第十六話 日村 コトリ
私は、夢に溢れた十九だった。
高校卒業後に就職した私は、職場の人と結婚して子供ができて幸せな家庭を作る夢を抱いていた。
見た目は派手だったが、意外と安定思考である。
私には年の離れた弟がいて、両親は幼い弟につきっきりだった。
あの日は、両親と弟が格闘技の試合を観に行った帰りのことだった。自宅の前で自家用車の交通事故の悲惨な現場を目の当たりにした。
両親は即死だった...後部座席で横になっていた弟は、幸い後部座席の足元の溝に転がり落ちて助かった。
後部座席は、激しく潰れていたせいで、ドアは開かず、あの狭すぎる空間から救出されたのは、事故が起きてから一時間後のことだった。
弟は、軽い打撲で済んだ。
医者が言うには、受け身の取り方が上手かったらしい。
両親が亡くなったと言うのに、弟は泣かなかった。
親戚は、弟を可哀想だと言うが、親戚同士で幼い弟のなすりつけ合いが始まった。
私は弟を無責任な親戚に預けようなんて最初から思ってなかったし、なんとか立派に育てようと思っていた。
親戚は何もしないくせにご立派に後ろ指を刺してきたが、私はキャバ嬢として働いた。
キャバ嬢に向いていたようで、周りからはいじめられたこともあったが、持ち前のヤンキー気質で店のトップになった。
キャバ嬢は、お金は稼げたけど、いつまでも続けられるものではないと思った。
キャバ嬢で培った人脈を駆使して、飲食店を経営することにした。
設立当時は、正直、キャバ嬢よりしんどかった。
弟は、高校生になり、うちのお店でバイトをして学校に必要なものや、生活費、大学の資金を貯めていた。
遊びたい盛りなのに、大学卒業まで一生懸命働いていた。
私達はなんだかんだ運がよかった。
親戚たちはあんな感じだったけど、仕事で関わった人たちはみんな良くしてくれたし、幼馴染の那由他は、時間が空いた時に弟の面倒を見てくれたり、私達姉弟は人に恵まれていた。
弟も腐らずに反抗期も特になく、すくすくと育っていった。
大学を卒業した弟は就職し、私が支払った大学の授業料を毎月少しずつ送金してくれる。
仕事がかなり忙しいのだろう、全然連絡はない。
弟は、那由他が設立した会社に就職したらしい。たまたま応募したところが那由他の会社だったらしいが。
那由他は、元男性。今は、“ナツキ”という戸籍も身体も女性である。
小さい頃は、自分の性について悩んでいたが、マセていた私は「社会に出たら男も女も関係なくなる」とよく那由他に言っていた。
私にとって、社会的に他人の性別なんてどうでもいい。人間、良い人か悪い人かは性別で決まるものではないし。恋愛対象は、男性がいいから、性別で決めているけど...。
かなり差別的な目があって、着たいものも着れない、なりたいものにもなれない、そして何よりも自分らしくいられないことが那由他にとって苦しい日々だったと思う。
もし私が那由他の立場だったら...
男だから男湯に行け
男だから女を好きにならなければいけない
男だからスカートを履くな
この強要は、絶対耐えられないな。
二十歳をすぎたあたりからカウンセリングとホルモン注射と手術について話してくれた。
身体にかかる負担も辛そうだったが、親への説得がかなり負担となり最も辛そうに見えた。
那由他は、ナツキとして生まれ変わり、【株式会社Dc】を設立した。
那由他は、自分と同じように悩んでいる人達が自分らしく働ける会社を作ったのだった。
着たいものを着て
なりたいものになって
自分らしく生きて
自分にしかできないことをやる
偏った考え方が必ずしも悪というわけではない。ただ、多様性”を持つことの大切さをこの会社に込めたらしい。
那由他らしいーー。
だから安心して弟を預けれる。
弟は、男性時代の那由他しか知らないから、自分の会社のお偉いさんが“なっちゃん”だってことは全く知らなかったらしい。
弟は、そんなに賢くはないからしょうがない。
手が離れたこともあり、私は長年付き合っていた恋人と結婚することになった。
恋人は、私に経営のノウハウを教えてくれた恩人でもある。
少し遠回りはしたけど、私が十九の時に抱いていた夢に軌道修正できた。
弟よ、那由他から聞いたのだが、
女装して仕事してるって本当か?
次回