今日も今日とて、女磨き。
私はスカートが泥に塗れて悲惨な状態のためハンカチをアレンの座っているソファーへ広げ、そこへ腰掛ける。
「まあ取り敢えず、お菓子でも食べて休憩しましょうよ。貴方のクマ、酷いわよ」
「あ、ああ。そうだな」
アレンは飼い主に尻尾を振る忠犬のように嬉しそうに笑う。
良かった。いつもの調子が戻ってきたようだ。
買ってきたお菓子を摘みつつ、私は反抗期息子もといアレンに本題を告げる。
「ところでアレン。貴方学園を休むまでして一体何をしていたのよ」
アレンの肩がビクッと跳ねる。
「それは……」
「何?私には言えないようなことなの??」
口ごもるアレンに私はキツい口調で尋ねる。
良心は痛むが引きこもりを続けられたら、ルーデンス家が破滅へと向かってしまう。
流石に見過ごす訳にはいかないのだ。
私の思いが伝わったのか、アレンは重い口を開いた。
「俺がずっと休んでいたのは、ティアがずっと願ってたことを叶えるためなんだ」
??私がずっと願っていたこと……??
頭の中でクエスチョンマークが回る。
必死でアレンとの会話を遡る私は思い出した。
「アレンも私以外の友達を作りなよ(意訳)」
……これかー!!!!
私は心でガッツポーズをするとアレンに向かってうんうんと頷く。
「素晴らしいわ!!アレン!!」
「……!!だよな、ティアならそう言ってくれると思ってたぜ」
嬉しそうなアレンに私は感動する。
前言ったときあんなに怒っていたのに……。
やっと私以外の友達を作る気になったのね……!!
あまりにも友達を作らなさすぎてちょっとアレンコミュ障疑惑が浮上していたのは墓場まで持って行こう。私はぼっちだがコミュ障ではない。断じて。
ちょっと人に話しかけられるとびっくりするだけだ。
「それで、そいつについて調べてるんだが、全く分からなくてな」
なんともう新しい友達の目星は付けているらしい。
しかし謎の多い性格の人なのだろうか。
アレンも変わっているから、変わっている人と友達になりたくなるのは普通のことなのかも。
「まあ、それは大変ね。どうするの?」
「本人に脅しに言って吐かせようかと思ってる。もうティアに話しかけないようにしないとな」
脅すって……。アレンはやはり友達の付き合いが分かっていないようだ。
その未来のお友達が男性だとすれば、男同士の友情が芽生えたりするのかな。
あと、『私に話しかけないように』なんて、
新しい友達が私と話すのが嫌なのね。
そんなにその人にご執心だなんて知らなかった。
晴れてアレンがその人とお友達になれたら、私はアレンとその人のお邪魔にならないようにひっそり今まで以上に影を消してクラスで過ごさないと……。
少し寂しいが、大事な幼馴染のためだ。
それに私がレオと結婚しても、他にお友達がいるならアレンも寂しくないだろう。
ああ、ほんとに良かった。
「大丈夫よ。きっとアレンの気持ちは伝わるわ。
アレンはちょっと行き過ぎるところがあるけれど、優しくてかっこいいもの」
「ティア……!!」
アレンはこれ以上ないくらいの笑顔で私を見つめる。私は自分の心配が杞憂であったことが本当に嬉しい。
それから暫くアレンと談笑していたが、ふと時計を見るともう夕刻になっていたことに気がついた。
「アレン、そろそろ時間だから行くわね」
「え、もう行っちまうのか??」
アレンはしゅん、と耳が垂れた仔犬のように落ち込む。
「ええ。……アレンが私の望みを叶えてくれるの
楽しみにしているわね」
友人として最後にアレンを激励する。
なんだか親目線でアレンを見ていた私からしたら、
アレンに友達が出来るなんて心から嬉しいのだ。
「……おう!!」
笑顔で頷くアレンに手を振って別れる。
……レオに会う前にまずは泥を落とさないとね。
屋敷へ着いた私は普段使わないボディクリームやら香油やらを押し入れの奥からごそごそと出していた。私の人生の大事な日なのだから、これくらいはしないとね。
ぬりぬり、ぬりぬりと体に塗り込む。
普段しないため、付けすぎてしまい体がべたべたする……。
それを見たメイドから
「お嬢様!?!?おやめ下さい!!」
と悲鳴があがった結果、うちにいるメイド十数人が総動員で私の体をもみくちゃにしている。
そんなに下手だったのだろうか……。乙女として少し複雑である。
「まさかあのお嬢様が美容に関心を持つなんてね……!!」
「そうよね、あのお嬢様が……!!」
「あの人からどう見られているか一切気にしていないようなお嬢様が……!!」
メイドは丁寧に私の体を揉みほぐしながら、嬉しそうに話している。
少し失礼に聞こえるのはきっと気のせいだな。うん。
体に香油を塗り終わったのか、次は髪の毛に移るメイド達。
「お嬢様の髪さらさらですね」
「ほんと。羨ましいです〜!!」
「普段何のお手入れもしていないのにね」
え、えへへ。褒められ慣れていない私は若干恥ずかしい。
「そ、そうかしら??」
「ええ!!本当に美しいお髪です」
「えっ、でゅへへ」
お世辞と分かっていながらもすっかり嬉しくなってしまった私は、気持ちの悪い笑い声を返すことしかできなかった。
メイド達の全身マッサージも終わり、全身ツルツルのピカピカになった私はなんだか力が湧いてきた。
一人ひとりにお礼を言ったあと、今度はドレスを決めるために自室へ入る。
前世を思い出す前と違い、今は「服?最低限あればいいよね」のスタンスで生きているので、種類も量も少ない。
それに色も地味である。普段はそれでいいのだが、今日はそういう訳にもいかない。
……あ!!お母様のドレスを借りようかな。
お母様は私を産んだ今でも若々しく美しい、自慢のお母様である。体型も私とほぼ変わらないため、借りても問題は無いだろう。
と言っても、お母様は未だお仕事で出かけているため伝えられないが。
「ティアちゃん、いつでもママのお洋服着ていいのよ〜。お揃いにしましょうよ〜」
と、よく言うお母様のことだ。
きっと快く快諾してくれるだろう。
私は駆け足でお母様の部屋へと入ると、クローゼットを物色する。流石お母様、トレンドと自分の趣味を上手く織りまぜたセンスの良い服ばかりである。
私が無意識のうちに1番地味である薄茶色のドレスを手に取ると、後ろで見守っていたメイドが悲鳴をあげる。……デジャブであろうか。
それからメイド達十数人によって、あれも違うこれも違うとファッションショーみたく着せ替えられた結果、地味すぎず派手すぎないものに決まった。
細やかな刺繍が施された上品な紫色のドレスだ。
メイドによるとお母様がお父様の家へ嫁ぐときに貰った大切な品らしい。
その後、メイド達が髪を緩く巻き、ドレスに合わせた薄紫色のリボンを付け、いつもより濃いめの化粧をしてくれた。至れり尽くせりである。
メイド達から太鼓判を押された私はドキドキしながら馬車へ乗り込んだ。
午後9時までもうすぐ。
ドキドキする胸を抑えながら、私は学園の庭園でひとり佇む青年に声を掛けるのだった━━━━━




