第四話 胸の内
【さがさないでください】
一筆残して消えたアキお嬢様ーー。
まだ布団は温かい。そんなに時間は経っていないだろう。
直ちに旦那様、奥様、ハルお嬢様、全使用人に報告し、屋敷中を探し回った。
一体どこへ行ってしまったんだ...。
オレは、アキお嬢様の部屋を隈なく探した。カーテンの裏、クローゼット、ベッド、ベッドの下......!!......
ベッドの下には、ある物が落ちていた。
「日村さん!!アキが見つかりました!」
ハルお嬢様の声が廊下から聞こえ、オレはある物の一部をポケットにしまって急いでアキお嬢様のところへと走った。
昨日賑やかにディナーをしていたリビングは、アキお嬢様を囲み冷ややかな空気だった。
「皆さんに迷惑かけて!心配したじゃない!」
「アキ、どうして家を出て行こうと思ったの?」
「.......」
奥様とハルお嬢様の呼びかけに、全く答えないアキお嬢様の表情は、今まで見た事がないくらい辛そうだった。何か言いたいのに、どう言えばいいのかわからないのだろう。アキお嬢様が屋敷内で見つかったということは、最初から屋敷を出る計画はなく、自分に目を向けて欲しかったのではないかと思った。
「誠に恐れながら申し上げますが...」
視線はオレへと向けられた。
「アキお嬢様は、皆様のお帰りをとても楽しみにしておられました。先程、アキお嬢様のお部屋で捜索をしていたところ、アルバムを見つけました。その中でも、このお写真は特に大事にされていたのでしょうね。」
オレがアキお嬢様の部屋で見つけたある物は、四人揃った家族写真だった。毎日見ていたのだろうか、四角は鋭さを忘れ、写真の裏は黄ばみがかかり劣化している。アキお嬢様が小学校に上がる前だろうか、今よりも幼い。
「皆様に会いたい気持ちを我慢して、決して、使用人達の前では弱音を吐くことはありませんでした。」
下を向いていたアキお嬢様が、やっと顔を上げて、目を丸くしていた。
「アキお嬢様のお部屋のアルバムを拝見致しましたところ、ハルお嬢様に比べてお写真が少ないように感じました。旦那様、奥様、ハルお嬢様は、ご多忙で、思い出を作る事が難しかったことは重々承知しております。ですが、昨晩のお夕食で、皆様が昔話に花を咲かせているところ、アキお嬢様はとても寂しそうでした。アキお嬢様が日々、どのようにお過ごしになられたか、今晩のお夕食の時にお話を伺ってみてはいかがでしょうか?ワタシからは、以上です。長々とご無礼を申し上げ、誠に申し訳ございませんでした。」
旦那様と奥様、ハルお嬢様は、自分達がアキお嬢様に関心が無かったことに気づき、申し訳なさそうにアキお嬢様に視線を移す。
「アキお嬢様、あなたのお気持ちをお話しください。」
オレは、アキお嬢様の目線に合わせてしゃがみ、ニコッと笑ってみせた。
「ごめんなさい......」
振り絞った謝罪に続き、
「あたし...ずっと我慢してた!寂しいのはもう嫌だよぉ...あたしの事も見てよぉ...。」
堪えきれなかった涙が正直な感情と共に流れ、子供らしさが解放されたように思えた。
まだ九歳なんだ、このようなわがままは、いくらでも言っていいとオレは思う。
子供の小さな社会を癒してくれるのは、オレら使用人ではなく家族だ。その家族に見向きもされないなんて、自分の存在価値を否定されていると感じてしまっても無理はない。
だからといって、旦那様、奥様、ハルお嬢様に愛がないわけではない。
ただ、末っ子という運命によって、姉妹の写真の量に差が出たり、思い出の共有ができなかったり、大人と子供の会話のズレがでてくる。歳の離れた末っ子なら尚更だ。
「怒鳴ってごめんね、アキいいぃ」
ゴリゴリのキャリアウーマンの奥様が、感情を乱して涙を流しながら、アキお嬢様を抱きしめた。
これからたくさん思い出作れるといいな、アキお嬢様。
アキお嬢様が主役の夕食は、とても盛り上がった様子だった。メインは、トラップに引っかかった情けないオレの話ばかりだったが.....。アキお嬢様の鉄板ネタになれるなら、トラップに自ら飛び込んで行ってやろうではないか。
「ヒーーーム子!」
「はい?....ぐはっ!」
振り向いたらそこは、大きな丸太の年輪が勢いをつけて降りてくる景色だった。
そしてまたトラップに引っかかった。
振り子運動をしている丸太に思いっきり飛ばされて、廊下の突き当たりに叩きつけられた。
オレじゃなきゃ死んでるぞ!
「キャキャキャ、引っかかったぁー!」
クソガキめ...。少しはかわいい一面があると思ったオレがバカだった。
「ご...御用でしょうか!?アキお嬢様!!」
ここは冷静になって、大人の対応をしよう。
オレは引きつった笑顔で、アキお嬢様を見上げた。
「ありがとう、ヒム子!あたし、ヒム子が来てから、すごく楽しいし、家族の思い出が少なくてもヒム子との思い出があるからいいんだっ!」
今までに見た笑顔の中で、オレの脳内フィルムに焼き付けた最高の笑顔だった。
嬉しい事言ってくれるじゃねーか。
アキお嬢様の笑顔が見れるなら、ピタゴラトラップなんて苦じゃない。いくらでも受けてやろう。
振り子ペンキ缶が、この日の最後の記憶だ。
次回
3月7日(日)12時更新予定