第十一話 【コンプラ】
「エリオは...女の子ですよ。」
この屋敷には、なぜ性別不明の人間ばかり集まるのだろうか。
エリオは、ハルお嬢様の後頭部を包み込むように右手で添え、左腕は、ハルお嬢様の腰に巻きついている。
なんだ、この少女漫画みたいなハグは!!
「エリオちゃん...でいいの?かっこいい!!好きーー!」
一番喜んでいたのは、アキお嬢様だった。
なぜ、男が女装をすると変態だと罵られ、女が男装をするともてはやされるのだろうか。誰か教えてくれ。
「エリオ...なんで日本にいるの?」
「なんでって...ハル。ワタシは、全てを捨ててキミを追いかけてきたんだよ!キミのことを愛してるから...。こうして日本語も覚えて、キミのためにこの仕事をしながら学校に通おうと思って...。」
“愛してる”は、日常で当たり前のように使われる言葉ではない。オレの中で、“愛してる”は、“好き”よりも重みがあって、責任のある言葉だと思っている。
エリオにとってハルお嬢様は、唯一の存在なのだろう。
さっきまでの無愛想で不機嫌な顔はどこにいったのか、今はとても苦しそうだ。
「キャー!いいないいな!身分差!身分が二人を引き裂く!!」
アキお嬢様は、連ドラを見てるかのようにキュンキュンしている。
「全てを捨てて...?その気持ち、わかる!ボクもカズくんのためにここまで来たんだもん!エリオさんは、ハルお嬢様にこの愛を真正面から向き合ってほしくてここまでするんですよね!?エリオさん、ボクは勘違いていたよ!さっきのご無礼をお許しください!!」
さっきまでエリオに、敵対心を燃やしていた島田くんが和解を求めていた。
「そうだよ、真正面から向き合って欲しい。」
「エリオ......今、向き合ってるよ。」
そういう意味じゃないのさ、ハルお嬢様...。
「ワタシは、ハルを一人の女性として愛してるんだよ!」
「ありがとう。」
「ハル......。キミは......」
「お姉ちゃんはドンカンよねぇー。でも、恋って壁があるほうが燃えるのよね。頑張ってエリオちゃん!」
アキお嬢様は、トラップに没頭するときと同じくらい、この二人の恋模様に素敵な笑みを浮かべている。
「ワタシは、ハルの男嫌いを治す必要はないと思う。こんな【コンプラ】変態野郎を利用してまで...ハルに悪影響を与えるだけだ!」
「【コンプラ】変態野郎?どういうこと?」
「アキとパパは部屋に戻りましょうね。」
嫌な予感がした奥様は、アキお嬢様と旦那様を無理矢理部屋へと返した。本日も旦那様は一言も話さず終わった。
「この【コンプラ】変態野郎が、ハルの側にいると思うと...こんな【コンプラ】変態野郎にハルが心を許す訳がない!ワタシは、認めない!」
めちゃくちゃ汚い言葉で、オレの事を言っている。
「エリオ!日村さんのことそんなふうに言うのはやめて!」
エリオを振り解いて、ハルお嬢様が声を荒げた。こんなに怒っているハルお嬢様は、見たことが無い。
「日村さんは、男性なのに女性の格好してるけど...でも、日村さんは命がけで私の事を助けてくれた恩人なの!まだ男性は怖いけど、日村さんみたいな素敵な男性がいるって事がわかったの!このままじゃいけないってわかってる!だから、私は男性恐怖症を克服したいの!」
「ハル...どうしたんだい?向こうにいた時は、そんな事言わなかったじゃないか...お前のせいだ!【コンプラ】ヒムラ!」
とうとうオレの名前まで汚されてしまった...。
ハルお嬢様の険しい顔がエリオへと向けられ、エリオは少し考えてから
「ヒムラ!決闘だ!どちらがハルに相応しい使用人か!」
「決闘!?いやいやいや、仕事があるから無理だって!」
「なんだか面白そうね!一週間後に試合しましょう!大丈夫よ、ひむりんの仕事は他の使用人にお願いするし、ハルお嬢様にもこの試合を是非、観ていただきたいわ!主催は、私が務めます!」
末廣さんは、何を考えているのかものすごく楽しそうだ。
「ワタシが勝ったら、ワタシがハル専属の使用人になる!ヒムラ、お前が勝ったら特に何もやらん!」
どうして、コイツは一方的なんだ。ハルお嬢様の意見もオレの意見も聞かずに...。
「カズくん、今回はエリオさんを応援するよ...だって頑張って欲しいから!」
「あたしも!」
部屋に戻ったアキお嬢様が割って入ってきた。
「アキ!いつからここに!?さっき部屋に戻したのに!子供には関係ないでしょ!」
「え?決闘だってところから」
奥様は慌てた様子で、またアキお嬢様を部屋へと戻す。
オレの味方はいないのか...末廣さんに目を向けると
「ごめんね、ひむりん!味方にはなれないの!ワタシは中立な立場でジャッジしないといけないから♡」
こうして【ハルお嬢様使用人争奪戦】が幕を開けるのであった。
次回
3月12日(金)12時更新予定