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第二話 新人研修

 新型ウイルスの猛威は、以前より抑えてきたもののまだまだ課題は多い。人類とウイルスの戦いはまだまだ続くようだ。


 内定の通知が来てから、オレは死ぬほどバイトをし、生活費と医療脱毛の資金、引越し資金を稼いだ。

 四月からメイドとして働くのだが、マスクを装着するとは言え、この定時に生えてくる髭をなんとかしたかった。

 入社後は、社員寮生活になるため、引越し資金も必要だった。寮と言っても、配属先の近所に会社側が賃貸契約をし、その部屋に住む。女子寮、男子寮と別れていることはないようだ。この朗報のおかげで、何のストレスも感じず、バイトに集中する事ができた。


 オレは大学を無事卒業し、「株式会社Dc」に就職した。


 四月某日、入社式と新人研修は、感染対策を考慮して某所の合宿所で二班に分かれて少人数で行われた。オレは、第一班として参加する事になった。

 これから三週間泊まり込みで研修が行われる。

 まずは、各自寝泊まりする部屋に案内され、会社から支給されたメイド服に着替えた。

 誰かの目を気にしながら更衣室で着替えずに済んだ事に安堵し、蟹座の強運は今日も続いていた。

 着替え終わって、鏡で全身を隈なくチェックした。今日も理想のメイドだ!

 女装で人と対面するのは高校の文化祭以来だ。覚悟を決めて来たものの、ドアノブに手をかけたまま一歩踏み出すことが難しかった。


「女装して自宅から会場に来れたんだ。大丈夫...。オレは最強のメイド、オレは最強のメイド、オレは最強のメイド...行くジョ!」


 自分に言い聞かせ、変なところで噛んだ。爪の甘さを痛感する。


 準備ができた者から会場に案内され、会場は、椅子とテーブルが用意されており、一つのテーブルに二人ずつ座れるようになっていた。感染予防の対策として、二人の間にアクリル板が設置されていた。

 オレよりも先に会場に着いていたのは、フリルミルスカートのメイド(以下フリル)と紺色の燕尾服(えんびふく)の執事(以下紺色)がすでに座っており、平常心を保っているように見えるが、緊張感は隠しきれていなかった。

 弊社の制服は、制服カタログの中から、好きなものを選んで着ることができるため、こうして多種多様のメイドと執事がいる。

 指定された座席に座り、隣の座席を確認する。まだ来ていないようだ。

 机の上には研修内容の資料と大学の教科書並みに分厚い本が置いてあった。とりあえず、研修内容の資料に目を通した。

 しばらくしてから、司会進行役の挨拶が会場の空気をさらに引き締める。

 隣の席に人が座っていたことにも気がつかないくらい集中していたのにも関わらず、資料の内容は、頭に全く入らなかった。


 代表取締役のご挨拶は、リモートだった。

 黒髪ロングで中性的な顔立ちの人物がスクリーンに映し出された。


「新入社員の皆さん、おはようございます。代表取締役の末廣(すえひろ)です。」


 とても落ち着いた喋り方で、淡々と続ける末廣取締役。


「私たちは、あなた達の“多様性”をみて採用しました。着たい物を着て、なりたい自分になってあなたらしく生きて、あなたにしかできない事をやり遂げてください。」


 オレにしかできない事……


「そして、何事も中立的な立場で考えてね♡以上」


 末廣取締役は、人差し指を立てて、可愛らしく首を右に傾けた。

 会場が少しほっこりしたところで、司会が進行していく。


「ありがとうございました。続きまして、新人研修担当の藤原から研修内容についてです。」


 司会の語尾をかき消すかのようにドアが乱暴に押し開けられた。

 藤原という男はスーツの上にポケットがたくさんついたベストを着用し、数々の武器を背負っていた。ここに来るまでの間、謎の武装集団に愛娘を拐われたのだろうか。とても研修しに来たとは思えない格好だった。

 歩くたびに武器の金属音が会場に鳴り響き、スクリーンの前に高圧的に立つ。


「いいかお前ら!新人研修を務める、この俺が藤原玄十郎(ふじわらげんじゅうろう)だ!」


 脱ゆとり教育の時代とは思えない熱血さだ。


「お前らの使命は何だ!?そこのお前!三秒で答えろ!」


 勢いよく指を指されたのは紺色だった。


「は、はいっ...!あの...」


 パァン!


 空気が割れるような音が会場に鳴り響き、被せるようにフリルのキンキンの叫び声が会場内の恐怖心を煽った。

 藤原教官が構えるハンドガンの銃口の先には、紺色がぐったりと椅子の背もたれに背中を反らして気絶していた。


「安心しろ。これは最先端技術の空砲だ。死にはしない。次はお前だ!名前を言え!」


 次に銃口を向けられたのは、オレだった。

 最先端技術の先端を目の当たりにして、オレは立ち上がり、敬礼しながら名前を大きな声で言った。


「はい!教官殿!日村ヒム子であります!」


「敬礼をするな!ここは戦場じゃねえ、ウジ虫が!ここは紳士淑女の神聖なる研修場だ!」


 神聖なる場所に物騒なものを持ち込むなよ。


「はいっ!教官殿っ!」

 

「お前が当社に入った本当の目的は何だっ!?」


「教官殿の教えに従うためであります!」


 最近観た映画の影響だろうか、反射的に出てきた言葉だ。


「いいぞ、ウジ虫!いいセンスだ!いいか!?俺がお前らの腐りきった身も心も骨の髄から細胞レベルまで、そして前世から来世まで忠誠心と中立心、礼儀作法を叩き込む!覚悟しておけ、ウジ虫ども!」



 こうして三週間のめちゃくちゃな新人研修が始まった。

 最先端技術の空砲の蜂の巣に遭いながら、どのようにして礼儀作法と忠誠心と中立心を叩き込まれたのかは正直覚えていない。ついていくので必死だった。

 そして、誰も欠けることもなく三週間が過ぎて行った。


「お前ら…三週間よくやった!三週間前と面構えが違うぜ……」


 藤原教官の目頭が熱くなったのだろうか。オレ達に背を向け修了式を終えた。


 この研修を通して、礼儀作法を学び、肉体的にも精神的にも成長した...ような気がする。

 きっと、どんな拷問にあっても耐えられるだろう。


 研修後、末廣取締役から直々の面談があり、配属先が決まる。取締役から直々なんてかなり珍しい。さすが、個性的な会社だ。


 末廣取締役に直接お会いするのは初めてだ。ボロが出ないように気を引き締めないといけない。

 会議室で、椅子に座り対面する際は、距離を取って面談する。このご時世ならではの距離。

 末廣取締役に見惚れてしまうほどの整った容姿は、年齢を曖昧にさせる。


「ひむりん、やっと会えたわ!嬉しい!あなたのような()()()()()子を探してたのよ!ひむりんなら、きっと大丈夫って思ったの!オンナのカンよ!あ、そうだ!ワタシのことは、代表取締役とかお堅い感じで呼ばないで、“なっちゃん”って呼んでね!」


 ひむりん...?


 まずどこから突っ込めばいいのだろうか。

 ()()()()()とはどういう事なのだろうか。

 ユーモアを言ったわけでもなく、ただこの会議室に存在してるだけ。見た目が滑稽ということだろうか。

 物理的な距離を取っているのに、精神的な距離は、あまりにも近すぎた。オレは、末廣さんと呼ぶ事にした。末廣さんは、“なっちゃん”と呼ばれなかったことに少し残念そうな顔をしていた。


「ひむりんには、滝音(たきおん)家に仕えてほしいの。御令嬢のハル様とアキ様の身の回りお世話をするの。ご長女様のハル様は、大の男嫌いでね。使用人は、全員メイドでのご希望なの。ハル様は、今年の9月に海外から日本の学校に編入するから、しばらくは、ご次女様のアキ様の使用人として働いていただきます。」


 大の男嫌い...。

 バレたら、オレは間違いなく逮捕される。詐欺とか変態とかそういう理由で、間違いなく……。

 よりによってなんで男のオレなんだ!?

 オレが顔を曇らせていると


「大丈夫!ひむりんらしくひむりんにしかできない事をやれば良いのよ!いつでも相談にのるからね♡」


 こうして、滝音家のメイドとして働く事になった。


「本日からアキお嬢様にご奉仕させていただきます、日村ヒム子です。よろしくお願いします。」


 深々とお辞儀をして、頭を上げるとそこには、ツインテールを揺らしながら、丸い大きな目でオレを見る小学生の女の子が豪華な椅子に生意気そうに肩肘をついて座っている。


「日村ヒム子?変な名前!」


 女装に目覚めたオレは社長令嬢のメイドになった。

第三話

3月7日(日)12時更新予定

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