第十八話 【ダブルブッキング】
十月二十六日
とうとうこの日が来てしまった...。
オレは、インカムをつけて日村一馬としてこの覇王ホテルに来た。
末廣さんが、ホテルの一室を予約してくれたので、ここの部屋で日村ヒム子に着替える。
アキお嬢様へのプレゼントもバッチリだ!
そして、助っ人として島田くんもいる。
「ボクがしっかりフォローするからね!うまくできたら、ボクとデートしてね!」
緊張して何も聞こえなかった...。
覇王ホテルの個室レストランに入るまでの記憶はない。
目の前に姉ちゃんの恋人の穣さんとご両親が座っていた。
感染対策を万全にし、マスクは食べる時のみ外すようになっている。
マスクをしていても、穣さんやご両親の人の良さは目元でしっかりとわかる。
「穣から聞いてますが、大変苦労されたようですね。お二人ともご立派で、天国のご両親もきっと喜んでいらっしゃるでしょうね。」
「私達は周りの方々に恵まれてましたので。穣さんのおかげで私は、弟を養うこともできました。穣さんにこうして出会えたのは、穣さんのお父様とお母様のおかげです。ありがとうございます。」
いつもガサツな姉ちゃんにしては、謙虚で丁寧だ。
オレらは周りの人達に恵まれてるよな。
『ひむりん、十分後にアキお嬢様のお誕生日ケーキで入場よ!そろそろ、移動してね!』
インカムから末廣さんの声が聞こえた。
オレは、席を外して、部屋に行きヒム子に着替えた。
「よし!日村ヒム子いきます!」
日村ヒム子として、用意されたケーキを運び、バースデーパーティーの会場に入場した。
バースデーソングを歌いながら。
「ヒム子だ!来てくれたのね!」
アキお嬢様は、十本並んだ蝋燭を勢いよく吹き消した。
オレは、アキお嬢様の楽しそうな姿をカメラで撮った。
「ヒム子もケーキ食べよ!ここ座って!」
「アキは、日村さんのことホント大好だなぁ。」
「別に大好きじゃないけど...ヒム子はあたしのメイドだもん!」
久々に旦那様のお声を聞いた気がする。
照れ臭そうにアキお嬢様が答えると、またしてもインカムから声が聞こえた。
『そろそろ戻らないと!勘のいいことりんに怪しまれるわ!』
ケーキを急いで食べ、空いてるお皿を回収して下げるフリをして会場を出た。
部屋に戻り、化粧を落としてスーツに着替え髪の毛をセットする。
よし、日村一馬だ!
顔合わせの会場に戻ると
「どこ行ってたのよ。トイレにしては長いじゃない。」
「申し訳ございません。戻ろうとしたら、仕事で急ぎの電話が来てまして...。」
「一馬さん、お仕事お忙しいのね。どんなお仕事をされてるのかしら?」
「サービス業です。お客様と密な仕事な故、こうして連絡が来ることが多いのです。」
なんとかその場を凌いだが、姉ちゃんは何言ってんだコイツと言う目で見ている。
「休まる時がなかなか作れず、大変ですね。」
仲睦まじく会話していると、穣さんがオレに尋ねてきた。
「一馬くん、さっきまで眼鏡してたっけ?」
急いでて忘れていた。
ヒム子の丸メガネを外すの忘れた!!
「あはははは!そうなんですよ。眼鏡かけてました!さっきは、ちょっと眼鏡曇ってしまったのでしまってたんです!!」
痛恨のミスだあああああ!!
ますます姉ちゃんが怪しんでる。
『そろそろプレゼント渡す時間よ!』
「あ、また電話が!申し訳ございません!失礼させていただきます!すぐ戻りますから!」
「ちょっ!!待ちなさいよ!」
「大丈夫だよ。一馬くんは、仕事熱心でいい子じゃないか!」
穣さんがフォローしてくれた!
ありがとう、穣さんっ!
オレは慌てて部屋に戻り着替えた。
プレゼントをしっかりと持って会場へ向かう。
「もう!ヒム子どこ行ってたのよ!まさか、プレゼント忘れたとか!?」
「申し訳ございません。プレゼントお持ち致しましたよぉ〜。」
「なになに?」
包装紙を両手でビリビリに破き、アキお嬢様の笑顔が溢れた。
「アキお嬢様にはこれからたくさん思い出を作ってもらいたいので、このデジタルフォトフレームを選びました。」
「ありがとう!ヒム子!ここにたくさん思い出を入れるね!」
「今日のお写真もこちらに入れますからね。」
このあと、集合写真を撮ってアルバムに入れた。
アキお嬢様の家族写真がまた増えて嬉しそうだ。
「写真も嬉しいけど、家族が増えたみたいで嬉しい!だって、ヒム子や島田やエリオちゃんもいるし!」
オレ達使用人を“家族”と言ってくれるのは嬉しい。
姉ちゃんは、これから新しい家族を持ちこのような幸せを作っていくんだろうな。
姉ちゃん!!
オレは慌てて会場を出ようとすると
「ヒムラ!さっきからどこへ行く。」
こんな時にエリオが止めてきた。
「ト、トイレに...。」
「エリオさん!ハルお嬢様が呼んでるよ!さぁさぁ!」
ナイスフォロー島田くん!!
島田くんに連れられてエリオは戻った。
オレは急いで姉ちゃんのところへ行く。
えーっと、眼鏡の設定だったから、眼鏡かけて、よし!
「申し訳ございません。度々抜けてしまって...。」
「大変なお仕事なのね。お休みはしっかり取れてるのかしら?」
「こういうご時世なので、直接お客様にお会いできない分、こうして電話やテレビ電話などで対応することが増えまして...。私は仕事が好きなので...」
目の前にある食事を食べようと、マスクを外した。
穣さんのご両親が不思議そうにオレの顔を見ている。
「一馬さん...口がとても赤いのはどうしたのかしら...?」
口紅落とすの忘れてたあああああ!
「さっきドアでぶつけまして...あはははは」
「お仕事でお疲れなのでは?」
『アキお嬢様がひむりん探してる!ちょっと来れるかしら』
「そんなに唇ひどいですか?ちょっとトイレで見てきます...」
「ちょっ!一馬!」
「僕が様子見てくるよ。」
オレは走って部屋に向かった。
今のオレはどっちなんだ!?だんだんわからなくなってくる。
部屋の中もだんだんぐちゃぐちゃになっていき、服を探すのも大変だった。
ヒム子だから...これだ!
オレは、メイド服に着替えてドアを開けた。
「か、一馬くん!?」
目の前には、穣さんが立っていた。
次回
3月18日