今日も今日とて、転生する。
連載では初投稿です。
優しい目で見守って頂けると幸いです。( *´︶`*)
窓から見える屋敷の庭園が、美しい花々で彩られる春。木々が風に吹かれ、蝶々は舞い遊ぶ。
そんな中、セレスティア・ヴァニラは人生に絶望していた。
「落ち着くのよ。セレスティア・ヴァニラ」
鏡の中の自分に語りかけると、長い睫毛に縁取られる藍色の瞳と亜麻色のロングヘアを持つ、幼いながらも気の強そうな美人が映る。しかし、その表情は暗い。
事の発端は1時間前である。
いつものように美しい自分にうっとりしつつ、街の裁縫師に縫わせた新作のドレスの試着をしていた時であった。数人のメイドにドレスを持たせ、自身は大きな鏡の前でああでもない、こうでもないと文句を垂れていた。
「この真紅のドレス、私にピッタリね!でも、ここの装飾が気に食わないわ。ね、貴女もそうおもうでしょう?」
プリプリと怒り始める少女に、メイドは媚びへつらう様な声色で答える。
その後方にいる数人のメイド達の手には、少女が難癖を付けてその場に投げ捨てたドレスの抜け殻。
しかしその表情から、この小さな主人に対する感情を予測することは容易だ。
「そうでございますね。お嬢様」
「やっぱりそうよね。あの裁縫師、クビにしてやろうかしら」
『あ、でもこの桃色のドレスは良いかもね』と言いかけた瞬間であった。
突如として目の前が真っ暗となり脚がふらつく。
大きな音を立て、背中が床板に打ち付けられた。
それが『倒れた』ということを理解するのに数秒程時間を有した。
呼吸が浅くなりハッハッと犬の様な浅い呼吸を繰り返す少女。
地べたを這いつくばりながらも震える手足でなんとか立とうとする……が立てない。
倒れた衝撃音がなった為だろうか、多数のメイドが慌てて駆けつける。
「お嬢様!?」
「きゃー!」
メイドは焦ったそぶりを見せながらも周りの様子を伺っている。すると、怒号が周囲に響いた。
その声がした方向に皆が一斉に振り返る。
「お嬢様を至急お部屋に運べ!!医者も忘れるなよ!」
年配の執事の怒鳴り声が辺りに響いた。
その声にはっとした様子でメイド達はバタバタと駆け足で去って行った。
その場には、少女だけが残された。彼女はこんな状況になっても尚、『責任を誰に押し付けるか』しか頭に無かった。
ふわふわとした頭にぐるぐると廻る目。吐き気も止まらない小娘に屋敷の中も未だ大慌てのようだ。
もう!本当に使えないメイドに執事達ね。なんて心の中で悪態を付いても声が出ない。
薄れゆく景色の中、少女は自分の知らない記憶を夢に見ていた。
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「おい!ここの計算また間違えてるぞ!」
大きな顔を真っ赤に染めて怒る「カチョウ」。
そんな中年の男にひたすら謝る、全身黒い衣服を着た私。
「こんなこともできないなんて、いっぺん死んでこい!!」
「カチョウ」は私の後ろで軽く束ねた髪を掴んで叫ぶ。
私は『すみません、すみません』とひたすら頭を下げて耐えていた。その姿は壊れた機械のようだった。
深夜11時。「シュウデン」に乗り遅れない為、駆け足で階段を登る。未だにすみませんと呟く私の横を、人々が汚いものを見る目で通る。すると突然のことであった。
私が一瞬だけ笑い、両脚のヒールを脱いだのだ。
周りの人々は目を見開き、四角の形をした黒い物体を私に向ける。眩しくて煩い、けれどそんなの微塵も気にしない。
ああ!なんて素晴らしい日だろう!だって……。
「やっと、終われる」
そう呟く私が最期に見たのは、迫ってくる「デンシャ」から出る眩い光だけだった……。
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「きゃああぁあ!!」
がばっとキングサイズのベッドを飛び跳ねるように目が覚めた私は、混乱していた。
「あれは『私』……?」
するとズキッと右側の頭に痛みが走り、私は走馬灯の様に全てを思い出した。
あれは前世の私だ。━━━━━━ブラック企業に勤めて、最期には電車の路線に自ら落ちた私だ。
理解した瞬間、心臓から激しい動悸が鳴る。
そう呟いた私、セレスティア・ヴァニラは自分が乙女ゲーム、『ブラッディ・ムーン』に登場する当て馬キャラクター、『セレスティア・ヴァニラ』であることを知ってしまったのだ。
それは絶望への道を示すことでもあった。
思わず私は叫ぶ。
「私、17歳で死んでしまうわ!」
あれから目が覚めた私がおかしなことを言っている、ということでメイド達から頭の心配をされた。
その瞳には心配と同時に微かな恐怖心が見て取れた。
以前熱を出して寝込んだ時は、心配されて感謝どころか暴言を吐いた覚えがある。
全く、我ながら最低最悪だ。
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「……え」
ぎこち無く微笑む私に、メイド達は酷く驚いていた。
コソコソと何かを耳打ちしている。
「やっぱり病院……」「頭が……」「記憶喪失……」
少ししか聞こえないが、私へのイメージ悪すぎる。
少し謝っただけでこれだ。
まあ、その気持ちも分かるのだけど。なぜなら一時間前の私—ゲームのセレスティア・ヴァニラは、メイド達も見下していた。世界は自分中心で回っていると考える悪魔の様な女だったからだ。
しかし、そのままで生きていたら必ず地獄を見る。
セレスティアはヒロインがどのルートのイケメンとくっついても死ぬのである。
え?酷くね?と思ったのは私だけではないだろう。
しかし、この女極悪非道なのだ。
自分の婚約者であるアレンを狙う泥棒猫として、ありとあらゆる嫌がらせをヒロインにする。それは他ルートでも同様に、精神的にも肉体的にも虐め抜くものであった。
当時女子高生の私はゲームをプレイしつつ何度心の中でセレスティアを呪ったことか。
そのためセレスティアの最期にはネットで「ざまあみろ」「因果応報」などのコメントがとても寄せられていた。
実際私もとても喜んだ。……が!今の私には全くもって笑えないのである。
ブラック企業に勤め、23歳という若さで死んでしまった私の無念を晴らす為にも、今世こそは安らかな老後を迎えたいのである!!普通の男性と普通に暮らして普通に幸せになりたい!!
できればゲームの中で「おはよう」しか台詞のないモブ男みたいな……。
間違っても平凡と掛け離れた生活を送るのはごめんである。
幸いにもゲームが始まるのはヒロインが16歳の時、セレスティアが17歳の時である。
今の私は7歳。あと10年も猶予があるのだ。
しかし、油断してはならない。ゲームの舞台である学園へ入学する前に、私はありとあらゆるゲームへと繋がる人々との接触を絶たなければならない。
まず私がするべきことは婚約を断ること。そうすれば私の安寧に繋がるのだ。
ふふ、前世では出来なかったこと沢山してやるんだから。友達とお喋りしたり、美味しいものお腹いっぱい食べたり……。
嬉々として将来の妄想をしていると、ふと私は昨日のメイドの言葉を思い出す。
『お嬢様!明日はアレン公爵とのお見合いですからしっかりとした面持ちで挑みましょうね』
あれ??昨日の明日って…………。
ベッドの上で小さな指を曲げて数える。ひぃ、ふぅ、みぃ。何度数えても答えは同じだ。
「……今日じゃないの!」
またもや私の絶叫が屋敷に響く中、メイド達は「お嬢様がおかしくなった!」と慌てるのであった。