第八話 男嫌い
あれは夢だったんだ。
昨夜は蒸し暑かったのだろうか。着ていたTシャツは汗で重みをしっかりと感じたが、今朝は目覚めが良かった。
今日は久々の休みだ。
毎日毎日、慣れない格好をして日村一馬という個を殺して働いているから疲れていたのだろう。暑さで寝苦しさを感じないほど泥のように眠っていたらしい。
今日は、日村一馬でいられる唯一の日。
男として有意義な一日を過ごそうではないか。男の特権であるパンツ一枚という開放感がたまらない。
ピーンポーン
こんな朝から突然の訪問者。
パンイチの開放感は、直様にスウェットへと閉鎖された。
いつもなら、ドアアイから訪問者をきちんと確認してからドアを開けるのだが、この日は真っ直ぐドアを開けてしまった。
「カズくん、おはよう!」
ドアを開けたら、そこにはメイド姿の幼馴染島田くんが立っていた。
まだ夢を見てるんだ、その感情がドアを閉める行動へと移した。
島田くんの驚異的な反射神経は、ドアに足を挟み込んで、力尽くで閉めようとするドアを手で押さえる。
「カズくん、何で閉めるの?」
「何でって!島田くんこそ、なんでここにいるんだよ!」
こっちは、両手で必死に閉めようとしているのに、島田くんは、眉一つ変えないで片手でいとも簡単に押さえている。
「何でって...カズくんにいってきますって言いたくて...。それにボク、カズくんのお隣に住んでるんだよ!カズくん、ゾンビみたいにいつも帰宅してたから話しかけられなくて...。これからは毎日、家でも会えるね!この姿のカズくんもかわいい...」
頬を赤らめるな!
見た目はこんなに可愛くてタイプなのに、男とわかってから、なんの感情も抱かなくなった。
今日は、何も考えずに過ごしたい。この状況を打破する方法を考えた。
「わかった!わかった!いってらっしゃいってちゃんと言うから!手を一旦離してくれ。」
「え!いってらっしゃいのチューしてくれるの!?嬉しい!!」
島田くんがパッと手を離した瞬間、オレは「いってらっしゃい」と音速で告げそのままドアを閉め、鍵とチェーンを掛けた。
「はぁ....」
大きなため息をついた後、ドアアイを覗くと島田くんの姿はなかった。仕事に行ったのだろうと安堵し、リビングへと戻った。
「カズくん、ダメだよ!きちんとベランダの鍵を締めないと!」
さっきまで玄関にした島田くんが、靴を手に持ってリビングに何事もなかったかのように立っていた。
自分の部屋のベランダからオレの部屋のベランダに飛び移って入ってきたのだろう。
「忍びか!お前は!勝手に入ってくるなよ!」
「いってらっしゃいのチューしてくれるって言ったじゃん!!」
「言ってねーよ!!」
なんとか説得して島田くんはとぼとぼ仕事へ行った。
あぁ、今すぐ引っ越したい。
休みが終わり、今日からお嬢様達は学校が始まる。
ハルお嬢様にとって転校初日だ。かなり緊張されていた。学習面よりも人間関係がなによりも心配のようだ。
九月の転入は四月の転入と違って、クラスがある程度団結している中に飛び込まなければいけないため馴染む難易度はかなり高くなる。
男嫌いのハルお嬢様が通うのは、もちろん女子高だ。女子のコミュニティは男子とは違って単純ではなさそうだ。
男嫌いーー。
ハルお嬢様が男嫌いになった理由を聞いたのは、配属される前のことだった。
「ひむりん、滝音家の御長女ハル様のことでお話しておきたい事があるの。」
いつものゆるい末廣さんとは違い、かなり真剣な眼差しだった。
「ハル様は、誘拐監禁事件の被害者で当時五歳だったの。犯人が男性だったことで男性恐怖症になってしまって...ご自身の身内の方以外の男性が近くにいるとパニックを起こしてしまうの。」
たまたま男であることを隠して女装しているオレがハル様の使用人に抜擢された。世間は残酷だ......。まさか、自分のメイドが男であるなんて考えもしないだろうな。
「日村さん、どうかされましたか?」
ハルお嬢様の心配そうな声が聞こえて我に返った。
「いいえ......何でも...申し訳ございません。」
ハルお嬢様がオレの顔を覗き込んできた。
これ以上、そのお美しいお顔を近づけないでくれ!!綺麗な顔を見ていると、自分の女装が惨めに感じる。煌びやかなオーラと共に漂うのは、シャンプーの香りだろうか、とてもいい匂いがした。
「日村さん、アキのイタズラにいつも付き合ってくれてるからお疲れですよね?」
「いいえ...アキお嬢様のイタズラは、新人研修に比べたらかわいいものですよ!ご心配ありがとうございます。」
こんなにお優しい方がとても辛い経験をされていたとは...。
「無理をなさらずにね!学校行ってきます!」
転入の不安を感じさせないほどの美しい笑顔を輝かせて、車に乗って学校へと向かった。
このまま、オレは男である事を隠していていいのだろうか?
ここにいる使用人の男はオレだけじゃない。島田くんも男なんだ。気にすることはない...。
島田くんに視線を向けると、島田くんは嬉しそうにこっちを見つめた。
「なぁ、島田くん......。オレらのことは一生秘密にしておこうな。ハルお嬢様のためにも。」
「(カズくんの真剣な表情も可愛いなぁ。これって、ボク達がいってらっしゃいのチューをするそういう関係だってことを秘密にするってこと!?カズくんのこと一生幸せにするよ!)もちろんだよ!!カズくんとボク、二人だけの秘密ね!」
島田くんの驚異的な反射神経は、返答にも生かされていた。
ハルお嬢様が学校に行ってから、30分くらいだろうか、使用人が慌てた様子でオレのところへやってきた!
「たった今、屋敷に電話があって!ハルお嬢様が乗っている車の運転手だと名乗る男がハルお嬢様を人質に身代金を請求してきました!」
「運転手は女だろ!?まさか...変装して!?」
なんてガバガバなセキュリティなんだ...。これで二度目だぞ!?
「カズくん!ハルお嬢様のGPSと車のGPSを探知したんだけど、ここにいるみたい!!」
「ハルお嬢様の身が危ない!」
オレは、無謀にもGPSが点滅する廃墟へと乗り込むのであった。
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作者の24です。
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