ている所が両親に発見された。……のだが、



「何をしてるのティアちゃん!?!?」



と凄く驚かれ怒られた。両親に怒られるなんて初めてである。お母様もお父様も本当にレオが気に入ったようだ。



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