第六話 同期のメイド
滝音家の使用人は、オレだけではない。奥様の強いご要望で全員メイドであるが、その中の一人にとても気になるメイドがいる。
末廣さんに、“ゴンちゃん”と呼ばれていて、丸メガネのおさげで背が小さく華奢、そして頸が綺麗...オレの理想のメイド。
彼女の本名は、知らない。ゴンさんは、第二班にいたため、新人研修での接点はなかった。名前を聞こうとすると、アキお嬢様のトラップに引っかかったりと何かとタイミングが悪い。
アキお嬢様が学校に行っている間、奇跡的に話すチャンスがやってきた!
「日村さん、荷物を持ってくださってありがとうございます。ボク、まだここの屋敷の事、よく分からなくて......。」
ゴンさんは、なんとボクっ子だった。
くっそ!めちゃくちゃ顔がタイプだし、頸がとにかく綺麗!語彙力を失うほどのかわいさとなんだか守ってあげたくなるような小動物感だ。
「これくらい、運びますよ。」
いつもよりいい声で、少しでも逞しさをアピールしたかった。下心しかない。
「日村さんって、なんだか初めて会った気がしないくらい気さくですよね。」
「え?そうですか?」
「雰囲気がどことなく初恋の人に似てる気がします。日村さんは女の子なのに初恋の男の子と重なるなんて失礼ですね。ごめんなさい!変なこと言って!」
初恋の人が羨ましい...雰囲気が似てるのは少しばかり嬉しい。オレは、「本当は男なんだ」と心が叫びたがっている。この立場上、期待に応えてあげられないのが非常に残念でならない。
「ボク、鈍臭くて人と違うからいつも揶揄われてて...そんな時、初恋の人がよく助けてくれたんです。ボクは、初恋の人につり合うように彼の理想になりたくて...」
なんて健気なんだ...。
初恋の人は、一体どんなイケメンなのだろうか。
この恋する乙女の表情は、とても可愛いがオレの見知らぬ男に頬を赤く染めていると思うとなんだか妬けてくる。
「あっ!ボク、これから買い出しに行かないと!!日村さん、ありがとうございました。失礼します!」
結局名前は聞けず、その日の素敵な時間は終わってしまった。モヤッとした気持ちだけを残して。
2時間くらいたっただろうか、ゴンさんが買い出しからなかなか帰ってこない。
心配になって、迎えに行くと変なおじさんに絡まれていた。
「姉ちゃんかわいいのぅ。おじさんと遊ぼうよ。」
今時、そんなナンパの仕方があるのかと同じ男として恥ずかしくなった。
わけわからんナンパを断れず、ゴンさんは怯えていた。
「おい!おっさん、何してんだ!」
「あぁ?うるせぇブス!やんのかコラァ!」
おっさんの右ストレートがオレの左頬に入った。
カッコつけて止めに入ったものの、オレはゴンさんの目の前であっけなく地面とご対面した。
そうだ。オレは喧嘩がクソ弱い!!!
なんてダサさだ...恥ずかしい。この光景に懐かしさすら覚える。
おっさんに唾を吐きかけられ、惨めさが追い討ちをかけてくる。
オレは何もできないのか......。
「おい...おっさん。日村に何してんだ...。」
気のせいだろうか。オレの背後から成人男性のハスキーな声でオレの名前を呼び捨てしてる。頭を上げて振り返ると、そこには華奢のゴンさんがものすごい形相でおっさんを睨んでいた。
「女を殴る奴は、許さん...俺が相手してやる。島田流を...甘く見るなよ!!」
可愛い容姿とは裏腹に、地面が唸るようなドスをかましているのはゴンさんだった。
オレを守るように、前方に立ち、両腕を頭の上まで上げ、軽く拳を握り戦闘態勢になっていた。
ゴンさんの背中はとても逞しかった。そして、この男らしい背中に懐かしさを感じた。
オレは、この豪快な構えを知っている。
島田流?
島田
シマダ
「えええええええええええええ!!まさか、シマダくん!!?」
「これは、俺を怒らせた分。そして、これは!!日村に怪我をさせた分だああああ!」
ゴンさんの動きは速すぎて、素人のオレでは全然目で追えなかった。気づけば、おっさんは泣きながら土下座をしていた。おっさんの顔は、梅干しのようにデコボコと赤く腫れていた。
オレは、おっさんの謝罪よりも目の前にいる可愛いメイド姿のゴンさんが気になって仕方がなかった。
「さっさと失せろ。」
おっさんは、ぺこぺこしながら走り去っていった。
「日村さん...大丈夫ですかぁ?可愛いい顔に傷がっ!ボクがもっと早く対応していればこんなことには!!ごめんなさい。」
あ、いつものかわいいゴンさんだ...。
「ちょ、ちょっと聞いてもいいですか?ゴンさんって...本名は?」
「ボクは、島田龍二です。こういう格好をしてますが、ボクは男の子です。」
やはりそうだったのか...。
ゴンさんは、島田くんだったのだ。
「あのさ、オレ、幼稚園の時に、よくシマダくんに遊んでもらった日村一馬なんだけど...覚えてるかな?」
すると島田くんは、目をキラキラさせてオレの手を握ってきた。
「え!?カズくんなの!?もちろん!忘れたことなんて一度もないよ!やっと会えた!嬉しい!こんなところで会えるなんて!」
今、目の前にいる島田龍二という男は、特撮の話を聞いてくれて、オレの好きな駄菓子をくれて、面倒見が良くて、女の子になりたいと言っていたあのシマダくん、ご本人。
本当に女の子になっていたとは...。
オレは、子供の頃「龍二」が言いづらくて、「シマダくん」と苗字で呼んでいた。
島田くんは、可愛らしい顔を近づけてオレの顔をマジマジと見た。
「面影あるよね!初めて見た時、似てると思ったんだよね!まさか、カズくんが女の子になってるとは!あぁ、見れば見るほど可愛いなぁ。ボクね、ずっとカズくんの事が大好きだったんだ!カズくんのために女の子になりたくて、カズくんのためにここまで強くなったんだ!まだ体は女の子じゃないけど...」
隠し切れないほどの驚きの情報が積み重なって処理しきれない。この現象に名前をつけるとしたら、“驚きミルフィーユ”だ。今、軽くすべったのは、大目にみてくれ...。
まさか、「女の子になりたい」って小さい頃に言ってたのはオレのせいか...申し訳ない...。
「オレのために女の子になる努力してたのか...。ありがとう。でも、オレのために体までは、女の子になる必要はないよ。」
「そうか!男の子のボクでもチャンスがあるって事!?やったー!カズくんが女の子なら、ボクはカズくんを守れるくらいの逞しい男になるよ!ボクは、男としてカズくんを幸せにしたかったんだ!!」
可愛らしい女の子の外見とは裏腹に、中身は男気がしっかり詰まってる。
「あの、オレは、別に女の子になったわけじゃなくて...その、色々あって今は女性として働いてるけど...その.......これは...実は...女装が趣味なんだ...。」
久しぶりのご対面で、自分の羞恥を曝け出すことになるとは...。誰か、オレを殺してくれ...。
「ボクはどんなカズくんも好きだよ!カズくんが男の子でも女の子でも女装が趣味でも、ボクは正義感が強くて優しいカズくんが大好きだからね。」
きゅん
なんて男前なんだ...
いや待て、相手は男だぞ!!
オレは見た目は女の子で
オレは女の子が好きで
オレは男だ!!
「大丈夫だよ!カズくんが男の子ってことは二人だけの秘密だね!」
「あ、ありがとう...」
オレは、男の頸に見惚れ、そして自分自身に妬いていたことが恥ずかしすぎて、その日は早めに眠った。
次回
3月6日(土)12時更新予定